私の名前   作:たまてん

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かわいらしい貴方

「ーーお、マスターはっけーん!ねぇねぇ、ちょっといいかなぁ?」

「ん?どうしたの?」

 

食堂で昼食をとっていると、桃色の髪をした少年が声をかけてきた。

 

アストルフォ。

 

その美少年にも美少女にも見える中性的な美しさを持った彼は、ぴょんぴょんと跳びながらマスターの側までかけてくる。

 

「あのね、マスターに一つ聞きたいことがあるんだ」

「何を?」

 

すると、彼はその『聞きたいこと』を口にした。

 

 

「……マスターって、もしかしてバイ?」

 

 

……飲んでいたコーヒーを吹き出した。

咳き込むマスターをアストルフォは「うわわ、大丈夫!?」と心配そうに覗きこむ。

いや、大丈夫とか以前に今すごいこと言われた気がする……。

 

「ーーアストルフォちゃん。ちなみになんで、いきなりそんなことを聞いたの……?」

 

なるべく落ち着いて、彼は聞き返す。

すると少年は「それはですねー」と手に持っていた一冊の本を差し出す。

 

「ーーさっき拾ったこれに書いてあったから」

 

恐る恐る、マスターからその本を受けとる。

そしてその表紙を見て……彼は絶句した。

 

そこには思い出したくもないあの忌々しい記憶の姿。

 

……ドレスをきた、自身の姿と。

 

目を疑うような、タイトルが刻まれていた。

 

『うちのマスターがこんなにかわいいわけがないっ!(R18)』。

 

……それが、その薄い本の、頭が痛くなるようなタイトルだった。

 

 

■ ■ ■

 

「……結論から言おう。俺は悪くない」

 

そう、アンデルセンは言い切った。

すると隣にいたシェイクスピアがなんと、と声をあげる

 

「はじめから責任逃れですか貴方は!?今回に関しては、貴方も一枚どころか相当噛んでいるでしょうにっ!」

「違うわ!元はといえば、黒髭なんぞが『拙者、マスターの女装ちょーストライク。そうだ、次のサバフェスのネタにしましょうぞ!』などと言ってネタを持ち込んだのが原因だ!おかげで嬉々として添削してしまったではないかっ!」

「まぁお互い酒は入ってましたからね。添削していくうちにノリに乗ってしまいました。そして気づけば傑作を綴りだしてしまう我が才能がおそろしい……」

「……要するに、マスターを同人ネタにしたのがバレて絶賛追いかけられてるって話ね」

 

その通り!と、息を揃えてる二人の作家に、ジャンヌは頭を抱えた。

 

……自室で仮眠をとっていると、突如ドンドンと力強くノックされた。

何なのよ、と苛立ちながらも扉を開けるとシェイクスピアとアンデルセンがいきなり転がり込んできた。

そして二人は言った。

 

マスターから、かくまって欲しいと。

 

「……いやはやとんだ誤算でした。酔いから覚めて見れば同人誌はアストルフォくんに『これなんかおっもしろーい』と持ち去られ何処かへ。探してみれば、無表情のマスターに出くわして太陽王、船長、美少女(男)のキャスター絶対殺すパーティに追い回されるという悲劇に相成ったのです。このシェイクスピア、おかげで生前でも類を見ない走りをご披露致しました……」

「まったくだ。相性以前に宝具封印と貫通要員を配置してるのがまたなんともやらしい。休暇は欲しいが永久休暇はごめんだ」

「……ところで気になっていたんだけど黒髭はどうなったの?」

「彼は相性以前にかのにアストルフォ氏にスタンされていたので捨ててきました。おかげでなんとか逃げ切れましたが」

「いわゆるコラテラルダメなんとかだ。尊い犠牲というやつだ」

 

つまり蜥蜴の尻尾ね、と容赦のない解釈をするジャンヌ。

ーー今回話題となっている黒髭の同人誌。

内容は、新宿で女装したマスターを題材にしたものらしい。

……当然、彼にとってはトラウマものだ。

そもそも、写真データとして残ったそれをカルデアに帰還するなり真っ先に消しにいったマスターだ。

あれ以上の拡散は防げたと安心していたのだろうが……そう甘くはなかったらしい。

 

