私の名前   作:たまてん

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グランド―ダー二次創作。
まだ好きになる前のぐだ邪ンです。時間軸は贋作の後。
全五話です
あらためてよろしくお願いします。


魔女は迷いて、鳥籠に死ぬ

――ない。

 

ポケットの中、甲冑の下、マントの内側。

何度探しても、何処を探しても、見つからなかった。

となると、考えられる結論を一つ。

……どこかに落として来てしまったという、単純で最悪の事実。

 

「……参ったわね」

 

呟いて、深く息を吐く。

佇む場所は、硬い金属で作られた分厚い扉の前。

その一枚の向こうには、少女が腰を下ろせる唯一の居場所があるというのに。

……たかがその一枚が、どうしても越えられない。

恨みがましそうな目で、彼女は睨む。

視線の先はただ一点、扉の傍らに備え付けられている小型機械。

それにはただ一つの穴がある。

横に広くて縦に薄い、小さな挿入口。

再度身体をまさぐってみたが、結局見つからないという事実は覆られない。

だかどうやっても、開かない。

 

……そうだ。

 

かの竜の魔女ことジャンヌ・オルタは、たかが一枚の小さなカードキーを失くしてしまったせいで。

 

――自分の部屋に、帰れなくなってしまった。

 

 

 

■ ■ ■

 

――喉が渇いた。

そう思ったのは、夜も更けた午前二時。

長い作業を終え、ふと時計を目を向ければ予想よりもはるかに時を刻んだ二本の針。

そりゃあ喉も渇くはずだとマスターは苦笑した。

立ち上がり、体をうんと伸ばせば節々がばきばきと音を鳴らす。

それから何かあったっけと冷蔵庫を開いてみたが、真っ白なその寂しい光景にため息が漏れて。

戸棚漁っても、空になったインスタントコーヒーの瓶がほっぽり出されている事実に、だらしなさを自覚させられるばかり。

でもだからと言って水道水で済ませるというのもまた物悲しい。

ゆえに彼は部屋を出た。

目的地は、きっとなにかしらあるであろう食堂へ向けて、廊下を歩く。

――暗い世界に、かつんかつんと靴音が木霊する。

朝とは正反対、無音に過ぎる静けさを以前は怖いと思っていた。

けれど今となっては。

……こんな暗闇よりももっと『怖いもの』を数限りなく見てしまったせいか、特に何も感じなくなっていた。

むしろこの程度に恐怖を感じていた昔の自分が可愛らしいと嗤えてくる始末。

 

――変わったな。

 

端的に、マスターは現在の自分をそう結論付ける。

環境、知識、力量、そして人間関係。

自分にあったすべてが変わって、自分が持っていなかったものが増えていった。

想像を超えてゆくばかりの毎日。

けれど確かに実感する。

支えてくれる人、道を教えてくれる人たちがいることを。

そんな世界を守りたいと思う、自分の気持ちを。

だから、まだ不安は消えないけれど。

この足はまっすぐ、道を歩いてゆく。

取り戻したい、未来へ向けて……。

 

「……だけどやっぱり、いつどこだってデスクワークっていうのは大変だ」

 

手が痛いと、両腕を摩りながら少し愚痴る。

でもそれぐらいの『普通』がちょうどいい。

それぐらいの『普通』が、何よりも心地よくて、常人の自分には程よくわかりやすい。

微笑んで、彼は道を曲がる。

そこはカルデアの中でもおそらく一番広い廊下。

施設の外円部であり、傍らには天井まで届くほど大きな窓がずらりと並んでいる。

まるで美術館。

白い雪景色を切り取った絵画が彼方まで続く道。

けれど、その白く強大な絵の一枚にただの一点だけ……黒い染みが滲んでいた。

 

――床まで滴るローブは、闇よりも深い漆黒。

反対に露出している肌は、雪をも超える白磁。

同じ色をしているのに決して周りに同化しない唯一。

それは明らかに『普通』を超える『異質』。

腕を組み目を閉じ、混ざらないけれども確かにそこに在るのは、まぎれもない彼女。

 

――『竜の魔女』が、そこに在る。

 

……息が、止まった。

それは予想外の邂逅に対する驚きではなくて。

 

単純に、目の前の『鮮烈さ』に言葉を失ったゆえのこと。

 

――壁にもたれ掛るのは、ただの少女のはずだ。

自分と同じ十代、子供といっても差し支えないはず。

なのに……アレはなんだ。

ただ立っているだけなのに、ただ生きているだけなのに。

その姿は、どうしようもなく……。

 

「……鍵を失くしただけよ。気にしないで」

 

――そう声が響く。

決して開くことがないと思っていた白い唇が、言葉を紡いだ。

思考の外からの言葉に、思わず「え?」とマスターは尋ね返す。

すると少女の瞼が持ち上がった。

白と黒しかなかった景色に、黄金色が混じる。

その光はわずらわしさを漂わせながら「……さっさと行け」ともう一度つぶやいた。

 

「……失くしたって、もしかして部屋に入れなかったの?」

 

恐る恐る、マスターが尋ねる。

だが今度の彼女は無言のまま。

代わりに「わざわざ訊くな」という視線を送ってくる。

 

……どうやら、解釈は間違っていないらしい。

 

