私の名前   作:たまてん

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お料理するオルタズなお話です。
よろしくお願い致します。


白を着る理由

 

 

「……美味しい」

 

感嘆の声が、濡れた唇から漏れる。

褐色肌の彼女が手に持っていたのは、木製のお椀一つ。

中にはもくもくと暖かな湯気を漂わせるこげ茶色の流体。

緑や白など静かな色のかけらたちを漂わせるその一椀は、味噌汁と呼ばれる和食料理。

それは少女――魔神の沖田総司にとっては非常に食べ慣れた料理。

また馴染み深い故に、はっきりとその美味しさを感じ取れる一品であった。

沖田は椀と箸を置き振り返ると、にっこりと微笑んで「とてもおいしい」ともう一度口にした。

すると、背後にいた人物は「そりゃどうも」とそっけない答えを返す。

 

「……別段これといってすごいもの作ってるわけじゃないし、無理して褒めてくれなくていいわよ」

 

きゅっと蛇口を閉め、洗った調理器具を拭いて元の棚に戻すのは沖田と同じ目をした黒衣の少女。

身にまとっていた白のエプロンをとり、ポンポンと慣れたしぐさで畳むのは何を隠そうかの邪竜を従えし唯一の魔女。

ジャンヌ・オルタは冷蔵庫から冷やしてあった麦茶の容器を取り出し、コップ二つとそれを持って沖田の前の席に座る。

しかしそんなあっさりとしたジャンヌとは反対に、沖田は少し目を輝かせながら「そんなことはない」と否定を口にする。

 

「これだけものを瞬時に作れてしまうなんて、疎い私からしたら魔法のようだ」

 

そういって示したのは沖田の前に広がる食器たち、その上に盛られた料理の数々である。

白いごはん、味噌汁、焼き魚、おひたし、豆腐……。

和を特徴とした品々がずらりと並ぶ。

それらをつまみながらしきりに美味しい美味しいとつぶやく守護者の少女に、魔女は赤くなった頬を手の甲で隠しながら「大袈裟よ……」とつぶやく。

それから持ってきたコップ二つに冷えた麦茶を注ぎ、「どうぞ……」といって一方を沖田に差し出した。

それを「ありがとう」と受け取ってごくごくと飲む邪気のない姿を見ると、なんだか途方もない脱力感に襲われてしまって、ジャンヌは大きくため息を吐いた。

「……まぁでも。満足してもらえたんならよかったわ」

 

ジャンヌがこうやって食事を作った理由。

それは約一時間ほど前、彼女たちがレイシフトから帰ってきたところまで遡る。

 

今回のレイシフトは一日がかりも大騒動。

飲まず食わずでひたすらに素材回収に走る一行。

当然ぐだっぐだに疲労し、お腹も背中の皮に引っ付くほど空くこととなる。

しかし、カルデアに帰還したのは夜の十一時過ぎ。

食堂はとうに閉まっており、間の悪いことにジャンヌたちの備蓄インスタント食料も尽きた。

 

 

加えてこの空腹は朝まで保てそうにない。

そんなときジャンヌがとった行動が……。

 

「……自炊すると言ったときは驚いたぞ。だが出来は悪くない。よくやったぞ、空振り女」

「……どうしてアンタのぶんまで作ってやっちゃたのかしらね」

 

やっぱ疲れてんのね私、と麦茶を煽りながら、もっきゅもっきゅと頬を揺らす金糸の髪の少女を睨む。

睨まれた少女――アルトリア・オルタはきょろきょろと辺りを見渡し、「私のコップはどこだ?」と首をかしげる。

 

「ないわよ。自分で用意しなさい」

「貴様サービスが悪いぞ」

「サービスはメイドのアンタの領分じゃなくて?とゆうかそれぐらい自分でしてよ。私アンタらの分作って自分の分無いんだからさ……」

「……なるほど、じゃあオレが作ってあげようか」

 

――びくんと、無意識に体が跳ねてしまった。

慌てて振り返ると、背後には「ばんわー」と間抜けな挨拶をする一人の青年の姿。

……本当に疲れているらしい。

こんなあほ面を浮かべた奴の気配にも気づけないなんて、よほど重症だ。

 

「……寝るんじゃなかったの?」

「そうしたいのは山々だったんだけど、空腹が無視できないレベルにまで達しててね。何かつまんでから寝ることにした……それ、ジャンヌの手作り?」

「そうだぞ。とってもおいしいんだぞ」

 

言って自慢げにお椀を差し出す沖田。

目を輝かせながら迷いなく賞賛する様に、ジャンヌは「やめてよ……」と頬を染めながらそっぽを向く。

 

