モノ好き!!   作:川崎りょゆあ

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川口遥の恋愛事情

 

 

 

(今日はなんか疲れたな。昼に変な連中と絡んだせいかなー)

 そう言いながら、廊下を歩くのは川口遥。海崎高校二年三組の生徒だ。首をゴリゴと

を回し、気怠そうに歩く姿は三十路を迎えた主婦そのもの。

(つか、奈緒の友達って変なのしかいないの? あーダルイよ。何より昼はイチゴサンドしか食べてないからお腹空いた)

 夕日が差し込む廊下を猫背で歩く。

(忘れ物とか最悪。携帯を机の中に置きっぱなしとかただのドジっ子ですかって感じ)

 

 そんなことを考えてながら歩いていると前から体育の教師が歩いてきた。

(ヤバ!)

 遥は背筋を伸ばし、笑顔を張り付ける。三十路オーラを消し優等生モードにチェンジ。

「あれ、川口、どうした? 忘れ物か?」

「はい。ちょっと予習用のノートを忘れてしまって」

 微笑みを浮かべる。

(予習なんてする訳ねーだろバーカ! 高校レベルの勉強なんて寝ててもできるよ)

「そうか! 相変わらず真面目だな。同じクラスのバカ二人も川口みたいな生徒になってほしいものだ。それじゃ気を付けて帰れよ!」

体育教師は予習という言葉を聞いて機嫌がよくなったのか、高笑いしながら歩いて行く。

(本当に単純。つーかバカ二人って絶対奈緒と山中だよね)

 

 教師が見えなくなるのを確認すると遥は再度全身の力を抜いた。

 川口遥という人物は校内で優等生の部類に入っている。真面目で優しく、勉強ではトップレベル。運動は少し苦手だが、一生懸命に頑張る女の子。

 しかし実際の遥は周りが思っている女ではない。勉強はできるが立ち振る舞いや態度は偽りの姿。運動に関しても手を抜いているだけ。全力でやるのはダルいし、運動ができない女の子って可愛らしく見えるというのが遥の持論。

 

 やっとの思いで教室の前まできた遥は扉を開けようとしたが何かの異変に気付き、開けるのを止めた。

 

「好きです! 付き合って下さい!」

 

(わお。告白現場に遭遇だ)

 遥は背伸びをして扉のドアから覗き込む。

 

 そこにいたのは、可愛い感じの女の子とクラスで優しいと評判の山吹涼太だった。

(へぇー。山吹ってモテるんだ。)

 遥はじっと涼太を見る。茶髪で前髪を下ろし、清潔感もある。身長もそれなりに高くて顔も整っている。

(まぁ、普通にカッコいいしモテるよ……ね)

 遥の思考は涼太のとある部分を見た瞬間にストップした。

 

(な、何……? あの目……)

 涼太の冷酷な目を見た遥の体は震え、恐怖した。

 まるで空腹の猛獣と対面しているような……

(昼休みの時と全然違うじゃん……)

 遥は昼間の涼太のことを思い出し始めた。

 

 

 

 午前中の授業を終え休み時間になった。授業に束縛されていたクラスメイト達が一斉に動き出し教室内が騒がしくなる。

(やっと授業終わったよ)

 遥は財布と携帯を持ち、学食へ向かおうとする。基本的に一人での行動を好む遥は人気者にも関わらず一人で食事することが多かった。

 進級したての頃は良く食事に誘われていたが、優しくふんわり断り続けた結果、彼女を食事に誘う人はいなくなった。一人を除いて。

 

「遥ちゃんは今日も学食?」

 桜井奈緒が話しかけてきた。奈緒は常に元気な女の子。誰にでもフレンドリークラスのムードメーカーだ。

「そうだよ。この前食べたイチゴサンドが美味しくてハマっちゃった!」

(イチゴサンドって言っとけば女の子っぽいよね)

「そうなんだ! 私も学食予定なんだけど一緒に行かない?」

 笑顔輝く奈緒とは対照的に遥の心情は暗くなっていく。

(この女、マジ面倒くさい!)

