ISなんかどうでも良いから女の子とキャッキャウフフしたい。 作:大塚ガキ男
朝だ。
臨海学校、2日目の朝が訪れた。
昨日の自由時間では、俺は大いに楽しめた。目標としていた箒との海も楽しめたし、一緒にツーショットを撮ることも出来た。夕食の席では隣に座ることが出来たし、消灯時間まで、着物姿の箒と二人きりで談笑することも出来た。寝る前には箒にお休みと挨拶出来たし、布団を被ったら脳裏に箒との1日を思い出してニヤニヤして。もうね、最高。最高だ。臨海学校万歳。それで、気持ち良く目覚めて2日目も頑張ろうとしたんだよ。したんだけど。
起きたら、隣に女子がいた。
文面だけみると、光也が喜びそうなモノだが、実際は違った。
起きたら、隣の布団で眠る光也に女の子がへばりついていた。いや、どちらにしろ光也は喜ぶか。
目が覚めた時はマジで心臓止まるかと思った。千冬姉があれだけ
「ぐへ、ぐへへへへへ」
しかも、だ。話はこれだけではなかったのだ。何だまたラウラか、とか、一種の毎朝の恒例行事と化している出来事では終わらなかったのだ。ちなみに、ラウラが毎朝布団に潜り込んで、光也の知らないところでシャルに報復されるまでがテンプレだ。あの二人の戦いはアクション映画もかくや、と言った感じの凄さを誇るもので、ただ見ている側としては少し格好良いと思ってしまうこともある。戦う理由が世界平和とかそんな感じだったのなら、もっと格好良かった。
長々と語ってしまったけれども、そろそろ本音を言いたい。心の中でも良いから、率直な意見を叫ばせてもらいたい。
深呼吸。
吸って。
吐いて。
言葉も吐いて。
何で・・・何で、鈴が光也の隣で寝てるんだよ!!
いや、思ったよ?昨晩寝る前に、何で光也の布団こんなに膨らんでるんだろうって。でも、まさかあの脅しの後に潜り込んでるとは思わないじゃん。セシリアともシャルともラウラとも消灯前に廊下で会ってるし、ヤバい面子も今回は流石に自重するよな、大丈夫だなとか安心して眠ったらこれだよ!よせよ鈴!お前は
ううん、むにゃむにゃ。口元をモニョモニョと波立たせながら眠る鈴(信じられないことにまだ眠っているらしい)。ぐへへへと時折女子にあるまじき笑い声で光也の右腕を抱き締めている。こんな姿を光也に見せる訳にはいかないので、鈴の肩を揺すって起こす。鈴は光也の腕を抱き締めているため、それによって光也も連動して揺すられるが、光也はアホだから起きない。
アホだから。
「・・・うん?」
「起きろ鈴、何してんだよッ」
鈴は上体をのっそりと起こし、寝惚け眼を擦り、頭をブンブンと振った。寝る時には髪を下ろすらしく(いや、当たり前だけども)、普段は束ねられているツインテールが今はサラリとしたロングヘアーになっている。つまりは、髪を下ろして寝る体勢に入れるくらいには確信犯ということだ。
「・・・っ!?」
現状に気付いたらしい。光也と俺、それから自分自身を順番に見回す。それを3セットくらい行ったあたりで、飛び掛かってきた。
「うおぉ!危ねぇ!」
鈴の足の親指が右目に迫る。俺はそれを反射的に後ろに仰け反って躱し、朝故に身体が固く、そのまま倒れた。
「その余分な記憶、置いていきなさい!」
足を上げた体勢からの、鋭い踵落とし。残像さえ見えるソレを右に転がって避ける。
「朝から良くそんな機敏に動けるな、クソ!千冬姉呼ぶぞ!」
「呼ぶ前にその喉掻っ切ってやるわよ!うわーん!」
どうやら泣いているらしい。恥ずかしいのか。そりゃそうか。俺だって、箒に添い寝してもらっているところを(いや、そんな展開はあってほしいが無いけれども)光也に見られたら死ねる自信がある。いや、むしろ鈴のように光也を殺すかも知れない。
そこまで思考を至らせて、気が付いたら「分かった!」と声に出していた。
「な、何が分かったって言うのよ!」
「許す!許して、見なかったことにするから力を緩めろ!」
いつの間にやら、手を握り合って押し合っているような体勢に。鈴が押し、俺が負けじと押し返す。体格差というものはこの場合当てにならず、俺の腰が曲がってはいけない方向に曲がりそうになり、ミシミシと異音を上げている。
