私の名前   作:たまてん

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グランドオーダー二次創作、ぐだ邪ンです。

どうぞよろしくお願い致します。


隔てて響く貴方の音色

「……最悪」

 

吐き捨てるように、少女はつぶやく。

静かに、けれども非常に凄みを孕んだ声。

廊下に響き渡る靴音の荒々しさから、その苛立ちの深度がうかがえる。

普段から不機嫌な顔をしているジャンヌ・オルタではあったが、本日は正真正銘『最悪な気分』である。

 

……あの女のせいだ。

 

ぎろりと、黄金の瞳がソレに睨む。

彼女の右手に握られたもの。

薄い長方形の形をした、白い電子機器一つ。

この広いカルデア施設内で円滑に遠距離通信をするために配布されている携帯端末である。

主にカルデア職員たちの間で使用されているが、一応サーヴァントたちにも配られている。

仮に魔力を頼る連絡手段が不能になったときのための保険としてだ。

けれど今手にしているこれは、かの魔女のものではない。

この端末はジャンヌ・オルタに対してではなく……オルレアンの聖女、本物の『ジャンヌ・ダルク』へ送る品である。

それを何故こんな魔女が持っているのかといえば、どこぞの自称天才画家さまが『ついでに』渡してきてくれと無理やり押し付けたからだ。

彼女はカルデアにきたばかりだから先輩としていろいろ教えてやってくれ、なんて台詞まで付け足しながら。

――冗談じゃない。

なんでよりにもよってあのオリジナルさまの面倒なんて見なきゃいけないんだ。

他の奴にやらせなさいと言い返そうとしたが時すでに遅く、ダ・ヴィンチの姿はもう見当たらなかった。

忌々しいと盛大に舌打ちするジャンヌ。

けれど、任されてしまったとなっては仕方ない。

今すぐにでも捨ててやりたかったが、そのツケは巡り巡ってアイツの元にいく。

……しょうがないとため息をついて、ジャンヌ・オルタは歩き出す。

面倒くさいおつかい。

どこぞにいるであろう、聖女さまを探す旅路……だったのだが。

 

「ったく、どこに行きやがったあの白いの。部屋にもいないし……」

 

探し続けて空振り空振りの連続ともなると、さすがに我慢の限界。

ここでもし、どこかで呑気にお茶でもしていようものならその首をへし折ってしまいそう。

溜まりに溜まった苛立ちに頭を揺らされながら、なんとか平静を保とうと息を吐くジャンヌ。

……でも、怒りたくもなる。

むしろ今ここではじけないようにしてるのを褒めて欲しいぐらいなんだ。

だって、そもそも。

 

――私は、もらってない。

 

みんな持っているのに、あの聖女さまだってもらえたのに。

私だけが、持ってない。

彼と、マスターと話すことができる、このつながりを。

……滑稽としか、言いようがないじゃないか。

 

「……なんでよ」

 

ぎしりと、端末が悲鳴を上げる

あともう少し力をこめれば、きっとガラスみたい砕けて壊れてしまうだろう。

でもそんなことしたら、絶対に彼が困る。

悲しそうな貴方の顔がただ一瞬頭をよぎる,ただそれだけで……しゅんと、この指は力を失う。

 

……本当に、滑稽。

 

嗤えてる、とつぶやいて少女は再び歩を進める。

――震える肩を、きつく抱きしめながら。

 

 

 

■ ■ ■

 

――結局、見つからなかった。

ちょくちょく目撃情報をきいて行ってはみたが見事に入れ違い。

おそらく来たばかりのカルデア散策とばかりに練り歩いているのろうが、ジャンヌ・オルタからしてみれば迷惑な話だ。

追いかけていた彼女だったが……しばらくして、あの聖女さまの行動を真似しているかのような錯覚に襲われて、嫌気がさした。

仮に必要になるようだったら、あっちの方から尋ねてくるだはず。

だったらもうそれでいいじゃないかと腹をくくって、魔女は己が部屋と戻ってきた。

……初めからこうすればよかった。

無駄な時間を過ごした、と落胆のため息をつきながら少女はベットに横になる。

ぼすんと音を立てて、身体が沈む。

今のジャンヌの気分と同じぐらい、深く深く。

 

……何故、こんなにショックを受けているのだろうか。

 

力の入らない指、抜け殻みたいに軽すぎる体。

魔力が枯渇したわけでもなく、風邪を引いたわけでもない。

これはただ、ある事実を知ってしまっただけで起きた異変。

……私だけが独りぼっちだっていう現実が、全てを奪っていった。

きっと昔の私なら、こんなもの軽く流せていただろう。

魔女だったころの私なら、当たり前だと思えた事象。

でも、今は変わってしまった。

――声をかけてもらえる温もり。

待っていてもらえる幸福。

いないだれかを想う寂しさ。

それらはすべて、私が知らなかったもの。

それらすべてが、貴方にもらったものだ。

 

