ISなんかどうでも良いから女の子とキャッキャウフフしたい。   作:大塚ガキ男

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お久しぶりです。大塚ガキ男です。
今回、なんと一万字超えです。





ラウラちゃんとの邂逅。もしくは、千冬ちゃんとの旅行。下

 ラウラ・ボーデヴィッヒにとって、織斑千冬とは特別な存在だった。底辺にまで堕ちたラウラの手を取り、引き上げてくれたのは、織斑千冬だったからだ。

 尊敬している。

 敬愛している。

 信仰している。

 だからこそ。

 数年振りの再会となった今日、織斑千冬の隣に見知らぬ男が立っていたのは、ドイツ軍と共に空港で出迎えたラウラにとっては並ならぬ衝撃だっただろう。

 ヘラヘラとしただらしのない表情に、ラウラの部隊をジロジロと眺める(いや)らしい瞳。ラウラに嫌悪感を覚えさせるには充分であった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空港に到着し、日本語ではない案内板に従って空港の入口兼出口を(くぐ)ると、オッサン集団と美少女集団が千冬ちゃんとオレを出迎えた。

 一糸乱れぬ礼。その後に頭を上げるオッサン&美少女集団。ムキムキと髭面に興味は無いので、美少女集団に目を向ける。皆一様に、何故か眼帯を着けているが、片目を隠す事によって、オレが時折街で見かける美少女とは、また違った美少女の雰囲気が出ていた。

 美少女集団の真ん中(というか一歩前に立っている)銀髪の美少女と目が合う。向けられるは明確なる蔑視。解せぬ。

 

「ようこそおいで下さいました、チフユ・オリムラ。我々ドイツ軍は、貴女を心から歓迎致します」

 

 軍帽を被った髭面。軍服には大量の勲章が付けられているその男の横に立った若い男(恐らく髭面の翻訳係)がそう言って、髭面と一緒にもう一度頭を下げた。それから、

 

「——して、その隣の少年は?」

 

 髭面の鋭い瞳がオレを射抜く。やめろ、そんな目でオレを見るな。そんな目をして許されるのは美少女だけだ。

 

「Es ist mein Verständnis.」

 

 千冬ちゃんが日本語ではないどこかの国の言葉で、そう答える。もしかしたらドイツ語なのかも知れない。スッゲー千冬ちゃん。ドイツ語喋れんのかよ。

 勿論、何て言ったのかは分からない。

 兎に角、千冬ちゃんがそう言うと、髭面と翻訳係の男はニッコリとオレに笑いかけたのだった。

 

「ようこそ、少年。勿論君も、私達は歓迎しますよ」

 

 良かった。千冬ちゃんは、オレが千冬ちゃんの味方だと伝えてくれたらしい。

 その後は髭面(+翻訳係)に先導され、軍の施設へと向かうことになった。見慣れない街並みは新鮮で、キョロキョロと辺りを眺めながら歩いていると、千冬ちゃんと肩が軽くぶつかった。

 

「ご、ごめん千冬ちゃん」

「気にするな。ほら、こんな所ではぐれたら二度と再会出来ないかも知れないぞ」

 

 そう言った千冬ちゃんは、オレの手を取って歩き出す。な、なんてイケメンなんだ千冬ちゃん!でもオレの方から見える千冬ちゃんの右耳は真っ赤だぜ!割と初心なんだね!でもそれ言ったら千冬ちゃん手ェ繋いでくれなくなるから黙っておくね!!

 

「・・・なんだその生温かい視線は」

「いや、なんでも」

 

 世間からはブリュンヒルデだの世界最強だの言われている千冬ちゃんだが、今こうして握っている千冬ちゃんの右手はとても温かくて、千冬ちゃんが普通の女の子だということを決定付けている。

 

「可愛いね、千冬ちゃん」

「はぁ!?え、あ、なな、何をいきなり!」

 

 そんなこんなで着いた、ドイツの軍事施設。基本的には、これから一週間はここで過ごすことになる。オレと千冬ちゃんは軍に所属する人間ではないので、一人きりでなければ施設の外に出れるそうだが(あのマッチョ共と街を歩くのは絶対に嫌なので恐らくオレと千冬ちゃんの二人+αという組み合わせになる)、千冬ちゃんは軍の指導を任された身。やたらめったらに外出はしないのだろう。

