私の名前   作:たまてん

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幕間とか、漫画化ありがとうございますとか、そういった記念投稿。
とりあえず、おめでとうございます。


真黒の三つ葉はまだ傷を知らない

「――欲しいものだって?」

 

寝耳に水、といった風に。

思わぬ単語に驚いたマスターはそう尋ね返す。

するジャンヌは「そうよ」と腕を組みながら頷いて、さきほどの言葉を肯定する。

 

「アクセとか本とか、なんかないの?」

「いやなくはないけど……なんでいきなりそんなことを訊くんだい?」

「つべこべ言わずにさっさと答えなさい。燃やすわよ」

「いくらなんでも横暴すぎないか……?」

 

げんなりと、マスターはため息をつく。

 

……まぁジャンヌが横暴なことは今に始まったことじゃないが。

 

意図は読めないが、とりあえず欲しいものとやらを考えてみる。

 

下手なことを言ったらまた地雷を踏み抜きそうだから、慎重に考える。

 

「――お礼よ」

 

え、と少年は振り返る。

 

黒の甲冑を纏う彼女は、少年の視線から顔を逸らしつつ、もう一度「この前のお礼」と口を開く。

 

「……本、探してくれたじゃない。借りたままは嫌だから……なんか、お礼させなさい」

 

「……ああ」

 

本、と言われて合点がいった。

 

――先日、ジャンヌから頼みごとをされたのだ。

 

気に入ったシリーズもの小説を見つけたから、その続きが読みたいと。

 

ただ、ジャンヌが立ち入りを許可されてるまでの資料室には紙媒体の蔵書がなかった。

 

それではつまらないだろうと思ったマスターがわざわざカルデア内の倉庫を探し回って発行されたものを見つけ出してくれたのだ。

 

……マスター的には、少女がそう言ったものに興味を持ってくれたのがうれしくてノリノリで探していたのが、当の彼女ははいそうですかは頷けない。

 

この忙しい時期に、休憩時間を使ってまで探してきてくれた彼の行為を、流せるほど礼儀知らずではない。

 

「――さっさと言いなさいよ」

 

そう急かす彼女に、少年は微笑む。

 

……正直、その気持ちだけでもう十分なのだが、何も言わないとそれはそれで睨まれそう。

 

けれど、いかんせん急すぎた。

 

欲しいもの、と尋ねられてもとっさに思いつかない。

 

あるにはそりゃあるが、さすがにソレ言ったら顔の形が変形する。

 

……いや、待て。

 

これなら構わないか、と少年はその考えにたどり着く。

 

――うん、きっと大丈夫、行ける。

 

こくりこくりと、頷くマスターに、少女は「遅い……」と踵を鳴らす。

 

「やっぱあと五秒以内に答えなかったらこの話はなし。行くわよ、いーち……」

 

「――クローバー」

 

は?と思わず声に出る。

 

マスターはもう一度「クローバーがいいな」と告げた。

 

「……クローバーって、あの四つ葉とかやつ?」

 

おそるおそる尋ねるとそうだよと彼は頷く。

 

「ああでも四つ葉じゃないよ。三つ葉がいい。あと、叶うなら今日もらえたら嬉しいかな」

 

「いきなり急いた注文になったわね……でも、三つ葉ぐらいならすぐ見つけてこれるしいいか。いくつ欲しいのよ?」

 

一つだけ、とマスターは答える。

 

……うすうす感じていたことだが、もしかして適当なもの言われてるだけじゃないのか。

 

怪訝な顔をする少女にマスターは「本気だよ」と苦笑する。

 

「それに、君にお願いしたいのは普通のクローバーじゃないから。だからといって実現不可能なものでもない。君がオレにプレゼントできる現実的な品だよ。ある意味、四つ葉を探すより簡単だ」

 

「もったいぶってないで早く言え」

 

……けれど、四つ葉以上に特別なクローバーなんてあるのだろうか。

 

首を傾げるジャンヌ。

 

それをみて、当の彼はくすりと頬を緩める。

 

――どんな顔をするんだろう。

 

今からする問い掛けに、彼女がどんな答えを返してくれるのか。

 

どんな反応を見せてくれるのか。

 

……わくわくして、仕方ない。

 

だから、少年は問いかける。

 

楽しみで、たまらないと言った声で。

 

魔黒の少女に、今一番望むものを告げた。

 

