留学を決意した創真を送り出すためみんなは色々と準備を進めていた。しかし、えりなだけはまだ浮かない様子だった。
新戸「えりな様、少しいいですか?」
えりな「緋沙子、珍しいわね。あなたが意見を言うなんて」
新戸「単刀直入に申します。えりな様、幸平と一緒に留学してみてはいかがですか?」
えりな「どうしたのよ突然」
新戸「生意気なことを言っているのは、分かっています。ですが、えりな様は幸平の傍にいるべきだと私は思うのです」
えりな「それは、出来ないわ。私には遠月、つまりは一族の持つこの場所を守る使命があるの。それを放棄していくことで料理業界を含め多くの人に迷惑をかけることになるわ。今回の一件で私が関わることでもう犠牲は出したくないの」
新戸「幸平は、犠牲になったと本気で思っているのでしょうか?」
えりな「分からないわ。でも、彼のやることを邪魔する権利はないわ」
新戸「えりなさま」
えりな「ごめんなさい。今日はもう疲れちゃったから休むわね」
新戸「はい・・・」
新戸は、えりなが部屋を後にするのを確認してある者にメールを打った。
(ふーん、面白いことをしてるわね秘書子ちゃん)
後ろからぞっとするような感覚が新戸に走る。
アリス「はーい」
新戸「あ、あ、アリス嬢!」
アリス「そんなに驚かなくてもいいでしょ」
新戸「いつの間に来たんですか?」
アリス「秘書子ちゃんが真剣に長いメールを打ってる間に」
新戸(この人、くのいちなのか?)
アリス「それより彼と面白いことやってるみたいね」
新戸「み、見たんですか?」
アリス「秘密してほしければ、私に協力しなさい」
【極星寮】
極星寮では、創真の留学祝いが催された。しかし、創真は2週間後には出発する。創真を除くメンバーは丸井の部屋で出発当日について話し合っていた。
吉野「なんかないかな幸平がわっと驚くような送り出し方」
伊武崎「別に空港で普通に見送ればいいんじゃないか?」
青木&佐藤「それだと面白くないだろ」
丸井「だからって、何で僕の部屋で会議なんだよ」
すると部屋中に携帯の着信を響く。
榊「あら、これ和希くんの携帯だわ」
田所「そういえば、さっきから姿が見えないけど」
伊武崎「あいつなら幸平の部屋に行くって言ってでてったぞ」
佐藤「じゃあこっそり携帯の中、覗こうぜ」
すると携帯が佐藤の手から突然消えた。
和希「いい度胸してるね君たち」
和希は、笑いながら殺意を感じるオーラを放った。しかし、パッとメールに目をやると彼はふと笑った。
和希「悪い、ちょっと急用ができたんで会議の内容は追って知らせてくれるか?」
田所「う、うん」
そうする間もなく2週間はあっという間に過ぎていった。出発の前日、えりなの部屋に客人が来ていた。
【薙切家】
えりな「こんな時間にどうしたのよ。しかも珍しいコンビじゃない」
アリス「たまにはいいでしょ?こういうのも」
和希「まあ、俺は半ば強制的に呼ばれたんだけどね」
えりな「とにかく部屋に入って」
二人はえりなの部屋に通された。
えりな「で、どういう要件かしら」
アリス「ねえ、えりなって幸平君のことが好きなの?」
えりな「な、いきなり何を言うのよアリス」
アリス「やっぱりそうなんだ」
えりな「そんなことを聞きに来たの?」
和希「それもあるけど、僕は創真の親友として話に来たんだ」
えりな「どういうことかしら」
和希「えりなさん自身は留学に興味はないんですか?」
えりな「興味ないことはないけれど十傑の1席になった以上、長期不在というわけには」
アリス「相変わらず、堅いわねえりなは」
和希「これは、僕の私的な頼みですけど、創真と一緒に留学してはいただけませんか?」
えりな「一ノ瀬君?」
和希「憶測で判断すること好きではないのですが、創真が留学の件ではっきりしなかったのは、あなたが好きだったからだと僕は思っています。それに今回の薙切薊の一件は、あなた自身も深く傷ついた。それを放り出してあいつは行けなかったんだと思います」
えりな「本人の気持ちはどうか知らないけど、私が行ったら彼、また責任をかぶろうとすると思うの私はそうまでして一緒には・・・」