 翻訳係の若い男が案内してくれた部屋にて、中学のジャージに着替える。どうやら千冬ちゃんと同室ではないらしい。残念。

 部屋から出ると、翻訳係が「では、アリーナにご案内致します」とオレを先導。おい、そういえば、千冬ちゃんは誰が案内しているんだ。あの美少女軍団の内の一人が案内しているのなら良いが、あの髭面マッチョが案内していたらオレは許さないからな。それはもう恐ろしい程にブチ切れてやるからな。翻訳係のいないところで日本語で罵りまくってやるからな。

 軍事施設という所に入ったのは初めてだが、こういう施設はデザイン性よりも機能性を重視するモノらしく、あまり見ていて楽しいものではなかった。ドアがパシュッって開くのは滅茶苦茶格好良いけど。

 

「おう、来たか」

「やっほー千冬ちゃん」

 

 スーツの時よりも、主張が更に激しくなっている胸部と臀部。

 そんな、ジャージ姿。

 ぼんきゅっぼんなそのスタイルに、オレはもう訓練どころではなくなっていた。

 

「お前はISを動かせないので、ISの訓練には参加できない。だが、最初にやる筋トレと走り込みだけでも参加しておけ。身体を鍛えておくに越した事は無いからな」

「あいよ」

 

 オレってば女の子からモテる為に色々やってるから、運動や筋トレも得意なのよね〜!

 だが、何のイベントも無かった(しかし、なにもおこらなかった)

 

「・・・しかし、アレだな。こうしてお前のジャージ姿を見るのは久し振りだな」

「千冬ちゃん、体育祭には毎年来てくれるけど、ちょっとしかいられないもんね」

 

 今年の体育祭は10月の終わりだよ。そう伝えると、日程が合ったら行ってやると言われた。毎年そう言ってるから、多分今年も来てくれるのだろう。やったね。

 

「平日だろうが休日だろうが、日中に出歩ける時間は仕事の合間の昼休みしかなくてな。すまないと思っている」

「大丈夫だって。千冬ちゃんが顔見せるだけで、張り切ったオレと一夏ちゃんの力でクラスが総合優勝するんだぜ?」

 

 弾ちゃんは保護者の席に好みの女の人がいれば張り切るしね。何だかんだオレ等のチームはゲンキンなのだ。

 時間なんて関係無いさ。千冬ちゃんが来てくれるだけで、オレと一夏ちゃんは嬉しいんだよ。

 なんて気障(キザ)な台詞を言うと、千冬ちゃんはまたもや顔を赤くしてみせた。

 

「ゴホン。・・・そろそろ、訓練の方を開始するか。ラウラ」

「はい」

 

 千冬ちゃんがそう呼び、どこからか片目を眼帯で隠した銀髪の美少女が現れた。どうやらこの子がラウラちゃんらしい。キリリと凛々しいクールな美少女が、直立不動の姿勢で千冬ちゃんからの指示を待っている。ちゅーか、返事が日本語だった。え、嘘でしょ?日本語喋れるの?凄くない?

 

 

「部隊の者、全員召集済みであります」

「うむ。——これより一週間、この軍の指導をする事になった、織斑だ。一週間の間は、私の指示に従うように」

 

 千冬ちゃんがそう言うと、眼帯を付けた美少女軍団(どこから現れた)が声を揃えて「はい!」と返事をする。

 その後は、各自ストレッチを行った後、ランニングをする事になった。

 ちなみに、ストレッチは一人でだった。女の子の背中を押したり押されたりのウハウハ展開はどこかへ行ってしまったようだ。

 そして。

 

「光也!お前はもっとやれるはずだ!走れ!」

 

 ラン。

 ラン。

 ラン。

 アリーナのような訓練場内を、何周何十周と走る。

 run(走る)

 最初の一周目こそ、何これ余裕だわと高を括っていたオレだったが、二周目が始まったあたりから段々と疲れを感じ始め、三周目からは絶望を感じ始めていた。

 そして、ランニングの途中、その時既にオレと二周差くらいつけて先を走っていたラウラちゃんがキレた。

 

