私の名前   作:たまてん

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グランド―ダー二次創作。
まだ好きになる前のぐだ邪ンです。時間軸は贋作の後。
三話目です。
改めて、よろしくお願いします!


魔女は迷いて、鳥籠に死ぬ3

 

「……眠い」

 

――どんよりとした空気を纏って。

彼はよたよたと、おぼつかない足取りで廊下を歩く。

その目元には、大きくて黒いクマが出来ていて、一目で寝不足なのだと推察できる。

 

……寝不足にもなるさ。

あんな熱を、知ってしまったいまならば……。

 

――彼女の白い肌はまるで雪のようで。

棚引く髪は絹糸のように細く滑らかに揺れる。

黄金色の双眸、その光は琥珀を越える煌めきと透明を以て。

纏う漆黒は、これ以上ない耽美なる香りを漂わせる。

 

全てが、瞬く間に変わってしまった。

何気なく見つめていた光景、普通だと思ってしまっていた少女が、鮮やかに色に満ちゆく。

たった一つの言葉を耳にしてしまっただけで。

 

――好きな人。

 

何気なく語られた一言。

言われるまでその可能性にすら至れなかった。

……恥ずかしい話だが今までの人生、そんな経験とは皆無の場所に生きていた。

それがどんな感情なのか、どんな思いなのか、まるで知らない。

けれど……確かに違うのだ。

 

マシュに抱く親愛とも違って。

ダ・ヴィンチちゃんに預ける信頼とも異なって。

ドクターに向ける敬愛とも、同じではない。

 

だってマシュと話すときは、胸が高鳴らない。

ダ・ヴィンチちゃん近くにいても、頬は熱くならない。

ドクター目を合わせたって、見惚れるようなことはない。

 

全てが初めての、鼓動と熱と……滲むような、甘さ。

小説や漫画でしか知らなかった、でも確かに感じ取れる、これは切なさ。

この感情に名前を付けるならば、それは間違いなく――。

 

「……流石に、唐突過ぎる」

 

かぶり振りながら、マスターはつぶやく。

……確かに、少年にとってジャンヌの存在は特別だと言うのは事実だろう。

でもそれを『恋』と断言するには、漠然とし過ぎている。

そもそもジャンヌを好きなった瞬間はいつだ。

何が他と違った?何がそんなに惹き付けた?

頭を捻り考えてみても……脳裏によぎる彼女の姿に、少年は一層頬を染めるだけ。

一夜寝ずに過ごしてもこの始末。

加えて腹もぎゅるぎゅると空腹を訴えだしてくるのだから……本、我が身の情けなさに涙が出てきそうだ。

 

「……今日どうしよう」

 

……昨日の宣言通りなら、今度は夕食を持って尋ねに行くという結論に至る。

だがしかし、あんな風に逃げ出してしまった後だ。

気まずさが残るし、正直またあんなことになるんじゃないかとすくんでしまって乗り気には慣れない。

が……そのことについて謝らないと言うのも、失礼極まりないとよくよく自覚している。

 

「……せめて昨日みたいなことだけはしないでくれよ、オレ」

 

言いながらこれっぽちも信じ切れない自身に嘆息して、マスターは食堂に入る。

夜更かしのせいで、マスターが食堂に来た時間は普段よりも一時間ほど早い。

そのせいか人も少なく、部屋の隅まで見渡せるほど閑散としている。

並ぶのが常だった配膳もすんなりと通り、余裕をもって席に座れる。

 

……たまにはこういう早起きもいいかもしれない。

 

そんなささやかな幸せに彼は笑みを浮かべて割り箸をぱきりと二つに割いた。

 

「――おはよう」

 

傍らから聞こえてきた挨拶。

何も考えず一番座りやすい席に来たと思ったらどうやら先客がいたようで。

おはようございますと笑顔で少年も返して――そしてその微笑みを貼り付けたまま永久凍土と化す。

 

――真っ黒な鎧。

平常時であろうとその身を鋼につつみ剣を携える少女。

彼女はマスターの一席開いた場所に出して、白いカップに注がれたコーヒーに口を付ける。

かつんとわずかに音を立てて、ソーサーの上にカップが置かれる。

そして金色の目は硬直したマスターに向けられて、「どうかしましたか?」と少女は首を傾げる。

 

「……いや全然。どうもしてないです」

 

縺れながらも辛うじて答えらると、彼女は「そうですか」とあっさり頷いた。

 

……正直、全然大丈夫じゃない。

だってそうだろう、予想できるか。

彼の隣に座るはまごうことなく竜の魔女――ジャンヌ・オルタその人。

マスターの頭を悩ませる本人との、早すぎる再会であった。

 

■ ■ ■

 

「……朝早いんだね」

「ええ、そうですね」

「……いつもこの時間にくるの?」

「そうですね」

「……コーヒーだけで、足りる?」

「そもそも食事の必要がありませんから。これは単なる目覚ましです」

 