「ダ・ヴィンチちゃんに新しい鍵をお願いしたらどう?」

「行ってきたわよ。けどあの女、いくらノックしようが工房にこもったきり全然出てこなかったわ」

「あーそっかぁ……」

 

ダ・ヴィンチちゃん、夢中になるとひたすらのめり込んじゃうからなぁ。

過去自分も似たような経験をしていたマスターは苦い笑みを浮かべる。

だが忌々しげ舌を打ち鳴らす音が聞こえたような気がして、すぐにその笑みを引っ込めた。

……沈黙が訪れる。

ジャンヌは目を閉じたままでそれ以上語ろうとしない。

逆にマスターはなんと声をかければいいかわからず目を左右に泳がせている。

 

「……いつまでそこにいるの」

 

呆れた声。

思わず「あ、いや、ごめん……」としどろもどろな答えしか口から出なかった。

……我ながら、情けない。

 

「……ジルさんのところには、いかないの?」

 

もう一度、問いかけてみる。

が、今度は本当に「馬鹿なひと」とせせら笑われた。

 

「生憎、ジルにこれ以上の迷惑はかける気はないの」

「いやあの人は迷惑だなんてこと……」

「知ったような口を利かないで頂けるかしらマスター……貴方はそんなことが断言できるほどジルのことも、私のことも知らないでしょう?」

 

……言葉に詰まった。

 

贋作騒動からしばらくは経った。

それから彼女のこともカルデアに呼ぶことは出来た。

でも、そうだとしても……まだ、足りていない。

彼女と、ジャンヌ・オルタと分かり合うにはまだ、『何か』が足りない。

その『何か』の正体を知りようにも……少女についての知識が、あまりにも『無い』。

 

「――さっさと行きなさい。私は、別に大丈夫ですから」

 

言うと彼女は一層体を強く抱いて、壁にもたれかかる。

……そう、それだ。

彼女の鮮烈さの正体。

容姿が美しいからじゃない、色が鮮やかだからじゃない。

自分を抱いているその姿。

呼吸すら危うくなるほど、胸が苦しくなるほどに。

 

……寂しげに、見えた。

 

――これは憐憫なのか。

胸の中にあるのは、刺すような冷たさと蒸せるような熱さ。

はじめて抱く、ぐちゃぐちゃな激しさ。

わからない、わからない、わからない。

けれど、確かに言えるのは……こんな感情、目前の少女以外に想うことはなかった。

彼女だけだった、こんなモノは。

 

だから声が出たのは、本当に無意識。

そこに意図はなく、計算もない。

感情をのままに動かされ、口にしたこと。

 

 

 

「……だったら、今夜はオレの部屋に来る?」

 

 

……なんて、たわごとを一つ。

 

 

「……はい?」

 

途端、ぱちんと魔女の瞼が上がった。

黄金の双眸が驚きに大きく見開かれ、そしてこの時になってようやく――彼女は、マスターの存在を認識した。

 

「あ、いや、別に他意はないしなんかするつもりもない!迷惑じゃないし、ほんとにほんとで何もすることはない!ただ、えっと、よければ、なんだけど……どう、かな?」

 

……言いながら、なんて悲しくて薄っぺらい言い訳だろうかと、彼は心で泣く。

けれどここまできたらもう成るように成れだ。

早口に一気に言い終わった後、マスターはぐっと噛みしめて返答を待つ。

けれどしばらく反応はない。

まじまじと見つめられて、むしろマスターの方が火を吹き出しそうだった。

 

「……貴方って意外とませたことを言うのね。まぁ……あのときも、そうだったかな」

 

ぷすっと、空気の抜ける音がした。

それは張り詰めていた風船に、穴が開いた音。

同時にマスターは目にする。

 

……柔らかに、緩んだ頬。

丸くなった目じり。

向けられたその表情は、まぎれもなく……笑顔。

先ほどまでとは、明らかに違う。

けれど、あの時と……いつかの美術館でみたの時と同じ、満足したような微笑みだった。

 

かつんと、彼女は踵を鳴らす。

踏みだした足は、軽やかで美しいメロディを奏でる。

思いもしない笑顔にやられてしまったマスターはしばらくその演奏の後ろ姿に魅入ってしまった。

 

「……何をしてるの?」

 

声をかけられ、マスターは正気に返る。ジャンヌの横顔は見つめる。

改めて見れば、わかる。

寂しさや憂い、いろんなものがあるけれど。

でもやっぱり単純明快な真実がある。

それは……。

 

「……明日まで生きていられるといいわね、マスター」

 

……そう笑みを浮かべる少女は、どうしようもなく。

 

輝いて、歪で……美しかった。

 

「……本当に何もしないよ」

 

唇を尖らせるマスター。

すると彼女はくすりともう一度笑って、前へと歩き出す。

……闇の中を歩く黒。

その背中は追いかけるには……きっと、今まで以上の覚悟が必要だろう。

それはどれほどの苦悩なのか。

どれほどの痛みなのか、わからないけど。

 

「……結局、放っておけないんだよな」

 

そう笑って、少年は走る。

つかづかと、自分のペースで歩いてゆく彼女の後ろ姿を。

嬉しそうに笑いながら、廊下に足音を響かせて。

 

……お節介なこの感情。

それの名前を少年が知る、そのときは。

……もう少し、あとの話である。

 

 


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