私の名前   作:たまてん

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グランドオーダー二次創作、ぐだ邪ン&カドアナです。
二部永久凍土帝国ネタバレあります。カドックくんが行動を共にし、ぐだ男がアナスタシアを再召喚したという設定です。
カドアナ成分おおめ、ぐだ邪ンはいつも通りです(説明放棄)

どうしてもぐだ邪ンで組み合わせたかったの、すまん。

拙い部分多々あるとは思いますが、
改めて、どうぞよろしくお願いします。


あなたが気になる皇女さま、貴方が気にする竜の魔女

「――やっと見つけたわ、カドック」

 

そう、声が響く。

それははっきりと透き通っていて、よく鳴る音色。

なんてことないはずの自分の名前に、心地よさすら覚えてしまう。

音楽が奏でられたほうへ少年は振り向く。

その視線の先に見えたのは、かつんかつんと踵を鳴らし無機質な通路の向こうからやってくる『真っ白』な人影。

長い髪を揺らし、白いドレスを棚引かせて。

その胸に象徴たる人形を抱いた、一人の少女。

 

――キャスターのサーヴァント、アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァはゆっくりと歩みながらその少年、カドック・ゼムルプスを見つめていた

 

「……僕に何か用かい?キャスター」

 

淡々とした声は、特筆したものはなく凡庸そのもの。

二つの声を比べれば、少女のより彼の普通さの方が目立ってしまうぐらい。

けれど、そんなことはいつものことでもう慣れた。

……いや慣れていた、と言うべきか。

今の二人は、あの獣の国にいたころの二人ではない。

少年は破れながらも生き延びて、少女は死に絶えながらも再び顕現した。

今のアナスタシアの主は、他でもないあの黒髪の日本人。

同じ声同じ姿同じ魂でも……『違うひと』だ。

それでも、カドックの声はそのほかの人間たちにかけるものより幾分か柔らかい。

無表情なままだが、微かにぬくもりがある。

その些細さが、この少女に伝わるとは思いはしないが。

それでも叶うなら、変わらぬ敬意を払い続けたい。

忘れもしない『あの瞬間』を、想うがゆえに……。

 

カドックの問いかけに、アナスタシアはええと頷く。

するすると歩み、目前へと立った彼女。

深い蒼の瞳にカドックを映しながら、ただ一言「あなたに伝えたいことがあるの」と告げた。

 

「伝えたいこと?何だいそれは?」

 

首を傾げるカドック。

見た様子、それを伝えるためにわざわざ探していたようだ。

だが少女がそこまでするほどの内容に、思い当たるものはない。

 

「すぐに済むわ。だから聞いて――カドック」

 

かつんと、踵が高鳴って、少女の顔は迫る。

吐息がかかるほど、近く。

会話するには、度を越した距離。

 

「キャ、キャスター……?」

 

吐き出した自分の息が、少女に跳ね返って戻ってくる。

さしもカドックもたじろいだ。

なのに、白は変わらず白のままで。

 

「――私、前からあなたのことが」

 

唇が言葉を紡ぐ。

吊られて、心臓の鼓動が増す。

けれどもそれは普段のものとは違う『何か』。

カドックが今までに感じたことのない未知なるものだと直感的に思う。

そしてその予感はまさに的中する。

不安と……何かの期待が入り混じりながら。

少年はその音色を、確かに鼓膜に響かせる――。

 

 

「――とっても、エモいと思うわ」

 

「……は?」

 

――ほら、この通り。

皇女の口からこぼれた言葉はかつてないモノで。

 

少年を凍てつかせるのは……十分すぎる一言だった。

 

 

 

□ □ □

 

「……彼女に何を吹き込んだ?」

 

ぎろりとその目を光らせて、カドックはそう問うた。

相手は無論、目の前に腰かける少年。

黒髪に蒼い瞳。

身に纏うは全身を染め上げる漆黒の礼装。

唯一肌色をさらけ出された右手の甲には、赤く刻まれた魔力の紋章。

 

――人理修復者、カルデアのマスターは睨みを利かすカドックに対して「なんのことかな?」と首を傾げた。

 

「とぼけるな。君がキャスターに変なことを教えたのは知ってるんだぞ」

「変なことって言われてもな……とりあえずせっかく淹れたんだから、冷めないうちに飲んでよ」

 

ほら、と少年は手を差し出して湯気の立つカップへと示した。

ほんのりと甘くいい香りではあったが……そんなこと、今はどうでもいい。

 