「教官!こんな男をどうしてこの施設に——ドイツに連れてきたのですか!?」

「まぁ、落ち着け。気持ちはわかる」

「なら!」

「だが、ボーデヴィッヒ。お前は、コイツがどんな奴かと理解しようとしたのか?コイツの実力を、たったこれだけのランニングのみで推し量ろうとしなかったか?」

「そ、それは」

「まぁ良い。さっきも言ったように、気持ちは分かる。だから——光也」

「あい?」

 

 膝に手を置き、ゼーハーゼーハーと呼吸を整えていると、千冬ちゃんからのご指名。何のこっちゃと顔を上げれば、千冬ちゃんはこんなことを言い出した。

 

「今から、ラウラと殴り合いをしろ」

「は、はぁ?何言ってんの千冬ちゃん。女の子相手に手を上げろだなんて」

「・・・お前はそんな奴だったな。よし分かった。なら、ラウラからの攻撃を避けてみろ。30秒、一発も拳を貰わずに避け切れたなら、褒美をやる」

「褒美って?」

「・・・添い寝を許可する」

「千冬ちゃんの為なら、オレははぐ○メタルにだってなってやるさ」

 

 キマった。何やら千冬ちゃんが立っている方向から「格好悪っ」と聞こえたけど、キマったったらキマったのだ。

 

「な、何だ、その構えは。見た事無いぞ。日本に伝わる武術か何かなのか」

 

 オレが適当に構えると、何やら曲解して深読みしたラウラちゃん。ジリリと踵をズラして少し距離を取り、間合いを計り、オレの実力を図り始めた。

 

「いつでもおいで、ラウラちゃん」

「く、この——」

 

 逡巡の末、ラウラちゃんが拳を握って飛び込んで——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん。その程度の実力で、よくもまぁあんなに自身満々に勝負を挑めたものだな」

 

 と、地面に転がって、殴られた頬を押さえてワンワン泣いているオレに、ラウラちゃんはそう言った。ちなみに、千冬ちゃんは「こういうことだ。よく覚えておけラウラ。コイツは()()()()()だ」とだけ言い残してどこかに行ってしまった。ちょっと待ってどういうことよ。オレってばただ殴られただけじゃん。不思議と嫌じゃなかったけどさ。

 

「お前は教官のお荷物だ」

 

 心からの軽蔑が込められた、そんな視線でオレを見下ろすラウラちゃん。なんか興奮する。

 

「な、なら、ちゃんと持って帰ってもらわねェとな」

 

 荷物なら、離れ離れになる訳にはいくまい。

 気障(キザ)全開でそういうと、ラウラちゃんは顔を(しか)めさせるのだった。

 

「嫌いだ」

「そう?オレは君のこと好きだぜ」

「異性に息を吐くような感覚で愛を囁く者に、まともな奴はいないとクラリッサから聞いた。貴様もその類いだろう」

 

 クラリッサちゃん?

 新たな(恐らく女の子)人物名に、心が躍るぜと某パ◯ド並感を出してみる。それと同時に、反論。

 

「いやいや、人をそんなチャラ男みたいに言わないでくれよ。オレは可愛い子に可愛いって言ってるだけだし」

「チャラ男が何なのかは知らないが・・・断言出来る。お前は人間の屑だ」

「えー、そんなァ」

 

 オレが人間の屑だとゥ?

 そんな筈はないと、側を通りがかった千冬ちゃんに「オレって屑?」って聞いてみる。千冬ちゃんはオレとラウラちゃんを交互に見てから、言った。

 

「・・・屑だな。残念ながら」

 

 屑だった。

 この一件から、オレはラウラちゃんに完全に嫌われてしまったらしく。会うたび会うたび、嫌味を言われるようになっていった。

 

 

「なんだ、まだいたのか」

 

「お前が訓練をやったって何の意味もないだろう。何故やっているんだ」

 

「おっと、すまない。いたのか。全く気が付かなかった」

 

 

 駄目だこりゃ。

 いや、ラウラちゃんがじゃないよ?ラウラちゃんに冷たい目で睨まれ、冷たい言葉で罵られて少しばかり興奮を覚えちゃってる自分がだよ?

