私の名前   作:たまてん

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いつも通りのぐだジャンです。
でもごめん、今回たぶん甘いだけで終わる。
よろしくお願いします



振り回すのは、貴方だけ

「――だるい」

 

「先ほどからそれしか言ってないわね、貴方」

 

机にうつ伏せて愚痴を溢すマスターに、ジャンヌは作業の手を止めることなくはそう言った。

 

「だってねぇ。こーんな量があるとなっちゃあ、流石に嫌になりますよ」

 

机に山積みにされた書類の束をペラペラ捲りながら少年はまた深いため息をつく。

 

「真面目にやんなさいよ。この書類、戦術データとしてあの自称天才女に出さなきゃなんないんでしょう?さっさとしなさい」

 

「別にジャンヌが全部やってくれても構わないんだよ?」

 

「へぇ?手伝ってやってる私にそういう口きくの?じゃあお望み通り綺麗さっぱり片づけてあげるわ……塵芥にしてあげて、ね」

 

「真面目にやります……」

 

凄みを利かせた少女の視線に、背筋をピンと伸ばし直して、マスターも作業に戻る。

 

ここのところ出撃が多くなっていたため、デスクワークがおろそかになっていた。

 

気がつけば、もろもろの提出書類の期限が明日……いやすでに今日となっている始末である。

 

「ジャンヌ。もう遅いから帰っていいよ。あとはオレがやる」

 

「貴方がさぼらないためにもまだいるわよ」

 

「さぼらないって。真面目にやるよ」

 

「あら?私じゃご不満かしら?役立たずは出て行けってこと?」

 

「まさか。すごい助かってます」

 

「なら私を帰らせるんじゃなくて、早く終わるよう尽力なさい……今日は泊まる」

 

「――ありがとう」

 

ふん、と鼻を鳴らすジャンヌ。

 

……それに、こういう仕事はマスター一人でこなすことのほうが多い。

 

手伝えずに歯がゆい思いをしていた自分には、ちょうどいい機会だ。

 

……ま、そんなこと口が裂けても言わないけどね。

 

それきり、二人は言葉を交わすことなく作業に集中する。

 

遥かに高くそびえていた資料の山はみるみる小さくなってゆく。

 

そしていつの間にか、永遠に続くかと思っていた作業は終わりを迎えることとなる。

 

しかし、終わった時間は午前五時。

 

早朝特有のしめっけが、指先から伝わり始めている。

 

「終わった……でもかつてないほどに眠い……」

 

「貴方ってほんと貧弱ね、たかだか一徹ぐらいで……しょうがないわね。いったん休憩してきなさい」

 

「いや待って待って。まだ誤字脱字が……」

 

「それぐらい出来るわよ。一分一秒でも大事なんだからさっさと寝ろ」

 

「うう……ごめん」

 

言うと、机にマスターの頭が落ちる。

 

一直線に、ズドンと。

 

それからすぐに小さな寝息が聞こえてくる。

 

「せめてベットまでは歩きなさいよ……」

 

すぐ目の前でしょうが、と呆れながらジャンヌは立ち上がる。

 

そして実際に目と鼻の先にあったベットからシーツを一枚取り上げ、バフリと、うずくまる塊に頭からその毛布を掛けてやる。

 

「……お疲れさま」

 

ポンと優しく頭を撫でてやる。

 

……素直じゃない私には、これが精一杯。

 

さて、気を取り直してやるかと意気込んだジャンヌは書き上げた書類を見直し始める。

 

しばらくの間、整理を続けていると、一枚だけ手のつけられていないものを見つけてしまう。

 

内容は、書類に予め記されているある作戦地域の制圧作戦を立案せよというものだった。

 

……これはさすがに、ジャンヌがどうにか出来る内容ではない。

 

申し訳ないが起こすしかないだろうと考えていると、書類のしたに「提出不要」小さく手書きしてあった。

 

よく見慣れた、マスターの字だった。

 

――なるほど。

 

これはできたらやる程度の、特に気する必要はないものらしい。

 

ひとまずよかったと胸を撫で下ろす。

 

……けれど、同時にちょっとした興味が沸いた。

 

ほんとにちょっとした、無邪気な出来心。

 