アリス「もう、あなたも煮え切らないわね。好きなら好きってはっきり言えばいいじゃない。なんでわざわざ突っ張るのよ」
和希「アリスさん、まだ僕の話の途中なんだけど・・もし、遠月グループのビジネスを心配されているなら、心配はありません。しばらく学園が再開するまでは僕の実家のグループが少なからずバックアップをします。えりなさんへの負担を減らすことに関しては仙左衛門様もご理解してくれています。それに留学もあなたと創真が一緒なら2年もかからないでしょう」
えりな「どういうことかしら」
アリス「鈍感ね。うちの1席と2席が留学の課題ごときでそんな掛かると思う? 幸平君一人でも、あのカリキュラムなら1年半もしないでしょうに」
和希「たぶん。創真のお父さんがあなたに余計な心配をさせたくなかったのでしょう」
えりな「城一朗様が?」
和希「遠月グループのえりな様の役割は格別なモノ。それが一庶民の学生について留学するなど業界関係者が納得するはずもないと考えたのでしょう。ただ、今回の件で僕も父親に相談して検討した結果、今後の遠月が独り立ちし料理業界をひぱっていくのならあなたと創真が高みを目指すことを反対する理由はないと僕とアリスさんは思います」
えりなは、しばらく黙り込んだ。すると、和希はポケットからある物を取り出した。
和希「創真が乗る便の航空チケットです。明日の13時の便であいつは出発します。時間はありませんが、一晩考えてみてください。では」
和希は、えりなの部屋を後にした。
アリス「えりなもちょっとは女の子らしくなりなさい」
アリスも一言残して部屋を後にした。帰りアリスは屋敷の玄関まで和希を見送った。
アリス「色々と協力してくれてありがとね」
和希「まさか、あなたに気付かれるとは思いもしませんでしたよ」
アリス「そうかしら、あなたも単純で秘書子ちゃんの時と他の人の態度が違ったから」
和希「そうっすか?」
アリス「でも、本当にえりなは乗ってくるのかしら?」
和希「強要することでもないですし、結局は、二人の意志次第です」
【極星寮】
極星寮では、創真が明日の出発に向け包丁を研いでいた。
和希「こんな遅くにも研ぐのか?」
創真「落ち着かなくてな」
和希「創真、お前はえりな様のことをどう思ってるんだ?」
創真「高い壁であると同時に一番喜ばしてやりてえ奴かな」
和希「喜ばしたいか」
創真「あいつには、料理をすべてまずいやらなんやら難癖しかつけられたことないからな」
和希「そのわりには嬉しそうだが?」
創真「今回のことであいつも寂しい想いをしたんだなと思ってな。あいつ、母親を早くに亡くして、親父は虐待まがいなことをする奴だろ。いつも冷たい目をしてた。でも、料理って戦う道具ではないだろ」
和希「まあな」
創真「その時、感じたんだこいつは一人で孤独と戦ってるんだなって」
和希「つまりお前は傍にいてやりたいんだな」
創真「うーん、そうなのかな」
和希「まあいいや。俺はもう寝るわ」
創真「ああ、お休み」
翌日、ついに創真の出発の日。えりなは祖父仙左衛門と朝食を共にしていた。
仙左衛門「今日は幸平君の出発の日だな」
えりな「はい」
仙左衛門「見送りには行かんのか?」
えりな「お爺様・・・」
仙左衛門「何じゃ?」
えりな「私も彼と一緒に留学させてもらえませんか。無理を承知で言っているのは分かっています。あれなら私を破門にしてくださってもかまいません。私は料理人として成長するには彼が必要なんです」
仙左衛門「本当に良いのか?」
えりな「はい」
えりなはひたすら頭を下げ続けた。すると仙左衛門は世話係から小さな箱を貰い中身を取り出し、えりなの首にかけた。
えりな「お爺様、これは」
お爺様「お前の母じゃ、一緒に連れていってあげなさい。お前の愛する人と高め合うその姿を娘は喜ぶはずじゃ」
えりな「お爺様」
新戸「えりな様、準備はできております」
えりな「緋沙子!」
新戸「すいません。アリス嬢たちと図ってしまいました」
仙左衛門「行くぞ。フライトに遅れてしまう」
えりな「はい」
長かったクライマックスも残すところあとわずかになりました。次回で創作一年生編は完結する予定です。