しかし、その力が、今までのような段々と万力のレバーを絞るような感覚が、一瞬止まる。それからゆっくりと、俺の発言の意味を噛み締めるように力が緩められていった。90辺りまで上がっていたメーターが段々と下がり、遂にゼロになった。
何で朝からこんなに嬉しくない運動をしなければならないんだと光也を一度睨んでから、鈴に向き直った。
「良い?あたしに関する今朝の情報を一文字でも口にしたら、ただでは済まないと思いなさい!」
何でコイツは内緒にしてもらう立場なのに、こんなにも偉そうなんだろうか。
「分かった。分かったから、そろそろ自分の部屋に戻ったらどうだ。同室の子達、心配してるんじゃないか」
「そうね。今どうやってみんなに言い訳しようかで頭がいっぱいよ」
「トイレって言ったらどうだ」
睨まれた。
「・・・兎に角、もう帰るわ。また朝食の時に」
手をひらひらと振り、つい先程痴態を晒したばかりだというのに颯爽と立ち去る鈴。その背中に、俺はいつの間にか問い掛けていた。
「なぁ」
「何よ」
「今朝の、初犯?」
にっこり。
笑って、戸の向こうに消えた。
おい。
「——ハッ。何か重要なシーンを無駄にした気がする!」
「気のせいだ」
結局、アレ以降特にすることもなく、窓際の椅子で手首にはめられた
「何だよ一夏ちゃん。こんな日でも早起きか」
「・・・まぁ。早起きは習慣にしないと意味無いしな」
「何だよその顔。何かあったのか?」
ありましたとも。でも、鈴の名誉の為にも、何も無かったと言うしかない。
「いや、何も無かった。何も無かったから、予定通り朝食に行こう。ほら、顔洗ってこい」
「はーい」
言ってて、何だか自分が父親にでもなったような感覚を覚える。いや、父親にはなりたいけど、コイツの父親は嫌だわ。
光也を洗面台に向かわせる。その背中を見ながら今日は箒とどれくらい話せるかな。とか、全体訓練だから難しいかな。とか色々考えていると、洗面台から物音がした。コップでも落としたのかと重い腰を上げて洗面台へ。
光也が倒れていた。
「・・・はぁ」
「ち、千冬姉。光也の症状って、やっぱり」
「いや、熱中症の方はだいぶ良くなっている。と、思うが」
口を噤む千冬姉。どうしたんだ?と続きを促す。千冬姉の言葉を待っているのは俺だけではない。箒にセシリアに鈴にシャルにラウラ。皆、光也のことを心配していた。
セシリアはハンカチ片手に泣き崩れている。
シャルは心ここにあらず、と言った感じに呆けている。
ラウラは何故か俺を睨んでいる。俺が原因じゃねぇよ。
鈴は視線を下ろし、バツが悪そうにしている。
箒はそんな鈴に協力を要請し、光也の頭に濡れタオルを乗せたり着替えを布団の隣に用意したりと大忙しだ。
「分からん。何故、光也の調子がこんなに悪いのか。嘔吐をする気配も無ければ、脱水している訳でもないし、体温が特別高い訳でも低い訳でもない。半日以上眠れば何かしら変わると思ったのだが、一夏の証言によれば、寝起きは調子が良かったものの、すぐに気絶したと言う。全くもって——」
光也の容体。それから、俺の発言を頭の中で纏めてから、千冬姉は溜め息を吐き、こう結論付けた。
「分からん」
「そ、そんな。どうしたら良いんだよ」
「幸いにも、今は身体に異常は見られない。光也の容体は教師陣で交代で様子を見るとしよう。ほら、お前達は早く戻れ。9時には集合を控えているんだぞ」
千冬姉が光也LOVE勢に声を掛けると、各々気を取り戻す。代表候補生としての自覚は失われておらず、この場に留まりたい思いを抑えて退室した。
「ラウラ、お前もだ」
「・・・・・・」
「ラウラ」
「は、はい。・・・分かりました」
トボトボ。部屋を出るその足取りは酷く重い。
「不味いな。光也一人の不調で、訓練中に影響が出なければ良いのだが・・・」
夢を見ているのか、それとも何も見ていないのか。目を閉じて、息だけをしている状態の光也の髪を、千冬姉は優しく撫でる。その顔は穏やかだ。
