私の名前   作:たまてん

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グランド―ダー二次創作。
まだ好きになる前のぐだ邪ンです。時間軸は贋作の後全
二話目です。
あらためてよろしくお願いします。


魔女は迷いて、鳥籠に死ぬ2

――気まぐれだった。

 

それ以上でも、それ以下でもない。

ただ単に、ほんの少しの興味があったから来てみただけのこと。

けれどやってきてみれば……どうだ、この差は。

 

焦がれていた外は、台本通りの景色ばかりで。

心ときめくアドリブもなければ、胸をざわつかせるハプニングもない。

淡々と上映されてゆく日々。

ここでもし、私がその舞台の役者であったならまだ楽しみはあっただろう。

しかし現実は……『彼』との距離を、実感させられただけ。

 

……手を伸ばせば、届くと思っていた。

 

あの柔らかくも頼もしい、温もりある指先。

けれどそれは違う、私の指が届いていたんじゃない。

あの偽物だらけの展覧会で、優しい『彼』が差し伸べてくれていたから、掴むことが出来たんだ。

錯覚に溺れ、バカみたいについてきてた挙句に私が見た光景は……たくさんの人に囲まれた『彼』と、たった一人きりの『私』。

いろんな人に、いっぱいの微笑みをささげる『貴方』。

それはあの時、私に向けられたものと同じ、優しい笑顔。

……私だけだと、勘違いしてた。

なんて、無様。

 

けれどもう、これ以上はダメだ。

『私』はもう救われた、ならこれ以上求めるのは単なる我が儘。

だから、『貴方』のいる舞台に上ることは許されない。

この身動きの取れない観客席から、『貴方』の毎日を眺めてゆく。

 

……まるで鳥籠だ。

 

力もある翼もあるのに、思うように飛ぶことも出来ずに籠の外に思いを馳せる。

飼い殺されるその瞬間を待ち続けて。

 

――ああ、ようやく理解した。

 

肌を焼かれるのぐらい、どうってことない。

だって焼かれていたら、そのうち身体は消えてくれるだろう。

だけど……胸にともったこの焔だけは。

 

すごく痛いくせに――『私』のことを、いつまでも殺してくれはしないのだから。

 

■ ■ ■

 

「――いっしょに夕食に行こう」

 

――相も変わらずにこにことした笑顔。

レイシフトから帰ってきたばかりで疲れも相当だろうに、何の暗い様子も見せずにそうやって少年は声をかけてくる。

……その気遣いが、苛立つ。

 

「……わざわざここまで来たのは、それが理由ですか」

 

自らの部屋の扉に寄り添いながら、ジャンヌは尋ねる。

するとマスターは「うん!」とこれまた快活な表情で、即座に答えを返してくる。

……その素直さに、吐き気がする。

 

「君っていつも部屋で食事を摂ってるだろう?たまには場所が変わってみるのもいいものだよ。結構味が変わってみたりするかも」

 

少年は語る、屈託のない笑みと共に。

……でもそれはきっと、他のサーヴァントたちにもやってることなんでしょう。

社交辞令、世渡りの方法の一つ。

そんな気遣いを……こんなひねくれ者にしてること事態、間違いなのだ。

 

余計なお世話です、と魔女は一蹴する。

 

「そもそも私に食事なんて必要ありません。現状なら、貴方からの魔力供給があれば十分に賄えます……私は私のやりたようにやる。だから貴方の指図なんて、受けません」

 

そう冷たく突き放す。

……こんな言い方をすれば、ふつう誰だって嫌な顔をする。

それが当然、そうでなければ貴方は『おかしい』。

なのに……貴方は「そっか」と少し残念そうな表情を浮かべるだけ。

そこに嫌悪はなく、侮蔑もない。

 

「じゃあまた明日誘わせてもらうね!それじゃ今日はおやすみ!また明日っ!」

 

言うと彼は手を振って廊下を走りだす。

嵐のように唐突にきて、瞬く間もなくさようなら。

ジャンヌが引き留める隙なんてなく、その背中は彼方へと消える。

 

「……何なの、アイツ」

 

彼の消えた廊下を、呆れた目を見つめるジャンヌ。

ほんの少し前なら、こんなことはなかったというのに。

だがそうなってしまった原因には心当たりがある。

 

――以前、ジャンヌが自分の部屋の鍵を失くしてしまってことがある。

 

そのとき、行く場所がなかったジャンヌに対して偶然通りがかったマスターが「オレの部屋にこないか」とことを言ってきた。

……なんの迷いか、私はその誘いに乗った。

だがそのあとこれといって色めいた話はなかったし、するつもりは毛頭なかった。

強いて言うなら、どっちがベットに寝るかという話で互いに譲りあった挙句双方が床で一夜を越すという自分でも首を捻る結論になったことぐらいか。

 