「へぇいいなー。オレももっと早くくればよかったな」

「早く来たところであんたの分なんてつくってやんないわよ。缶でも食ってなさい」

「おや冷たい……けど、なんか安心したかも」

「何が?」

 

そう聞き返すと、マスターは「だって一時期すごかったじゃないか」と話を続ける。

 

「ジャンヌってさ、ものすごく料理の勉強してたじゃん。本読んだりエミヤさんに聞いたり、それこそ徹夜でしてたり」

「……また余計なことを覚えてるわね」

「余計じゃないよ。だって実際に成功してるじゃないか。沖田さんにもアルトリアさんにもみんなに喜んでもらえてるんだし、練習したかいがあったよね」

 

そう、マスターは笑顔で言った。

 

……ああ、本当によかった。

この気だるさが、私の全身を支配していてくれて本当によかった。

でなければきっとこの拳は、そんな戯言をのたまった彼の唇めがけて一発かましていたことだろう。

 

……みんなのため?

馬鹿を言うな、この私が、竜の魔女が『誰かのため』なんかに努力するわけないでしょう。

私が努力したのは、たった一つのため。

すべてはあの時の報復。

 

……嫌がると信じて、渡したチョコ。

それをものともせずに、アンタはばりばりと食べてみせた。

そのとき向けられた笑顔が、苛立たしくて。

……でもなんだか、同時に胸の中に温かいものが込み上げてもきて。

逃げるしかできなかった自分が悔しかった。

悔しくて、泣いて、思い出して駄々をこねて拗らせるだけの日々。

 

でもいつか、料理をしてるアンタを見て思い付いた。

 

……そうだ。

 

アンタが一生懸命に作った料理よりも、ずっとずぅっと。

 

美味しい料理を私が作ってやれば、今度こそ悔しがってくれるはずだ。

 

だから練習した。

アンタの悔しがる顔が見たいがために、私は努力した……のに。

 

『――なんか、安心したかも』

 

……代わりに見れたのは、ほっと胸を撫で下ろしたかのような表情だけ。

ああ、なんで。

そんなにも容易く……誰かを想う表情を作れるのか。

 

「……やってられるか」

 

つぶやくと、ジャンヌは立ち上がる。

それからかつかつと足音を響かせながら調理場へと足を運ぶ。

 

「どうしたのジャンヌ」

 

背後から声が響く。

何一つもわかっちゃいない能天気な声。

少女はその無知な声へ向けて語る。

 

……アンタの分、今から作るからと。

 

「え?でもさっきは面倒くさいって」

「気が変わったのよ。作ってあげるわ……だから精々戦きなさいな。アンタよりも数段上手くなった、私の実力に」

 

にやりと笑ってみせる魔女。

 

その凄惨で不器用な笑顔に、『誘い方が下手だな……』と外野二人が思ったのは内緒である。

 

言われたマスターはぽかんと呆けた顔を一瞬。

 

けれどすぐににこりと笑い返す。

そしてこう言うのだ。

 

――じゃあジャンヌの分はオレが作るね、と

 

今度はジャンヌがぽかんとなる番。

マスターは「それぐらいはしないとね」と立ち上がり、歩み寄ってくる。

 

「ジャンヌだって晩御飯食べてないんだし、ギブアンドテイクでいいでしょ?それともまさか……『無償』で君はそんなことをしてくれるのかな?」

 

最後のささやきは、少し頬を歪める彼。

 

……コイツ、ちゃんとわかってるじゃないか。

 

私の煽り方を、誘い方をしっかりと心得ている。

 

「……アンタも大概、いい性格してるわね」

 

苦笑すると「慣れだよ」と肩を竦める。

 

……ならば、尚更だ。

 

尚更見せたくなった。

 

アンタの知らない私を、アンタが想像し得ない私の味を。

 

見せつけて驚かせてやりたい。

 

だから……。

 

「……負けないわよ」

 

「勿論、オレも負けないよ」

 

――その言葉を皮切りに、互いにエプロンを手に取った。

 

……変わらない。

 

結局本質は変わらないのだ。

私がこんな、似合いもしない『真っ白な』エプロンを纏う理由。

 

それは単に……アンタの驚く顔が、見てみたいだけ。

 

ただ、昔と少し違うのは。

 

……美味しいと一言、添えてもらいたいだけで。

 

 

「……随分、女々しくなったわね」

 

まったくなぁと苦笑しながら、ジャンヌはリボンを結ぶ。

 

……似合いもしない『白』を揺らしながら、少女は包丁を手に取るのであった。

 


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