私の名前   作:たまてん

53 / 63
前回のカドアナ&ぐだ邪ンの後日談とそのサイドストーリーになります。
どうぞよろしくお願い致します!


柔くて温い味

柔くて温い味

 

「――エモい。エモいか……いったいなんの略称なんだ……?」

 

首をひねり続けるカドック。

真剣に悩み続ける姿はなんともいじらしいものがあって、アナスタシアはくすりと笑う。

並んで歩く二人は、そうして元いたジャンヌ・オルタの部屋へと戻る。

 

こんこんとノックをしてみる。

が、応答はない。

 

「……留守か?」

「でしたら合鍵を頂いてますので、CD だけ置いておきましょう」

「……結構、仲いいんだな」

「マブダチよ」

 

きりりと決め顔で語るはジャージ姿の皇女さま。

……果たして彼女に親しい仲間出来たことに喜ぶべきか、むしろ止めるべきなのか、今のカドックには断言できなかった。

 

カードを通せば、鉄の扉はかしゅんと一瞬で開く。

そして、その部屋の光景を瞬時に顕にするのだ……。

 

「……あ、やばい」

 

――そう漏れでた声は、マスターのもの。

いないと思われた部屋の主であるジャンヌ・オルタも、同じく額に汗を流している

青ざめた顔、何に怯えたものかと言えばそれは勿論……彼らの、体勢によるものだ。

 

……二人は、ベットにいた。

横たわるジャンヌに、のし掛かるマスター。

そして互いに、相手の胸元に指をかけていてーー。

 

 

ばちんっ!

 

そう大きな音を奏でて、カドックは扉を閉めた。

横開きの自動ドアを、手動で。

 

ぜぇぜぇと、肩で息をしながら、マスター以上に青ざめた顔で。

 

「カドック。今のは……?」

「……何も見てない。それでいいね、アナスタシア」

「……ダー」

 

アナスタシアはうなずく。

真剣な面構えのカドックを前にして、否定などありえない。

すると同時に、カドックが持っていた端末がコール音を告げる。

 

ポケットからとりだしボタンを押すと、カドックはそれを耳につける。

すると端末を通して『ほんとすみません……』というか細い声が聞こえてくる。

 

「……別に構わないが、時間はわきまえた方がいいぞ。まだ昼時だからな?」

『いやその、まだ唾液による魔力供給しかしてないからセーフ……』

「まだ?」

『……以後気を付けます』

「そうしてくれ」

 

電話を切ったのち、カドックは目頭をつまんでため息をつく。

 

……仲がいいのはいいんだがな、まったく。

 

「……魔力供給、ね」

 

ぽつりと呟く。

とたん、びくんとカドックは両肩を震わせた。

 

「アナスタシアっ!今のは、特にだな……」

 

聞かれたと思い、慌ててとりつくろうとする。

けれど少女は「わかっています」と微笑した。

 

「何も聞かないわ……ただ、一つ思ったの。そういう言い方をすれば、私は知ることができたのかしら?ーー貴方の、その柔らかな味わいを」

 

伸ばされた指は、うすっらと少年の唇を撫でた。

そして、ただそれだけの動作なのに。

 

……少年の頬は、瞬く間に熱を帯びる。

 

 

「……からわかないでくれ」

 

言いながら口元をぬぐい、顔を反らす。

背後では、くすりと笑う声。

 

……なされるがままなのが、どうしようもなく悔しい。

 

「……でもやっぱり、そんなことで知っても意味がないわ。だから絶対にもう言わないけれど……いつかは、教えてくださいな」

 

そう君は笑うと、廊下を歩き出した。

 

――その言葉はきっと君からしたら何事もない一言なんだろうけど。

 

目の前の少年には……非常に、強烈である。

 

「……不安だ」

 

この先歩いて行く果てしない道を思い、少年はそう呟く。

けれど……立ち止まることは、決してないから。

 

まだ熱残る顔をぬぐって、彼は先をゆく少女の背を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

Side Black

 

 

 

「……とりあえず、これでしばらくは動けるでしょ」

 

言って少年は顔を上げる。

連動してきしりと音を立てるベット。

そしてその上に横たわり口元を拭いながら「べとべとする……」と嫌そうな顔を浮かべる少女。

恨みがましい視線に、許してくれよとマスターは苦笑した。

 

「粘膜接触での魔力供給なんだから、それは大目に見てくれ」

「……いう割には、やけに嬲ってきた気がするけど?」

 

それはご愛嬌、とマスターは片目をつぶり、逆にジャンヌは吐き出すような深いため息をついた。

 

「……けど、ありがとうね。今まで頑張ってくれて」

 

言いながら、少年は少女んの髪を撫でる。

――本来なら一体ですら維持の難しい限界を二体分行えているのは、魔力消費を抑えてくれているジャンヌのおかげあってこそだ。

けれど少女はそれを自慢げにすることはなく「アンタほどじゃない」とさえ語る。

 

……本当、君ってやつは。

 

「……けど、さすがにそのご褒美が『これだけって』いうのは、割に合わないわよねぇ……?」

 

え、とマスターは口を開ける。

言われた意味がすぐに理解できずに起きた、それは一瞬の思考の停止。

 

……そのチャンスを、ジャンヌは見逃さない。

ぐいと襟首をつかんで力の限り引く。

少年はつられて、少女の上に覆いかぶさる形をとらざる得なくなる。

 

交差し合うは、黄金と蒼の光。

深い深い海色の瞳映る自分を、しっかりと見つめながらジャンヌは語る。

 

……もっと私を愉しませろと、その固い胸板をなぞりながら。

 

「……まだ昼間だよ?」

「あら、貴方ってそういうの気にする性質だったかしら?……さっきのキスで、欲求不満だってのはお見通しなのよ」

「一応体裁っていうものがあるんだよ、オレにも」

「ちゃんと鍵も閉めてるんだから問題ないでしょ。てゆうかそもそもよ……ここで引いたら、アンタそれこそ情けないわよ」

「……あのねぇジャンヌ。君の方こそどうかと思うぜ……やめるなんて、誰が言った?」

 

にやりと、彼は笑う。

それはへらへらとした取り繕ったような笑みなんかじゃなくて、『彼』らしい微笑み。

……この竜の魔女が、好ましく思えた笑みだった。

 

指を這わせて、互いの胸元に触れる。

近づいていく、唇と唇。

甘い吐息を絡ませながら、その熱を吸いあう……直前。

 

――かしゅんと、開く音が鳴った。

 

「……あ、やばい」

 

見つめてくる二人の視線と目が合ってしまって、思わず声に出た。

 

一瞬の静寂のあとに、少年が扉を勢いよく閉める。

 

ばちんと音を立てて、再び二人きりの時間だったが……それどころじゃあない。

 

「……ごめん。合鍵渡してたの忘れてた」

「……勘弁してくれ」

 

ちろっと舌を出す魔女に、少年は深く息を吐く。

反省の見えない表情、腹が立つ。

本当、どうしようもなく腹が立つのだ。

 

これだけやらかしているといのに……これっぽちも、君を嫌いになれない自分自身に。

 

「……覚悟してろよ」

 

そう、悪戯っぽい瞳をで見つめてくるジャンヌにマスターは微笑み返して。

 

ポケットから携帯端末を取り出し、そのコールを鳴らすのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。