「……こりゃその同人誌関係の奴全員消されるわね。証拠隠滅的に」

 

そうジャンヌが呟くと「でしょうなぁ」とシェイクスピアも同意する。

 

「ぶっちゃけて申しますと先程のマスターを見て謝って許してもらえるとは思えませんでした。マジギレ、というやつです」

「ああ、このままでは黒髭と同じく、いやそれ以上の末路になるぞ。だからな……」

 

ちらりと、二人はジャンヌを思わせ振りに見る。

 

「……どうして欲しいのよ?」

 

と、尋ねてやると「助けてください」と彼らは言った。

即答である。

はぁ、と彼女は煩わしげにため息をついた。

 

「アンタたちねぇ。もう少しかっこつけたらどうなのよ、男として」

「格好など、物語でもないのにつけてどうします?かっこよく見せるのはキャラクターの役割。その役割をふる我らは作家はただ正直に生き、正直に書くだけ生き物なわけでありーーつまりですね、体裁など気にもしませんから助けてくださいということなのです」

「身体的罰則、断固反対。その信念だけは最後まで貫くぞ、俺は」

 

「威張るなバカども……まぁいいわ。お望み通り助けてやるわよ」

 

……途端、信じられないものを見たかのように、目を見開く二人。

 

「……何よ。助けてほしいんじゃないの?」

「……ええ。助けてほしいのは事実なのですが、その、貴方が素直過ぎて……失礼、逆に気味が悪いのです」

「頭大丈夫か?」

「殺すわよ」

 

ジャキリと剣をかざすとごめんなさいと二人は即座に謝った。

まったく、と言いつつ剣を納めるジャンヌ。

 

「……まぁこれは借りみたいなものよ。ここで返しとけって言われてる気がしてね」

「はて?我々が何かしましたっけ?」

「さぁね。けどそのおかげであいつも『新宿』の私も助かった気がするから……要は自己満足よ。気にしなくて結構。ああ、あとあれよ。久しぶりにアイツの嫌そうな顔が見れるからそのお礼ってことでいいわ。他人の不幸、マジ最高」

「なるほど。流石の畜生だ」

 

くすくすとやらしく笑う顔に、アンデルセンは心からの称賛を送った。

すると彼女は懐から携帯端末を取り出す。

それからボタンを押し、ある場所へとコールをする。

数回のコール音のあと、「……もしもし」という答えが聞こえる。

ジャンヌは「私よ」と答えて、こう言葉を続ける。

 

「……バカ作家共なら私の部屋にいるわよ。はやく来なさいな、マスター」

 

「「魔女めっ!!」」

 

声を揃えて叫ぶ二人であった。

 

 

■ ■ ■

 

「ーーやぁ」

 

ーーにっこりと。

 

ものすごくいい笑顔で、マスターは入ってきた。

 

……やばい、思った以上にキレてる。

 

笑顔と共に放たれる尋常ならざる殺気に、ジャンヌは唾を飲む。

 

「ありがとうジャンヌ。おかげで探す手間が省けた。さぁ、二人をこちらに寄越してもらえる?」

「……そのことだけどマスター。今回は多目に見てあげたら?」

 

その言葉に、てっきり素直に渡してもらえると思っていたマスターと、あっさり素直に渡されると思っていた作家二人が目を見開いた。

 

……そう、逃げてばかりじゃらちあかないし。

 

素直に謝って許してもらうしかないのだ、こうゆうのは。

だから、ジャンヌは彼を呼んだのだ。

 

「それにねぇ。一応だけど貴方こいつらには新宿で借りあるんでしょう?ならその対価ってことでいいんじゃない?」

「……確かにね。それが道理なんだと思う……だけど、やっぱりだめなんだ。どうしても許せない。我慢しようとするたび、あの本の内容が脳裏を掠める。俺はーー耐えられない」

「ーー何が、書いてあったの……?」

 