頭を振る。すると、その表情はもういつもの凛々しい顔に戻っていた。
「私はもう行く。心配するのは良いが、集合に遅れることは許さんからな」
「はい。・・・分かりました」
これが出来る女かと姉の背中に感銘を受けながら退出を見送り、自分もそろそろ部屋を出ねばと準備を始める。臨海学校は、これから始まると言っても過言ではない。そのくらい。スケジュールは過酷なのだから。
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————
——
「・・・成る程、ねェ」
布団の上。
宿泊先にして、もう既に見慣れ始めた室内の景色。
臨海学校の宿泊先であって、そうではない場所。
灰色の世界に、オレは居た。
いつの間に。
知らぬ間に。
見渡すも、やはり眼に映る物全てが灰色。海に行ったが、長らくはいられずにぶっ倒れた俺の肌は健康的には焼けておらず、ISの授業で少しスーツの形に焼けたくらいだ。
またまた来てしまったのかと心の中で溜め息を吐き、名を呼んだ。
ルリちゃん、と。
『・・・はーい、っと』
声がした方へ。身体を捻って振り返ると、そこには緑髪の美少女ルリちゃんが気怠げに、壁に寄りかかって立っていた。
「オレがここにいるってことは、また何かあった感じ?」
「別にー。平和よ」
「へ?じゃあ、何でまたこんなことになってんの?」
「周りに無くても、アンタにはあるのよ。アンタ、具合悪いらしいじゃない」
「何でそんなの知ってるの——って、そりゃISだもんな。オレのバイタルくらいお見通しか」
「そう。その不調、アタシが原因だから」
「ハァ!?何でそんなことするのさ!」
「アンタが最近、調子に乗ってるからよ」
呼吸が止まった。
「アタシが入れば大丈夫だと思ってるでしょ。だけどこのままじゃ、アンタは絶対に痛い目見る。壁にぶつかる。だから、ちょっと嫌な思いしてもらって、その考えをこの世界で直してもらおうって訳。・・・これでも、心配してるのよ?操縦者に何かあったら困る訳だし」
要するに、心配してくれているらしい。訓練せねばせねばと言ってやらないオレを、叱咤してくれているらしい。なんていい子なんだルリちゃん。オレは気付いたら涙を流しながら、
「る、ルリちゃァん!」
「抱き着くな!このッ!」
ルリちゃんの腰に両手を回して抱き着こうとしたところ、すり抜けられて頬を足の裏で蹴り飛ばされた。心配しているとは思えない力加減だった。
一旦正座。それで良いらしい。ゆらゆらと揺れる頭を押さえていると、ルリちゃんが近くにあったスポドリを手渡してくれた。
「ほら、まずは腕立て連続1000回。時間はいくらでもあるから」
「死んじゃう」
「スクワットと腹筋ローラーも、取り敢えず1000回ずつで良いわ」
「死んじゃう」
「それが終わったら、次は食事を取った後に眠りなさい。身体の筋肉痛が完全に取れるまで、眠たくなくなっても眠り続けなさい」
「すっげぇ極端!!」
「兎に角、ここはアンタみたいな馬鹿には打って付けの場所よ。時間は進まないから、何時間でも何日でも、アンタが少しでも操縦者としてマシになるまで続けるわ」
「お、ちょっと凄いバージョンの精神と時の」
「おだまり」
「はい」
取り敢えず、飴と鞭の、飴があまり美味しくないバージョンだということはわかった。
腕立て地獄に、スクワット地獄。それが終わったら腹筋ローラー地獄。地獄に次ぐ地獄に精神的に参りそうになりながらも、オレの筋トレを飽きもせずに見続けてくれているルリちゃんからの応援の言葉でやる気を再燃気させる。
ようやくそれが終われば、ルリちゃんがどこからか持ってきた缶詰の山を食べる。タンパク質とかそんなの気にせずに、兎に角食べる。そして、眠る。
ルリちゃんに肩を押さえつけられて、無理矢理仰向けの体勢に。布団を掛けられている時に思わず「ルリちゃんママ・・・」と呟くと、唇をデコピンされる(何だそりゃ)。
しょうがないでしょ。バブみを感じちゃったんだから。