「それよりも先に、君がキャスターに教えたあの奇々怪々な言語について教えろ」

「奇々怪々?魔術的な意味なやつ?そんなオカルト紛いな言葉なんて知らないし、何よりオレが魔術に関して無知蒙昧だってため息ついてたのは、他でもないカドックくんでしょ」

「いやそうじゃない。魔術的な方じゃなくて、その……とにかく様子が変なんだ!言ってる意味の大半が理解できない……」

 

頭を押さえ、苦虫を噛んだような表情を浮かべる青年。

……よほど本人のキャパシティを越える内容であったらしい。

好奇心を刺激され、マスターは「例えばどんなの?」と尋ねる。

カドックは「おとといの話だ……」とまるで罪を告白する咎人のように語りだした

 

「夕食を一人で摂ってたら、キャスターが同席してきたんだ。最初は何もなかったんだけどキャスターの奴、唐突に食べていたパンを僕に見せてこういったんだ――『このパン、チョベリグおいしい』って」

 

「……はい?」

 

ぱっちりと、マスターは目を大きく見開いた。

呆気にとられるその反応に、カドックは「僕もそうなったさ……」と口元を抑えながらつぶやく。

 

「けどそれだけじゃない。本を読んでいると突然『まじ尊い』だの『キレそう』だのつぶやき出したりするんだ。あとはなんだ?まじま、ま、ま……」

「まじ卍」

「それだ!やはり吹き込んだのは君だったんだな……」

「いやそれは違うんだけど……まぁこういうのって日本語ならではだよね」

 

ふぅと、少年はため息をつく。

それからすごい目力を与えてくる青年に対し、ゆっくりと説明をし始めた。

 

「……今カドックくんが言ってるのは、いわゆる流行語ってやつだよ。主に日本とかで中学生とか高校生とかが使ってる略語みたいなもの。例えばの話だけど、さっきのアナスタシアさんの『キレそう』とかは『この本すごく面白くて、むしろ怒りたくなってきた』って意味」

「面白い内容で怒られるとか理不尽じゃないか、それ」

「まさしくその通りなんですが……他にも『ちょべりぐ』は『超ベリーグッド』の略。逆に『超ベリーバット』で『ちょべりば』もある」

「……よくわからないが、とりあえず君のせいで間違いないんだな?」

「だからそお結論を急かないで……確かに同じ日本人だけど、オレはこういうのにはむしろ疎い方なの。それにだ……流石に、オレもそこまで怖いもの知らずじゃない」

 

目の前に腕を組んで仁王立つ保護者を見上げながら、マスターはそう言った。

対してカドックは「なら誰なんだ?」ときつい声音のまま。

 

……ほんと、可愛いことだ。

 

「こういう関連に詳しいサーヴァントなら適任がいるんだけど生憎まだ再召喚が出来てない。それに彼女に比べたら、教えてる言葉の年代もバラバラで適当で、まるでネットからかき集めたみたいな付け焼刃。となると、そんなおバカで可愛い犯人さんはたった一人しかいない……とゆうかそもそも、アナスタシアさん以外に現界させているサーヴァントなんて、一人しかいないんだけどね」

「……あの竜の魔女か」

「そう……うちの可愛い、竜の魔女さんだよ」

 

くすりと、本当に自慢そうに。

 

黒髪の魔術師もどきは、そう微笑んだ。

 

 

□ □ □

 

「――とゆうわけで。単刀直入で聞くけど、アナスタシアさんにいろいろ教え込んだのは君かい、ジャンヌ」

「ええ、そうよ。何か問題あって?」

 

大ありだよ、とマスターは肩を竦めた。

 

「君がそういうこと教えたせいで、代わりにオレがカドックくんに怒られちゃったんだからね」

「あら。マスターなんだからサーヴァントのことも責任を負ってくれるのではなくて?」

「生憎そんなプライベートまでは背負えません……とゆうわけでカドックくん、原因この子だったよ。存分に叱ってやってくれ」

「……いや。それはそう、なんだが……」

 

言い淀むカドック。

その戸惑いは、今彼が目にしている光景からのもの。

眼前に立つは、あのフランスを貶めるために生まれた聖処女のコピー。

邪竜ファヴニールを従え、災厄をまき散らした竜の魔女。

反転のサーヴァント、ジャンヌ・ダルク・オルタがそこにいた。

……いたの、だが。

 

「――叱るの何も、私そんなに悪いことしてないわよ」

 