……手に入るなら、もうなにも入らないと言えるほど、渇望するそれを。

 

「――黒いクローバー……真っ黒な三つ葉のクローバーが、今一番欲しい」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「……で、散々探した挙句それらしいものが何一つ見つけられなかったわけか。無様だな」

 

――ハン、と彼女は鼻で笑う。

がぶりと、右手に握ったハンバーガーに白い歯を突き立てながら。

 

目の前で机に額を打ち付けて全身全霊を出し切った魔女の骸を、黒き王は見下ろす。

 

「……うっさい。てゆうか、なんでここに貴方がいるのよ」

 

もっきゅもっきゅと音を立てて咀嚼を繰り返している彼女――アルトリア・オルタを睨み返すジャンヌ。

王は「ただの暇つぶしだ」と答える。

 

「……少々口さみしいと思ってな。ふらふらぶらついてみたら、抜け殻みたい疲弊しきった女を見つけたわけだ。ゆえに、貴様の前に座ってる」

「口さみしいのと、私の前でその頭の悪そうな飯を食べるのと何が関係あるのよ?」

 

おおいにあるとも、とアルトリアは頷く。

 

ちらりと自分を見上げてくる黄金水晶を、同じ輝きの瞳で見つめ返しながら、少女は嗤う。

 

「――他人の、特に貴様の不幸とあらば、恰好のスパイスだ。さっきから食が進み過ぎて仕方がない」

「いつものことでしょうが腹黒王。そんなんだから人の心がわかんないとか言われんのよ」

 

き、と睨み上げてくる瞳に、アルトリアは愉快な笑みを返す。

 

……が実際、見上げてくる殺意はどこか物足りない。

 

この突撃女には珍しく本当に疲れ切ってるようだ。

 

「いったい何をしてきてたんだ貴様。やけにドタバタしてたのは見えてたが」

「特に難しいことはしてないわよ。ただいくら検索かけても黒のクローバーなんて出てこなくて。よくてトランプぐらいかしら。あんな長い時間パソコンとにらめっこしたの初めてだわ」

 

すっごい痛い、とジャンヌは瞼をさする。

 

……あの少年から頼まれたものを、今夜までという期限を律儀に守って、誠心誠意探しまくっていたらしい。

いそいそと、ただ一人のために奔走する黒の魔女。

その色に反して、本質は乙女のそれだ。

健気なことだ、と頬についたケチャップをナプキンで拭いながらアルトリアはひっそりとつぶやく。

 

「……ああ、ほんとにわかんない。黒いクローバーって何?あるわけないじゃないそんなの」

「枯れたクローバー、というオチかもな」

「それもらってアンタ嬉しいの?」

「全く」

 

でしょうね、とジャンヌは大きく息を吐いて天を仰ぐ。

……どんな変種を探しても、真っ黒なクローバーなんて見つかりはしない。

それこそ先ほども言ったがトランプの絵柄ぐらいしか思い当たらない。

そんなものが欲しいなんてことはない。

 

――そんなものを、よりによってこの私に望むはずがない。

 

「けど、もうそれ以上思いつかないのよね。隠語って可能性も考えたけど」

「隠語……ああなるほど。花言葉か」

 

パチンとアルトリアは指を鳴らす。

花それぞれにある、おとぎ話のようもの。

確かに、花言葉としての意味を含めるならまだあり得そうだ。

 

「で、調べたのか?」

「はぁ?調べるわけないでしょ。あんな幸運とか恋愛とかそういう意味しかなさそうなやつ」

「自ら可能性を潰してどうする……通りで見つからないわけだな。まずその偏見はどうにかしたほうがいいぞ。それに、ああゆう綺麗そうに見える花こそ裏に何かあったりするものだ」

「へぇ、さしずめ貴方のところの湖の騎士サマとか?」

「否定はしない」

 

あっさり首肯する王様。

 

ばっさりと一刀両断。

 

敬う上司にすらこうも軽く言われるとは。

 

お気の毒、と一片の同情もなくジャンヌはお祈り申し上げた。

 

「まぁいい。とりあえず調べてみよう」

 

言って今日何十個目かのハンナーガ―を食べながら、アルトリアは携帯の端末に指を走らせる。

 

調べても無駄よ、とジャンヌは手のひらに顎を載せながらけだるげに語る。

 