「・・・アンタとこうして面向かって話すのも、何だか久し振りな気がする」
「そうだねェ。電話では結構話すんだけどな。ルリちゃんとこうして話すには、ルリちゃんが一々時間を止めなくちゃなんないし」
キーホルダー型のルリちゃんを耳に当てて会話することを、オレは『電話』と呼んでいる。その方が、何だかルリちゃんを身近に感じられるからだ。そもそも、時間を止めるのにもシールドエネルギーって消費するのだろうか。オレにしては真面目なISに関する疑問を浮かべてみる。
「ISって、筋力測る機能無かったっけ」
「筋力って言うか、バイタルとか諸々のソレだけど。何、わざわざ起動しろっての?」
「いや、熱測るみたいにおでこくっ付けたら測れないのかなァって」
「IS相手に夢見てるんじゃないわよ」
「嫌だなァルリちゃん。オレが生半可な思い付きで提案するとでも?」
「何コイツ目がマジなんだけど。キモっ」
「嗚呼、もっと!もっと罵って下さァい!」
不意に、ルリちゃんが黙った。遂に鬱陶し過ぎて無視されたのかと視線を向ければ、ルリちゃんは溜め息混じりに口を開く。
「・・・何でもないわ、こっちの話。——兎に角、アンタに圧倒的に足りないのは筋力よ。アタシがアンタを使うのは全然構わないけど、戦う度にアンタが筋肉痛めてたらどうしようもないわ。ISで戦うのは、1日一度とは限らないのよ?」
「確かに」
「何が言いたいかというと、鍛えて飯食って寝ろ」
「はい」
寝ます。
言われた通り、目を閉じる瞬間。ルリちゃんが何かを呟いた気がした。
やがて。
夢中。
夢の中。
時が止まった世界で、夢を見た。
一夏ちゃんが笑っている夢。
千冬ちゃんが笑っている夢。
箒ちゃんが笑っている夢。
鈴ちゃんが笑っている夢。
セシリアちゃんが笑っている夢。
シャルちゃんが笑っている夢。
ラウラちゃんが笑っている夢。
真耶ちゃんが、清香ちゃんが、本音ちゃんが、薫子ちゃんが、皆が笑っている夢。
そして、束姉とルリちゃんが隣で笑っている夢。
これはオレの願望から出た夢なのか。それとも、ルリちゃんの願望から出た夢なのか。
幸せな、夢を見た。
「——起きて、みっくん!起きて!!大変なの!」
「・・・あ?」
夢を見ている間に、いつの間にか時を進んでいたようで。
目が覚めたら、色鮮やかないつもの世界と。
半泣きでオレの肩を揺する束姉の姿があった。
次話辺りで、戦います。福音戦は戦闘シーンがえげつないので、どうしようかと懊悩しています。
どのキャラが好き?
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一夏ちゃん
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箒ちゃん
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セシリアちゃん
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鈴ちゃん
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シャルちゃん
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ラウラちゃん
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千冬ちゃん
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束ちゃん
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蘭ちゃん
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弾ちゃん
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光也