私の名前   作:たまてん

23 / 63

微熱の痕の後日談をイメージして書きました。
どうぞよろしくお願いします


業火のぬくもり

――痛い。

 

ズキリ、と指先が軋む。

 

血みどろになった包帯。

 

それをはずそうとした時、わずかに擦れるだけで歯を噛み締めるような痛みに襲われる。

 

……構わないとは言ったけど、やっぱりちょっと辛いかな。

 

斑に赤に滲む自らの腕を見つめながら、マスターは重い息を吐く。

 

――サーヴァントと違って、マスターの体についた傷は簡単に治りはしない。

 

こうやって、こまめに治療していかなければ傷口は膿みもするし腐りもする。

 

普通の人間のように。

 

……そうだ。

 

例え、幾ばくかの魔術が使えど、この身はただの人間。

 

悲鳴を上げる体、苦痛を訴える精神、長く残る疲労。

 

どれもこれもが、並みであり過ぎる自分。

 

特別と誇れるようなものが、何もない。

 

まぁ、周りがあんまりにも特別過ぎるから。誇ろうにも何を誇ればいいのか、わからないのだけれど。

 

……けれど、本当に嫌気が差す。

 

少し前なら、仕方ないと割り切れた。

 

ただの人間なりに、努力を積み重ねていこうと、少なくとも役立たずは卒業しようと。

 

でも今は。

 

……彼女の背中を見つめてるだけの自分に、嫌気がさしてたまらない。

 

「……大丈夫かな、ジャンヌ」

 

彼女のことを思い出して、ふと少年は心配になる。

 

こんな風に、自分の体に痕が浮かんでいるということは、彼女も同じような焼傷を負ったということ。

 

きりきりとしたその記憶の残滓に、呻いているのだろうという予感と確信。

 

「……泣いてないといいだけど」

 

言いながら、「いやあり得ないな」とマスターは苦笑する。

 

……彼女は決してそんなことを言いやしない。

 

痛みに呟くということは弱さだから、それを他人に見せることは絶対にしない。

 

黙って堪えようとする、それが彼女だ。

 

……まったく、意地っ張りなお姫様だ。

 

いくら頼っていいと言っても根本の仕草は変わらない。

 

――君は優しいから。

 

人間であるマスターに心配させまいとしてくれる。

 

高慢な笑顔を受かべながら、その仮面の下で苦痛に顔を歪めているのを知ってる。

 

だから不安になる。

 

焦り、動揺する。

 

もっと自分が強ければ、君に頼ってもらえるんじゃないかって

 

――そんなどうしようもない妄想を、夢にさえ見てしまう。

 

「……あとで、お菓子でも持っていてあげようかな」

 

何がいいだろうと、彼は考えを巡らせよう。

 

まるで、子供をあやすかのような慰めだなと、笑いながら。

 

――そのれぐらいしかできない幼子のような己が非力さを、嘲笑いながら。

 

彼は傍に置いてあった消毒液のケースを手に取る。

 

それからガーゼに染み込ませようと傾けたが……再びズキリという痛みに、顔を歪める。

 

同時に、力の抜けた指からケースが滑り落ち、盛大な音を立ててエタノールを地面にぶちまけた。

 

……なんて、無様。

 

追い打ちをかけるように非力さを強調してくる現実に、マスターはため息をついた。

 

ちょうどその時だ。

 

コンコンと、扉をノックする音が聞こえる。

 

鉄の扉越しから聞こえる、人の有無を確認する音。

 

――外には呼び出しボタンがあるから、大抵の人はそれを押してマスターを呼ぶ。

 

それをしないということは……来客は、必然的にただ一人の人物に絞られる。

 

だとしたら、なおのこと現状は見せたくない。

 

わざわざこんな痛ましいもの、彼女の視界には入れたくないなから、少し待ってと少年は声をはって制止する。

 

その間に手袋のような覆えるようなものがないか辺りの捜索をしようとする。

 

……けれど、その前に。

 

制止の声が、確かに聞こえていたのにも関わらず。

 