「どうせ見ても砂糖吐きたくなるようなセリフしか載ってないでしょうから」

「むしろそのほうがあのロマンチストらしいだろ。私の予想が当たったらハンバーガーおごれ」

「まだ食うか」

「まるで足りん……おっと、これは」

 

ぴたり、とアルトリアの動きが止まる。

興味深そうに、その瞳は手元の液晶画面を見つめてる。

どうやら『何か』は見つけたらしい。

 

……まさか、本当にわかったのだとでもいうのか。

 

だとしたら半日近くパソコンに食いついていたのが、ほんとの本気でバカらしくなる。

憂鬱な気分になりつつ、のそのそとゆっくり立ち上がって、かの魔女はアルトリアの端末画面を覗き見る。

案の定、そこにはクローバーの花言葉を載せたサイトが開かれていた。

 

花言葉の意味としてまず一つ目に見えたもの、それは『幸運』。

 

予想通りだ。

 

予想通り過ぎて、なんの感想もわかんない。

だが、その花言葉にはまだ続きがあった。

どうせ同じような意味合いだろう、とタカをくくって目を通す。

二つ目、ジャンヌの視界を横切って見えた詩、それは――。

 

「……はい?」

 

――目を見開いた。

 

驚いた、予想外過ぎて。

 

ジャンヌが想像したものとはあまりに違うイメージ。

 

けれど、意味は単純明快。

 

一目見れば、勘違いなどあり得ないほど確かな真実。

 

……ちょっと待って。

 

もしこれが本当だとしたら。

 

これの、黒ってことは。

 

アイツが欲しいものって……。

 

「……ハンバーガー、とりあえず十個だな」

 

淡々と、アルトリアはつぶやく。

特にこれといった感情は見せず、そう黒の騎士王は言葉をつむぐ。

しかし、そんな言葉など耳には入らず。

 

……その瞬間には、ジャンヌは一気に駆けだしていた。

 

走り去ってゆく後ろ姿。

アルトリアはそれを止める気はない。

止めようにも、あんな形相を止まられるような感情ではないと十分理解していた。

 

……ああ、それにしても。

 

再び端末画面に目を通す。

そこには変わらず、あの魔女を赤面させた単語が残っている。

三度あるうちの二つ目。

 

『幸運』とは離れた、クローバーの花言葉。

 

――『復讐』という、ただ一単語が。

 

「……つまらん」

 

そう一言、黒の王は発する。

もっと一波乱あればよかったものを。

でなければ、こんな物語。

 

――ハッピーエンド以外、あり得ないだろう。

 

最後の一口を頬張りながら、黒の王はそんなことを考えていた。

 

■ ■ ■

 

――廊下を走る。

 

急ぎ足で、一気に駆け抜ける。

 

胸が苦しい。

きっとその理由は、速足過ぎて呼吸を忘れてしまったせい。

もしくは、この踵よりも早鐘を響かせる心臓のせい。

ズキズキとした躍動のせいで、頭の芯まで痛みは滲んでくる。

 

それでも、ジャンヌは走るのを止めない。

 

……だって、一秒でも彼に会う時間を早めたいから。

 

会って、馬鹿野郎と文句を言ってやらなきゃ、気が済まない。

 

黒のクローバー。

真っ黒な、『復讐』。

 

――真っ黒な、『復讐者』。

 

誰を意味して口にしてたなんて、嫌でも分かる。

 

それが欲しいと、少年は言った。

 

それしかいらないと、彼は言った。

 

……くどい。

 

回りくどいのよ、貴方。

その言葉を、その単語を、まさかとは思うけど。

 

――私が待ってたとか、少しも考えなかったの?

 

一秒一瞬の刹那ですら、恋しい。

足を縺れさせながら、転びそうにも早さを緩めずに息を切らすこの身は。

……きっと、砂糖を吐きたくなるほどの大馬鹿者に見えたことだろう。

 

――走って、走って、走って。

 

一瞬でつくはずなのに、無限にすら感じる道筋。

 

それを越えて、ようやく見える彼の部屋の扉。

 

果たしてここにいるだろうかと不安に思う。

 

が、それは一瞬のこと。

 

……探し求めていた人は、その扉の傍らにいたのだから。

 

何をするでもなく、ただ腕を組んで。

目をつむり、耳を澄ませて。

楽しそうに鼻唄なんか歌いながら。

扉に背を預け、佇むマスター。

 

――待ってる。

 

律儀に、私が気づくかどうかもわからないあの問いかけの答えを、彼は待ち続けている。

 

