私の名前   作:たまてん

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温泉回なのに邪ンヌちゃんいなくて泣きながら急遽書いた作品です。割り込んでごめんね。

追記・諸事情ありまして、2月24日に育児準備編投稿に変更です。
何度も予定を変更してしまってすみません……

改めてよろしくお願い致します!


二人の『傷痕』

「――オルタっ!いっしょに温泉に入りましょう!」

 

――とても、とてもとても快活な声が背後から響く。

それはもううんざりするぐらい、元気な声。

ゆっくりとした動作で振り返ると、そこに見えた光景は彼女の予想通り。

……自分と瓜二つの顔をした少女が、にこにこと満面の笑みを浮かべて立っている。

 

「……行きませんよ。勝手に一人で入ってきなさい」

 

しっしと払うしぐさをすると、聖女は「連れないこと言わないで下さい!」と唇を尖らせた。

 

「せっかく温泉に入れる機会なんですよ!いっしょに行きましょう!ほら、オルタの分のたらい桶も用意しましたから!」

「どこからそんなものを調達してきたんですか貴方は……?」

 

嬉々として木製の桶を見せつけてくる真白に、真黒は呆れたとばかりにため息をついた。

どうやら温泉なるものに聖女様はえらくご執心らしい。

「いっしょに行きましょう行きましょう!」と瞳をきらきらと輝かせている。

 

……が、そんなことにほだされる魔女ではない。

 

熱心な姉の勧誘も「結構です」ときっぱり断った。

 

「どうしてですか!?絶対に楽しいですよ!」

「楽しいわけないでしょう。『こんな状態』で他の奴等と湯船に浸かるなんて、想像したくもないわ」

「ですが、マスターもおっしゃっていたじゃないですか?『疲労状態』回復のためにもぜひ浸かってくれって」

「それで回復させられたらまたあのばかみたいに高い塔を上らされるわけ?冗談じゃないわ。そんなことさせられるぐらいなら、私は帰って寝ます。だから貴方となんて行きませんさようなら」

 

べっ、と舌を出して次女は顔を背けた。

すると長女はがっくりと肩を落として「わかりました……」と小さくつぶやく。

 

「では、今回はリリィといっしょに入ってきます。ですが……本当にダメですか?」

「くどいわよ聖女様。さっさと行け」

 

しゅんと見るからに落ち込んだ様子で、かの乙女はとぼとぼと帰っていった。

まったく、普段の凛々しさはどこへ行ったのやらなんとも情けない姿だ。

一瞬傾きかけたが……やはり、行けるわけがない。

行ったら最後だ、そう確信している。

 

――すっと、黒はおもむろに自らの首もとを抑える。

指先に触れた感触はぺたりとした肌のものではなく……ふわりと沈む、ガーゼのやわらかさ。

そしてわずかに伝ってくる、他よりも高い熱。

 

「――アンタらに見せられるわけがないじゃない。『こんな状態』の、私なんて……」

 

くらくらと捉えどころのない熱さに揺れる身体を抱き締めながら。

そうつぶやいた魔女は、踵を返した。

 

 

■ ■ ■

 

――その日の夜のこと。

 

塔攻略のまだ途中でいるマスターたちは、温泉近くの竹林で夜営をとった。

カルデアにわざわざ戻るよりも、幾分か効率的に動けるからだ。

時刻は深夜一時。

昼間まで祭りのように騒がしかった陣営も、ほとんどが休息に入った今となってはしんと静かに。

 

――だから、誰も気づかない。

夜闇に紛れて、こっそりと忍び足で歩く人影に。

その黒い影はきょろきょろと辺りを見回しながら細心の注意を払う。

そして自らの存在に誰も気づいてないことをようやく確認して、それはするりと入り込んだ。

 

――かの温泉の続く、脱衣場へと。

 

 

 

■ ■ ■

 

「……流石にこの時間じゃ、誰もいないわよね」

 

言いながら黒い影の正体ことジャンヌ・オルタは一人言葉を漏らす。

忍び込んだ脱衣場は予想通り藻抜けのカラ。

よしとうなずいた彼女は自らの鎧を脱ぎ捨てる。

魔力により編み出した衣装は一瞬の光を放ち、そして同じく刹那に消滅する。

一糸纏わぬ艶やかな肢体が露になる……はずだったのだが、そうはならなかった。

何故なら露になったジャンヌの身体には、テープでとめられたガーゼや巻き付けられた包帯が所々に点在していたからだ。

はぁとため息をついて、ジャンヌはそれらをピリピリと剥がして行く。

魔力で紡がれたモノではないためいちいち手順を踏まなければならないこの動作は、なんと面倒なことか。

そして何よりと、ジャンヌは包帯をほどいたその場所に視線を向ける。

 