ぴ、という音がなって彼の部屋の扉は開いてしまう。

 

「……これはまた、ずいぶんとやらかしてるわね貴方」

 

そう言って扉の前で佇むのは、予想通りの彼女。

 

毎日見慣れて、焦がれていた彼女。

 

――ジャンヌ・オルタは、呆れたようなに放ったセリフと共に、マスターの部屋にずかずかと入ってくる。

 

その手に一袋の紙袋を抱きしめながら。

 

「……ずいぶんとやらかしてるからこそ。お待ち頂きたかったのですがね。ほんと、人の話聞かないよね」

 

「あら。別にそこまで邪険にされるようなことはしなくていてよ。貴方が勝手に私の背後に立ったりするのと、あまり変わらないんじゃないかしら?」

 

……どうやら、前回のことはそれなりに根を持っているらしい。

 

そんなに怒ることか、と心の中で愚痴を垂れつつ「そうですね」といやいやながら相槌を打つマスター。

 

それからこぼしてしまった消毒液を拭こうと、掃除用具入れまで歩こうとする。

 

しかし、彼の背中に待ちなさいとジャンヌは声をかける。

 

「……こうしたほうが楽よ」

 

言うと、、パチンと少女は指を鳴らす。

 

同時に、消毒液の散った床の表面がごうと燃え上がる。

 

煌めく橙色の光。

 

それからジャンヌは鳴らした右手のひらをぎゅっと握りこむ。

 

その行為につられるように、燃えていた焔はしゅんと消えてしまう。

 

幻のように、あっさりと。

 

散っていた消毒液を、一滴も残さずに。

 

「――はいおしまい。どう?なかなか頭いいでしょう?」

 

「確かに、頭いいとは思うけどね、でも今後は控えてほしいな。床が焦げるんじゃないかと冷や冷やした」

 

けちくさい男ね、とジャンヌは唇を尖らせる。

 

……本当は、少し怖がってしまった。

 

あの橙色の焔が。

 

夢の中で見た業火を、思い出させたから。

 

……いくらなんでも女々しすぎる。

 

そう自分を叱咤する。

 

だって、これを怖がっているようじゃ。

 

――目前に立つこの少女を、怖がっているのと同じことなのだから。

 

「――てゆうか貴方。まさかと思うけどその焼傷に消毒液なんて使おうとしてたの?」

 

「……そうだよ。別に間違っちゃいないだろう?」

 

少年の言葉に、ジャンヌは目を見開く。

 

それからやれやれと大きく息を吐いた。

 

「十分間違っているわよ。その状態の焼傷に消毒液なんて使ってちゃ、むしろ治りが悪くなるわ……持ってきて正解ね」

 

すると、彼女は持っていた紙袋をごそごそ漁りだす。

 

そして、次に少女の腕を見たとき、その手のひらには、白い箱のようなものが握られていた。

 

腕を出しなさい、とジャンヌは言った。

 

「……え、なんで?」

 

首を傾げるマスター。

 

いきなりそんなこと言ってどうしたの、と不思議そうな顔をして。

 

しかし少女は変わらず腕を出しなさいと苛立ち交じりに口にする。

 

それから続けて、少しその白い頬に赤みを差しながら、彼女はつぶやく。

 

「……でないと、治療してやれないでしょうが」

 

「……はい?」

 

恥ずかしそうに、照れくささを隠しながらも。

 

少女は、確かにそう口にする。

 

……彼女のつぶやきに、少年は無言だった。

 

詳しく言うなら、絶句していた。

 

その言葉は、彼が想像もしてなかったような言葉で。

 

耳にした瞬間、金づちで殴られたかのような目まいさえした。

 

「……ほら、早くしなさいよ」

 

「……え、いやその……自分で出来るから、大丈夫だよ」

 

安心させるために、少年はそう少々に笑いかける。

 

――しかし、それは一番言ってはいけない言葉。

 

ぶちんと、何かが切れる音がした。

 

続けてガン!と、地鳴りが響く。

 

……ジャンヌの足元に、小さなクレーターが出来ていた。

 

