ISなんかどうでも良いから女の子とキャッキャウフフしたい。 作:大塚ガキ男
「一夏ちゃんが、ヤバい……?」
目が覚めて最初に飛び込んで来たのは、そんな、最悪な報せだった。着替えもしゃんとせずに、束姉と共に慌てて大広間に移動すると、そこは思わず尻込みしてしまうほどに空気がピリついていて、口から出た言葉が一々喉に引っかかってしまう。
「正確には、一年生の専用機持ち全員だ」
千冬ちゃんが補足してくれるが、その補足は俺の心を不安定に揺さぶるだけ。補足ではなく、追い討ちだ。
頭を掻く。
視線を回すも、この場にいるのは束姉と千冬ちゃんと真耶ちゃんの3人だけ。どうやら、一般生に隠すくらいにはヤバい事態らしい。
「な、何がどうなッて、そんなことに」
「暴走だ」
曰く、ハワイ沖でテスト飛行をしていた、
操縦者を、乗せたまま。
暴走した銀の福音は、何故かまっすぐとオレ等の臨海学校の宿泊先へと向かって来ているらしい。日本からISが制止に向かったのだが、敢え無く失敗。銀の福音を止める術は、IS学園の専用機持ち6人に託された。という訳。
臨海学校を機に、箒ちゃんも束姉から専用機を貰ったらしく、新たに箒ちゃんを加えての6人という訳だ。
それで、今の、この状況。
「……早く行かねェと。つまりは、そういう事なンだろ」
「話が早くて助かる」
腕を組んだまま、千冬ちゃんが苦しげに、苦々しげに言葉を吐き出した。本当は生徒を危険な目に遭わせたくなどないのだろう。
しかし、立ち向かえるのはオレ等しかいない。
そんな状況に陥ってしまっているのだ。
「みっくん。みっくぅぅぅん!」
束姉が、泣きながらオレに抱き着いてくる。優しく抱き締め返して、頭を撫でた。
「大丈夫だって。スーパーハンサムダンディ唐澤光也さんの手にかかれば、すぐさま解決だぜッてな」
「光也。分かっているとは思うが、忘れるなよ。お前が今まで相手取ってきたのは、いずれもキチンとした始まりの合図ありきの状況であったことを」
つまりは、乱入。入り乱れ。不意討ちを狙うのだから、仲間との連携なんて取れる筈が無い。フレンドリーファイアや決め所の見極め、射線を塞がない塞がれない──色々な懸念を考慮しての一言だった。
オレも入れたら七対一。訓練でもまだ教わっていない、難易度MAXの大混戦。加えて、相棒のルリちゃんは自己チュー。
果たして大丈夫なのだろうか。
一抹の不安を拭い切れないまま、急ぎ足で海岸へ移動。馬鹿みたいに晴れた青空は、今では少し憎たらしく感じてしまう。本当は、皆で仲良くこの浜辺で訓練を受けていたのだろうかと割とガチめに銀の福音を恨みながら、焦げる程に熱い砂浜の上でギリリ。靴を一層強く踏み込んだ。
今すぐにでもルリちゃんを起動させて応援に向かおうと意気込んでいると、束姉が声を掛けてきた。
「みっくん。これ、受け取って」
「これは、何……何だ?」
渡されたのは、半透明な傘。束姉作の、超高性能のビニール傘なのだろうか。
だとすると、何で今このタイミングで?
頭上に疑問符を放ちまくっていると、「説明がまだだったね」と束姉が切り出した。貰った傘を片手に耳を傾ける。
「四月に、みっくんに専用機をあげるって話になってたんだけど……覚えてる?」
「あぁ、クラス代表を決めた時の。確か
「憶えててくれているなら、この子も安心だね!」
「……まさか、この傘って」
「そう!氷魚の待機状態なのだ!」
マジすか。まさかのIS二台持ち?
