私の名前   作:たまてん

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季節外れな七夕ネタのぐだ邪ンです。よろしくお願い致します


痛む短冊

 

 

「……この際だからはっきり言うけど。私七夕って嫌いよ」

 

反吐が出るわ、とこれまた心底嫌そうな声で、ジャンヌは言う。

対してマスターは「へぇ、そうなんだ」と作業の手を止めず、他人事みたいな軽い答えを返す。

 

……素っ気なさすぎる彼に、かちんとくる。

 

「……だいたい、こんなものに願いなんて書いて何になるのかしら?所詮気休めよ。非効率的だわ」

 

ぴらぴらと、手に取った桃色の短冊を揺らしながら、小馬鹿にしたように笑う。

しかし少年は、「そりゃ言っちゃおしまいだ」と苦笑するだけで、竹を壁に立て掛ける仕草に迷いはない。

それからマスターはくるりと振り返り、不機嫌そうな顔をする竜の魔女に微笑む。

まるで、我が儘な子供を諭すみたいに。

長年の保護者のような口調で、彼は言った。

 

「言いたいことは色々あるだろうけど……その前にさっさと書いちゃいな。じゃないと、七夕終わっちゃうよ」

「……ちょっと待ってなさい」

 

 

がり、とシャープペンシルにかじりつきながら再び腕を組むジャンヌ。

短冊と彼女のにらめっこ。

 

……素直じゃないんだから。

 

やれやれと肩を竦めて、少年も準備作業に戻る。

するとそこへ、かちかちと小さい足音が響いてくる。

そして「トナカイさん?」と声が聞こえたときには、振り返るよりも前にその人物の正体に思い当たった。

 

「ジャンヌちゃんこんにちは。今日は一人?」

「はい。そうなんですが、これはいったい……?」

 

尋ねながら視線は目の前に大きく在る竹一本に釘付けになるジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ。

好奇心に満ちた小さな瞳に笑いながら「七夕だよ」とマスターは答える。

 

「日本だと七月七日にこうやってた竹を立て掛けて、その葉に願い事を書いた短冊を吊るすってお祭りをやるんだよ。ましば織姫と彦星さんの伝説があるんだけど、道せつめいしようかな……?」

「……結婚した途端働きもせず『夜鳴き』がうるさいって苦情が来て、挙句別居させられたバカ夫婦の伝説よ」

「ズレながら若干当たってるから嫌なんだよなそれ……」

 

ロマンを求める方が間違いよとシャーペンを指先で回転させながらジャンヌは言った。

リリィはリリィで「成程、ご近所付き合いは大切ですね……」と頷いてしまっている。

こんな夢のない話をしたかったわけじゃないのに、とマスターは額に手を当てた。

 

「……まぁそれは置いといてだ。ジャンヌちゃんにもはい、短冊あげるからお願い事を書いて」

「え、いや私は……」

 

……予想に反して、リリィは苦い顔を浮かべる。

 

「あれ、もしかして嫌だった?」

「嫌ではないんですが、その……」

 

もじもじとしどろもどろになる少女に、青年は首を捻る。

その会話の進まない二人の光景に、傍らの魔女はため息をつく。

……別段助け船を出してやる義理はないが、自分と同じ顔をしたアレがあんな醜態を晒しているのはなんとも言えない。

 

やれやれと肩をすくめた後「おい、そこのチビっこ」と声をかける。

すると即座に「チビじゃありませんサンタです!!」と返答がくる。

 

「威勢がよくて結構……ちょっとこっち来い」

「な、なんですか……?」

 

手招きするジャンヌに警戒しながらリリィは近づいて行く。

それからリリィが隣に来たのを確認するとジャンヌはペンをしっかり持ち、短冊をトンと小突いて「……なんて書きたいの?」と端的に尋ねる。

 

「……え?」

 

言われた内容の意味がわからず、リリィは思わずそう声を漏らす。

しかしジャンヌはそんなリリィにこれ以上気を使ってやるつもりはないらしく「早く言わなきゃ締め切るわよ」と容赦なく言った。

 