 過去何度も奈緒は遥を食事に誘っている。毎回断りを入れているのだが、今日も懲りずに誘ってきた。

「ごめん……今日も一人……で」

 遥の言葉が止まった。

「迷惑だったらいいよ? 今までしつこくてごめんね?」

 半泣きで言う奈緒の表情は主人に見捨てられた犬のような……。

(しょうがないな)

 

「いいよ。今日は一緒にご飯食べようか」

 かわいそうだと思った遥は笑顔でそう答えた。

「……え? いいの!? 本当に!?」

 遥と食事できると決まった瞬間、奈緒のテンションは急上昇。遥に抱き着き頬をこすりつける。

(しつこいけどいい子なんだよね)

「ちょっと待ってて! 一緒にいく事伝えてくる!」

 奈緒はダッシュでクラスの人込みに突っ込んでいく。取り残される遥。

(え?一緒に行く……?)

 

 

 

 遥が放置を食らった数秒後、ご機嫌な顔をした奈緒が顔を出した。そしてなぜか悠馬がピースサインを遥に向けている。

(そういうことか……やっぱ奈緒って面倒くさいわ)

 全てを理解した遥は三人の元へと向かった。

 

 

 学食は生徒で溢れていて、席を探すのも一苦労な状態。

(イチゴサンドだけ買って教室で……なんてできる訳ないよね)

 遥は奈緒の方を見る。楽し気に悠馬とラーメンのことを話している姿はおもちゃを買ってもらえると分かった子供のようだ。

(ここで私がいなくなったら雰囲気悪くなるよね)

 

「席取ったから並ぼうか」

 後ろから涼太が声をかけてくる。どうやら席を確保できたようだ。

「流石涼太! 頼りになる男!」

悠馬はそう言いながら涼太と肩を組む。

「いや、悠馬も席探せよ。イチャイチャしてないでさ」

「はっ! いや、イチャイチャなんてしてねーし!」

思春期真っ最中の中学生がイジられたときのように焦る悠馬と、その姿をバカにするようにニヤける涼太。

(男ってなんでしょうもない会話で楽しそうにしていられるんだろう?)

「まあいいや。とりあえず並ぼうぜ。腹減ったよ」

「おう! 奈緒っちも行こう!」

楽し気に歩いて行く三人を静かに見つめる遥。

「川口さんも行くよ」

遥が付いてきていないことに気付いた涼太は後ろを振り向き笑顔で声をかける。

「うん。今行く!」

 

 

 

騒がしい昼休みを終えた遥は五限の準備をしていた。

(あーダルイよ! なんで学校というのは生徒をイジメるの?)

 五限目は体育。遥が嫌いな授業の一つだ。

 制服から体操着に着替えるクラスメイト女子。

 男がいないときの女というのはゴリラの集まりに見えてくる。

 服の脱ぎ捨てはもちろんのこと、鞄はぶん投げられているし、スカートなのに足は全開。

 

「その下着可愛いじゃん!」

「そー! 最近買ったんだ!」

(なんで女ってそんなに可愛いを連呼するんだろう)

 遥は冷めた目で楽し気に着替える女子を見る。

「遥ちゃん! 早く着替えてグラウンド行こう!」

 真っ先に着替えを終えた奈緒が遥に話しかけてきた。

「うん。着替えるの早いね」

「もちろん! だって体育だよ?」

 当たり前のように言う奈緒に遥は若干飽きれつつ、制服を脱ぎ、体育着に着替えた。

 

 

 

