今回限り、真っ白い方のぐだジャンで書かせて頂きます。ツイッターでネタを頂いて、それを元にさせて頂きました。
「…ねぇ。ジャンヌさんがいたころのフランスって、どんなとこだったの?」
――何気ない日々のひとこま。
唐突に、彼はそんなことを訪ねてくる。
「……フランス、ですか?そうですね……他の方々にどう思われてるはわかりませんが、とても心地のいいところだったと思います」
そう、ジャンヌ・ダルクは答えを返す。
すると彼は、「どんなところがよかったんだい?」と重ねて問いかける。
……その問いかけに口を開きかけて、けれども言葉にならず、少女は口を閉じてしまう。
――言われてみれば、何がよかったのか、具体的にはよくわからない。
自分が知っている穏やかな世界は、村娘だった頃のあのひととき。
それ以降は、戦火の中に身を投じてしまって、『心地のよい場所』とは、あまりにかけ離れてしまってる。
……でもそれでは、あまり狭すぎる。
特に目の前の少年に母国のよさをわかってもらうには、なんとも情けない根拠にしか聞こえない。
どうしましょう、とジャンヌ・ダルクは首を捻って悩ませる。
その一生懸命な姿を見て、少年はくすりと穏やかな笑みを浮かべる。
それから彼は、「ならいっしょに行こうか」と言葉を続けた。
え、とジャンヌは振り返る。
言われたその台詞の意味が、よく理解できなかったからだ。
ぽかんとするジャンヌに対し、彼はもう一度語る。
変わらず、穏やかな微笑と共に。
「……今度の休み、二人でオルレアンに行こう。その時思い出したら、君が好きだった場所のことを教えてね」
それじゃあ、と少年は手を振って去ってゆく。
あっさりと、けれど確かに残る約束だけ残して。
ぽつんと、廊下にただ一人残された救国の聖女は、呆気にとられて立っている。
いつもならまだマシな思考速度が、このときばかりは牛の歩みより遅い。
……だが、意味が理解できなかったわけではない。
「……二人で、行こう」
少年の言葉を、復唱する。
その言葉の深さが、理解できないほど鈍くはない。
……ほんのりと、雪のような白い肌に紅の熱が宿り始める。
そして早鐘を打つ、この鼓動。
胸の奥で混ざる、二つの感情。
ああ、本当に。
「……参りました」
――そう、聖女は天を仰ぎ見る。
それは本心からの呟き。
少年の、マスターとの約束に。
……かつてないほど、苦悩した彼女の言葉だった。
■ ■ ■
「……というわけなのですが、正直マスターが喜でくれるような場所が思い付けません……貴方ならどんな場所を紹介しますか?オルタ」
「そうね。まずよりよってその相談を私にぶちかましてくる貴方の豪胆さにびっくりよ」
テーブルの向こうで頬杖をつき、心底げんなりとした表情で、ジャンヌ・オルタは答えを返した。
すると聖女は頭を抱えながら「他に相談出来る方がいなかったんです……」と消え入りそうな声でつぶやく。
「んなわけないでしょう。ジルとかに相談なさいよ」
「ジルたちには何故か非常にほっこりとした微笑みを返されただけで何も教えてくれません。まるで『子供はどこからくるの?』と尋ねたときのお父さんにされたような笑顔でした」
「完全にお茶を濁されてるじゃない。てゆうか、その見守るような父親気取りしたカオってのが簡単に想像出来てなんか腹立つわね……じゃああの王女サマは?アンタら仲いいし、そっちに話振りなさいよ」
「マリーには確かにいくつか場所を教えて頂きました。ただ、私が行ったことがないところばかりで。というよりも、やはり少し生活水準が違うと言いますか……流石に、堂々と正門から他城に上がるなんて私には出来ません」
「上がったのか、アイツ」
まぁやれそうな気はする、とつぶやきながら、ストローに口をつける。
ちゅうと、透明な筒がオレンジ色へ染まる。
「……どう、思いますか?」
上目使いに、白いジャンヌはそう尋ねてくる。
対して黒のジャンヌは、「知るか」とこれ以上ない斬れ味の返答をする。