しかしそれ以降、マスターの距離が近づいてきたのも事実。

……どうせ、すぐに飽きる。

何せマスターは自分以外にも多くのサーヴァントと関りを持たねばならぬのだ。

こんなものに時間を割いてないで、他のサーヴァントに心を砕いた方がよほど理に叶ってる。

それでマスターもハッピー、私もハッピーの大団円。

 

……ああ、まったく本当に。

 

「……面倒くさい女」

 

誰に語るでもなく、魔女はそうつぶやいた。

 

 

■ ■ ■

 

――次の日。

宣言通り、夕刻時になるとマスターはジャンヌの部屋の扉をノックした。

扉を開けると昨日と同じような笑顔がそこにはあり、また「ごはんを食べよう」と誘ってきた。

対して私の返答も昨日と同じもの。

丁重にお断り申し上げて扉を閉め、すぐに布団に潜り込んだ。

 

――三日目。

また来た。

扉をノックする音、開けてみればバカみたいな笑み。

何も言わずに閉じる。

苛立ちのせいか、その日の寝つきは悪かった。

 

――四日目。

またノック。

今度は無視した、対応するだけ無駄だと悟った。

布団を大きくかぶって、それ以降の音は無視した。

 

――五日目。

ドアノック、無視。

 

――六日目。

いつもどおりのドアノック、いつもどおりに無視。

 

――七日目。

日常と化したドアノック。

 

さすがに、きれた。

 

 

■ ■ ■

 

「――しつこいですよ。縊り殺されたいのですか?」

 

ぎりりと襟元を掴む指に力をこめ、彼女はマスターを睨む。

纏う殺意は、間違いなく本気。

きっと他の人間が見れば、恐怖に震えが止まらなくなる。

けれど……流石『おかしい』人間。

少年は何事もなくて「ごめんね」と微笑むだけ。

……襟をつかんでいてよかった。

首を直接持っていたら、おそらく今のでねじ切っていた。

 

「……何度も言いますが、私は私のやりたいことをやります。貴方に割いている時間はありません」

「うん。それは聞いた」

「ならば何故、私に話しかけるんですか?」

「オレがそうしたいから」

 

ガン!と、彼女はマスターの身体を壁に叩きつけた。

流石のマスターも背骨に響く痛みに顔を歪める。

 

「……同情なんて、いらない」

 

絞り出すような声。

視点の高さからマスターは少女の顔は見えない。

でもきっと……それは『笑顔』からは程御遠い表情のはずだ。

 

「……アンタにはいるでしょう?友達、後輩、先輩、先生。仲間仲間仲間っ!ならそれでいいじゃない。それで満足しなさいよ……私もこれで満足してんだから、期待をさせるな」

 

……貴方は、私にとっての『唯一』になれる。

こんなもの手を差し伸べられてくれた、ただひとり。

でも私は……貴方にとっての『唯一』にはなれない。

だって魅力ないもの、私には。

他の誰かにあるような才能も美しさもない。

むしろ醜さを集めたような泥の塊。

いれば周りを不幸にする。

好きになんてなれるわけない。

……私でさえ、嫌いなのに。

だからせめて、距離を置きたかった。

私にとっての『唯一』を、こんな汚い私自身が汚さないために。

眺めてるだけの幸せ。

この鳥籠の中でもきっとそれぐらいなら許されるだろう。

 

……伝えはしないこの想いは。

伝わらなからこそ、せめてもの幸せが享受される。

だから、もう。

 

「……必要以上に、私に近づくな」

 

……全く、なんで召喚に応じてしまったのか。

 

あの想いでだけ抱いて眠るのなら、きっと安らかなままだったろうに。

己が未練がましさに、彼女は自嘲した。

もう語る言葉はない。

手を離して、ジャンヌは距離をとる。

……あとはさっさと消えろと、無言で促して。

 

「……確かに、君の言う通りだ」

 

しばらくの沈黙の後、少年は語る。

それでいいと、少女は笑った。

……それでいいや、と少女は心で納得する。

真っすぐな目をしたマスター。

ようやくへらへらとした雰囲気がなくなった彼は言葉を紡ぐ。

 

少年の出した結論を……。

 

「……じゃあ今度は、オレが食事を持ってくるよ。それならいっしょに食べてくれるでしょ?」

 

……ずっこけた。

ガツンと、膝が壊れる。

大丈夫?と、頭のおかしい人が少女をのぞき込んできた。

――大丈夫じゃないのは、むしろ貴方の頭の方だ。

 