恐る恐る、ジャンヌは尋ねた。

温厚なこの少年をそこまで掻き立てるもの。

その正体が、彼女には皆目検討がつかなかった。

少年はふ、と儚げに笑い、そして言った。

 

「……女体化したオレが、自称美形のティーチとくんずほぐれつーー」

「わかった。もういい。私が悪かった」

 

目尻に熱いものが込み上げた。

というか別次元でトラウマになるわね、それ……。

真の意味でジャンヌはマスターに同情する。

しかし当の原因を作り出した元凶二人はここぞとばかりに抗議する。

 

「あのヒゲにそちらの方向性で頼むと言われたから仕方なくだ。普段の俺ならあんなもの書かん。そもそも最後にゴールインなどさせず、ヒロインには喉元かっ切らせてデットエンド持っていく。その方がより現実的だろう」

「確かに。ミスター黒髭の欲望丸出しにしてしまったのは事実。やれ■ ■ ■だの×××だのマニアックなのが多かったですからな(不適切な表現のため伏せ字に致しました)。しかーしっ!どうかご安心くださいませ。エロシズムも立派な文学。このシェイクスピア、酔いながらも全力で執筆しましたので最高にラヴい話だと保証いたします」

「あ、マシュ聞こえる?至急ジャンヌの部屋にさっきのライダー編成送ってきてくれないかな?」

「「何故!?」」

「何故じゃないでしょまったく……」

 

 

げんなり、ジャンヌは答えた。

……助ける気ががた落ちしたが、守るとした約束を放棄するのは彼女の道理に反する。

仕方ない、とジャンヌは再びマスターに向き直る。

 

「こっちが悪いってわかった上でいうけど、やっぱり貴方やり過ぎ。だから止めるわ」

「……それは、オレたちとやるってこと?」

 

ええ、とジャンヌは頷く。

すぅ、とマスターは目を細めた。

 

「悪いけど、加減しないよ」

「怒り狂ってる今のアンタに、そんなもの求めないわよ……それに、私に加減して勝てるとでも?」

 

確かに、とマスターは進めた。

 

「ーーならこうしよう。負けた方が勝った方の言うことを聞く。それでいい?」

「ええ。わかりやすくて最高。それでいいわ」

「おっけー。ならルール成立だ……さて、何してもらおっかなー?せっかくだし水着で何かしてもらおうかな?」

「もう勝った気みたいね」

「そりゃあね。いくらジャンヌでも流石にこの戦力で負けはしないよ。バーサーカーの毎ターン回避だって通じないし、君を一番に理解したオレなら負けるはずがない」

「あら意外に絶望的ね私……まぁ、それは戦ったら、の話だけどね」

 

え、とマスターはぽかんとした顔になる。

ジャンヌはふふふ、と笑い、手元の携帯端末をいじりだした。

そして、その画面を、彼に見せつけた。

 

「ーーさて問題。これはなんでしょう?」

 

「っ!?」

 

瞬間、マスターは目を剥いた。

……それは、一枚の写真。

女装したマスターの、写真だった。

しかも最悪なことに、彼がまだ見たこともない角度からである。

 

 

「な、なんで君が持ってるのっ!?」

「さぁねぇ、なんででしょう?……時にマスター。あと少しでマシュたち来るわよねぇ」

「……あ、あのジャンヌさん。果たしてその写真はどうなさるおつもりで……?」

「さぁどうしましょうかしら?ライダーたちに見せるもよし、カルデアに拡散するもよし……どちらにせよ、私に選択の自由があるわねぇーーさぁ、マスター。貴方、どうするの?」

 

にたり、と少女は笑う。

がくり、と項垂れるマスター。

 

「……魔女だ」

「魔女ですね」

 

頷きあう二人の作家。

たかだか幾度かの言葉の交わし合いの果てに。

 

勝敗は、かくもあっさりと決したのであった。

 

 

■ ■ ■

 

「……まさか君が犯人とは」

 

はぁ、とマスターはため息をついた。

しかしジャンヌは違うわよ、と首を振る。

 