そっかとマスターは頷く。

……気まずいとか、そういうレベルじゃない。

投げかけた言葉が、全部空ぶってゆく感覚。

まるで手応えがない、壁と話しているような虚しさ。

勿論朝食の味なんてわからないし、飲み込むのがやっと。

 

――無関心。

完全に、ジャンヌはマスターへの興味がない様子だった。

 

……それもそうか。

多少強引でしつこい誘い方をしていた、という自覚は大いにある。

数をこなしていれば、

怒られた時も、当然の反応だと納得していた。

それに加えて勝手に真っ赤になって勝手に退場。

 

呆れられても文句は言えない。

……嫌われても、何も言えない。

 

「……それじゃ。先に失礼するわ」

 

いつのまにか空になってしまったコーヒーカップを持って、少女は立ち上がる。

その背中に思わず彼は「ちょっと待って!」とマスターは声をかけてしまう。

ぴたりと、少女の動きが止まった。

振り返った彼女の瞳は虚ろで深くて、ぞくりと背筋が震える。

 

「……何?」

 

そう小さく尋ねられた時、マスターの声は詰まった。

……何を言えばいい、この瞳に対して。

何を言ったとしても、その深い闇に飲み込まれる気がする。

喉は絡み、目は泳ぎようやく口に出来たのは。

「……昨日はごめん」なんて、みすぼらしい台詞。

 

「昨日は、その……気が動転しちゃってて……言い訳しかできなくて、ごめん」

 

――言いながら、自分を殺したくなった。

どうしてそんな曖昧な言い方しかできないのか。

ごめんさいの一言すら、情けない。

それらは全部……自分の気持ちの整理すらできない、マスター自身の不甲斐のなさ。

 

俯いたまま彼は少女の返答を待つ。

呆れられて罵倒されるか、無視されるかどちらかか。

どっちにしても、また改めて謝りなおそうと少年は唇を噛みしめる。

 

「……心臓が早鐘を打つ。ただ見つめてるだけなのに」

 

――かつんと、足音がなる。

ソーサーを置き、少女は少年へと向き直る。

 

「見つめているだけなのに、顔は火照って汗が止まらない。どんどんと熱だけが増してゆく。甘さだけがにじみ出してゆく……」

 

少女は語る、謳うように。

少年は目を見開く、奏でられる彼女の調べに。

驚くのも無理はない。

何故なら少女が今噛んでる歌は……昨晩少年が少女に感じていた事象そのもなのだから。

 

「――ねぇマスター。それが何なのか、教えてほしい?」

 

漆黒は、そう無垢なる少年に語る。

……その問いかけは、言い知れぬ誘惑。

無意識のうちに、少年は首肯する。

すると黒は微笑む。

にっこりと、満足そうに。

微笑みながら、彼女は――その唇を、少年の口へと当てがった。

 

――焔を飲み込んでいるみたいだった。

焼けるように、口の中が熱さに満ちてゆく。

痛みさえ伴うのに……どうしてか、甘さが満ちる。

甘美は、空気に滲んでゆく。

早朝の人の少なさでなければ、その甘ったるさですぐにばれてしまっただろう。

舌を絡めた、二人の接吻を。

 

顔を離すと、マスターの顔は紅蓮に染まっていた。

燃える焔のように、けれど蕩けきった表情。」

吐きだした息は白く、行為の激しさを物語る。

 

「――溜まってるのよ。私なんかに飢えるぐらい見境なしに……けど、いいわ。私もちょうどよかった」

 

言うとジャンヌは頬を歪ませる。

それはまさしく……人を堕落させる魔女に相応しい笑み。

耳元に、吐息を吹きかけ、ソレは囁く。

 

「――昨日言った通り、今夜私の部屋に来なさい。そしたらちゃんと……相手をしてあげる」

 

またねと彼女は手を振って去ってゆく。

あっさりと、すぐに。

残ったのはマスターと、彼女が残した熱の痕。

 

……すいと、彼は唇を撫でる。

そして見つめる、湿った指。

 

「――そうか。やっと、わかった」

 

――その言葉は、誰に届くことはなく。

宙へと消えて、霧散した。

 

■ ■ ■

 

――嬉しかった。

 

貴方が同じ気持ちを抱いてくれて。

同じように悩んでくれて。

そしてそれが他でもない……私への『想い』になってくれて。

 

……本当は、それに応えたかった。

でも何度考えても、思いつかない。

思い描けなかった。

 

魔女と少年、二人が手を取ってゆく『幸せ』な未来というものが……どうしても。

 

……私は変われない。

魔女として、復讐者としてこの憎悪を忘れることなんてできない。

結果として訪れる未来は……貴方を巻き込んで、不幸にする現実だけ。

それは少し……嫌だ。

 

だから終わりにしましょう。

その芽生えた感情を摘み取るために。

もう二度と芽吹かぬように焼き尽くそう。

 

訪れる夜、それを貴方と越えたら最後。

 

――この『恋』は、ただの『行為』となり果てる。

 

 


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