私の名前   作:たまてん

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ハロウィンぐだ邪ンです。ただひたすら甘そうな話を書きました。
よければ読んでやってくださいませ。
どうぞよろしくお願いします。


Trick or Sweet time

「――見てください間違った私!トナカイさんから昨日のハロウィンでお菓子を頂きましたっ!」

 

 

じゃん‼と声を上げて差し出してきたのは、一つの小さなかご。

かごの中にはこれでもかとばかりに飴やらチョコやらがぎっしりと詰められていた。

そんな色鮮やかな宝箱を差し出してきたのは、えっへんと誇らしげに胸を張る幼き少女、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ。

対して差し出した相手は自らと瓜二つの顔を持つ真っ黒な少女、ジャンヌ・ダルク・オルタ。

彼女はしばらくその差し出されたものを見つめていたが、そのあと「よかったわね」と淡々とした口調だけを告げた。

 

「むぅ……間違った私、反応が薄いです……」

「むしろそれにどんな反応しろっていうのよ。ガキじゃあるまいし羨ましいとか思わないから。あと、いい加減その呼び方やめなさいな」

「間違った私がいい子になったらやめてあげます」

「あら残念。それじゃあ一生かかってもやめてもらえそうにないわね」

 

そう返すとリリィはむくーと不満そうに頬を膨らます。

……なんというか、自分自身の幼稚な抗議方法に頭が痛くなった。

 

「もういいです!間違った私にはお菓子分けてあげません!……昨日の貴方の姿が見えなかったから、せっかく多めにもらっておきましたのに……」

 

最後につぶやいたリリィの一言に、黒のジャンヌは目を丸くした。

それからくすりと、彼女はわずかに頬を緩める。

……突っかかってくるわりには、彼女なりに気を使ってくれていたらしい。

チビのくせに、と苦笑したジャンヌは、自分より一回り以上小さなその白い頭を、わしゃわしゃと撫でてやった。

 

「な、何するんですか!?やめなさい間違った私!?」

「はいはい。とりあえず気遣いだけは受け取っていてあげるわよ……でも悪いはね。それがアイツのお菓子ならなおのこと受け取れないわ――昨日、わざわざ顔を出さなかった意味がない」

「……え?」

 

――その言葉に、リリィは目を見開く。

驚いた表情を見せる己が分身に、ええそうよとジャンヌは笑った。

 

そして魔女はにこりと微笑む。

 

ふふふと企みに満ちた表情と共に、だってそうでしょうと彼女は語る。

 

「……お菓子なんてもらったら、せっかく用意した『悪戯』が出来ないじゃない」

 

 

■ ■ ■

 

「……つっかれたぁ」

 

吐き出すようなつぶやきとともに、ぼふんとマスターの身体がベットに沈む。

自室に戻るなり、完全に脱力しきったマスター。

今日のレイシフトの内容がハードだったのもあるが、この鉛のように思いけだるさは、恐らく昨日のハロウィンでのものだろう。

 

一言でいうと、すごかった。

 

リリィのような可愛らしくお菓子をねだるものもいれば、解体するよと迫ってきたりお友達よと言って逆にお菓子を投げつけられたり。

果ては王様勢まで登場してピラミッドやらウルクの壁やらが林のように跋扈したりと魔的に過ぎる一夜となっていた。

まあ一番危機を感じたのは、きわどいケモ耳をつけた清姫が「とりっく・おあ・せっ(以下自重)‼」と謳いながら走り迫ってきたことだろうか。

何にせよ、忙しい一日ではあったが……それでも楽しかった。

 

ただ一つだけ、残念なことがあるとしたらそれは……彼女の姿が、一度だって見えなかったこと。

きっと彼女のことだから、自信満々出来てお菓子をねだりに来ると思った。

そうやって、遊びにきてくれるんじゃないかって、期待をしてた。

でも、待っても待っても来てはくれなくて、どんどんと用意していたお菓子は消えていって。

結局、ジャンヌの顔を見ないまま、十一月一日の朝を迎えることになった。

別段不満はない。

でもやっぱり、カルデアのメンバーも増えて会う機会が減ってしまったから、こういう機会ならという希望は持っていたりもしてたから。

……ほんの少しは、寂しかった。

 

「……だったら、さっさと会いに行けってことなんだろうけどね」

 

女々しいやつ、と少年は自嘲する。

――そんな時だった。

 