 グラウンドに着くと男子がすでに活動を始めていた。

「オラオラ!」

「ちょ、お前ボール飛ばしすぎ!」

 どうやら男子達はサッカーをやるようでボールを使って準備体操をしている。悠馬と涼太は二人一組でボールを蹴り合っていた。

「悠馬っちと涼太くん楽しそうだね? 私達は何するんだろう? 遥ちゃん知ってる?」

 当然のように隣にいる奈緒は遥に質問する。

「今日はテニスをするみたいだよ」

「そうなんだ! 私テニス得意だから教えてあげる!」

 まるで小学生が自分の特技を自慢するように奈緒は胸を張りながら言ってくる。

「テニス得意なんだ! それじゃー教えてもらおうかな!」

 そして遥は少し中腰で生徒を褒める先生のように声をあげた。

「うん!」

 

 

準備体操を終え、テニスコートに入る。

軽く足元を均すとオムニコート特有のシャっという音が鳴った。

「いくよ!」

 奈緒はボールを高く上げ、サーブの構えに入る。

(フォームは綺麗。そして打球は……)

 奈緒の玉は一直線に遥の顔面に向かっていく。

 

 ガン!

 

「あ! 危ない!」

 必死に声を出し注意を促す奈緒だったが、すでに手遅れ。公式テニスのボールが頬に命中した。

「遥ちゃん! ごめん!」

 必死に遥に駆け寄り頭を下げる奈緒。

(いてーなこのクソチビ……)

「大丈夫だよ。でも少し痛むから、先生に頼んで見学にしてもらおうかな」

 遥はできるだけ笑顔で立ち上がる。

 

 

 周りの女子たちも心配そうに遥に集まる。

 

 バーゲンの時に突撃してくるおばさんのように。

 

(ここぞとばかりに集まって来るなよ。優しいアピールとかいらないから)

「遥ちゃん大丈夫? 先生呼んでこようか?」

「一人で歩ける?」

「私がおんぶしてあげるよ……保健室行こうか……ふふっ……」

 

心配してくる女子達。変な意味合いを含みそうな言葉があったが今は無視。

「平気だよ。先生の所行ってくるね」

 女子の壁を抜けて、先生のいる職員室に向かう遥。

 

 ガン!

 

(さて、今日は何人の被害者がでるかな)

 

 後ろではまたもや奈緒が猛威を振るっているようだった。

 

 

 五月の心地よい風が吹くグラウンドの端で男子のサッカーを眺める遥。

(ったく。クソいてーな)

 頬を撫でながら、空を仰ぐ。雲一つない空で日差しは少し暑い。グランドでは男子の声が響き、騒がしいけど静かな空間だ。

(もうすぐ夏だなー)

 遥は遠くでボールを蹴っている涼太に視線を送ると、サッカーの試合の最中なのだろう、綺麗なドリブルで何人も抜いている。

(山吹って運動神経いいんだ。サッカー部を普通に抜いてるよ)

 軽く関心しながらサッカーを観戦。

「涼太! 涼太! パスパス!」

 悠馬がゴール前で手を振っている。どうやらボールを待っているようだ。

しかしボールは来ない。来るはずもない。

 

「涼太! 俺フリーだよ! フリー!」

悠馬に視線を送ることなく、ドリブルを続ける涼太。サッカー部も必死になって追いかけるが止めることができない。

 

「おらっ!」

 一瞬の刹那。涼太の右足が放ったボールは一直線にゴール枠内に向かっていって……。

 

 ガン!

 

 涼太のボールはゴール前で悠馬の頭に当たり、ゴールネットを揺らした。

「よっしゃ! ゴール! ナイスアシスト涼太!」

 

 ガッツポーズで涼太に駆け寄る悠馬。その反面涼太は飽きれた表情になる。

 

(オフサイドじゃん……)

 

 オフサイドを知らせる笛が鳴り響く。審判をしているサッカー部も飽きれつつ悠馬の方に手を置いた。

「見てた!? ナイスゴールでしょ?」

自身満々に言う悠馬を審判は無言で首を左右に振り。

「オフサイド♡」

 

 