余計なものだと、いらないものだと拒絶していたのにしつこく絡んできて、事あるごとに話しかけてきて。

しょうがないからと嫌々話を聞いていた日々だったけど……いつしか、待ち遠しくなってしまった。

心臓が早鐘を打つ。

吐息にが熱を帯びる。

蒼い瞳に映る私の姿に、頬が染まる。

微笑む貴方のことが、たまらなくなった。

……これが好きなんだっていう真実に、もう気づいてしまった。

なのに貴方、今頃になって距離を置いてくる。

だったらいっそもう、はじめから道具としてつかってくればよかったのに。

みんな持ってる端末、私だけがもらえない仲間外れ。

それは要するに……貴方は、私に期待なんかしてない。

期待していた私とは、正反対。

 

「……ばっかみたい」

 

漏れ出た声に、滲みは隠せなかった。

嗚咽交じりの濡れたこの声。

女々しくて、情けなくて、しょうがない……。

彼女がそうやって唇を噛みしめていた、その時。

 

――りりりと、軽やかで無機質なコールが響きだす。

 

予想だにしなかった機械音に、びくりと少女の両肩が震える。

頭をあげてみると、さきほどベットの上で放り投げた端末が震えているのが見えた。

誰からの着信だろうとのぞき込んでみて……そのまま彼女は固まる。

 

質素な画面には端的に表示されたもの。

――『マスター』という文字の羅列。

 

私が持ってない電話を通して、私じゃない私に向けてかけられたであろうこの一本。

一瞬の間で、さまざまな思考言語が頭の中で駆け回る。

ぐるぐると、ぐるぐると。

その末に少女がとった行動は――震える端末の通話ボタンに己が指を押し当てるという行動。

 

おそるおそる耳に手を当ててみる。

するとその薄く小さな端末は、確かに機械越し音を発してくる。

『もしもし』という言葉を、嫌というほど聞きなれた音声で。

 

『ちゃんと出てれたみたいでよかったよ。無事、ジャンヌさんのところに届いたみたいだね。どう?使い方はわかりそう?もしわからなかったりしたらすぐに言ってね』

 

明るい声音が言葉を紡いでく。

こっちの話なんか聞いちゃいない、相変わらずのマイペース。

……かくも愛しい、貴方の声。

 

『……どうしたの?』

 

不安げな問いが向けられる。

無言のままの私に対する訝しみ。

……一瞬の迷い。

けれど、それは本当に刹那のこと。

息を少し吐いたあと――少女はにこりと、晴れやかに微笑んだ。

 

「――ええ。問題ありません。さきほどちゃんとオルタに届けて頂きました」

 

ご心配をお掛けして申し訳ありません、と謝罪を口にする。

するとマスターは「なるほどね……」とこちらの言葉に納得したようだ。

……正直、自分でも驚いている。

 

私の予想以上にこの喉は……あの忌々しい女の声を、再生出来ている。

――吐きそうだ。

 

「……ところでマスター。一つお尋ねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

『どうしたの急に?いいよ、なんでも聞いて』

 

軽薄な声音に苛立ちを覚えながらもなんとか平静を保ちつつ、少女は問いをかける。

 

「先ほど、オルタとも番号を交わそうという話になったのですが、彼女は持っていないとのことで……何故、彼女には渡さなかったのですか?」

 

――さぁ、どう答える?

 

貴方が私に渡して、この『本物』に渡した理由。

きっと私が聞いてもはぐらかされてしまうから。

答えてみなさいと、少女は待つ。

 

けれど、返ってきた言葉は予想外。

 

……そんなことか、の一言。

 

「……そんなこと、ですか?」

 

愕然としながら尋ね返すと、うんと頷くマスター。

――瞬間、ぶわりと全身の毛が逆立った。

ぎゅっと拳を握りしめ、震わせる。

……そんなことなわけ、ない。

だって、『本物』にはあげて『贋物』にはくれないなんて。

貴方の声が、いつでも聞けるもの。

貴方とずっと、繋がってられる証。

それで私が、どれだけ思い悩んだのか。

……泣きたくなるぐらい、悔しかったのか。

お前にわかるのか、と唇を噛み締めた。

でも少年は少女の心のうちなんて気にも止めず『やっぱりそうだよ』と軽く笑った。

 

『――ジャンヌにこんなものは必要ない。あっても邪魔なだけだ。だってさ……』

 

そこで、彼は言葉を切る。

刹那の無音。

それからくすっと、笑う音が聞こえて。

 