――白であるが故に余計浮き彫りになる、肌に刻まれたその色は……まぎれもない『赤』。

一目瞭然、明々白々。

誤魔化しようがない、未だ熱を帯びたその痕。

 

「……ほんと最低」

 

忌々しく、吐き捨てる魔女。

それから彼女は持ってきていた白いバスタオルで前身を隠しながら、浴場へと足を運んだ。

 

■ ■ ■

 

――真っ黒な天井に散らばるのは、無数の光たち。

再現なき星の灯火の群れとそれらを滑る白い月の輝きは、きっとここ以外の場所では見ることは叶わない絶景であろう。

ささやかな月光が照らす中、ジャンヌは濡れた石畳を歩く。

もくもくと立つ白い煙を掻き分けて、彼女は進み続ける。

やがて、少女は目にする。

数多の輝きに照らされて、闇の中で反射を続ける水面の光景を。

ふんわりと頬を撫でる湯気に、思わずジャンヌは頬を緩めた。

足早に駆け寄ると、まずは少女は湯気の立つ水面に己が手を落とした。

指を包む感触は熱すぎずそして温すぎず、丁度よい。

大丈夫だと確認したジャンヌはゆっくり、ゆっくりと足先を湯に浸し始める。

そして肩まで浸かったあとに、止めていた息を彼女は吐き出した。

 

……全身に染み渡る、このじんわりとしたぬくもり。

爪先から頭の芯まで、深く深く滲んでゆく。

疲労回復に入れと進めてきたマスターのわけもよくわかる。

これは癖になるわね、とあふれでる多幸感に揺られながらジャンヌは大きく伸びをする。

そのままほかりほかりと、夜空を眺めながらそのぬくもりを楽しみ始める。

まるで飽きない、この幸せ。

ただ一つ欠点をあげるなら……少し喉が乾いたことだろうか。

 

「……何か飲み物でも持ってくればよかったわね」

 

こんなにも開放的だとは想像してなかったのだ。

飲み物どころか菓子もいっしょにあれば贅沢出来たろうに。

失敗したと少女が肩を落とした――その時。

 

「――コーヒー牛乳で良ければあるよ」

 

言葉とともに、ジャンヌの目の前にあるものが流れてきた。

それは昼間にも見た、木製の盥。

その中にはコーヒー牛乳とラベルの貼られた一本の瓶が横たわっていた。

 

「あら、気が利くわね。ありがたく頂き……え?」

 

瓶を手にとって、ぴたりとジャンヌは固まった。

……誰もいないはずのこの場所に、誰かの声。

しかもそれは、よく聞き慣れた声で。

ぎりぎりと、錆びたネジを捻り回すように歪に首を回す魔女。

そして彼女の視界は、あるものを捕らえてしまう。

 

――白い光に照らされ、艶かしさを増した肌。

湿り滴り、水面に波紋を作る黒髪。

そして闇の中でも変わらず色を失わず、我が身を見つめる蒼い瞳。

 

ちゃぷんと片手に握る牛乳瓶を揺らし、彼は――マスターは微笑む。

こんばんは、とその唇で言葉を紡ぎながら赤き顔の乙女に挨拶をする。

……対して、黒き乙女も挨拶をする。

それ至極当然のこと。

にこやかに笑う少年へ向けて、ありったけの思いを込めて、ジャンヌは返す。

 

――ばちこんと高鳴り響く、ビンタという挨拶を。

 

 

■ ■ ■

 

「……痛い。めっちゃ痛い」

 

言いながらマスターは頬を擦る。

紅葉腫れした、己が頬。

それから恨みがましそうに「もうちょっと加減とか出来ないの……」とつぶやく。

 

しかし睨まれてるジャンヌはそんな視線気にもせず、ぐびぐびとコーヒー牛乳を傾けて喉を潤している。

そしてぷはっと一本空にしてようやく口を離したあと、じろりとマスターをにらみ返した。

 

「……なんでアンタがここにいんのよ?」

「一応ここ男湯なんだけどなぁ。咎めるべきは看板をよく見なかった君自身だよ」

「う、ぐっ……!じゃ、じゃなくてよ!なんで貴方がこんな時間にお風呂入ってるんですか!?」

「そりゃあ昼間は塔攻略で忙しいからはいる暇がないしオレだって温泉に浸かりたかったからね、そして何よりこういう温泉は一度でいいから広々一人で使ってみたかったからねーこうゆうとこ。だからこの時間に来てみたんだけど……まさか野良猫が紛れてくるとは思わなかったなぁ」

