甘い甘いと皆様からコメントを頂けましたから、今回は本当に甘くしてみたよ(作者談)
実際にあまいかどうかはわからん。そしていつも感想ありがとう。
たくさんコメント頂いたのでテンション上がって書いた。内容はあまりないかも、すまん
前回宣言した通り、これ以降は十月までしばらく更新しないからごめんね。
拙いですが、どうぞよろしくお願いします
「――ねぇマスター。私、ギモーヴが食べたいわ」
――唐突に、前触れもなく。
黒の聖女はそんなことを口にしてきた。
「……ギモーヴって、何?」
そうマスターが返すと、彼女は「はぁ?」とその金色の眼を丸くする。
次いで「まさか貴方知らないの?」と意外そうに再度問うてきた。
「生憎、そんなお洒落な名前の食べ物に心当たりはないよ。そういう名前ので知ってるお菓子って、マドレーヌぐらいだ。あとプディング」
「ほんとにザ・王道的なお菓子しか知らないのね……まぁいいわ。なら、世間知らずな貴方に、この私が教えてあげる」
えっへんと誇らしげに胸をそらすジャンヌ・オルタ。
どうやら久方ぶりに自分が優位に立てる状況になっていることに、かなりご満悦のようである。
「……ギモーヴとは、煮詰めた砂糖にメレンゲやゼラチンと香料を合わせて混ぜた生地を成形し、仕上げにコーンスターチをまぶして作られるフランス発祥の砂糖菓子よ。ふわふわとした不思議な食感、優しい甘さと口溶けが特徴。素敵だと思わない?」
「へぇ詳しいじゃないか……君が今読んでる、その雑誌」
うるさいわよ、と少しとげのある声で言って、ジャンヌはテーブルに雑誌を投げ捨てる。
開いたままの雑誌の一ページには、『今月はスイーツ特集!!』と派手なペイントででかでかと記載されていた。
「とにかくよ、私は今すぐにでもギモーヴが食べたいわ。一分一秒でも早く。だからマスター、新宿行って買ってきて」
「かつてないレベルでも無茶ぶりかましてきたね君。けど残念でした、今は御覧の通り部屋の片づけで忙しいの。とゆうか、君も手伝ってくれないか?」
嫌よと一言、片づけをしている最中ズカズカと部屋に上がり込み我が物顔で椅子に座っている竜の魔女は即答する。
「たまたま私が足を踏み入れた部屋が偶然部屋の掃除をしていただけなのに、どうして手伝わなきゃいけないのかしら?」
「たまたまでも偶然でもないでしょ……とにかく、今は忙しいからあとにして」
「つれないわね……なら言い方を変えるわ」
ばっと、その両腕をジャンヌは開く。
それから彼女はちょいと首を傾げて、少年を上目遣いに見て、こう言った。
「……構って」
――不覚にも。
その、ねだるような仕草にくらりとノックアウトされそうになった自分がいた。
筋金入りかよ、と自身のぞっこんさ加減にマスターは息を吐く。
揺らぐ意思をぐっとこらえて、彼は絞るような声で「駄目です……」と答える。
するとジャンヌは唇を尖らし、ケチと拗ねるように言った。
……ほんと、そういう仕草は卑怯だと思う。
「と、とにかく。掃除終わったら構ってあげるからそれまで待っててくれ。頼むから、ね」
「はいはい。わかりましたよ……それにしても気になるわね、ギモーヴ」
どんな味なのかしら、と机に顎を乗せ、少女は広げたページをじっと見つめだす。
……彼女がここまで興味を持つと言うのは、なかなか珍しい。
「……フランスのお菓子って言ってたけど、ほんとに食べたことないの?」
「ないわよ。そもそも時代が違うし……まぁ、あの動乱の最中にオリジナル様がこんなの食べてる光景自体が思いつかないけどね」
自分が食べず、嬉々として他人に分け与えてるでしょうよと皮肉げに彼女は笑う。
バカじゃないのと、頬を歪める少女。
無言のまま、マスターはそれを傍らから見つめる。
少し陰鬱な表情を浮かべる少年の視線に気づいて、「何気にしてるのよ」とジャンヌは苦笑する。
「アンタが悩んでも仕方のないことよ」
別に気にしてない、とマスターは首を横に振ってごまかす。
それから話題を変えようと目を泳がせていると――ふと、あることを思い出す。