「アンタ……話聞いてたの!?」

「うん。ちゃんとしっかり」

「じゃあなんで!?」

「なんでも何も……オレは一度だって、同情で君のことを誘ったことはないよ」

 

……言葉に詰まった。

目を見開いた彼女に、彼は微笑みながら続ける。

 

「……同情だけならさすがにここまで通ったりしないさ。それこそ、仲良くなろうとする気がないのにしようとするのは間違ってる。今オレがここにいるのは……間違いなく、オレのわがまま」

「……なんで、そんなことしたがるのよ」

「さぁ?実はオレもよくわかってない……でも全然、苦じゃなかった。むしろ明日はいけるんじゃないかって思ったりしてたら、なんか楽しくなってきちゃって……だからきっと……君のためというより、むしろオレのためだ」

 

迷惑かけてごめん、と彼は頭を下げる。

……間違いない、これは紛れもないマスターの本心。

嘘偽りなどなく、ただの無意識。

なのに、いやだからこそなのか。

 

「……そういうところ、どうにか成る前に治しておきなさい」

 

……ダメージがでかい。

素直な感情、まっすぐな想いがこうもじかにくるとなると。

嬉しさを通り越して、勘違いしそうになる。

いやなのに……悪くないと思うから、一層やだ。

でも絶対、他の奴にも言う。

むしろコイツの今後が心配だと、ジャンヌは頬を隠しながらつぶやいた。

 

「そういうところって、どんなところ?」

 

ほら見ろ、完全に無自覚。

きょとんとした顔に頭痛を覚えたが……ここで誰かが言わないと、絶対痛い目に遭うのは目に見える。

清姫とか、静謐とか。

やれやれと肩を竦めながら、仕方がないからジャンヌは口にしてやる。

 

――告白みたいに聞こえると、はっきり。

 

「アンタ無意識だろうけど、そういうのって勘違いされやすいだろうからやめなさい。恋仲でもない相手に、どうかと思うわよ」

 

……まずいな、まともに顔が見れない。

でもしっかりと言ってやった。

これならばさっきよりは響くはず。

このあとマスターは「それもそうかもしれない。気を付けるよ」と微笑むだろう。

その返答を聞いたらおしまい、解散だ。

 

……なのに、なぜか静かになった。

 

無音の時が続く。

何があったのか、いつも通りに笑って返せばいいだけだろうに。

 

おそるおそる、彼女は目をやる。

何も言わぬマスターのことを。

いったいどうしたのだと、不安に思いながら……。

 

 

――真っ赤だった。

 

一部の隙間もなく、朱色。

もともとマスターは血色がよい。

だが今の彼の顔は……それこそゆでられたタコのように赤く染まっていた。

 

「……好きな、ひと」

 

あえぐように、少年はつぶやく。

少女のことを、真っすぐに見ながら。

 

「……え。いや、ちょちょっと待って。待ってタイム、確かに、そうかもしれないけど……待った待ったタイム……」

 

支離滅裂に音を吐きながら、手を口元にあてる。

頬には汗が流れ、目は泳ぎ湯気まで登り始める。

完全に出来上がってる状態に、さすがのジャンヌも焦る。

「アンタ大丈夫!?」と近寄って肩を持つ、

すると少年はうるんだ瞳でジャンヌを見た。

泣き出しそうな光と赤い頬。

それはまるで、恥じらう乙女のようなたまらなさを纏っていて……どきりと、ジャンヌの心臓が高鳴る。

 

「……マス、ター。貴方……」

 

かすれる声。

自分の鼓動の方がはるかに忙しなくて、かき消される。

辛うじて動く唇を動かす。

喉の震えが声になる、その直前。

 

「――ごめんっ!今日はその……帰るっ!」

 

――脱兎の如く、マスターは走り出した。

悲鳴のような声、今までよりはるかの速さで離脱する。

……自らの熱だけを、わずかに残していって。

 

「……冗談でしょ?」

 

呻くように、ジャンヌは一人つぶやいた。

マスターの見せたあの初々しい反応。

それはまさに……いつかの己の姿を連想させられるものであって。

 

「……なんてこと」

 

言いながら彼女は自らの身体を抱いた。

熱く、熱く染まってしまった己が体を。

心の底に沈めていた感情があふれ出しそうになって、ひたすらに抑えながら。

でも、どうしても耐えられなかった。

愚かしいが、ある意味それは人間の性。

わかっていたのに、そんな希望は蒙昧に消えるというのに……止められない。

 

――熱した頬が緩んでしまう、その嬉しさを抱きながら。

 

彼女はまた、鍵の緩んだ籠の中で夜を越える。

 

 

 


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