私の名前   作:たまてん

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グランド―ダー二次創作。
まだ好きになる前のぐだ邪ンです。時間軸は贋作の後。全五話です。
四話目です。
改めて、よろしくお願いします!


魔女は迷いて、鳥籠に死ぬ4

 

――しんしんと降り注ぐ。

重力にならって、水滴たちは地を目指す。

けれどそれは垂直な流れではない。

最中、立ち尽くす彼女の肌に触れ合って、伝いながら滴り行く。

跳ねては消えて、弾けては消えて、染み込んで消える数多。

濡れて包まれゆく全身。

熱くもなければ、冷たくもない。

そんな感性に浸るほどの余裕なんて、今はない。

自らの心臓で脈打つ

 

……終わる。

 

すべてが終わる。

貴方が抱いた感情を、私が抱いてきた感情を、ただの『欲情』と変えてしまえば。

もう二度と、夢を見ることはない。

……貴方の隣で歩くなんて、馬鹿げた夢を。

 

ノズルを捻る。

激しかった雨も、その一動作だけでぴたりと止んだ。

ぴちゃりぴちゃりと水を引き連れて、バスルームから彼女は歩く。

一糸纏わぬまま、自らの部屋まで闊歩する。

けれどパチンと指を鳴らせば、その湿りは瞬く間に消えて、代わりにガシャガシャとかち鳴る鋼を身に纏う。

魔力で編まれたその漆黒の鎧は、いつも通りの固さと冷たい肌触り。

どうせまた脱ぐことにはなるだろうけど、それでもこの感触には安心させられる。

 

……上手く出来るかはわからない。

 

けれど下手で幻滅されるというのなら、それでいい。

何はともあれ、彼が離れてくれることこそが一番大事なのだから。

 

――優しい世界だった。

貴方に呼ばれて降り立った世界。

そこには想像以上のぬくもりがあって、私は笑うことを覚えた。

楽しいと、くれた私は素直に言えなかったけど……大切にしたいと思えた。

 

でも……だからこそだ。

大切にしたいと思うから、関わっちゃいけない。

理由は語るまでもない。

サーヴァントとマスター、この関係ならば、この距離ならばまだやれた。

 

だけど……。

 

『……好きな、ひと?』

 

そう言って頬を染めた彼。

焦りだす少年

逃げるように背を向けた、貴方。

 

……本当は嬉しかった。

口許が綻んでしまうほど、声が漏れてしまうほど。

恥ずかしさに、白い肌が真っ赤になってしまうぐらいに、嬉しかった。

でも駄目だ。

何故ならこの手は…貴方に触れるには、『朱』過ぎる。

――十分だ。

あんなにも優しい世界を、見つめることが出来た。

こんなにも優しい貴方に、ほんのひとときでも……『想い』を向けてもらえた。

そういう意味では、鍵を無くしたあの日に感謝をしてる。

でなければきっと、この部屋という鳥籠から出ることもなく、あんな一時すら、見ることはなかったのだから。

 

――こんこんと、扉がノックされる。

 

それはここ数日で聞きなれた音。

けれどわずかばかり、その響きはぎこちない。

 

……来ないかと思ったけど、来てくれた。

 

かつんと、深く踵を鳴らす。

力強く踏み出さなければ、倒れてしまいそうだったから。

一歩一歩確かめて、彼女は踏み出してゆく。

扉の前に立ったとき、一度大きく彼女は息を吸う。

この向こうに立つ彼が、どんな顔をしているのかはわからない。

けれど例えどんなに沈んだ顔をしていても……もう、迷いはしない。

 

そして少女は鍵を開く。

開かれる扉。

すべてを受け止める覚悟を持って。

その先にいるマスターを、迎え入れた……。

 

「――やっほージャンヌ。約束通り、今度は二人分の差し入れ持ってきた。出来立てだよ」

 

にかっとした微笑み。

白いビニール袋を掲げて、少年は自慢げに見せつけてくる。

……呆気にとられる。

けれど少年は呆けるジャンヌのことなんて気にもせず、マスターはずかずかと入り込んでビニールの中身を広げ始める。

 

「えっとね、とりあえず一品メニューだけどグラタン貰ってきたんだ。ただ蛯とほうれん草で味違うからどっちがいいか訊きたくてさ。ジャンヌはどっちがいい?」

 

言って差し出してきた二つの容器。

まだ湯気が立っていて、まだ暖かい。

少女はしばらくそれを見つめたあとに、少年へ視線を戻す。

それから彼女は指を伸ばして――。

 

「――ふざけるな」

 

そう言って彼の手首を握った。

ぎりぎりと、音が鳴るほど締め上げる。

痛みのせいか、それとも筋肉の反応の限界か、マスターは容器を取りこぼした。

 

「……昼間の話、忘れたとは言わせないわよ。分かっていてここに来たんでしょう?なら、私も貴方も求め合うことはたった一つ……しろ」

 

言って彼女は腕を引き、少年をそのままベットに引き倒す。

軋んで揺れる白い布。

倒れ込んだマスターの上に、そのまま少女は馬乗りになった。

 

「……強引だね」

 

見下ろしてくる金色に少年は苦笑する。

対してその闇は「嫌なら出ていけばいい」と答える。

 

