繰り返します、今回極甘いと思ってます。まぁ私の思い込みでしたら大丈夫かと……。
どうぞ、よろしくお願い致します。
そして話変わりますが今掲載しているぐだ邪ン育児シリーズ最終回ですが、すみません。
内容が長くなりすぎたので来年一月に「準備編」と「挙式編」を上げさせて頂きます。あと二部の展開が読めない怖い(震え声)
ご迷惑をお掛けします。
それではみなさま、よいお年を。
「……やっぱり、ずるいと思うわ」
ぽつりと、彼女はつぶやく。
心底不満そうな声を、少女は白い背中に投げ掛ける。
すると「いったい何がさ?」と振り向きもせず、彼は尋ね返す。
……その無関心さに、またかちんとくる。
枕を抱えてベットに寝そべり、ぷくーと頬を膨らませながら、彼女――ジャンヌ・オルタはもう一度「ずるいわよ」と口を尖らせた。
「なんでも言うこと利かせられるとか、反則じゃないの?しかも三回も。いくらマスターとはいえ甚だしいことこの上ないシステムだわ」
ジャンヌの言葉に、それを言っちゃおしまいだとマスターは苦笑する。
「けど令呪なければ、サーヴァントとマスターの関係はそもそも成り立たない。だってそうだろう?……凶暴のワンちゃんに、首輪をつけない飼い主はいない」
「誰がワンちゃんよ」
「勿論、他人のベットで勝手に寝そべるような厚かましい魔女さま、とかね」
「よしわかった。燃やしてやる」
こわいこわい、とそこまで言ってようやく少年は振り向いた。
――きらりと光る銀色の眼鏡。
書類作業のときにはいつもそれをかける。
普段とは違う、少し大人びた彼の姿。
でもレンズの向こうには変わらない蒼が広がっていて、ジャンヌのよく知る柔らかな笑みがそこにある。
「でも実際間違いではないんだぜ?ダ・ヴィンチちゃんも言ってたけど、うちで令呪を使うことがあるとしたらよくも悪くもジャンヌだろうってさ」
「失礼な奴ね……」
ふんす、とジャンヌは鼻を鳴らす。
マスターも「悪かったよ」と頬を緩ませながらも頭を下げた。
――令呪。
マスターだけが持つ、サーヴァントとの絆の証。
同時にサーヴァントに対し、三画限り有効な絶対命令権でもある。
それはサーヴァントを強化することも出来れば、従わない者を屈服させることも可能。
ゆえによく考えて使うようにと、ドクターからもダ・ヴィンチちゃんからも口を酸っぱくして言われていた。
特に、敵だったジャンヌ・オルタに対しては細心の注意を払い、場合によっては躊躇うなとさえ忠告を受けている。
……少々、おおげさに忠告をされていたとは思う。
が、二人がどうしてそこまで心配しているのか嫌でも自覚があったから、文句は言えなかった。
何故なら……。
「あーあ本当に不名誉だわ。あんまりにも腹が立つからこーんなカルデア、デュヘってやろうかしらー?」
「本当に悪かったって。君がいい子だってのはオレはよく知ってるから。だから、令呪も使わずに済んだし……本当、ありがとうね」
拗ねて転がりまくるジャンヌへ向けて、マスターはひたすらご機嫌を取る。
それはもう、楽しそうな様子で。
――このように。
上記を見てわかると思うが……完全にお熱なのである。
マスターが、ジャンヌに対して。
それはそれは、度を越した猫可愛がりっぷり。
ことあるごとなジャンヌに押し掛け、構いまくる毎日。
その姿を少年は隠そうともしない。
ゆえにまわりから心配されたのだ。
……この竜の魔女に、手玉に取られるのではないかと、はらはらどきどき。
けれども……いつしか、絶対にそうはならないと誰しもが確信するようになった。
この魔女も、マスターを陥れるような真似はしないと。
理由は簡単。
「ふん。いい子になったって、私に得なんてありません。だったら私の好きなように行動させて頂きます」