彼は、その先を告げる。

 

『――オレが毎日会いに行くんだから、電話越しの声なんていらないよ』

 

――電話越しと、扉越しに響くコンコンというドアノックに包まれて。

 

貴方の告白は、優しく告げられた。

 

……情けない話、そのリズムはまったくの予想外だったから。

きゃあと悲鳴を上げて、少女はベットから転げ落ちた。

 

『……かわいいね。君は』

 

笑い声が端末の向こうから響く。

起き上がったジャンヌは顔を赤く染めて、若干涙目ながら「……いつから気づいていたの」と恨みがましそうにつぶやいた。

 

『そりゃあはじめからだよ。君は騙せたとか考えてたみたいだけどまだまだ甘いね。オルタちゃんファンクラブ名誉会員を舐めちゃいけない』

「いつ誰がそんなの発足したのよ……?」

『さぁ誰でしょうか?……それにしても、相変わらず負けず嫌いなんだねジャンヌって。ジャンヌさんが貰ったからって張り合いすぎ』

「べ、別に張り合ってないわよ!私はただ、アンタといっしょに……っ!」

 

言葉の途中で気づく。

自分がとんでもない墓穴を掘ろうとしていることに。

マスターもそれは重々承知していたようで『なになに?』と訊き返してくる。

 

『……その言葉の続き、すっごく聞きたいな』

「っっ!?だ、誰が……教えるかばかっ!!」

 

それは残念、と少年はからかいぎみにつぶやいた。

けれど残念である以上に、今の私の有り様をとくと楽しんでいることだろう。

……ああ、もう。

ほんとに、くびり殺してやりたい。

 

『あとでちゃんとジャンヌさんに端末渡しといてよ……てなわけでジャンヌ。そろそろ寒いから部屋に入れて』

「誰がいれるか!!そこで凍えて死んでなさい!!」

 

かっと吠えるように叫ぶと『えーひどー』と電話の向こうから聞こえる。

眉間の皺がびきびきと入りまくる。

するとマスターは「なら仕方がないね」と少年は息を吐く。

 

『端末上げられない代わりに、実はジャンヌにプレゼントがあったんだけど会えないんじゃ仕方ないなー諦めて帰りまーす』

「……何を寄越そうとしたのよ」

『おや?気になるのかい?……けどたぶん君に喜んで貰えると思うよ』

「勿体ぶるな。早く言え」

 

こわいなぁとからから笑う。

それから貴方は告げる。

私が今すぐ貴方に会いたくなってしまう魔法を。

電話越しじゃ、満足できなくなってしまう呪文を。

 

優しく蕩けるように唱えた。

 

 

「――オレの今夜、君にあげる」

 

ぶつんと、通信が切れた。

ツーツーと、無機質な電子音が流れる。

あれだけ長引かせておいて、あれだけ焦らしておいて。

 

たった一瞬、これっぽちの飴を与えて彼は別れを告げる。

ただし与えられた菓子は……少女を病み付きにさせる、耽溺な甘露であって。

 

……何が、あげるんだ。

遠回しなおねだりなんかしやがって。

悪賢い犬め。

 

故に、少女は立ち上がる。

そして一息に駆ける、扉へと。

開け放たれたその向こう。

そこでにやりと笑う、悪魔に向けて。

 

紅蓮の肌をした魔女は、声高に吼え立てる。

 

 

「――もう好きにしなさいよ!!こっんのケダモノっ!!」

 

がしりと、自分よりも大きな身体に抱きつく。

すると貴方は微笑んで「毎度ありがとございます」と語る。

機械越しじゃない貴方の声と機械越しじゃ伝わらない、貴方の熱。

ぎゅっと指に力を込めたら、同じく力でぎゅっと優しく返してくる。

……なんて、ぬくもり。

 

「……あぁやっぱり。最高の抱き心地だね」

「……黙ってなさい。この変態」

 

けれどやはり、端末は必要だと魔女は確信する。

だってそうだろう。

機械越しなら伝わらないけど、顔を合わせてしまったら最後。

 

……この頬を染める朱い微熱と、早鐘を打ち続ける心の音。

 

隠したくても隠せなくなってしまうのだから。

そんなの、恥ずかしくて燃えてしまいたいぐらい堪らない。

 

……けれど、まぁ。

 

そんなこと、今はどうでもいいか。

 

そう苦笑すると、ジャンヌは彼の胸元に顔を埋める。

例えこれがどんなに恥ずかしくても、仕方がないと割りきろう。

今はただ聞いていたいだけ。

私だけが聞こえる、私だけに刻むリズム。

 

――衣服越しで脈打つ、貴方の鼓動を。

 

 

 


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