「そもそも、私がアンタを助けるような真似をすると思う?ここで仲良しごっこし過ぎて頭イカれたのかしら?……第一、アイツの思いに答える気なんてこれっぽちもないのに、何を頑張ってるのよ」
「……やめてください」
はぐらかすな、とオルタは鋭い声を出す。
金色の眼光が、聖女を睨む。
まるで仇でも見るような、憎悪に燃えたその瞳。
「……これに深い意味が感じられないなんて言ってみなさい。今度から二枚舌の聖女サマって呼んであげるわ……アイツは、明らかにアンタに好意を持ってる。シールダーに対する先輩後輩の好意でも、他サーヴァント全員に向けてる信頼として好意でもない……異性として、『
「……いいえ」
「なら改めて尋ねましょう――貴方、その好意に対して、『女』として答えるつもりある?」
――まっすぐに見つめながら、ジャンヌ・オルタは問いかける。
その問いかけは、オリジナルの心にずきりと杭を差す。
誤魔化しきれない、そんなつもりはないが目をそらしたいと思えるその現実を、黒の映し身は投げ掛ける。
……しばしの沈黙のあと、ジャンヌ・ダルクは首を横に振った。
でしょうね、とオルタは頷く。
「……『聖処女』たらんとするなら、アイツの想いに答えるわけにいかない。そう覚悟決めたんだもんねぇ、貴方……ならどうして、断りに行かなかったの?」
……期待があるからに決まってる。
誘っていっしょに出掛けてもらえるとなったら、誰だって期待する。
だから本来なら、例えその時に出来なくても改めて断りに行くべきだ。
その方が、無駄な期待もさせず、ずっと優しい。
……少なくとも。
こんな風に、どこに連れていけばいいかなんて悩むのは、自己満足でしかない。
「……全部捨てずにいられると思ってるの、貴方?」
凄みをきかせて、オルタはそう語る。
言葉の端に、滲み出る殺気を纏わせながら。
魔女と畏れられた、その圧力。
しかし、聖女は臆することなく「思っていません」と言い切る。
「貴方の言う通り、私は『少女』ではなく『聖処女』としての己を選びました……初めは、断るつもりでした。ですが……」
……恐かった。
その後に起こる結末が想像できなくて。
彼がどんな反応を示すのか、まるでわからない。
だって、私は……。
「――こんな感情、知らなかったんです……」
絞り出すように、呻くように、聖女は声を出す。
……まっすぐな好意。
それが嬉しいと、心から思えた。
他の誰でもない。
ただ一人の、貴方の微笑みが、輝いてみえた。
……特別な『誰か』なんて、『
唯一なんて言葉、わからない。
慈愛とは違う、手に入れたい、手にいれて欲しいという欲求からなるこの衝動。
……『聖処女』を名乗る彼女には、この『愛』は重すぎて、理解が追い付かない。
「……断ったらどうなるのか、今までと同じ日々に戻れるのか、まったく違う明日を迎えるのか……マスターに、憎まれてまうのでは。そんな不安ばかりが、頭の中をよぎるんです……だから、何も言えなくなりました」
震える肩を、抱き締めながら。
まるで、懺悔でもするかのような声で、ジャンヌ・ダルクを名乗る彼女は胸の内を吐露する。
……その告白に、オルタはしばらく無言だった。
深く息を吸い、同じぐらい息を吐き、そして口を開く。
――甘えるな。
そう、断言する。
「……知らない、理解できないなんて時期はとっくに過ぎたわ。子供が言うならまだしも、今の貴方が言ってもただ問題から目を背けてるだけの我が儘よ……それならさっさと、余計な覚悟なんて捨ててしまいなさい」
目障りだから、とオルタは切り捨てる。
うつむいた聖女は、それ以上何も言わない。
手は強く握っていても、反論すらしてこない。
変わらず理性的でいようとする彼女に、忌々しげに魔女は舌打ちする。
「……変わらないわね、ほんと」
荒々しく席を立ち、聖女に背を向ける魔女。
――本当に、腹が立つ。
わからないと悩めるその幸せが。
どちらかを選べるという白の幸福が。
だって、私はそもそも。
……選んですら、もらえなかったんだから。
「……大っ嫌い」
――これが、幼稚な嫌がらせだと、醜い負け惜しみだとわかっていても。
そう言わずには入られない黒なのであった。
続