「……んぐ。美味しいねぇ……」
ぱりぱりと、噛みしめるたびに音を立てて。
じんわり滲む甘さに頬を綻ばせながら。
マスターはしみじみとそうつぶやいた。
「……はいはいそりゃどーも。ったく、いつまでも食ってんだか……」
能天気にもぐもぐと頬を膨らませる己がマスターを見て、ジャンヌは呆れたように息を吐いた。
「そりゃあジャンヌちゃんからもらった10QPの貴重なチョコレートだからね。大事に食べないと……って、あれ?」
「どうしてたの?」
「……ない」
マスターの膝の上に置かれていた小箱。
そこにはもう、あの甘くて黒い塊はかけらも残っていなかった。
ジャンヌも底が見えるようになったことを確認すると、「ああやっとか……」とどこか安心したような表情を見せた。
「もう一か月くらい毎日食べてるくせに一向に減らないもんだから、いったいどんな食べ方をして……なんでじっとこっちを見てるのよ」
「……おかわり、とか駄目?」
「駄目」
即答されると、がっくりと少年は大きく肩を落とす。
露骨に消沈した少年の姿に後ろめたさと少しの嬉しさを感じながら「来年まで待ちなさいよ……」とジャンヌは言った。
「来年なんて待てないよぉ……はぁ。もっと食べたかったなぁ……」
「ふ、ふーん……そんなに、気に入ったの?」
「うん。だってオレ甘いモノ大好きだし。」
「……ちょっと待て。まさか単純にチョコレートが好きだからとか言わないでしょうね?」
「え?単純にチョコレートが好きだけど?」
……かちんと、その一言が頭にきた。
なるほどなるほど、私が作ったチョコ関係なく単純にチョコレートが、甘ければなんでもいいと言うわけだ。
「ジャンヌちゃんジャンヌちゃん、甘いの頂戴!」
にぱっと笑ってくる無邪気な顔。
けれどこの無垢には、私の想いのかけらすら伝わってない。
いらいら、いらいらと心が沸騰し始める。
……だから、私は言ってやった。
「……いいわよ。だったらもう一度くれてやるわ……でもね」
チョコで伝わらないのなら。
隔てても、伝わらないのなら。
……もう直接、伝えるしかないから。
ぐいと、襟元を引っ張る。
力強く、拒否する間も与えず、近づいてくる顔に少女はこう言った。
「……今度は、とびっきり熱いわよ」
絡む吐息、熱い温度。
唇が触れる直前、少年がふっと頬を緩める。
そして聞こえた、どうか空耳であってほしいとは思ったけれど。
――召し上がれと、たった一言。
(……ほんと、嫌な奴)
先ほどとは打って変わった大人びた声に、魔女は苦笑する。
……あの日から、ちょうど一か月。
やけに子供じみた彼の態度とか、わざとらしく私の前で食べて見せた姿とか。
そもそもそんな大事に食べていた奴が、そのチョコの真意を汲んでいないわけがなくて。
これは無垢ではなく、何重にも織られた『意図』があって。
……それに絡まった私は、まんまと乗せられたわけだ。
ああ、もう、まったく。
どんな無茶を望んでやろうか、楽しみにしてたのに。
高いものをふっかけたり、バレンタインのお返しを口実に色々コキ使おうと思っていたのに。
焚き付けられた私は、否応なく貴方の『一口』で終わらせられてしまう。
それはとても悔しい……だけど一番悔しいのは。
……嫌とは拒めない、私自身だ。
この白い日に、贈られるプレゼント。
それは火傷しそうなほど熱くて甘い……貴方の舌触り。
終