「……何よ。もしかして、私に会うのが怖かったりしたのかしら?まったく意気地がないわね、貴方」

 

突然響く、君の声。

少したりとも動くことはないと思っていたこの体が、一瞬でがばりと起き上がる。

そして視界に見えたのは、いるはずのない真っ黒な少女。

――ジャンヌ・オルタと名乗る、竜の魔女の姿だった。

 

「……なん、で?」

「あら、マスターがそれを尋ねるのかしら?私がノックをするような人間に思えて?部屋の暗証番号を教えたのは他でもない貴方のに?……てゆうか、理由もなく貴方の部屋に入り浸ることなんて、しょっちゅうあったでしょうが。今更過ぎるわよ」

 

そうくすりと微笑むジャンヌ。

不遜で高慢な、その笑顔。

いつも見ていた、その微笑み。

それだけで、マスターはなんだか十分だった。

……理由なんていらない。

ただ久しぶりに会えたことが、嬉しかった。

そういう日々に生きていた。

だから彼も「そうだね」と笑う。

微笑みには微笑みを、それが今まで通りの二人。

……けどやっぱり、一つだけ気になることがあったから、少年は尋ねてみる。

 

「……あのさぁ。そのエプロンは、何?」

 

――真っ白なエプロン。

真っ黒とは対極のその色を、ジャンヌ・オルタはまいつもの甲冑の上から羽織っている。

あまりにもアンバランスな色彩に、マスターといえど戸惑いを隠せなかった。

 

するとジャンヌは、より一層笑みを深くして「もちろん仮装よ」と自信満々に答えてきた。

 

……仮装だって?

 

「……ハロウィンは昨日で終わりだよ?」

 

そう言うと、ジャンヌは「ばかねぇ」と嘆かわしそうに頭を振る。

 

「十月三十一日は終われど、十一月一日までお化けとかは闊歩しているものなのよ。つまり、実質今日が終わるまでハロウィンは続いているの。ちゃんとネットで調べたんだから、間違いないわ」

「調べたんだ。わざわざ君が……」

「うっさい――とゆうわけでマスター。改めて貴方に言いましょう」

 

言うとジャンヌは右手を少年に向けて差し出す。

それから小首をかしげて、少女はこう告げる。

 

「――トリック・オア・トリート。お菓子くれなきゃ、悪戯するわよ」

 

そう、彼女は宣言する。

言われたマスターはぽかんとしたが、そのあと「ごめん、品切れた……」と答える。

 

「それはいけないわねぇ。なら私は貴方に悪戯しくてはなりません。ええ。全く不本意ではありますが、仕方ありません。ルールですから……」

「……わざと狙ってたろ、君」

 

さぁどうかしら、とジャンヌは舌を出す。

……同時に、絶対そうだと彼は確信した。

 

「全く君ってやつは……てゆうか、その仮装さすがに適当過ぎるでしょう。まさか自分は魔女だからーとか言ってそれで済まそうとしているのかい。ならやり直す、オレはそんな雑いの認めません」

「やけにこだわり深いわね。けど安心なさい。そういう意味じゃないし、ならエプロンなんていらないでしょ」

「だったらなんなのさ?」

 

それはね、とジャンヌは微笑む。

いかにもいかにも、楽しそうに。

腰をくいと曲げ、白い胸元に手を当ててながら。

 

かの竜の魔女は、こうやってその姿の真名を明かした……。

 

 

 

「――貴方の、新妻のコスプレよ」

 

 

――瞬間、ぶほぉっ‼と大きく声を上げてマスターが噴き出した

それから急いで口元を抑えたがそれでも間に合わず、震える両肩とくぐもった声が出てしまう。

そんな様子の彼を、ジャンヌが冷めた目で「どうして爆笑されるのかしらね……」とつぶやく。

 

「そこは赤面するのが男子ってものじゃないの……?」

「だ、だって……新妻って君、らしくなさすぎっていうか……」

「あっそう。ならもういいわ。これ、受け取んなさい」

 

未だ笑い続けるマスターに、ジャンヌはぴらりと一枚の用紙を差し出した。

緑色の文字が印刷されたそれを受け取ると、マスターは何だろうかと首を捻る。

 

マスターがそれに目を通すと同時に、ジャンヌはその用紙の名前を告げる。

 

「……離婚届よ」

 