その中心で、少女のヒールが煙を放っている。

 

影を宿した瞳で、青ざめた顔のマスターを見つめる。

 

ゆっくりとした口調で、三度目の語りを少女はつむぐ。

 

「……いいから、さっさと、私にやらせなさい」

 

――絶対的な力をかざしながらの言葉は、すでに命令。

 

抗う術などあるはずもなく、はいと少年は震えながらも頷くしかなかった。

 

■ ■ ■

 

――パチンパチンと、はさみが鳴る。

 

切り刻んだ肌色の布。

 

その一枚一枚を、少女は少年の傷跡に丁寧に貼り付けてゆく。

 

そっと、静かに。

 

沈黙の中、白雪のような指先が動くだけ。

 

……どうして、いきなりこんなことをしてくれるんだろうか。

 

少年はそんなことを考える。

 

いや、語るまでもないか。

 

――君が優しいのは、よく知ってる。

 

きっと、自分に焼傷が現れたのを見て、マスターも同じ目に遭っているのではと心配してくれたんだろう。

 

でなければ、こんな治療セットまで持って、ここに来るはずない。

 

……ああ。

 

ついに、強がることさえ出来なくなった。

 

役立たずにだけはなりたくないから、戦闘では君に頼るしかないから、せめてこうゆうときぐらいは笑っていられるようにと思ってたのに。

 

……ばらさなければよかった。

 

君にこんな心配をかけるぐらいなら、この傷を見せなければよかった。

 

遅すぎる後悔が、マスターの心を犯してゆく。

 

「……はい。終わったわよ」

 

ジャンヌが言ってくれた時も、「……ありがとう」と顔を引きつらせた言葉しか吐けない。

 

……好きだった君の瞳が、後ろめたくて真っすぐ見れない。

 

「……君は大丈夫なの?」

 

尋ねると、少女は「ええ」と答える。

 

「もう治ったわ」

 

そう一言、少女は言う。

 

……だめだ。

 

今日はとことんだめだ。

 

それによかったねという言葉さえ返せずに。

 

……まだ治ってない自分への嫌悪しかわかない。

 

――わかってる。

 

彼女はサーヴァント。

 

すべてのステータスが、少年を遥かに凌駕する。

 

こんな傷、その気になれば立ちどころに回復してしまうだろう。

 

いつも通りの日常に、何事もなく帰れてしまう。

 

一週間がかりでやっといつも通りに動けるようになる自分とはえらい差だ。

 

……結局のところ、追い付こうとするだけで精一杯。

 

彼女の背中を見失わないよう、走るだけでいっぱいいっぱいなのである。

 

「……じゃあ、もう帰ってもいいよ。わざわざ来てくれてありがとうね」

 

言って、少年はこの時間を終わりにしようとする。

 

無礼なこの態度なら、きっと彼女も不機嫌な顔をしてさっさと帰ってくれるだろう。

 

そう、祈りながら、少年は語る。

 

――しかし帰ってきた答えは、予想外。

 

「何を言ってるのよ。今日は泊まるわよ」

 

……おそらく、最悪の一言を、君は口にする。

 

「……なんで?」

 

ジャンヌに問い返す。

 

そう言った理由を。

 

恐ろしいほど、淡々とした声で。

 

しかし、ジャンヌにその感情が伝わっていなかったのか。

 

「さぁね」と、ただそれだけを返す。

 

――その答えを、笑えなくて。

 

いつも通りだね、なんて耐えらなくて。

 

つい――ふざけるな、なんて言葉を、オレは吐いていた。

 

「……わかってるよ。君がオレを心配してくれてることぐらい。だからいつも、いつだって、君の前で笑っていようと思ってた……何にもできない、追いつけやしないって知ってるから、せめて強がっていたかったんだ」

 

――君の前では、『いい』マスターでいたかった。

 

かっこよくて、強くて、頼りになる男でいたかった。

 

……現実がそうじゃないってわかってたから。

 

でも、自分のせいだってわかっているけど。

 

……せめて保っていた虚像すら打ち砕かれてしまっては、もう立つ瀬がない。

 