そしていつの間にか、ジャンヌは何か書けるものを探していた。

 

■ ■ ■

 

「――やらかした」

 

ばかやった、とマスターは大きなため息をついた。

 

ちらりと、視線を向ける。

 

そこにはソファに横になって可愛らしい寝息を立てている我がサーヴァントの姿があった。

 

どうやら作業を終えたあと、そのまま寝てしまったらしい。

 

右手には、眠りながらもペンをしっかり握っている。

 

「……カメラ用意しとくんだった」

 

割と真面目に、この世の終わりにみたいに落ち込んでいるマスター。

 

……けどまぁ、見れただけ幸運か。

 

少なくとも今だけは。

 

この無防備な笑顔は、自分だけのものなのだから。

 

「――ありがとね」

 

少女にかけてもらった毛布を、その肩にそっと掛けてやり、握っていたペンをとる。

 

そう呟いて微笑んだ彼は、ふとテーブルに一枚の紙が置かれているのに気付く。

 

それはダ・ヴィンチちゃんから時間がなかったら別に書かなくてもいいとよと言われた書類だった。

 

白紙だったはずそれだが、今はびっしりと細く繊細な字で埋まっている。

 

上手くなったなぁと感心しながら、少年はざっと目を通す。

 

――沈黙の時間が、思いのほか長い。

 

そしてしばらくして、マスターはぽつりと呟く。

 

「――いい出来だ」

 

■ ■ ■

 

「――というわけで。あまりにもいい出来だったんで試しに提出してみたら、見事賞賛されました。次の作戦立案に使わせてもらうってさ。おめでとう、ジャンヌ」

 

パチパチとマスターが拍手をする。

 

対してジャンヌは完全に固まっていた。

 

……何を言っていたのか、理解が追い付かない。

 

けれど幾度か少年の言葉を頭の中で反芻していくうち、状況をだんだんと理解していく。

 

「な……何をやってるのよ貴方!?」

 

そうしてバンっ!机を叩いて声を張り上げる少女に対して、マスターは相変わらず涼しい顔をしている。

 

「そんな大声上げない。よかったじゃないか。日頃の勉強の成果が証明されたってことだよ。教えてた人間として、オレも鼻が高い」

 

「そういう問題じゃありません!何であれを提出したんですかっ!?」

 

「だから出来がよかったからだよ。それに一応オレの名義で出しているから大丈夫だよ」

 

「それならなおのことよっ!貴方が出したのと偽って私が出した戦術資料が使われるなんて……絶対に駄目よ!!」

 

それが何よりの問題だった。

 

マスターから教わった知識しかない、まして半分遊びのような感覚で書いたものが流布していいわけがない。

 

――なぜならサーヴァントたちは信じているからだ。

 

自分が信頼するマスターが考えたものだと、だからこそ命を懸けられるのだと、他ならぬジャンヌが知っている。

 

だから、それらすべてを裏切る行為だと分かってるから、ジャンヌは必死になったのだ。

 

「――そういうのはあんまり関係ないと思うけどな」

 

俯いているジャンヌに対して、マスターはそう言った。

 

「誰が書いたとか、どんな気持ちで取り組んだとか、そういうのは関係ない。こうゆうのに求められるのは『役立つもの』であるかだ。それにこれ、ちゃんと全員が生き残る作戦になってる。夢見がちなく、でもそういう考えを持つような指揮官だったら……従ってもいいなって、オレは思えるよ」

 

「……でも、それでも駄目よ」

 

「そうだね。確かにこれに答えるべきはオレ自身だ。これじゃあまず前提条件を満たしてない――だから、選ばれたけど採用はちゃんと断っておいたよ。訳も話して、ちゃんと怒られてきました」

 

「え?」

 

マスターは立ち上がり、呆然としてるジャンヌを見つめ返す。

 

そして――ぺこりと、頭を下げた。

 

「勝手なことをしてごめん。ただ、君の実力を第三者視点で確かめたかったんだ。オレが日常の中で教えてたことがためになってるのか確認したかった。でも嫌な思いをさせた。ごめん」

 

「……なんで、そんなことしたのよ」

 