 駄目だこりゃ。

 そんな、ラウラちゃんからの扱いにも慣れてしまった5日目の夕方。事件が起きた。

 

「Bodewig Du Was machst du!」

 

 ラウラちゃんの倍くらいある背丈の髭面の男が、ラウラちゃんを怒鳴りつけている。千冬ちゃんの部屋に遊びに行く途中での出会(でくわ)しだった。思わず物陰に隠れてしまったが、オレは気になって顔だけ物陰から出して覗いてしまう。

 

「Es tut mir leid」

「Es wird gesagt, dass respektlos gegenüber Mitsuya Karasawa, der ein Gast aus Japan ist!!」

「Es tut mir leid」

「Herr Chihuyu Orimura mag Mitsuya Karasawa!Wenn du es nicht gut machst, ist das ein internationales Problem!!」

「Es tut mir leid」

 

 いや、分からん分からん。何言ってるのアンタ達は。雰囲気的に、多分ラウラちゃんが怒られてるんだろうけど。何言ってるのか全然分からん。

 ラウラちゃん悔しそうに俯いちゃってるし。

 髭面の男は滅茶苦茶キレてるし。

 ・・・、

 ・・・・・・、

 ・・・・・・・・・。

 よし、やるか。・・・え、何をする気かって?

 そんなの、決まってるじゃん。

 

「Anfangs, du——」

「へい、そこのオッサン!」

「Was?」

「さっきからイライラしてっけどさァ、何かあったの?甘いもの足りてないんじゃない?」

 

 翻訳係の男がいないと、この髭面は日本語が分からないらしく。オレの言葉が理解出来ずにラウラちゃんと何やらごにょごにょと話している。多分、「コイツは何て言っているんだ?」とでも聞いているのだろう。やがて、らちが明かないと思ったのか、髭面はラウラちゃんに翻訳を頼み始めた。

 

「あなたは何を言っているのですか?と、大臣がお聞きになっている」

 

 アンタ大臣だったのかよ。

 いや、髭面の意外な経歴はさておき、今は質問に答えなきゃな。何とかして、ラウラちゃんの怒られイベントをうやむやにしないと。

 

「日本からのお土産の和菓子を持ってきたから、一緒に食べよって伝えて」

「は、はぁ?何をいきなり。今はそんな雰囲気ではなかっただろ——」

「良いから、早く。お願い」

「・・・・・・」

 

 ラウラちゃんは少し黙り込みはしたが、やがて髭面に向かってドイツ語で何かを話し始めた。

 

「今は忙しい、だそうだ」

「日本の和菓子がとても繊細で、美味しく食べるには一分一秒を争うことをご存知無い?」

「・・・、知らなかったそうだ」

「じゃあ、急がないと。この和菓子は、日本の偉い人がこぞって食べるような超美味しいヤツだから、大臣様のお口にもきっと合うよ」

 

 それっぽいことをそれっぽく言ってみる。オレの言葉を髭面大臣に伝え終えたラウラちゃんが、続いて髭面大臣から伝言。言葉を聞き、「え?」と驚いていた。

 

「・・・是非、食べてみたいそうだ」

 

 ラウラちゃんの後ろを見ると、心なしか髭面大臣は嬉しそうにしている気がする。やっぱりお菓子って偉大だね。

 和菓子はここではなく(持ってきているのは本当だぜ?)、オレの部屋にある旨をラウラちゃんに伝えてもらうと、髭面大臣は「Komm und lass uns zusammen essen!」とオレの肩に手を回してガッハッハと笑い出した。どうやら和菓子がどれだけ美味しいのか気になって堪らないらしい。オレよりも背が高い髭面大臣に、頑張って肩を回すと髭面大臣が、オレを連れて歩き出した。ラウラちゃんが、「ちょ、ちょっと待て!」とオレを引き止めた。

 

「どしたん?」

「ど、どういうつもりだ!私は、お前に・・・お前に、ひ、酷いことをしてきたつもりだったのだが。何故、私を助けた!」

「酷いこと?何それ、全く身に覚えがねェんだけど」

 