そう口を尖らせながら、ぼさぼさに乱れた頭を少女は掻く。

……上と下、へその辺りの一本線で分割された上着とズボンは伸縮自在の素材。

着ているもの快適さと容易さを重視するあまり。だらしなさを前面に推し出した真っ黒な衣。

――ジャージと呼ばれる服装に身を包に、自らの部屋の扉にぐでんともたれかかるその少女は……どう見ても、『魔女』なんて言葉からは程遠かった。

「てゆうかさ。最近君食べ過ぎだと思うんだよ、色々。この前だって隠れて食糧庫に間食漁りに行ってたでしょ?」

「ええ。でも特に問題ないはずよ。基本、貴方の分の食量しか減らしてないから」

「いや大問題だよそれ」

 

しかし、カルデアのマスターは特に気にした様子もなく、ジャージ姿のだらしない魔女と普通の会話をしてる。

呆気にとられるカドックだったが、そんな彼の背後から、また新たに声が聞こえる。

 

「――ジャンヌさん。先日お借りしていたモノを返しに参ったのですが……」

「キャスター!君いつの間に……え?」

 

聞こえた声は間違いなく彼女のもの。

けれど振り返ったカドックは……さらに、衝撃的なものを目にする。

 

――白だった。

ジャンヌ・オルタとは正反対。

全くの別色。

けれど色違いなだけで……あとは、ぴったりとおそろいだった。

だぽだぽの裾と袖、少し大きめであるが故に口元は襟下に完全に埋まってしまっている。

右手には人形、左手に正方形の薄い板。

日常的な、あまりに凡庸な姿は今までのカドックの記憶には存在しないもの。

だけど……その髪と目の輝きは、紛れもなく彼女の光。

 

――アナスタシアは、そのてろんと伸びた衣装に身を包み、カドックを見つめ返していた。

少女にとっても、カドックとの出会いは予想外だったようで呆然自失の御様子。

けれどだんだんと、わずかに覗き見える雪のほっぺたに朱色が滲み始める。

 

「――っつ!また改めてお尋ねしますっ!」

 

完全に赤に染まる前に、弾けたように少女は走り出した。

逃げるように、通路の向こうへと。

 

「キャスター!」

 

反射的に、カドックその背中を追う。

マスターもそれに倣おうとしたが「アンタはここにいなさい」と背後から伸び腕に首を締め上げられて頓挫する。

 

「ちょ!ジャンヌ、首が締まる、まじでそれはダメだって……」

「大げさねぇ……貴方が行ったんじゃ、ただの邪魔者でしょ。いい機会なんだから、二人きりにしてやんなさい」

「……えらく親切じゃないか、今日の君」

「一体繋ぎとめてるだけでバカ食いされてるくせに、二体分の魔力を意地でも賄い続けてる奴ほどじゃないわよ」

「……君が鎧姿じゃない理由はそれか」

 

さぁどうかしら、とジャンヌは笑う。

少年を締め上げていた腕に、もう力はない。

背中にかかる体重は驚くほど軽いけど……完全に脱力しきってるのだというのは、よく感じ取れた。

 

「……服とか力とかいろいろ削り落としてるけど、やっぱりきついものはきついわ……恨むわよ」

「……ごめん。でもどうしても、彼に会わせてあげたかったんだ。自己満足っていうのは、わかってるんだけど」

「勘違いしてるみたいだから言うけど、私が恨んでるのはあの娘を現界させ続けてることじゃなくてアンタの貧弱な魔力量の話をしてるだけだから」

「辛辣だなぁもう……」

 

苦笑するマスター。

そして彼は向きを変え、もたれかかるジャンヌをその胸に抱きとめる。

すぐ下に見える白い頭を。ゆっくりと少年は撫でる。

 

「……いろいろ教えてあげたのって、彼女のため?」

 

尋ねると、ええそうよとジャンヌは頷いた。

 

「……あの子、いきなり私のところ来たと思ったら『現代の方々のスキンシップの取り方を教えてください』なんて言ってきたのよ。まったくもう……可愛かったわよ、ほんと」

「確かにそりゃあ可愛い……けどカドックくんにはあんまり意味なかったかもなぁ」

「知るか。どうせ答えは決まってるんだから、どうやっても問題ないでしょうが」

じれったいのよ、と頬を膨らませる。

……口は悪いが、だいぶお気に入りであるようだ。

確かにジャンヌが好きな美男美女こんびだけれども……きっと彼女なりの、想うところもあったのだろう。

――しかしまぁ、これだけは尋ねておかないと。

 

「――さっき言ってた『スキンシップ』の方法だけどさ。誰に教わったんだい?」

「……鈴鹿よ。そういう方法ない?って聞いたら、嬉々として教えてくれたわ。けどあの子フィーリングでどうにかしてとか言うし、めちゃくちゃよ」

「へぇそう……それでだ。その『スキンシップ』、いったいどこの現代人ととるつもりだったのかな?」

「……訊かなくてもわかることを訊くバカは嫌い」

 