「オレがいなくなった時のため。仮にオレがいなくなったときに、君が代わりに指示してくれるかなって思ってね」

 

「……次縁起でもないこと言ったら殴るわよ」

 

ごめんごめん、とマスターは苦笑する。

 

――ほんと、馬鹿なことを言うなと罵ってやりたい。

 

そんなのは杞憂、よく考えなさい。

 

……いっしょに地獄に落ちるって約束したんだから。

 

貴方が死んだとき、私が生きてるわけないじゃない

 

……ほんと、鈍い奴。

 

そう呆れるジャンヌ。

 

――でも少しだけ。

 

心配されて浮足立ってしまった自分を自覚してしまったから、本当に不覚。

 

「さてと――じゃあせっかくいい点とったわけだしジャンヌにご褒美をあげよう。何がいい?好きなもの言ってみて」

 

「いや別にいらないわよ、ご褒美なんてそんなもの……」

 

「ラーメンとかハンバーガーとか馬鹿食いしてもオッケー。今回は特別にお店を梯子してもいいよ」

 

「……待ちなさい。何故、食べ物前提なんですか?」

 

「え?そりゃだって君、結構大食らいなところあるじゃん。ご褒美と言ったらそれかなって」

 

さらっと少年に言われると、ガンとフルスイングで殴られたような衝撃が走る。

 

……確かに、新宿を出てからあれこれ食べ歩きをするようにはなってたけれど。

 

まさかこの少年の中で腹ペコ属性が付加されてたなんて夢にも思わなかった。

 

つまり今自分の立ち位置はあの黒王と同列なのである。

 

ショックを受けないというほうが難しい。

 

……いやそれ以上に、心底腹が立つ。

 

その能天気に笑う顔に向かって、強烈なのを味合わせてやりたい。

 

食い気以外にもいろいろあるのだと、分からせてやりたかった。

 

――だからだろう。

 

あんないたずらを思い付いてしまったのは。

 

「――そう。なら決めたわ」

 

そう言ってゆっくりとした動作で、マスターの側まで来た彼女は、ドサッと彼の胸に身体を預ける。

 

そしてそのまま少年をを押し倒すように椅子に座らせた。

 

いわゆるマウンティングポジション、という形になる。

 

「……ジャンヌ?」

 

「マスター。私ね――」

 

熱い吐息を、その耳に吹きかけながら。

 

ジャンヌなりの、精一杯艶やかな声を出して。

 

こう、甘いおねだりをした。

 

 

「――貴方のこと、食べてしまいたいわ」

 

 

――勝った。

 

今回ばかりは勝った。

 

我ながらかなり捨て身な戦法、でも効果は抜群のはず。

 

何せ言った本人がすでに熱さのあまり死にそうになっているのだ。

 

さぁどうかしら、とジャンヌは熱を持った頬のまま、顔を上げる。

 

すると。

 

――ちゅ、っと軽い音が響く。

 

熱をもった頬に、一点の感触。

 

離したはずの彼の頭が、すぐ横にあるまま。

 

……何をされたのか、いやでもわかる。

 

「――ああ、それで構わないよ」

 

そう言って、少年は少女の顔から頭を離す。

 

蒼い視線が、赤面した少女を視る。

 

しゅるりと、首元の留め具を緩めて。

 

くらりと、首を傾けて。

 

――にこりと、妖しく微笑んで、貴方は語る。

 

「――どうぞ、召し上がれ」

 

 

……白々しい。

 

召し上がれ、とか言ってるけど。

 

――召し上がられるのは、いつも私じゃない。

 

 

「……ほんと、卑怯者」

 

負け惜しみだと分かっていても、そう言わずにはいられない。

 

少年の胸に顔を埋めながら、半泣きのジャンヌはつぶやく。

 

「……ま、これでも君のマスターだからね」

 

そうやって、何事もないことのように笑いながら、貴方の手は私の頭を撫でる。

 

――その通りね。

 

悔しいが、認めるしかない。

 

きっと、こんな風に私を困らせて、振り回すことが出来るのは。

 

……貴方しか、いないでしょうから。

 

柔らかな感触、優しい温もり。

 

落ち着いていく自らを愚かだと嗤いながらも。

 

――私は、その手を拒みはしなかった。


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