「……ジャンヌ。悪い」

 

絞り出すような声。

 

懇願するように、少年は語る。

 

「……今夜は、帰ってくれ」

 

――これ以上、こんなかっこ悪い姿を見せたくない。

 

少年は、そう少女を突き放した。

 

――無音の時が連続する。

 

永遠のようなときの流れ。

 

……畜生。

 

傷つけたかったわけじゃないのに。

 

こんな口調でしか、言葉を吐けない。

 

――何が頼りになるマスターだ。

 

最低だ、とマスターは自身に唾を吐く。

 

……すっと、ジャンヌが息を吸う音が聞こえる。

 

どんな罵倒も、少年は受け入れる覚悟だった。

 

目を閉じ、少女の言葉を待つ。

 

……しかし、次の瞬間聞こえたのは、人間の声なのではなく。

 

ごちんという、鈍い音。

 

急転直下、脳天激震。

 

――グーで固められた少女の拳が、少年の頭を揺らした炸裂音であった。

 

ぶ、と口からいろいろなものを吐き出しそうになる衝撃を、なんとか耐える。

 

ジンジンと痛む頭頂部を抑えながら、涙目でマスターは「何をするの!?」と食って掛かる。

 

するとジャンヌはただ一言、「馬鹿への気付け薬よ」と答える。

 

「何を言うかと思えば……知ってるわよ。貴方がかっこわるいことぐらい。非力で、無力で、弱弱しいことぐらい……そのくせ分を弁えないぐらい諦めがわるいのだって、よく知ってるわ」

 

思い返すように、魔女は語る。

 

……いつかの記憶。

貴方が私の夢を見るように。

 

私だって、貴方を何度も夢に見る。

 

それこそ、毎夜のように。

 

傷だらけの拳を握り。

 

震える足で立ち上がり続ける。

 

その果てに、世界なんてものを救ってしまった、私よりもよっぽど英霊らしい少年の姿。

 

そんなボロボロな姿、みじめで、みっともなくて、汚らしい彼を、どうしてかっこいいなんて思えるだろう。

 

あり得ない、ありえるわけがない。

 

……けれど。

 

かっこよくもないし、冴えもしない貴方だったけど。

 

――汚れた貴方の背中に、私は確かな恋をした。

 

「……言ったでしょう。私はもう我慢しないって。だからいたいときに貴方の傍にいる。それは貴方がどう思おうと関係ない。貴方だって、自分の好きなようにしてるじゃない。私のしたいようにする。優しいから傍にいる?馬鹿じゃないの?自分勝手、自由横暴がこの私のモットーよ……ただ驚きね。私が泊まりたいと思った今日が、まさかの、本当に、たまたま……貴方にとって、誰かが傍にいてほしい日と重なったみたい」

 

すごい偶然、と漆黒の君は笑う。

 

……何がすごい偶然だ。

 

そんなの、やっぱり。

 

……君がすごく優しいだけじゃないか。

 

「……改めて、貴方に言ってあげるわ」

 

くいと、少年の顎を指で掬いながら、黄金の瞳は蒼い水晶を映す。

 

決して、ひとつぶやきすらも逃すなというように。

 

君は、オレを釘付けにしながら、囁いた。

 

「……先には行ってるわよ。けど……待っていてはあげるから、必ず追いついてきなさい」

 

なるだけ早くねと、君はそんな意地悪を言ってくれる。

 

――来るなとは言わない。

 

努力をやめることも、諦めることも決して許しはしない。

 

無論、進む速さを鈍足なマスターに合わせてやることなんて絶対しない。

 

……けれど。

 

もし仮に、少女が進み過ぎて、少年が遅れてくるのなら。

 

全くもって、仕方ないから。

 

――振り返って、待っててあげる。

 

そう、彼女は言ってくれたのだ。

 

「……だから、これ以上無茶したら、今度こそ本当に怒るわよ」

 

……こんなセリフ、普段の私ならまず言わない。

 

べた過ぎて、恥ずかしすぎて、死んでしまうから。

 