「別に嫌ってわけじゃないさ……けど今は、なんか嫌なだけ」

「あらそうなの。でもやりはじめたら、案外いいかもしれないわよ」

「それもないと思う」

「何故?」

「そりゃあもちろん……そんな顔の君に抱かれたところで、強姦しているみたいで寝覚めが悪い」

 

……頬が強ばった。

胸の奥をつかれたような痛みが走る。

見上げてくる瞳はまっすぐな蒼。

反らしたいのに……反らせない。

 

「……昨日君に誘われた時、実は全然嬉しくなかったんだ。初めてのキスだっていうのにドキドキもしなかった。あれだけのことされたら、普通男の子って少しは喜ぶだろうに……むしろいつもより冷めてた。で、試しに考えてみたんだ?どんなときに、何をされたときに君に惹かれたんだろうって。考えて考えて……ようやくわかった」

 

いうと少年は手を伸ばす。

まっすぐジャンヌに向けて。

固まった魔女は、それを避けることは叶わない。

伸ばさた指先は頬へと触れる。

そして彼は微笑み、その頬を――くいっと引っ張ってやる。

 

「っ!?何をしゅんのよ!?」

 

たまらず声をあげるジャンヌ。

歪んだ口許のせいで情けない声しかあげられず、ほんのりと頬が染まる。

反対にマスターは朗らかに笑った。

そしてこうも語る。

 

――そうゆう顔の方が、百倍かわいい。

 

……言われたジャンヌは、言葉に詰まった。

 

「……君が笑うのが好きだった。ただ単に楽しそうに笑う姿が。何も縛られず幸せな君の姿が、もっと見たいって。最初は焦ったよ。これがどんな気持ちなのかってわからなくて……でも今ならわかるよ。やっとね」

 

――幸せそうな顔をしていた。

言葉を語る貴方は、夢を見るような顔をしていて。

聞いている私すら、幸せになってくる。

心地のよい音に、酔いそうになる。

 

「――ジャンヌ、オレはね。君のことが……」

 

わかる、その先の言葉が。

駄目なのに、抑えきれなくなる。

聞きたい、聞きたいと思ってしまう。

期待に少女の白い手が、真っ赤に染まるほどに。

 

――真っ赤な、手。

 

「……馬鹿か」

 

つぶやいた言葉は、まぎれもなくその白い唇。

そして向けられたのは貴方にではなく……『私自身』だ。

 

「……ジャンヌ?」

 

言葉を途中にして、マスターも異変に気付く。

見上げる空は、彼女で覆われてるはずなのに。

 

……ぽたりと、彼の頬は湿る。

 

「……マスター。ならアンタも味わってみなさいよ――この、地獄を」

 

……どういう意味だろうか。

首を傾げ、少年はその疑問を口に使用とする。

けれどその前に……少女の唇が、言葉をふさいだ。

昨日と同じキス。

けれど……脳裏に過る世界は、昨日を越えた。

 

 

■ ■ ■

 

 

――泣き叫ぶ老人がいる。

 

許しを乞い、膝まづく。

端から見れば、なんて哀れ。

 

私はその同情すべき姿を……手を振ってあぶり始める。

 

途端、絶叫が響く。

肉を焼く香りが漂う。

もがき苦しむ火だるま。

 

その姿を見て、その光景を見て、私は。

 

 

……タノシカッタトオモッタ。

 

タノシイ、タノシイタノシイタノシイ!

モットコロシタイモットイタブリタイモットシイタゲタイ!!

コノテイドジャタリナイ!モットアソバセロ!モットイケニエヲヨベ!

 

ワタシノゾウオヲナグサメルタメ二!!

 

……憎悪は再現なく続く。

人をひたすら焼いてゆく、なんて悪夢。

けれど……それがたまらない。

ああもっと生け贄を、もっと嗜虐を。

なのにもう焼ける相手がいない。

どうしようつまらない。

 

……ああ、そうだ。

仕方ないわ、ほかにいないんだもの。

この復讐をするには、これしかないから。

 

だから――貴方を殺してもいい、マスター?

 

 

■ ■ ■

 

「……貴方が嫌がろうと、関係ない」

 

……静かに、魔女は語る。

かつての魔女の回想。

それを見て青ざめたマスターに語りかける。

 

「――私は復讐者。役目を忘れることはない。そして実際に……楽しかったわよ。あの司教さまが焼けただれる瞬間なんて、もうたまらない……マスター。改めて訊くわ。貴方は……私が貴方を殺さないって、何を根拠に信じられるの?」

 

 

……この手は、白かった時なんてない。

いつだって血にまみれて赤かった。

なんて都合よく忘れていたことか。

彼も……彼女自身も。

 

「……ねぇマスター。キスをしましょうよ。もっと深く」

 

唇を落としてくる彼女。

静かに近づいてくる。

……胸のざわめきが激しさを増す。

それはどきどきなんて生易しいものじゃない。

ただの警告。

それはつまりこう語る。

――逃げろ。

 

「――それが正しいわ」

 

少女は語る。

胸に当たる少年の手に、目を落として。

押し退けようとしていた力は、少年すら無意識だった。

 

「……違う、ジャンヌこれはっ!!」

「けがわらしい」

 

――息が詰まる。

言葉を許さぬ拒絶。

見下ろしてくる目は無情。

おののく少年に、彼女は静かに告げる。

 

「――よらないでください」

 

 

――別れの挨拶を、彼女は告げる。

 

それは少年にとって、果てしなく重すぎて。

 

……最後の優しさだとも、気づけないままだった。

 


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