携帯感覚でそんなことを考えていると、束姉がオレの背後に回って背中を押した。束姉、そっちは海です。
「あれから色々試行錯誤を重ねて、考えてみたの。どうして起動しないのかなって。どうしてみっくんの言葉に応えなかったのかなって。そしたら、ある共通点に辿り着いたんだ」
「共通点?」
束姉はオレの手から氷魚を取ると、海へと向かって歩き始める。膝まで浸かってしまっているのだが、束姉は気にする様子も無く、何を思ったのか、ゴルフの構えを取った。
振り被る。
バシャン。
振り抜いた。
当然だが、何も起こらない。
「はい」
「ありがとう——って、何だよ今の!」
「1度目の確認の為の起動は、束さんの血涙。2度目の改良の時の起動は、束さんが零したコーヒー。3度目のもしやの起動は、水道水。4度目の確信は、海水。みっくん、分かる?」
「ええと、つまり?束姉が零したコーヒーが良い具合に氷魚をぶっ壊して、結果的に正常になった……と?」
「違うよ!束さんそんなにドジっ子じゃないもん!」
ぷんぷん。うさ耳を揺らしながら、とっても可愛く怒ってくださった。どうやら違うらしい。
「氷魚の起動条件は、水に濡らすことだったの!」
成る程。四月のアレは、確かに水に濡れてはいなかった。納得という訳ではないが、腑には落ちた。頭上の青空のように視界が広まった錯覚を覚える。
沈黙。それから、
「……え、じゃあ、これで起動出来るってこと?」
「うん!はい、どうぞ」
「あ、どうも」
再度、手に取る。しげしげと傘(の形をした氷魚)を見詰める。
水を得た魚。
氷の中を魚が泳いでいるような、超常した美。
氷魚は、半透明から一転、キラキラと輝いていた。
「さあ、後はみっくんの心次第」
「オレの、心」
一度だけ、ルリちゃんに目をやる。無反応。手柄は譲ってやるとでも言いたげに、何故だかキーホルダー状態のルリちゃんが尊大に見えた。
「……氷魚。一緒に戦ってくれ」
呟いた瞬間。
目の前が、青に染まった。
「は、え?ちょ、は?え?」
いつの間にか自分は氷魚を身に纏っており。
いつの間にか自分は大空へと飛び立っていた。
遥か後方から「頑張って〜!」と声帯レベルでも天才な束姉の声援が聞こえてきた。
実を言うと、心の準備なんか出来てない。オレを突き動かしているのは、早く向かわなければという焦りだけだ。だというのに、気付いたらこれである。氷魚は見た目に似合わず結構攻撃的だったりするのだろうか。
まさか、白式のように刀一本とかいう品揃えだったりするのだろうかと内心怯えながら装備欄を確認。太刀にライフルにシールドに。正式名称の分からない、格好良い武器が九つ並んでいて、一安心して胸を撫で下ろす。
ハイスピードで後方に過ぎ去る景色。学園内のアリーナなんかとは比べものにならないくらい開けた景色に、これは紛れも無い実戦なのだと改めて認識し、唾液を嚥下する。
ちなみに言っておくが、氷魚になっても操縦は全自動である。氷魚は何も言ってはこないが、もしかしたらストレスが溜まっているのかも知れない。
肉眼では初めて見る、深度故の色が濃い海。その上を高速で駆け抜けながら、視線を左へ右へ、ハイパーセンサーを使ってズームしたりしながら探し回る。真耶ちゃんから銀の福音の位置は教えてもらったが、ヤツは現在進行形で移動している。多少のズレは想定しておくべきだ。
気を張りながらの飛行。やがて、数個の影が粒となって前方に現れた。動き回るそれは、紛れも無い皆の姿。
「——————」
瞬間、世界が止まった。氷魚の解除、落下、転倒を流れで行なってから、辺りを見渡す。濃い色の海は今や灰色になっていて、またこの世界かと辟易しながら海面の上に立ち上がる。
「ルリちゃん。いるんだろ」
「atejr *1」
「は?」
聞き覚えの無い涼しげな声に、振り返る。波立っている海面は足場が悪いので、それはもう不恰好に振り返る。
「fd?jdw *2」
聞き慣れない言語。