……でも、これはあの時の借りだ。

 

少年が、例え不幸になってもずっとそばにいてくれるなんて、べたなセリフを言ってくれたあのときみ。

 

そんなセリフを言ってもらえただけで、こびりついて離れなかった焼傷が、あっさりと治ってしまった自分がいたから。

 

その当然の対価を、少女も払ったまでのこと。

 

……守ってもらうだけのお姫様なんて、私の柄じゃない。

 

肩を並べて、胸を張って歩く姿こそ、私らしい私。

 

だから……こういうときぐらいは、優しくしてあげるわよ。

 

そう言って、ジャンヌはマスターの体を引き寄せて抱き締める。

 

君の身長はオレより小さいから、君の頭を埋まってしまう。

 

暖かくて、柔い心地。

 

まるで、オレの方が抱かれているような感覚。

 

――事実、そうなんだろうな。

 

……優しくて、涙が零れそうになる。

 

ここでかっこつけなきゃ、きっと一番かっこ悪いってわかったる。

 

……だけど

 

その体を、抱きしめ返してしまうオレがいるんだから。

 

――この嬉しさが、オレの本心なんだと、呆れてしまう。

 

「……君に、甘えるよ」

 

少年は確認する。

 

構わないわ、と少女は答える。

 

「……情けない姿を、君に見せるよ」

 

むしろいつかっこよかったのか聞きたいわ、と彼女に笑われる。

 

「……こんな自分でも、いいのかな?」

 

嫌よ、と断言する。

 

それはもう、きっぱりと

 

――けれど続けて、君は耳元でこうささやく。

 

「……だから、無理のないよう、頑張んなさい」

 

ずっと、傍で見てるから。

 

そう、君は微笑む。

 

……まったく。

 

相変わらず、容赦のない一言だ。

 

――そんな優しい、愛の言葉を言われてしまったら。

 

頑張る以外の選択肢なんて、あるわけない。

 

「……うん。頑張る」

 

頷いて、少年は抱き締め返す。

 

自分を包んでくれる、小くてか細い少女の体を。

 

強く抱き締め過ぎて、痛いはずなのに。

 

仕方ないと、君は笑って許してくれる。

 

……それが、どうしようもなく、嬉かった。

 

「……ねぇ。今すごくしたいこと、あるんじゃないかしら?」

 

そんな挑発的なことを、君は尋ねてくる。

 

ずいぶんと、自信たっぷりに。

 

偉そうに、上から目線で。

 

……だけど。

 

意地を張るよう態度と、やんわりと頬を赤らめて、目を閉じて待つ君を見たから。

 

微笑んで、マスターも顔を近づける。

 

その白い、少女の唇に向けて。

 

……ああ、でも。

 

やっぱり、今は。

 

触れ合う直前に、彼は思う。

 

迷い悩んだそのあげく。

 

――その細い人差し指を、ジャンヌの口先に落とした。

 

「……今回は、我慢する」

 

目を見開いて、驚く彼女に、マスターは言った。

 

その柔らかさに、触れたいという衝動を抑えながら。

 

「――頑張るから、そのあとの御褒美にね」

 

そう、彼は笑う。

 

すると少女はまったく、といった様子で肩を竦める。

 

いつまでそんなことにこだわるんだと。

 

……けどまぁ、悪きはしないから。

 

「……あんまり、待たせないでよね」

 

それまではお預け、と君は笑う。

 

でも、それだけで終わらないのが魔女。

 

もっと、ご褒美が欲しくてたまらなくなるようにと、呪いをかける。

 

……最後にそっと、その唇を。

 

おとしたかった場所から少し離れた、少年の頬に向けて。

 

微かな音を立てて、触れ合わせる。

 

……本当に、意地悪なひとだ。

 

マスターは、わずかに熱が残る頬を撫でながら、そう苦笑する。

 

――そして、少年は焦がれる。

 

痛む以外の焔を。

 

いつか、君と肩を並べて歩ける自分になるたったときに、今度こそは。

 

……その業火のぬくもりを、この唇に。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。