「ほーら締め切るわよ。ごーよーんさーんにぃー……」

「あ、えと、ト、『トナカイさんとこれからも仲良くいたいです』っ!!」

「腹立つから却下」

「やはり外道です間違った私ぃ!?」

 

はいはい外道外道、と言いながら筆を走らせるジャンヌ。

書き終えるとその短冊を見せ、「これでいい?」と小さい自分に問いかける。

 

「いい、ですけど……何故、書いてくれたんですか?」

「別に。ただ、干からびたミミズみたいな字を書かれたら私の沽券にも関わるから先手を打っただけよ」

「な!?そんな汚くありませんっ!」

「どうだか。何ならそこのマスターに比べてもらう?私の字と、アンタの字で」

「う、うぅっ……ぜったいっ!!いつか絶対に、間違った私なんかよりも達筆になってみせます!!」

 

覚えておいてください!

 

そう捨て台詞を吐いて、半泣きのリリィはびゃーと駆け足に去っていった。

その後ろ姿にジャンヌは「まずは『鉛筆上手に持てる君』でも使ってなさいな」と言って舌をべっと出した。

 

「……こっちのジャンヌは素直じゃないねぇ」

 

くすりと腕を組んでにやにや笑うマスター。

……ほんと、らしくもない真似をするんじゃなかった。

「さっさとこれ持ってけ」と彼女は短冊を差し出す。

 

「はいはい。じゃあジャンヌに新しい短冊あげるね」

「……いや、要らないわ」

「え?」

 

閃いたのはまさに、マスターが腕を伸ばしてその瞬間。

ぱしりと、少女は短冊を取ろうとした腕を逆に捕まえる。

それからその白く煌めき肌に指を這わせる。

ついと、冷たい感触が筋をなぞって、少年は肩を震わせる。

 

「ジャンヌ……?」

 

そう声をかけても、少女は無言。

なぞっていた細い指は、やがて少年の肌に爪立てる。

微熱とともにぷっつりと切れ、滴り始める赤。

その傷口を彼女は爪を使って広げてゆく。

マスターの肌に刻みながら、「言ったでしょ」魔女は語る。

 

「私は七夕が嫌いなの。『星に願いを』なんてロマン溢れる柄じゃないし、誰かが叶えてくれるのを待つほど気長でもない。だから……欲しいものには、ちゃんと名前を書いておく主義なの」

 

そう彼女は微笑んだ。

赤々と少年の腕で潤み輝く、『Jeanne d'Arc』という文字を見せつけながら。

 

……これはまた、大胆なことを。

 

刻まれた文字の熱さに、マスターの頬もついと上がる。

 

「……でもさ、君のものになるかはオレ次第じゃないかな?」

 

訊いてはみたが、実際には意味のない質問だとわかってる。

ただ単に知りたかったのだ。

この少女が、どんな言葉を返してくれるのか。

そんな好奇心が止められず、思わず尋ねてしまった。

すると彼女は「それはそれでいいんじゃない?」と答えてみせる。

 

「けど結局、そんなすました顔は出来ないわ。きっとね」

「どうかな?」

「じゃあ予言してあげる……『貴方は今夜、私の部屋の扉をノックする』って」

 

待ってるわ。

 

言葉を告げて、手を離して、少女はあっさり立ち去った。

先程までの熱烈さは嘘のような幕引き。

 

残したのは少年と、爪でえぐった傷跡。

 

……ああ、まったく。

 

腕に残った痛みを抱き締める。

 

痛むたびに心臓は鼓動を増して。

滲むたびに顔の温度は上がる。

 

脳髄に染み込むこの甘さは、まさに麻薬。

 

……真実は一つだけ。

一分一秒でもいいから、早く見たかった。

 

『私のものよ』と笑った君の笑顔を……。

 

「……かっこいいのに可愛いんだよな、ほんと」

 

そう少年は宣言する。

なんとも嬉しい、この敗北を。

 

……そして、少年は準備を再開した。

祭りのための準備を、早く終わらせるために。

 

 

今夜はもう一つ、大事な予約が出来てしまったから……。

 


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