「得ならあるさ。ちゃんとね」
言うと彼は椅子から立ち上がり、ジャンヌの寝そべるベットへと足を向ける。
そしてぼすんと音を立てて座り込むと、枕に顔を埋める少女にくすりと微笑む。
「……ご褒美として、君がほしいものなんでもあげるから」
晴れやかな笑顔、一点の曇りのない笑み。
純粋さと綺麗さと……そして艶やかさを兼ね備えたマスターの視線に、ジャンヌの頬を熱くなる。
「……マセガキめ」
言いながらぷいと顔を背けたが、そんな幼稚ささえも笑われている気がして、なおのこと腹が立つ。
――そう。
ジャンヌがマスターの心を利用しないのは、単純な理由。
だって、こっちにも『気』があるのだから、利用したくても出来ない。
嫌われたくないからと、魔女はいつの間にか芽生えた『心』のどこかで、そう想ってしまうのだ。
……死ぬほど悔しいから、一生誰にも明かさない気持ちではあるが。
マセガキと言われると「だってまだガキですから」とけろりとした反論が飛んでくる。
ぴきぴきと眉間に皺が入るが、言い返してやろうにも上手い言葉が見つからない。
どうしてやろうかと頭を捻り続けた果てに……ピンと来た。
「……いいわよ。私のほしいもの、なんでもくれるでしょ?」
途端、にやにやと頬を歪ませる魔女。
ぴょこりと起き上がり、これはいい案だと、自らの考えにご満悦なお顔である。
可愛いなこの子と心の中で呟きつつ「何かな?」と少年は問い返す。
そして魔女は告げる、自信満々の様子で。
今世紀最大の、意地悪を。
「――貴方の令呪、私に寄越しなさい」
■ ■ ■
――ぽかんと、マスターは口を開けている。
言われた意味が理解できず、呆然としている。
反応のないマスターに、ジャンヌは「何よ」と唇を尖らせる。
「なんでも言っていいって言ったのアンタじゃない。まさか、今更約束を違える気?」
「いやそんなこと……てゆうか。令呪って、あの令呪?」
ほかに何があるのよ、とジャンヌは腕を組んでマスターを呆れたように見た。
「ほら、さっさと寄越しなさい三画全部。もらったあと、私がアンタのマスターとしてこき使ってやるから」
「三画全部!?いや、ちょっとタイム!そもそも、令呪の譲渡方法なんてオレ知らないし……」
「そんなこと気遣ってやる義理はない。早く渡せ」
びっと腕を伸ばして宣言するジャンヌに、珍しくおろおろと慌てふためくマスター。
焦りの色を見せる少年の姿に、少女は心の中でくつくつと笑った。
……本当に令呪が欲しいなんて考えてない。
そんな譲渡方法があるとも思ってない。
ただ単に、これは意地悪。
無理難題を言って、この少年の困る顔が見たかっただけ。
嫌がらせというには、あまりにちゃちなうえに幼稚であると自覚している。
でもなんと語ればいいのかわからないが……そうやって、頭を悩ませる少年の姿。
……たまらなく、愛しく思えてならないのだ。
まったく私も相当だなとジャンヌは苦笑する。
――悩み初めて数分間。
変わらず、マスターは頭を捻り続けている。
「……しょうがないわね。今回は多目に見てあげるわ」
もうそろそろ勘弁してやるかとジャンヌは肩を竦めてそう語る。
――しかしだ。
「……いや、約束はちゃんと守るよ」
返ってきた言葉は、予想外。
いつの間にか凛とした表情になっていたマスターに、ジャンヌは思わず「えっ?」と声を漏らす。
「守るって貴方……そもそも、どうやって譲渡するのよ?」
「いいから、手を出してジャンヌ」
有無を言わせぬ少年の声。
その勢いに若干気圧されながら、ジャンヌは恐る恐る言われた通りに手を差し出した。
……本当に、令呪をサーヴァントに譲渡させる手段などあるのだろうか?
いやそれ以前に、そんなことしたらマスターとしての彼の立場はどうなる?