そこには、日傘を差した美女が立っていた。波間に佇み、黒いドレスを身に纏う美女。目元には、レーシーアイマスクと呼ばれるヒラヒラとレースの付いたアイマスクをしていた。美女からオレは見えているが、オレは美女の目元は窺い知れない。それは何だか、今の状況を良く表している気がした。
「お初にお目に掛かります。貴方の恋人、唐澤光也です」
どうせ合わせても伝わらないと思い、思い切って日本語で挨拶。美女はゆっくりと口を開いた。
「bjesm $djr *3」
「いや、分からん分からん!もう一度言ってもらってもよろしいでしょォか!?」
「bjesm $djr *4」
先程と全く同じ言葉。どうやら、『もう一度言ってくれ』というこちらの言葉は伝わっているらしい。
悩む。
どうしたものかと、悩む。
360度見渡しても、ルリちゃんの姿は見当たらない。海の上なので、身を隠す物も無い。
「……あの、もしかして、氷魚?」
見たことも無い美女に、つい先程束姉から貰った氷魚の姿を重ねてみる。しっくりくるような気もするし、来ない気もする。つまりはどちらか分からないということだ。
「%%、c $wr *5」
美女は、否定のジェスチャーは取らない。だということは、この美女が氷魚なのだろう(確信)。
「何で、この世界にオレを呼んだんだ?」
「bkjjwrt、diytwjr) *6」
「何が言いたいんだ……。分っかんねェ」
「ejrh、vgt %dwhqxe!*7」
強い口調で未存の言語を語りながら、オレに近付いてくる氷魚改め氷魚ちゃん。ハグかと思って両手を広げたら、両手首をがっしりと掴まれた。
「ハグじゃないの?」
「〝x*〉f?ywf#ljpy) *8」
「分からんなァ。何か、ジェスチャーで伝えられないか?そしたら何とか理解できるかも知んねェし」
オレの言葉が伝わったのか、氷魚ちゃんは数秒ほど顎に指を当てて思案した。思案して、片手を挙げた。どうやら準備が出来たらしい。
挙げた片手をブンブンと振る氷魚ちゃん。
片手を振りながら、自分の首元を横に掻っ切る氷魚ちゃん。
首をコテンと傾けて目を閉じる氷魚ちゃん。
「&をlwr *9」
どうやら終わりらしい。
今度はこちらが思案。氷魚ちゃんがオレに何を伝えたいのか、必死に考える。何とか氷魚ちゃんの意思を汲み取ろうとする。
「……駄目だ。氷魚ちゃんが可愛いってことしか分からん」
「upをtouekwrt!*10」
怒った素振りを見せる氷魚ちゃん。何だか、接すれば接する程見た目のクールビューティとは逆に可愛げな人だった。いや、ISだった。
「……どうしよう。時間が止まってるから、焦る必要は無いンだが」
しかし、のんびりしていて良いという訳でもない。視認出来る距離でこのままというのは、見捨てているみたいで精神衛生上よろしくないからだ。
「氷魚ちゃん。時間を進めてくれないか。皆が待ってるんだ」
時間が止まっている今なら、銀の福音に近付いてボコボコに出来るのではないかと考えた瞬間も、あるっちゃある。しかし、この世界ではISは何故だか起動出来ない。生身で金属を叩いても、
「ezwdj $kwr〈*11」
「悪い。今度ゆっくりお話して、理解し合って行こうな」
とても悲しそうな顔をする氷魚ちゃんの手を取り、優しく語り掛ける。
氷魚ちゃんは視線を左右に流してから、消えた。
瞬時に彩られる
あの世界に入る前と寸分違わぬ立ち位置。
決戦はもう、すぐそこに。
「我儘言ってごめんな、氷魚ちゃん。この埋め合わせは必ずさせてくれ」
先程のように、異界の言語を発することもなく、氷魚ちゃんは黙って動き出した。
氷魚ちゃんの操縦ではない、紛れも無いオレの意思で。
眼前──実際には眼下──には、激闘を繰り広げる専用機持ちの皆。銀の福音でさえも、オレの存在には気付いていない。
狙うは不意討ち。不意討ちとは不意に討つから不意討ちなのであって、2度目の不意討ちは存在しない。
狙うなら、一度切り。今この瞬間。失敗は許されない。
もう一度、唾液を
それだけだ。
「────おらァッ!」
「────────!!」