――今度は、違う意味で噴き出した。

笑いもぴたりと収まり、マスターは慌てた様子になる。

それを見ていたジャンヌは、当然でしょうと鼻を鳴らした。

 

「……ずっと会いに来なくて。ずっと話しかけてもくれない奴なんて……待っていても、悲しいだけよ」

 

ぽつりと、少女はそうつぶやく。

――わかってる。

それがわがままだってことくらい。

でも忙しくたって、仕方なくたって。

マスターが他の女の人と話してたら、悔しい。

マスターと誰かがいっよにいたら、羨ましい。

……待ってても、貴方が会いに来てくれないのは、寂しい。

 

柄にはないってわかってるけど。

 

――私が貴方の一番だって、安心したいから。

だから、こんな回りくどい真似をした。

 

「……だから、それを渡されたくなかったらお菓子をよこしなさい」

 

ジャンヌはそう言って、彼に背を向ける。

妥協なんてしない。

ないからなんて言い訳は聞かない。

こんなのは嫌だと思うなら、その誠意を見せてみなさい。

 

――お願いだから。

 

貴方に愛してもらえてるんだって、信じさせて。

 

そう祈りながら、ジャンヌは自らの肩を抱いた。

震えるほど強く。

 

その背中を、マスターは沈黙して見つめていた。

申し訳ないという思いに浸りながら。

けれど同時に……安堵もした。

自分だけじゃなかったんだと。

会いたいと思ったのは、彼女もなんだと。

もしかしたらもう、どうも思われていないんじゃないかって怖くて話しかけられなかったけど。

確かめることすら、おびえていたんだけど。

待っていてくれたんだと気付けて――たまらなく嬉しかった。

 

だから、ちゃんと伝えなきゃいけない。

自分よりも先に、こうやって勇気を振り絞てくれた彼女に。

 

「――ジャンヌ」

 

そう言って彼は、少女の両肩に手を回す。

後ろから抱きしめた背中は、ひどく冷たくて。

「何よ」とぶっきらぼうに答える君の声は、どこかかすれて響いた。

 

「……トリック・オア・トリート。ってオレも言ってもいいかな?」

「……ふん。仮装もしないで、何言ってるんだか」

「仮装はしなくても別にいいんだよ。元からだし」

「あら。だったらアンタは何のお化けなのかしらねぇ……?」

 

からかい気味に尋ねるジャンヌ。

対してそれはね、とマスターは彼女の耳もとに囁いた。

 

 

「……狼男だよ」

 

……一瞬の沈黙のあと。

 

溜まらず、ジャンヌは笑い声を漏らした。

おかしいおかしいと、ころころに笑って。

 

ひとしきり笑った後、彼女は振り返る。

赤く腫れた、悪戯っぽく輝く瞳が少年を見上げた。

 

「……確かに、貴方はケダモノね。でも大変だわ。悪戯することしか考えてなかったから、お菓子なんて持ってきてないの……だから私、大人しく貴方に悪戯されるわ」

 

さぁ何をしてくれるの、とジャンヌは挑発的に微笑む。

悪戯を期待して待つなんて、なんてやりがいのないことをするんだろうと少年は苦笑する。

……そのわずらわしささえ、今は愛おしい。

 

「……なら狼男だからね。もちろん君を『食べる』に決まってるだろ……でも一つだけ、保証する」

 

――そしてマスターは誓う。

これ以上、彼女を不安にさせないように。

示してくれた想いに、答えるために。

抱きしめる、少女に向けて……。

 

「――お菓子よりも、甘くしてみせるから」

 

――その宣誓に、魔女も微笑む。

彼女が求めた、ようやく欲しかった言葉が手に入ったから。

ココロからの安堵と、喜びを感じたから。

 

だから、苦笑しながら少女も答える。

 

「……しょうがないわね。今回は、これで多目に見てあげるわ」

 

……そんな言い方をしなきゃ、もう枯れた声がごまかせないのだから。

つくづく困ったものだと、魔女は己も嗤う。

お互いに嗤い、笑いあいながら。

……幸福な暖かさの中に、二人は漂った。

 

 

 

……そうだ。

 

お菓子なんていらない。

 

私が本当に欲しいものは、もっと深くて濃いもの。

 

チョコレートみたいに甘くて。

 

キャンディみたいに蕩けて。

 

――切なくぬくもる、貴方の口づけをください。

 

 

 


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