 

「……この、ばか」

 

思わず、声に出る。

これで黙っていられる奴がいるならこっちが聞きたいぐらいだ。

走る必要もなくなったから、少女は歩調を緩める。

けれど、踵は高く鳴らした。

カツンカツンと、感情に任せて。

この昂ぶりが、あの能天気な少年の顔を一欠けらでも多く貫くようにと、念を込めながら。

当然、彼もジャンヌの存在に気づく。

今自分がどんな顔をしてるかわからないが、少なくとも視線だけで相手を殺せるぐらい凄みは利かせてるつもりだ。

なのに貴方は、これっぽちの怯えも見せずに、「やぁ」と気軽に手を振ってくる。

 

……ほんと、貴方って人は。

 

どんな私でも、軽々と受け入れてしまうのね。

 

「意外に早かったね、もう少しかかるかと思ってた」

「……ええ。ぶっちゃけ無視してやろうかとさえ思ったわ」

 

そしたら貴方どうするのよ、とジャンヌは問いかける。

 

……そんなつもり、毛頭ないが。

 

だけど彼はそう言われても焦る様子なんか見せず、「その時は直接言うまでだよ」と笑う。

 

「……なら最初からそう言いなさいよ」

「やだよ。だって恥ずかしいじゃないか」

「あんな歯の浮くような花言葉を探しといてよく言う」

 

へぇ、と少年は目を見開く。

少しかがんで、少女を見上げた彼は、思わせぶりに首を傾ける。

 

「……ときめいた?」

「全然。むしろ殺意なら俄然沸いたわ」

 

そりゃ恐ろしい、とからかい気味に笑う。

 

……ああもう、調子が狂う。

 

開幕と共になんか言ってやろうと思ったのに。

そんな気が、一気に消え失せる。

やはり、このふにゃけた微笑みは、危険極まりない恐ろしい兵器だ。

 

……主に、この私に対してだけだが。

 

「――それでなんだけど、君はオレにプレゼントをくれるのかな?」

 

――そう、貴方は私に尋ねてくる。

 

彼の話の切り替えはいつも唐突だ。

気まぐれに長く思考させたり。

悩む暇とか、そういうのを無視して答えを求めてきたりする。

……困り果て、言葉に詰まる私の所作を、貴方は楽しんでいる。

普通のなら腹が立って仕方がないはずなのに、私を見つめてくる瞳にまったくの悪意が何のだから。

怒ろうにも、憤怒の火はしゅんと消えてしまう。

 

……でも、やっぱり悔しいから。

 

嫌よ、とジャンヌは顔を背ける。

 

負けず嫌いの性格は、私の本心なんだから変えようがない。

 

「……第一、対価が安すぎるわ。たかだか本一冊ぐらいで私が手に入るだなんて、ひどい侮辱。まずそのお気楽な思考回路を直していらっしゃい」

 

そう突っぱねてやる。

するとマスターは「それは残念」と肩を竦める。

それ以上は、何も言わない。

 

……それ以上、言ってはくれないの?

 

あんだけ引いておいて。

 

あれだけ想わせておいて。

 

それでこの話はおしまい?

 

……意気地なし。

 

ジャンヌはそう罵倒する。

胸の内で、誰にも聞こえない叫びを、吐露する。

 

「……そういえば。四つ葉のクローバーの意味って、君は知ってる?」

 

――でも、返答はあった。

 

要領を得ない、的外れな問いかけだったけど。

 

「……知らないわよ」

 

少女は答える。

 

すると少年は続けて語る。

 

――『真実の愛』なんていう、甘い響きを。

 

「……確かに、君からもらえるなら四つ葉の方が嬉しいさ。でも、それじゃあだめだ……だって、『真実の愛』を教えるのは、オレじゃなきゃ、意味がない」

 

――三つ葉が四つ葉になる要因は一つ。

 

成長の過程で、葉に傷をつけてやればいい。

 

それが四枚の葉と成長して、『真実の愛』なんてクローバーに姿を変える。

 

それは、人に対しても同じことが言えるだろう。

 

……だから、どうかお願いさせてほしい。

 

膝を折り、少年は少女の前にかしずく。

それぐらいの敬意を払わなければ、到底叶えてもらえないから。

その白い手を取り、真っすぐな瞳で、ジャンヌを見つめながら。

 