言語化出来ない銀の福音の叫び声が響き渡る。氷魚が聴覚の感度を調整してくれなければ、いくらシールドバリアで守られているとはいえ危なかったかも知れない。
「光也!何で来たんだよ!」
「おう一夏ちゃん。オレはここで大活躍して、なんとか内申点を上げてもらわなきゃなんねェからさ」
座学の成績がカスだからな。
そう付け加えると、一夏ちゃんは「その見覚えの無いISの事とか、色々聞きたい事はあるけど、そんな事より──こんなところに来る方がカスだろ」と辛辣な言葉を投げ掛けてくれた。
「まァ、兎に角。コイツ倒さなきゃ楽しい臨海学校は再開出来ねェんだろ?やるっきゃないじゃん」
「……無理はしないでくれよ」
「お互いにな」
氷魚ちゃんと白式で、拳を突き合わせる。ハイパーセンサーで、皆の立ち位置を確認する。セシリアちゃんが一番遠い位置で銃口を銀の福音に向けていて、それよりも少し近い位置にシャルちゃん。次にラウラちゃん。銀の福音を囲むように一夏ちゃん、鈴ちゃん、箒ちゃんが武器を構えている。
銀の福音は突如として現れたオレの戦闘能力を計りかねてるらしく、先程までの猛攻は一旦だが鳴りを潜めている。
『光也殿。いかがなさいますか』
プライベートチャンネルで、ラウラちゃんが話し掛けてくる。オレはそれに「躱して当てる」と、『勝てば負けない』ぐらいの暴論で返した。
「──行こう」
それはオレの言葉だったか、それとも一夏ちゃんの言葉だったか。
兎にも角にも。オレと一夏ちゃんは刀を握り、歯を食い縛り、筋繊維がおかしくなる程前腕に力を入れて、銀の福音に向かって突撃するのだった。
幾重にも交差して殺到する銀の福音の攻撃。レーザーなのかミサイルなのか、それともオレの知らない名称の何かなのか。
飛来する2発のミサイルを躱す。オレの後ろに飛んで行ったミサイルを、セシリアちゃんが狙撃で撃ち落とす。ハイパーセンサーでセシリアちゃんの居る場所を確認し、振り返らずに親指を立てて返す。
銀の福音に近付いては離れる──一太刀浴びせれば戻る。そんなことを幾度と繰り返して、オレ等は消耗し始めていた。体力はある。しかし、弱冠15歳の精神力など高が知れていて。心の準備も出来ていないこの実戦に、オレ等は余分な緊張感で臨み、どうにかなってしまいそうになっていたのだ。
そんな、精神の未熟さが生んだ一瞬の気の緩み。もしくは、治り切っていない熱中症が生んだ瞬き一つ分の立ち眩み。
気が付いたらオレの目の前に銀色が迫っていて。
訳も分からぬ内に横から突き飛ばされ。
元居た場所に視線を送れば。
銀の福音の腕が一夏ちゃんの身体を貫いていた。
先にも後にも無いかもしれない、ガチのシリアス回でした。
光也にも、先も後もありません。後先考えずに突っ込んでしまったのですから。
どのキャラが好き?
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一夏ちゃん
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箒ちゃん
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セシリアちゃん
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鈴ちゃん
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シャルちゃん
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ラウラちゃん
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千冬ちゃん
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束ちゃん
-
蘭ちゃん
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弾ちゃん
-
光也