でも、言い出した手前後には引きたくないし……。
悶々と、頭の中でぐるぐる問答を繰り返すジャンヌ。
対しては少年は特に気にした様子は見せず、差し出されたジャンヌの手に自らの指を伸ばす。
ぴたりと、冷たい感触が少女の指先に伝う。
少し前ならこれぐらいの感触でもどぎまぎした彼女だったが今となってはへのカッパ。
「……で、どうするのよ?」
平静と、そう尋ねるとマスターは顔を少し上げる。
蒼い瞳が一瞬ジャンヌの姿をうつして……ふっと、口元を歪めた。
……それは、企みが成功したマスターの勝利の笑みだと、ジャンヌはよく知っている
しまった、と思ったがもう遅い。
ジャンヌが止めるよりも早く。
マスターは――少女の手の甲に、唇を落とした。
「なっ!?」
瞬間、ぶわっとジャンヌの髪が逆立つ。
雪の肌は刹那で、紅色ただ一色に染まる。
口づけから伝わる熱は、少女の頭を容易く沸騰させる。
やがて、深い接吻からようやく唇を話すと、そこには赤く紅く彩られた、小さなうっ血の痕。
「……まずは一画目」
少年はぺろりと唇を嘗めとりながらつぶやいた。
――同時に少女はこれでもかと顔を真っ赤にして絶叫する。
「……ジャンヌ、もうちょっと静かに」
出来るか馬鹿っ!!と魔女は怒鳴り返した。
「ななな何すんのよアンタは!?こ、これっ!いったいなんで……!?」
「だから令呪の代わりだよ。その痕が残る限り、オレはなんでも言うこときいてあげる君のサーヴァント……ただし、期間限定だよ」
ぱちんと片目を閉じるマスター。
……そんな姿に、思わずどきりとしてしまってぼぼぼと頬を染める竜の魔女。
怒りとときめいたことによる、二重の頬の熱。
「このっ!からかうのもいい加減に……きゃっ!?」
殴りかかってやろうと腕をあげたが、少年はそんな彼女の襟首を器用に引いて、再びベットに転がす。
そして暴れようとするジャンヌの手首をしかと握り押さえながら、彼女の上に覆い被さる形をとった。
「……まだだよ。あと二画残ってるじゃないか」
言うと、今度は少女の首もとに、少年は顔を埋めてくる。
「アンタ、いい加減に……んっ!」
それ以上先が、言葉にならない。
さっきまで手の甲にあった熱が、今は首もとにある。
柔らかい鎖骨の辺りに、あぶられような感触。
呼吸が荒くなる、足がびんと張ってしまう。
それは思わず涙が出るほど、熱くて堪らないのに。
……どうしようもなく、幸せな感触。
ちゅいと、吸い取るような音がして、彼はようやく唇を離した。
……鏡を見なければわからないがきっとこの首もとにも、忌々しい赤い痕が出来てしまっているに違いない。
「……さて。最後に、三画目と行こうか」
色めく声が響く。
とろけるような貴方の声。
近づいてくる顔を素直に受け入れれば、この心地よさは永久に続いてくれるだろう。
それはたぶん幸せなこと。
……だけど、私は。
「……ざっけんな、駄犬」
ぱちんと、少年の口許に手をおいた。
涙に濡れた瞳、朦朧とした頭。
そんな状態でも……ジャンヌ・オルタは、キッとした眼差しで盛るマスターを睨んだ。
「……令呪なんでしょ、これは。だったら貴方は私の命令、従うのよね……?」
荒い息のまま、そう尋ねる。
するとマスターは「勿論さ」と笑って頷いた。
「今オレは確かに、君の奴隷さ。なんなりとご命令下さいませ……出ていけなり、舌を噛んで死ねなり、お好きなように」
恭しく頭を垂れる少年。
だが、変わりはしない。
不遜な笑みを、決してやめはしない。
だって、こいつはわかってる。
私がそんな命令をしないって。
……私が離れてほしくないって弱点を、よく熟知してる。
悔しい、悔しい、悔しい。
涙が出るほど、悔しい。
なめやがってと地団駄踏む。
だって……本当に、その通りだから。
貴方のことが大好きな、私自身が憎らしかった。
「……だったら、命令よ。ちゃんと聞きなさい」
……だから、これはせめてもの反撃。
言って私は、彼の襟首を掴む。
驚いたような貴方の顔に、私は笑いを浮かべる。
そう、わずかながらの私の意地。
全力をもっての反抗。
くらいなさいと心で叫びながら、私はその体を引き寄せる。
落ちゆく体、間近になる顔と顔。
――最後に。
魔女は精一杯の、呪いを吐いて。
「――初めから、ココにしろ。バカ」
そうやって、私は熱を味わった。
舌先から伝わる感触。
絡むような甘さ。
……令呪なんてものは、はじめから要らない。
だってそんなものよりも、ずっと熱く切ないものが。
――貴方と私だけの絆が、この唇に触れていたのだから。
終