……ほんのすこしだけ、胸の中の温度が上がった気がする。

気のせいかもしれないけど、なんだか嬉しくなってマスターは一層少女を抱きしめた。

そして、すっとその頭に唇を落としながらマスターは言った。

 

「……君って本当に、『ちょべりぐ』だ」

「……そういう貴方は、『ちょべりば』よ」

 

そうですか、と微笑みながらマスターは拗ねる彼女の髪を撫でる。

一回、一回と、丁寧に。

変わらぬその感触、その温度の再会に……心からの感謝を込めて。

 

 

 

□ □ □

 

――走る。

狭い通路を走る。

追いかけるは白い背中の少女。

すぐに追いつけると思っていたが、これがなかなか追いつかない。

元から運動が得意なわけじゃない、だからすぐに意気があがった。

すべてが凡庸、普通、平凡。

でも……お願いだから、今は届いてくれと手を伸ばした。

これ以上の『特別』なんて求めない。

世界を変える力がないなら、それでいい。

だからせめて……もう彼女を、取りこぼさせないでほしい。

失われる重さ、薄れてゆく肌、濁ってゆく瞳。

彼女だったものが、跡形もなく消えてゆくあの光景。

 

『……本当に……かわいい……人……』

 

……あんな笑顔、もう二度と見たくない。

できるはずだったなんて、もう言うもんか。

だから、だからだから――!

 

そんな思いと共に、カドックは手を伸ばす。

自分の全霊を持って、悲鳴を上げる体を震わせて。

 

そしてその結果――その指は、少女の左手を掴んだ。

急停止する少女、握っていた本は地面へと打ち捨てられる。

 

アナスタシアはその手を振りほどこうとしない。

互いずっと、荒い息を吐き続けている。

 

「……すまない。ただ、少しだけ……話を、聞いてくれないか……?」

 

そう絶え絶えに、カドックは語る。

うつむく彼は、その時地面に打ち捨てられた正方形が視界に入れる。

 

「これは……?」

 

プラスチック製のケース、拾い上げて表を見てみる。

それは、いわゆる音楽ディスクのケース。

パッケージを見る限り、その音楽ジャンルは――。

 

「……ロックが、好きなのでしょう?」

 

響く声に、カドックは顔を上げる。

少女は変わらず前を向いたままこちらを見ようとしない。

けれど握りしめた指先は、思っていたよりも熱いもので。

 

「……いろいろと、探してみました。あなたが好きそうなもの、あなた喜びそうな話題、あなたが楽しんでくれそうな話し方……けれど、やはり難しいですね」

「……どうして、そこまでしてくれるんだ?」

 

カドックは尋ねる。

――ここにいる彼女に、あの時の『記憶』はない。

カドックに対して、そこまでする義理も縁もないはず。

ならば何故……?

 

そう尋ねると、皇女はくすりと笑う。

 

そしてこう答える。

はっきりと、確かに。

マスターに告げる。

 

「――私と話すあなたはいつも……痛そうな、顔をなさるから」

 

――息を飲む。

 

それは予想外――ではなかったから。

彼女と……『彼女』に似た彼女を見るたびにいつも心の奥底で。

 

――見えない棘の痛みを、感じていたから。

 

「……なるべく、あなたにとって好ましい人間になろうと思ったのですが……上手く、いかないわ」

 

……そうじゃない。

悪いのは彼女じゃない。

悪いのは他でもない、過去を引きずって今を見ようとしない……僕だ。

君が肩を落とす必要なんてない。

君が悩む道理なんてない。

新しい君には、僕なんて気にしないで……笑ってほしかったのに。

 

――変わってない。

僕はまだ、君に守られたままだ。

 

「……しょうもない戯言でした。お聞かせして申し訳ありません。今後は、お会いするのは控えるようにします。それでは……」

 

「――アナスタシア」

 

――その名を、口にした。

ここにきてからずっと、呼ばなかった名前。

……同じで、違う名前。

 

「……君と似た人を知ってる。君と同じ声、同じ姿、同じ名前……でも、別人だ」

 

遠ざかろうとする手を引き寄せながら、カドックは語り始める。

一切の嘘はなく、ごまかしもなく。

ただ正直な、彼の心を。

 

「……その人は、僕を信じてくれた。結果なんてない、力なんてない、何もない僕を……『マスター』と、呼んでくれたんだ」

 

――認めてくれた。

信じてくれた。

並んでくれた。

それはカドックにとって最高の喜びで、何よりもほしかったもので。

 