 再び試合開始された男子サッカーだが、悠馬の暴走により完全におふざけモードになってしまった。

 しかし涼太は真剣にプレーしていて、サッカー部もプライドがあるのか涼太を本気で止めに入る。サッカー部対涼太の構図が出来上がっている。

(いやーマジで山吹すげー。あれで帰宅部とか勿体無い……って何を関心してるんだ)

 遥は自分が涼太のことを見つめていることに気付き、視線を外した。

 

(あーいい天気だ)

 

 

 

 

体育を終えて教室へ戻る遥。

ちなみに余談だが、奈緒の被害者は総勢八名。そのうち三人は早退という流れになった。

(私ももっと痛がってれば帰れたのかな)

 そんなことを頭で考えながらも、立ち振る舞いは指の先まで優等生を演じている。

「いやー今日は本当にごめんね!」

 隣では奈緒がずっと謝罪している。しつこすぎる謝罪はうざいということを知らないようだ。

「だから、大丈夫だよ! 気にしないで!」

 

「いや、でも……」

(うっざ!)

「本当に大丈夫だよ! それよりも早く教室に戻って帰る準備しよ!」

 遥は笑顔で奈緒に言う。泣き続ける子供に帰宅を促す母のように。

「うん!」

奈緒も奈緒で元気に返事をしてスキップで足を進めた。

 

 教室に着き、鞄に荷物を詰め込む。そのときに携帯を忘れたことはこの時は知らない。

 

 教師が入ってきて、素早くホームルームを終らせた。

 

 

 「終わったー!」

 教師が教室を出た瞬間に奈緒は背伸びをして、叫んだ。水を得た魚って感じの解放感。

 「それじゃ、遥ちゃん!私は先に帰るね!」

 奈緒はいち早く鞄を持つと手を振り悠馬のところに向かう。

(あの二人って付き合ってるのかな?)

 そんな疑問を抱きながら遥も鞄を持ち教室から出る。ふと涼太を見ると帰りの準備を終えておるのにも関わらず、本を開いていた。

(山吹、用事あるのかな? まあいいか)

 遥は教室を出て下駄箱に向かう。その足取りは軽く、家に帰れるという幸福感でいっぱいだった。

 

 

(くっそ! 携帯忘れたわ……)

 学校から出て五分ほど経過したときに遥は携帯を忘れたことに気が付いた。そして早歩きで学校に戻り、教室を目指す。

 

 そして今……。

 教室の中では告白をしている女子生徒と冷たい視線を向けている涼太の姿があった。

 

 足が震え、口の中が乾く。

 熊と対面しているような。そんな感覚が全身を襲い動くことができない。

「ごめんね? 俺、好きな人がいるから」

「っ! ……そうですか。分かりました。話しを聞いてくれてありがとうございます」

 二人の会話が小さく聞こえるが、そんな声も耳に入ってこない。

(とりあえずこの場から逃げないと……)

 

 遥は必死に震えを抑え、トイレに駆け込む。

(あいつの目。なんなの……)

 遥の瞼の裏にははっきりと涼太の表情が張り付いていて離れない。いくら目を瞑って忘れようとしても思い出してしまう。

 

(あいつも何かあったのかな?)

 

全身の震えが収まってきたのを確認して教室に戻る。ドアを開ける瞬間、少しの恐怖を感じたが、意を決して開ける。

 教室内は夕日が差し込んでいて、いつも通りの穏やかな空間になっていた。黒板は雑に拭かれていてチョークが微かに残っている。そしてほのかに香る香水の匂い。きっとお洒落に目覚めた男子が付けていたのだろう。グラウンドでは部活で声を上げる生徒達が。

(なんか元の世界に戻れたって感じだ)

 ふと心を落ち着かせて自分の机の中にある携帯を取り出す遥。その瞼の中には今だ冷酷の目は張り付いているが、先程の震えは止まっている。

 

(あいつがどんな奴なのか気になる……あいつでいいかな?)

 

 

「私の餌……」

 

 そんな声は放課後の校舎にかき消されていった。

 

 

 

 




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