……この申し出が拒絶されてしまったらという恐怖に震えながら。

 

それでも、マスターはジャンヌに願った。

なるべく、いつも通りの、彼らしい笑みを浮かべながら。

 

「――今夜、君の時間を……オレにちょうだい」

 

――『初めて』君に『傷』をつける権利を。

 

そんな愛の『シルシ』をつけることを、許してください。

 

そう少年は、乞うた。

指先は震えて、強がってはいるけど、不安そうな貴方の瞳。

普段の余裕綽々とした貴方が、まるで幻みたいに。

 

仔犬ような様子で、覗きこんでくる。

 

……まったく。

 

本当に、下手な告白だ。

やりようならいくらでもあったのに。

よりによって、一番かっこ悪い結末なんか選んで。

 

「……馬鹿じゃないの」

 

思わず、声に出た。

貴方が払った勇気には見合わないこのへたっぴな告白を、私は嗤う。

 

「……ほんと馬鹿。これならさっきのままの方がずっとロマンチック。こんなんじゃ、時間なんて作ってやる気にはなれないわ」

 

本心からの言葉を、ジャンヌは口にする。

そうだ、こんな告白に払ってやる対価はない。

まだまだ、こんなものじゃ足りない。

 

……だから、私はこう答える。

 

もっと貴方から搾り取るために。

 

その骨の髄まで、貴方に『私』を染み渡らせるために。

嗤いながら、馬鹿にしながら……震えながら、彼の耳元でささやく。

後戻りの聞かない恐怖を振り払い。

 

精一杯の、勇気と共に。

 

――答えを、告げる。

 

「……貴方が、私の部屋に来なさい」

 

そう、少女は謳う。

 

つくづく甘いと、我が身を笑いながら。

 

……一瞬、少年はぽかんとした顔になる。

 

でもそれからすぐ、少女と同じような笑みを浮かべる。

 

くすりと、緊張に膨らんだ風船に穴が空く。

 

「……君も、たいがい下手じゃないか」

 

「……アンタほどじゃない」

 

唇を尖らせる彼女。

拗ねたような、可愛らしい反抗。

 

……本当、だからいつまでも惹かれるんだ。

 

決してブレないクセに、こうやって優しく触れてくれる君だから。

 

魅力的過ぎて、息が詰まるぐらいにいとおしい。

 

「――じゃぁ、また今夜……」

 

そう言って、マスターは手を離そうとする。

 

名残惜しいけど、彼の一存で引き留めるわけにはいかないから。

 

――けれど、彼女は待ってとまた指を絡める。

 

「ジャンヌ……」

 

「……まだよ」

 

言って少女は、少年の手を自らの頬にあてる。

 

そうして、彼の熱を芯まで伝わるように、包み込むように触れる。

 

――私を求めて止まない、このぬくもりを。

 

私が求めて止まない、この熱を。

 

……脈打つ命ともに、少女は感じとる。

 

「……私がいいと言うまで、このままでいなさい」

 

目を閉じたまま、ジャンヌはぶっきらぼうに言う。

 

自分勝手で、わがままな君の台詞。

 

……知ってる。

 

良く、知ってるよ。

 

それが、自分と同じくらい不器用な、彼女なりの甘え方だって。

 

「……はい」

 

だから、待っていることにした。

 

少女がいいと言うまで、ずっと。

 

どんな命令だって、聞いてあげる。

 

……何せ、もう十分に。

 

払いきれないプレゼントを、もらってしまったから。

 

■ ■ ■

 

――クローバーの花言葉、三つ目。

 

『私を、幸せにしなさい』。

 

ええそうよ、その通り。

 

私が貴方にあげるものなって、何一つない。

 

この復讐者が貴方に譲るものなんて、万に一つもない。

 

それを変えるつもりはないし、そんな身勝手な私が貴方は好きなんでしょう?

 

――だから、貴方は払い続けなさい。

 

私を幸せにするために。

 

惚れた貴方は私のものなんだから、そんなのは当然。

 

サーヴァントしての礼は尽くせど。

 

それ以上なんて、私は支払わない。

 

……でも。

 

私を幸せにする方法について、指図はしないわ。

 

考えるの面倒くさいし、何もする気ないし。

 

……だから。

 

それだけは、許してあげるから。

 

――全部、貴方の好きにしなさいな。

 

この身の一滴に至るまで。

 

……貴方の熱に、傷つけられてあげるから。

 


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