……なのに、自分力の無さで、すべてを失った。

今でも、あのマスターを殺したいと思うときはある、

未熟なマスター、自分以下を初めて知った。

評価は変わらない、この先も、あの少年は少年のまま。

 

でも……それでも、思い留まる理由があるとするならば。

 

「…君と彼女は違う。わかってる。わかってる。わかってる……けど、それでもそうだとしても……『守りたかった』んだ」

 

――あの時、できなかったことを。

 

かばうべき君を、かばえなかった後悔を。

『君』に似た君を守ることで、満たそうとしていた。

 

……なんて、勝手なこと。

 

「……これだけは、わかってほしい。君は何も悪くない、悪いのは、君を自己満足に使おうとした僕だ……だからもう、そんなことはしなくて、いい……」

 

言いて頭を下げるカドック。

その行為にはたしてどれほどの価値があるかわからないけど。

それでもと、少年は頭を垂れる。

……沈黙が続く。

 

さげすまれたのか、怒りか。

どちらにせよ、すべてを受け入れよう。

それは自分が負うべき咎なのだから。

 

「――バカな、ひと」

 

ため息共に、少女はつぶやく。

当然だ。

かつんと靴が高鳴り、握っていた手は振り払われる。

……当然だ。

 

「……顔を上げなさい。カドック・ゼムルプス」

 

そう、頭の上から声が降ってくる。

……殴られるかな。

想いながら、言われた通りに、少年は体を起こす。

視界に、白い少女を収める――その時。

 

むにっ、と。

 

その白い両頬は、小さく細い指がつまみ上げた。

 

「ひゃあ!?」

あまりにも突然。

情けない声を上げるカドック。

それに対し、つまみ上げた当人は「かわいい声ね」と微笑んだ。

 

「……私が申し訳なく思って、あなたに気遣っているですって?それは違うわ」

 

むにむにと頬をつまみながら、アナスタシアは語る。

少年は成されるがまま、その蹂躙を受け入れる。

 

「もしあなたを真に思うなら、私はすぐにここから消えるべきでした。なのに、そうはしなかった。難しくて、面倒で、それでも私が続けた理由はたった一つ――単純に、あなたに好かれたかっただけよ、カドック」

 

……そう微笑む君は、とてもやわらかくて。

 

――とても、綺麗だった。

 

息すら、忘れてしまうほどに。

 

「鏡でよく顔をご覧なさい。とってもかわいい顔をしているのよ、あなた。これで好きにならない人間はいないわ。もしくは単に好みだったのか……過去の私なんて関係ないわ。ただ一つだけ、お願いしたいことがあるだけ……」

 

言って彼女は、その手を差し出す。

白く細い手。

雪のように冷たくて。光のようにまぶしい手を差し出して。

 

彼女は言った。

その願いを、ただ一つの望みを。

 

 

 

「――はじめまして、カドック・ゼムルプス。今後とも……仲良くしてくださるかしら?」

 

――ああ、まったく。

結局、こうなるのか。

そうやって君は微笑んでまた。

 

……僕を、救ってくんだな。

 

「……かなわないな」

 

思わず声にこぼれる。

尚更、勝たせてやりたかったと思う。

けど……もう、それはおしまいだ。

今の自分が為すべきこと。

今の『君』と昔の『君』が信じてくれた僕にできることは。

 

 

「――よろこんで。こちらこそよろしく、アナスタシア」

 

 

――そう、君に微笑んで、手を取ることだけ。

伝わりあう熱に、二人は笑う。

それは確かな証。

……離さないと決めた、誓いだから。

 

「……そういえば、さっきはどうして逃げたんだ?」

「……流石に、この格好は恥ずかしいわ」

 

言って少女は我が身を抱く。

……恥ずかしさに頬を染める仕草は、なんとも言い難いものがあって。

思わず、頬が緩んでしまう。

 

「……でも、割り切ることにしたわ。実際に楽よ、カドックもおそろいにしましょう」

「いや、僕はちょっと……」

「私とおそろいが嫌なの?」

「そうではなく……あ、そうだ。さっきのCD。どうだった?感想を教えてくれよ」

「エモかったわ」

「それ僕にも言ってたけど、どういう意味なんだい?」

「ふふふ、ならジャンヌさんに聞きに行きましょう……楽しみだわ、聞いた時のあなたの顔」

「……覚悟しておこう」

 

そう顔を引き締めるカドックと、ころころと笑うアナスタシア。

二人は歩く、手をつないで。

例え、この先どんな寒さに震えようとも。

決して、止まることなく進もう。その熱を抱いて二人は。

 

――今度こそ、共に生きてゆく。

 

 

 


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