私の名前   作:たまてん

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盛りごろなぐだ邪ンです(直球)
改めてよろしくお願い致します。


飼い犬に『てい』を食まれる。

 

……大丈夫、今ならまだ大丈夫。

 

そう、少女は自分に言い聞かせる。

早朝のカルデア。

静かで少しさむく、誰もいない廊下。

そんな寂しい道を、こっそりと足音を立てないように、そろうりそろりと歩いてゆく。

決して、誰にも気づかれないように。

だが、時刻午前四時で人とすれ違うほうが難しいか。

やはり早めに出てきてよかった、と彼女が安堵の息を吐く。

 

……そんな風に油断した、まさにその時。

 

「――あれ?ジャンちゃんじゃん。はろはろー!」

 

背後から軽やかな声が響いて、びくりと彼女の肩が震えた。

予想なんてできなかった、突然の気配。

叫び声を上げなかったのが奇跡なくらいだ。

恐る恐る少女は振り返ると、自分の頭一つ分低い場所にぴょこぴょこと動く二つの紅い獣の耳を目にする。

 

「す、鈴鹿。なんでこんな時間に……」

 

にこりと、さわやかな笑みを浮かべて、マスターは見つめてくる少女に手を振った。

すると彼女――鈴鹿御前も「さんぽー!」とこれまた元気な声で返事をする。

 

「いやぁなんか自然と目が覚めちゃって。部屋にいてもやることないしねー」

「そ、そうなの……せっかくの休みだし、まぁ好きなように堪能すればいいんじゃない……?」

 

――そう。

本日カルデアは施設員全員含めての、久方ぶりの休日である。

いかに優秀といえど所詮は人間、適度な息抜きは必要だ。

もちろん、それはサーヴァントとて例外ではない。

精神的な休息、特に作家系のサーヴァントたちは毎日でも休暇申請してくる。

王様系ともなると、断りもせず勝手に休みを要求してくるが。

 

「そーれーでー……ジャンちゃんこそ、こんな時間に何してたの?」

 

――それはそれ、これはこれといった風にきっぱりと切り替えてきて。

 

……話題をそらせたと思って安心したのに。

ジャンヌは上ずった声になりながらめ「なんのことかしら」と平静を装いながら訪ねた。

 

「そりゃあ気になるし。なになにー?もしかして言いづらいことだっだり?」

 

にぱーと微笑みながら悪戯っぽく首を傾げる鈴鹿。

……嫌に鋭いわね、コイツ。

だが生憎、鈴鹿の思い通りに応えてやるつもりはない。

何せはっきり言おうものなら――少女の沽券そのものが危うくなってしまうのだ。

どうしたものかと少女は顎に手を当てて思案する。

すると鈴鹿は「アレ?」と声を上げて首を傾げる。

 

「ジャンちゃん、何か首に赤いのついてるよ?虫刺され?」

 

 

――戦慄した。

おかげでらしくもなく、びくんと体を震わせばちんと首を抑える。

 

「こ、こここれはその、でですね……」

 

情けないことに、声がまとまらない。

鈴鹿は「虫刺されなら薬塗らなきゃ駄目だよ」と鋭いんだが鈍いんだかわからない心配をしてくる。

 

「あ、なんか手首にある感じだし。やっぱ薬塗ろうよ。私持ってるし」

 

言いながら近づいてくる鈴鹿。

絶体絶命、高速回転でジャンヌの思考は巡り出す。

そしてふと――ソレは脳裏に飛来した。

同時に大きく声を上げていた。

 

――『犬』に噛まれたんだと。

 

「……犬って、何?」

 

鈴鹿は怪訝そうな顔をする。

……こうなればヤケだ。

ジャンヌは思いきって、畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

 

「実は私、みんなに内緒で『犬』を飼ってるのよ。だけどそれがまた凶暴なの。事あるごとに噛んだり引っかいたり『襲って』きてもう体の節々痛いのなんの……で、この傷はその『犬』に昨日噛まれたてできたモノよ。わかったわね。わかりなさい!」

 

腕と首を隠しながらそう言い切るとと、鈴鹿は「それは災難なことで……」と同情の眼差しを送ってくる。

……うん、嘘は言ってない。

まるっきり嘘ついてないわ。

 

「でもなるべく早めに治療した方がいいし。膿んだりしたらマジヤバいし」

「それは自分でやるから気にしないで……とにかく、今話したことを含めて今貴方と会ったことは皆には秘密よ。いいわね?」

「うーん……ラジャ。じゃあ、あとはよろしくするし。またねジャンちゃん!」

「ええ。さようなら」

 

あとはよろしくするという言い方に多少違和感があったが、既にどうでもいい。

別れを口にするとジャンヌはすぐに駆け出そうとする。

もうこの際、見つかろうが関係ない。

一刻でも自分の部屋に帰ろうと彼女は振り返る、その場所に……。

 

「――わん」

 

笑顔。

ものすごくいい笑顔が、そこにはあった。

それは昨晩散々見た……マスターの、笑顔。

 

「……あの、違うのよマスター。今のは方便と言うか……」

 

つい、口から言い訳が出た。

しどろもどろになりながらジャンヌは語り出す。

しかしマスターは「いや間違ってないよ」と逆に頷いていた。

 

「確かに盛りがついてるし『犬』には違いない……ただジャンヌ。飼い主なら、ちゃんと『お散歩』もさせなきゃ駄目だろ?それは君の責務だ」

 

だからね、と彼は肩を叩く。

ひきつった彼女に、一層笑みを深めて語る。

熱い吐息を、その耳元に絡めながら……。

 

「――朝の『お散歩』もちゃんと付き合ってよね?『御主人様』」

 

ただただ悦を浮かべて、『犬』は『飼い主』に『おねだり』をする。

 

「……とゆうわけで、オレたぶん今日一日ジャンヌに付き合ってもらうから。みんなには内緒にしといてね」

「ラジャー。ごゆっくりー」

「鈴鹿ぁっ!!頷いてないで助けなさい!昨日からこの馬鹿にぶっ続けでされてもう体力ないのよ!体ひりひりするし今日一日やられたら本当に座に還る……!!」

「ぐわー。助けてあげたいけどマスターの命令には逆らえないー」

「棒読みひどいわね!?」

「大丈夫だよジャンヌ。優しくするし、還ってもまた呼ぶから心配ない……けどオレワンちゃんだからさ、多少『激しくても』怒らないでね?」

 

いやあああ!!という半泣きの悲鳴と共にずりずりと魔女は引きずられてゆく。

端から見れば人拐いのそれ。

けれど二人にとっては、それは日常茶飯事。

だからその姿を「がんばれー」と鈴鹿は微笑んで見送った。

 

果たして、かの魔女は明日を平和に迎えることは出来るのか。

どちらにせよ、へとへとになって帰ってくる彼女の愚痴くらいは聞いてあげようと。

 

紅の乙女は楽しそうに鼻唄を鳴らしながら、今日も平和なカルデアを歩き出すのだった。

 


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