 むしろ、興奮させてくれてありがとうございます、と礼を言いたいくらいだ。

 だから、ラウラちゃんが気に病んだり、後ろめたく思ったりする必要はないのだ。

 笑顔でそう言う。恩を売るつもりはない。ただ、怒られている姿がなんだか可哀想に見えたので、場をはぐらかして励ましただけだ。

 

「・・・こんな、酷い私を、許してくれるのか?」

「許すも何も、怒ってないし」

「・・・・・・そうか、そういうことか。だから教官は——」

「千冬ちゃんがどうかした?」

「いや、何でもない。今まで・・・その、悪かった」

 

 ぺこりと。下げた頭に誘われて銀髪も垂れる。項垂れる。

 謝罪だった。しかし、女の子にはいつでも元気でいてほしい派のオレとしては、その姿は少し気に入らない。だから、こう言った。

 

「頭を上げてくれよ、ラウラちゃん。オレは何も怒っていないんだし、ラウラちゃんが謝る必要はないんだぜ?」

「お前は、どこまでも・・・いや、何でもない。また会おう!唐澤光也」

「お、おう。じゃあね」

 

 何かを言いかけたラウラちゃん。しかし、その言葉は最後まで紡がれることはなく、ラウラちゃんはどこか吹っ切れたような笑顔を見せ、走り去ってしまった。

 ・・・取り敢えず、一件落着?

 オレは髭面のオッサンと肩を組み、和菓子を食べに自室へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・その、ですね」

 

 翌日。

 夕方。

 廊下にて。

 いつもの通り、付いていけずにバテた訓練の走り込みと筋トレ。しかし、オレをいびるどころかフォローすらしてくれたラウラちゃんの態度の変化に驚きながらも1日を終え、見納めに施設の敷地内を散歩しようかと歩いていた廊下にて、ラウラちゃんと出会った。今までのような刺々しさは感じられず、何やらモジモジとして会話が中々流れるように進まない。

 

「おっす、ラウラちゃん。さっき振り。どしたの、こんな所で」

「え、えぇ。少し用事がありまして」

「用事?だったら急がなきゃ。ラウラちゃんと話したかったけど、オレの所為でラウラちゃんが怒られちゃったら悪いしね」

「い、いえ、問題無いです。用事は済みました。というか、達成されました」

 

 つまり、今は用事の帰り道だったらしい。

 それから、しばらく会話が止まる。オレが夕焼けを浴びて煌めくラウラちゃんに見惚れていたのと、ラウラちゃんが窓の外を見たりオレを見たり下を向いたりで忙しそうだったからだ。

 

「・・・あの」「あのさ」

 

 そんな現状をどうにかしようと発した言葉が被る。それから、お互いに『お先にどうぞ』という視線を送る。送り送られ、やがてオレが折れた。

 

「・・・あのさ、今日の訓練、色々ありがとね。最終日だからどうにかやり切ろうと張り切ってたんだけど、やっぱりバテちまった。ラウラちゃんがサポートしてくれて、スゲー助かったぜ」

 

 明日には帰る身としては、6日目の今日が最後の訓練となる。最後くらい、ビシッと決めたかった。体力と筋力は少しはマシになったが、数日でどうにかなるものではない。むしろ、筋肉痛でいつもより調子が悪い日もあったくらいなのだから、やっぱり『継続は力なり』だ。

 そんな、ありきたりな感謝。もしくは、今までありがとう的なソレ。

 

「そ、そうですか!そう言って下さるなら、私も救われます。・・・ですが、光也殿はドイツの大事な客人でありますが故、あまりご無理をなされない方がよろしかったのではないでしょうか?」

 

 勝手な意見、申し訳ありません。

 ラウラちゃんは、最敬礼の角度まで腰を折り、頭を下げてみせた。

 ・・・・・・ちゅーか、気付いたんだけどさ。

 ラウラちゃん、何か態度違くね。丸くなったどころか、人を駄目にするソファ並みに優しいんだけど。

 確かに、訓練中もタオルくれたりドリンクくれたりお弁当くれたり、そこらの部活動のマネージャーよりもマネージャーしてくれていたけれども。

 それにしたって、そんな変わるもんかね。

 

「どうか致しましたか?」

「いや、なんでも」

「あ、そうです。これより、何か予定などありますか?」

「予定?特にないけど」

 

 散歩は予定じゃないしな。

 

「でしたら!」

「うおっ」

「少し付き合っていただけないでしょうか。見せたいものがあるのです」

 

 見せたいもの?

