私の名前   作:たまてん

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正月に掲載していたぐだ邪ン。
流石に時期ずれすぎてる?私もそう思うよ、すまん。

改めてよろしくお願い致します。


落ちぬ色

 

 

「……ぶっ飛ばす。絶対ぶっ飛ばす」

「新年早々物騒だねぇ……」

 

ぶつぶつと呪詛のように言葉を繰り返す少女を見て、マスターはやれやれと首を振った。

からんからんと、廊下には下駄の音を響かせながら、二人は並んで歩く。

 

「しょうがないでしょ!腹立つもんは腹立つのよ!」

「とは言っても、せっかく可愛い晴れ着姿なんだから少しは控えたほうがいいよそうゆうの。いろいろと台無しだ」

「はん。それ以前に私の正月気分はこれのせいで台無しよ!」

 

言ってジャンヌはびしぃ!と自らの顔を差し示した。

そこには黒々と、そしてでかでかとした字で「自爆女」だの「チョロイン」だのと塗りたくられてる有様だった。

……正直、マスター自身も笑いを堪えるのにやっとだった。

震える声を何とか抑えつつ「挑む相手を間違たかもね……」と少年はつぶやく。

 

「だいたい鈴鹿はともかくなんであの暴食王さままであんなに羽子板強いのよ!?本当に英国出身者なの!?」

「アルトリアさん曰く『やり慣れてる』らしいよ」

「全く持って意味わかんない……そんでもってこれ何!?全っ然落ちないんだけど……!?」

「ああそれね。葛飾さんが用意したとと様一番搾りだってさ」

「とと様言う割にはこれっぽっちも敬意を感じないことやってるわねあの絵師……」

 

ああもうヤな感触、と彼女は頬をそででごしごしと拭っていた。

……つい先ほどまで、ジャンヌさんやジャンヌちゃんと三人並んで正月の華となっていた面影は、今やどこにもない。

短い命だったなぁと彼は嘆息する。

 

「……てか、なんでアンタはいつも通りなのよ?」

 

むすっと頬を膨らまして、ジャンヌは己が主人を睨む。

彼女の言う通り、マスターは普段と変わらない制服のまま。

正月で浮かれ切っているあちらこちらとはまるでムードが違う、一歩下がっているようなテンション。

すると彼は「需要がないからね」とさらりと言ってのけた。

 

「別にオレの晴れ着とか誰も喜ばないし、そもそも面倒くさって、痛い痛い痛い!!」

 

ぐぐぐとジャンヌに思いっきり耳たぶを引っ張られ、涙目になるマスター。

反対にジャンヌは額にびしりと青筋を立ててにっこりとした笑顔をマスターに向けた。

 

「こちとら慣れない着つけに一時間近く奮闘したっていうのに、面倒くさいの一言で片づけられちゃ溜まったもんじゃないわねぇ……」

「嫌だったはじめから着なければよかった気がするんですが……」

「何か言った?」

「いえ何も」

 

ばきばきと物騒な音を奏でる拳を見て、マスターは即答する。

正月早々流血沙汰は御免である。

 

「……けど羽子板か。小学校以来、全然触ったことないや」

「あら、マスター興味がおありかしら?よければ付き合ってあげるわよ」

「嬉々としてオレで鬱憤を晴らそうとするのやめてください。フルボッコにされる未来しか見えない……」

「負けたら勝った方の言うこと何でも訊くっていうのはどう?」

 

令呪で間に合ってます、とマスターは右手をかざす。

するとジャンヌは不満げにぷくりと頬を膨らませた。

 

新年早々かわいいなこの子。

 

「……別に勝たなくたって言うことぐらい聞いてあげるよ。何が欲しいの?お年玉増額以外なら受け付けます」

「まず貴方の中にある私の想定年齢が訊きたいわね」

「まず二桁は言ってない、待ってタイムぐーは無しぐーは。他に何かございませんかっ!?」

 

ぶんぶんと肩を暖め始める魔女に、額に汗を光らせながらマスターは慌てて言う。

必死に制止するマスターに呆れて、ふーふーと荒く唸っていた魔女も「……アホらしい」とため息をつく。

 

「アレ、他にないの?」

「あるちゃあるわよ。でもどうせ面倒くさいとか言われるわ」

「そんなことないさ。ちゃんと言うこと聞くよ。無理難題以外はね」

 

ぱちりと目をつむる彼に「信用ならないわね……」と苦い顔をするジャンヌ。

……しかし、今はどちらかといえば『願い』が勝る。

1年一回限りの機会、今回だけの特別な機会なのだから。

 

「ほらジャンヌ。言ってごらん?」

 

にこっと笑いながらマスターはジャンヌの顔を覗き込む。

少女の気持ちなど、少しも知らないで。

……よく、理解した。

 

「……い」

「え、ごめん聞こえない。もう一回言って?」

 

マスターは耳を近づける。

消え入りそうな声。

けれど口元に近づけば、確かに聞こえた。

少女のお願いは、経った一言。

 

――おそろいで歩きたいと、それだけで。

 

「…………」

 

少年はしばし無言のまま少女を見る。

彼女はぷいと顔を反らしたままこちらを見ない。

墨の上からでもわかるほど、頬は熱を帯びていると言うのに。

……これを、微笑まずにいられる方がどうかしてる。

 

「……待ってて。すぐに戻るよ」

 

言って彼は走り出す。

着物の着付け、ちゃんと出来るかなと不安に思いながら。

――その顔を、いっぱいの幸せ緩ませながら。

 

「……アイツの顔にこそ、墨を塗りたくってやるべきね」

 

言いながら彼女は大きく息を吐く。

そして同時に、今年初めの教訓を身をもって学ぶ。

 

――顔に着いた真っ黒な墨は、これでもかというぐらいにこびりつく。

 

だが正反対に、この『色』は落ちやすくて叶わない。

 

……頬を染める『色恋』は、果たしてどこまで堕ちることだろうか。

 

壁に背を預け微笑み待つ乙女にすら、わかりはしなかった。

 

 


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