「一番の犯人は、これも物的証拠だとかいってバックアップとってた名探偵さん。そのデータを嫌がらせとばかりにクラッキングしたのがあのアラフィフで、私はそのおこぼれをもらっただけよ。黒髭あたりはそこから入手したんじゃない?」

「……出来ればそのクラッキング自体を止めて欲しかったんだけど」

「まさか。こんなに愉快なこと、止めるわけないじゃない」

 

さいですか、とマスターはうなだれた。

 

……とりあえず、アンデルセンとシェイクスピアは今回についてはお咎めなし。

あの本は刷らないことと、他言無用なことを約束をさせてよしとした(先に捕まった黒髭についてはノータッチ。ぶっちゃけどうでもいい)。

 

さぁこれにて万事解決。

解決、なのだが……。

 

「あのジャンヌさん。いつまで『コレ』してなきゃ駄目かな……?」

 

彼の言う『コレ』。

それは、彼が纏っている黒いドレスのことだ。

さらに加えてその頭には黒く長いエクステ。

 

……奇しくも、新宿のときと同じ格好である。

 

それを聞いたジャンヌは「あら?」と意地悪く笑った。 

 

「勝った方の言うことをなんでも聞く、て話だったわよね。なら貴方に反論なんて出来ないのではなくて?」

「ーーそうですね」

 

とほほ、と項垂れるマスター。

 

……しかし、これは想像以上の破壊力ね。

頬を赤らめ、涙ぐむ彼を見て、ジャンヌは思った。

これといっしょに写真を取れたなんて、『新宿』の私が羨ましい。

 

……なので、私も撮ることにした。

携帯端末をかざし、マスターの体をジャンヌは引き寄せる。

 

「ほらマスター、にっこり笑いなさい」

「いやだ……」

「我が儘言わないの。それに似合ってるわよ貴方。本当に可愛い」

「可愛いと言われても男子は喜べません……」

「ふふふ、貴方がいつも私に耳が痛くなるほど言う言葉じゃない。この際だから、言われてる身の気持ちを味わいなさいな」

 

そういって、彼女はマスターの耳元に口を寄せる。

そして、彼に囁くのだ。

 

かわいい。

 

かわいい。

 

かわいいわ……私の、マスター。

 

 

「……勘弁してください」

 

恥ずかしそうに、真っ赤に顔を染めるマスター。

 

……やばい。

 

嗜虐心をそそられるわ、これ。

 

「本当に可愛いわね貴方。もういっそ女の子になったら?」

「嫌です……それにだ。ジャンヌの隣に立つなら、かっこいい方がいい」

「あら。私は構わないわよ」

「オレが嫌なんです……なんというか、男として」

 

ぷくり、と頬を膨らませる貴方。

 

……ああ、これまずい。

 

所謂、ギャップ萌えというやつか。

 

どきり、と心臓が高鳴る。

 

とろとろの甘さが、胸の奥から沸き上がる。

 

「……確かに。普段の貴方の方がかっこいいわね。いまの貴方に任せるじゃあ、頼りないわ」

 

……思い出す、貴方の立ち姿

あの凛々しい立ち姿も、あれはあれで悪くない。

 

けどね、とジャンヌは笑う。

 

……今こうして、私の腕の中にいる貴方は。

 

私以外に誰も知らない姿をして、私しか知らない表情を浮かべてる。

 

それを思うと……もう少し、こうしていたいと思ってしまうのだ。

 

……まったく。

 

我ながら、相当である。

 

「じゃあおれそろそろ着替えて……」

「ダァメ。私は満足してないわ。今日は朝までとことん可愛がってあげる」

「え、いやそれはちょっと……」

「嫌かしら?」

「……その言い方はずるい」

「素直でよろしいことーーじゃあ、楽しみましょうか」

 

ーー可愛らしい貴方。

 

いつもかっこつけてばかりの貴方なんだから、たまにはこういう姿を見せなさいな。

 

だって。

 

そうじゃないと、私ばかり可愛がられて不公平でしょう。

 

……言葉にしてなんて、あげないけどね。

 

少年の体をゆっくりと倒しながら、心の内に少女はつぶやくのだった。

 


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