 それが何なのか。また、ラウラちゃんがどうしてオレに見せたいのかが気になり、オレは了承していた(まぁ、美少女の頼みなら何が何でもOK出しちゃうけどね)。

 移動。

 10分程かけて歩いた先は、施設の最上階、屋上だった。左の方にはヘリが着陸するヘリポートがあり、右側には戦闘機が一台出されていて、兵士らしき人達が何やら忙しそうに動いていた。

 

「ここ?」

「はい。もう少し奥に行きましょう」

 

 とても広い屋上。天井が無いのだから、感じる広さは実際の面積よりも大きいソレだろう。空に広がるオレンジを眺め、オレの前を歩く銀髪の美少女の背中を見詰める。

 

「・・・着きました」

 

 振り返り、ラウラちゃんがベンチの隣に立つ。どうやら、オレが座るまで立っているつもりらしい。ラウラちゃんをいつまでも立たせておく訳にはいかないので、ベンチに座ると、ラウラちゃんも隣に座った。

 肩が触れ合う程の距離だった。

 この距離感に鈴ちゃんを思い出す。元気かなァ鈴ちゃん。『ドイツに行ってくるわ!』ってメールで連絡入れて、ケータイごと家に置いてきちゃったけど大丈夫かな。大丈夫だよな。

 施設の屋上から眺めるドイツの街並みは、今までこの目で見てきたどんな景色よりも綺麗だ。そもそも、オレからしたら煉瓦(レンガ)造りの家が珍しく感じるのだから、異国であるドイツの街並みは、それはもうヤバいのだろう(語彙力)。

 

「・・・光也殿」

「何?」

「私は正直、ドイツにいらっしゃった当初の光也殿が嫌いでした」

「う、うん、薄々勘付いてた」

 

 勘付いてたけど、改めて言われると傷付くよね。トホホ。

 

「ですが、そんな、嫌悪を抱いていた光也殿に拳を叩き込んだ日の夜、教官に言われたのです」

 

 

 

 〝良いかボーデヴィッヒ。お前は今日、光也の態度に心底イライラしただろう。何故あんなにも簡単に殴られたのか、疑問に思っただろう〟

 

 〝だが、もう少しアイツをよく観察してみろ。嫌悪という先入観抜きで、もう一度見てみろ。お前に足りないモノを、アイツは持っているぞ〟

 

 

 

「教官の言葉の意味が、昨日(さくじつ)やっと理解出来ました。光也殿はとても偉大な御仁で、私は今までなんて無礼な態度を取ってしまっていたのだろうと思い知りました。殴られたのではなく、私の怒りを収める為にあえて拳を受けたのだと。そして、そんな私の無礼な態度にも笑顔で受け入れて下さっていた光也殿の寛容さに、私は決意したのです。織斑教官——そして、教官が信頼する光也殿に間違いは無いのだと。この方々の背中を見て、信じて歩いてゆけば必ず救われるのだと」

「ら、ラウラちゃん・・・?」

 

 ラウラちゃんの常ならざる様子に、座っていた位置を右にズラす。ラウラちゃんもその分寄ってきて、ぴとりと寄り添われた。良い匂いだ。

 ラウラちゃんはオレの胸に頭を預け、それから泣き出した。

 

「ど、どうしたのラウラちゃん」

 

 ポケットからハンカチを取り出してラウラちゃんに差し出すと、ラウラちゃんはスンスンと匂いを嗅いで自分の懐にしまった。涙を拭いてくれ。

 

「・・・光也殿ぉ。行かないでくださいぃぃぃ」

 

 抱き着かれた。

 泣き着かれた。

 やがて、泣き疲れた。

 明日の朝には訪れる別れ。ラウラちゃん、そしてドイツ軍の人達と過ごした数日間のことを思い出すと、オレも目頭が熱くなってきた。ここで過ごした時は、これからのオレの人生に大きく影響を与えるはずだ。