「誰が野良猫ですって……?だいたいねぇ、アンタが昨日――」

「そういや持ってきてた冷凍ミカンいい感じに溶けたんだけど食べる?」

「食べる」

 

ぱしりとマスターに差し出されたミカンを奪い取り、そのままもしゃもしゃと少女は凍てついた果肉を咀嚼し始める。

しゃりりと鳴るほどよい歯ごたえに、爽やかな果汁。

そして心地のよい冷たさが食道をゆるやかに伝ってゆくのが分かる。

中はひんやり、外はぽかぽか。

相反する快感に、ほわんと幸せそうな顔を浮かべるジャンヌ。

 

「……ご満足頂けたようで何よりでございます」

 

くすりと少年が笑う。

途端はっと正気にかえったジャンヌは、軽く咳払いをしてきりっとした顔に戻す。

そして頬を少し染めながら「全然、全然満足なんてしてませんから……」と早口に言った。

 

「左様でございますか……しかし、君は贅沢ものだな。昼間にも入って、夜にも入って。そんなに気に入ったのかい?この温泉」

「はぁあ?貴方ばかなの?今の私が昼間に入れるわけないじゃない。今日だって、しつこく絡むオリジナル様追い払うのに精一杯だったのよ!」

「え?なんで?なんで昼間入れないのさ?」

「……は?」

 

わけがわからない、とこてんと首を傾げるマスター。

――同時にぶちんと、ジャンヌの堪忍袋の緒も切れた。

 

……なんでですって?

それ訊くの?他でもない貴方が?

そんなのは許さない、許されないわ。

ふざけるな、と少女は心の中で叫ぶ。

 

だから、少女は立ち上がった。

阻む煙を掻き分けて、両手を振って闊歩する。

バシャバシャと水面が弾ける音に、マスターも何事かと身構える。

だが逃がさない。

退こうとする彼の頬を、少女は両手でがしりと掴む。

 

――月の明かりが照らす中、煙さえ払われて、もう互いを隠すものは何もない。

水も透き通り、少年は少女の裸体を直視する。

白く雪のような肌、肉感的な曲線。

 

そして彼は気づくであろう。

 

雪原のような全身に点々と染まる、その『赤色』たちに。

 

長湯のせいか、それとも少年の視線のせいなのか。

 

どちらにせよ熱さに頭をやられたのは確かだ。

でもジャンヌは、構わず言葉を告げる。

言わなきゃもう収まらないから。

絡む舌を懸命に動かして、燃えるような熱に頬を染まながら。

 

竜の魔女は、その言葉を語る。

 

 

「……こんな身体を見られてみなさいよ――昨日アンタに『ナニ』されたか。すぐにバレちゃうじゃない……」

 

 

――見せられたそれは赤く腫れた無数の『傷痕』たち。

うなじ、腕、腹部、太もも。

ジャンヌの隅々、あらゆる場所につけられた楕円型の鬱血。

 

……今目の前にいる少年の唇と、ひどくよく『誰か』の似たマーキングだった。

 

上目使いのジャンヌの言葉に、その『誰か』はきょとん呆けた顔をする。

しかしすぐににやりと笑った。

火照る少女の頬を指先でなぞりながら「そりゃあそうだ」と語る。

 

「――そのためのキスマークだからね。見せつけてこそなんぼだろう?」

「……ド変態ね」

「かわいいお嫁さんの自慢ぐらいさせて欲しいな」

「私には何の得もないわよ」

「それもそうか。だったら交換条件にしよう……『今夜』は、君の番でいいよ」

 

お好きなだけどうぞ、と少年は笑う。

 

……ああ、いつもそうだ。

 

こうやって貴方は私を手玉にとる。

私がしたいことを逆手にとって。

貴方がしたいことを重ねてゆく。

腹立たしい、悔しい、ぎゃふんと言わせたい。

けれどもだ。

 

……そんな姿を見れるのは、恐らくこの世界の『私』だけ。

他の誰でもない、この『私』だけ。

 

 

――なら改めて私も刻み付けよう。

これは躾だ、調子に乗りすぎたマセガキの。

そう言い聞かせれば、私は何でもできる。

貴方が誰のものか、私が誰のものか……他でもない、貴方自身にわからせるために。

 

だから私は不敵に笑ってやる。

 

そして魔女として告げる。

生意気でむかつく……愛しい貴方に。

 

 

「……朝までのぼせるんじゃないわよ、マスター」

 

 

――疲れを取ろうとして、より疲れることをするとは何事だろうか。

 

だがまぁ、朝風呂というのもまたよきものだろう。

 

きっとこの心地のよいぬくもりたちは。

 

……お互いに刻まれた真新しい『傷痕(キスアト)』に、よく染みてくれるだろうから。

 

 


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