「……そういえば。今思い出したけどギモーヴ食べたことがあるかもしれない、オレ」
「え、本当?」
こくりとマスターは頷く。
……あれは先週、マリーさんにお茶会に呼ばれた時のこと。
紅茶と、色とりどりの茶菓子で飾られたあのティーパーティーで、紅く柔らかい、一口大にカットされた砂糖菓子が混ざっていた。
透明なグラスに盛られたそれはまるで宝石のようで、口に入れた途端フルーツの風味がふわっと広がり、口内温度であっという間に消えてしまう。
「あれマシュマロだと思ってたんだけど、今考えるとギモーヴなのかもしれないな……ってジャンヌさん?」
見ると、漆黒の彼女はむすうと頬を膨らませている。
それからふんと鼻を鳴らして少年から顔をそらした。
「あーはいはいいいわねマスターさまは。私に隠れてこそこそいい想いしてて。本当に良い御身分ですこと」
「……一応君にも声かけたよ」
「そんなおきれいな場所いけるわけないでしょ」
バかじゃないのと、ジャンヌは罵倒する。
……その言い方に、なんだかカチンときた。
結構気を使っているのに、遠慮なしな彼女。
生意気をいうお姫様。
怒った猫のように背中を向けるこの少女に、どうしてやろうかとマスターは怒りをふつふつ煮えたぎらせる。
『――ねぇマスター。ご存知かしら』
――瞬間、ある言葉も同時に思い出す。
ギモーヴを食べたとき、確かかの王妃はあることを語った。
自分がいなかった時代に生まれたその砂糖菓子といえど、お客様に振舞うのならもちろん自身が熟知してなければ礼儀に反す。
今のままで抜け落ちてしまっていたが……このタイミングで思い出してくれて、ちょうどよかった。
「……ねぇジャンヌ。ギモーヴの食感って、何の感触に似てるか知ってる?」
知らないわよ、と少女は答える。
――こつんと、少年は足音を鳴らした。
「食べてみたいけど、どっかの誰かさんが買ってきてくれないし内緒で食べてきたりしてるから無理みたいなのよね。あー本当にうらやましいわねー」
わざとらしい大声を出す彼女に、申し訳ないと苦い笑いをマスターは向ける。
――その不機嫌な背中は、もう目前。
「――でも、代わりのものなら教えてあげられるよ」
何よそれ、とジャンヌは不可解なそうな表情で振り返る。
――刹那、ふわりと、その唇に触れる感触がある。
やんわりと暖かく、何もないように軽いけど、確かにあるそのぬくもり。
貴方の熱が、染みてゆく……。
やがて遠ざかる、彼の顔。
再び目を合わせたとき、少年はにこりと、いたずらっぽく微笑む。
「――キスの感触に似てるんだってさ」
いかがでしたか、とからかい気味にマスターは笑う。
呆然と頬を染める少女に、よしと彼はガッツポーズを決める。
一本取ったと、確信をする。
……しかし、今回かぎりは。
そう考えるのは甘かった。
「……そう。なかなかいいわね」
――にやりと、頬を染めた魔女が微笑む。
艶やかで魔的な笑みに、どくんと少年の心臓が高鳴る。
――すっと、彼女の手が回る。
マスター頭を抱えるようにして。
それから再び、少女の頭が近づいてくる。
「え、ちょ、ジャンヌ?何を……」
吹きかかると息に、頬の紅葉を止められないマスター。
そんな茹蛸みたいな彼に、少女は「おバカさん」と微笑する。
……動揺する彼が、可愛らしくて。
にやけが止まらない。
私も相当だなと、ため息を吐く。
――それが嫌じゃないから。これまたしょうがない。
「……まだたったの一口よ。満足できるわけがないじゃない。だから――」
触れるか、触れないかの距離。
その赤くなった耳に、よく聞こえるように。
直前まで、引き寄せて。
そっと、魔女は宣言する。
「――おかわりよ」
それが、二口目のコール。
……そう。
生憎、私はあの聖女様とは違う。
出来損ないの、劣化品。
恵まれてないから、あさましくもかき集めるし、譲る気はない。
――絶対に譲ってなんかやるもんか。
この砂糖菓子の甘さだけは。
……私だけの、デザートだ。
終