 焼ける夕日は段々と街並みの向こうに沈んでいき、やがて辺りが暗くなり始める。ラウラちゃんの涙は街灯の灯りで淡い輝きを見せ、その輝きがオレの服に染み込んで消えてゆく。

 悲しむラウラちゃんを見ていると、オレも悲しくなってくる。

 

「また会えるさ、ラウラちゃん」

「必ず・・・必ず、また再開しましょう。いえ、次は私が日本に行きます。いずれは日本に移住して、光也殿と」

 

 ごにょごにょと。後半にかけて尻すぼみするラウラちゃんの台詞は大体が聞き取れず、オレは取り敢えず「そうだな。その時はオレに日本を案内させてくれ」と格好付けて答えておいた。

 肩が触れ合う程の距離。

 肩を寄せ合う程の距離。

 出会って間もない美少女とこんなに接近するのは初めての経験だったのだが、不思議とオレの心は、安らかな気持ちに包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、最終日。

 もしくは、お別れの日。

 ドイツ軍の人達は空港まで見送りに来てくれ、その中には勿論ラウラちゃんの姿もあった。ピンと弦のように張られた姿勢こそ軍人のソレだが、頬から流れ落ちる涙とビショビショに濡れた眼帯が軍人としての威厳を台無しにしている。

 ちゅーか、ぶっちゃけオレも泣いていた。目が合う人みんなからドイツ語で何やら励ましの言葉と共に肩をバンバン叩かれたりハグされたり、気分は親の都合で遠くに転校する中学生だ。言語は分からなくても、何となくオレを応援してくれてるというのは分かるので、ジーンとくるのだ。

 

「そろそろ行くぞ」

 

 ドイツの人達への挨拶を済ませた千冬ちゃんが、オレに声をかける。服の袖で涙を拭い、「分かった」と顔を上げた。

 

「じゃあね!また来るから」

 

 オレが大声でみんなに向かってそう言うと、髭面のオッサン(の言葉を翻訳した翻訳係)が「進路に困ったら面倒見てやるからな!」と返してきた。

 

「光也殿・・・!」

 

 ラウラちゃんが駆け寄り、強い抱擁。オレもラウラちゃんの背中をポンポンと優しく叩いて返す。

 

「寂しいです、耐え切れないです!行かないでくだ、くださっ、ひっく、うええぇぇぇぇぇん!」

 

 体裁もプライドも尊厳も全て取っ払った、ガチ泣きである。ここまでされると、もう少しドイツに居ても良いんじゃないか?と思ってしまう。だが、千冬ちゃんの方を見たら「駄目だ。帰るぞ」と言われてしまった。仕方ない。一度許してしまったら、きっとズルズルと引きずってしまうに違いない。人生とは別れなのだ。

 別れてしまったのなら、また繋がれば良いのだ。

 そんな、中学二年生の夏。

 特別な一週間。

 美少女と出会い、別れた7日間。

 唐澤光也と、ラウラ・ボーデヴィッヒ。互いに別れを悲しみ、心から再開を望んだ二人。

 その望みは、一年半後に叶えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ニュース速報です。日本で、史上初めてとなるISの男性操縦者が——しかも、二人も発見されました!一人目は、織斑一夏さん。二人目は、唐澤光也さんです。同じ場所にて、ほぼ二人同時にISを起動させたのもあり、世界中が大騒ぎです!詳しい状況が分かり次第、またお伝えします!』

 

 

 

 

「・・・光也殿?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、光也とラウラちゃんの出会いのお話でした。そろそろ本編の方も書かなきゃなとか思ってます。
設定とかおかしかったら、やんわり教えてくださると嬉しいです。
ではまた。

どのキャラが好き?

  • 一夏ちゃん
  • 箒ちゃん
  • セシリアちゃん
  • 鈴ちゃん
  • シャルちゃん
  • ラウラちゃん
  • 千冬ちゃん
  • 束ちゃん
  • 蘭ちゃん
  • 弾ちゃん
  • 光也

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