ISなんかどうでも良いから女の子とキャッキャウフフしたい。 作:大塚ガキ男
「それにしても、鈴も難儀な男を好きになったものだな」
一夏がショタ光也の手を引いて廊下を歩く後方で、箒と鈴が並んで歩いていた。箒は前を歩く二人に聞こえないように小さな声で話を始める。
「分かる? 全く。あんなスケベでどうしようもないバカ、どうして好きになっちゃったのかしら」
やれやれ。本当に困ったものだわ。そう言いたげなうんざりとした表情で言う鈴に、箒はからかい混じりの言葉を返す。
「でも好きなのだろう?」
「当たり前でしょ」
しかし、それに即答してみせる鈴。箒は少し感嘆した。想いを少しも恥じらわず(当人の前ではないものの)に言葉にしてみせる鈴の姿に、少し憧れに似た感情を抱いたのだ。それは、幼い頃から変わらず想い人である一夏に、未だに気持ちを伝えられていない自分と比べてしまったからである。
いやまぁ、鈴もキチンと気持ちを伝えてはいないのだが。普通の人なら間違いなく気付くレベルの、異性から向けられている好意。それに気付かない方が可笑しい(光也だけじゃ無く一夏も当てはまるよ)のであって。
「……どうやら、難儀な男を好きになってしまっているのは私も同様らしいな」
「気付いたようね」
「女子にモテるのはこの際どうでもいい。しかし、こちらのアプローチに眉一つ動かさないのはいかがなものか。同じ部屋で暮らしているのに。同じ部屋で暮らしているのにだぞ」
「もうバシッと言っちゃいなさいよ。あの鈍感、はっきり言わないと絶対に気付かないわよ」
「その言葉は鈴にも言えるのでは?」
「うぐっ、中々言うじゃない……!」
同じ部屋で暮らしていて、それなりにイベントも起きているのに何も変わる気配を見せない馬鹿。
幼い頃に酢豚を毎日振る舞う約束をしたのにそれを曲解し、しかも手強いライバルを増やしてくれている馬鹿。
互いに自分の馬鹿を頭に浮かべ、そして考えていることが同じだと分かったのか、目が合って吹き出した。ファースト幼馴染と、セカンド幼馴染が同盟を組んだ瞬間であった。
そんなイベントが後ろで起こっているとは露知らず、一夏とショタ光也は二人で談笑していた。
「……イケメンのお兄ちゃんはさ、あのお姉ちゃんと付き合ってんの?」
答えづらい質問。しかし答えないわけにもいかず、一夏は後方──つまりは箒がこちらを気にしていないことを確認してから、小声で答えた。
「……残念ながら、まだなんだ」
「えぇ〜、何やってんの? うかうかしてたら他の人に盗られちゃうよ?」
ここが事実上の女子校であることを知らないので、ショタ光也は一夏を言葉でせっつく。
一夏は、ここが女子校なのでショタ光也の指摘が的を射ていないことに気付いているが、それと同時にこの学園内だけで全ての色恋が完結しているわけでもないことにも気付いている。箒が学園外で彼氏を作らないとも限らないわけだし、一夏としても焦りの気持ちがあるのも確かである。
「告白したいとは思ってるんだけどな。一緒に住んでると中々タイミングが難しいんだ」
「一緒に住んでんの!? じゃあもう勝ち確じゃん!」
「ああいや、光也が想像してる感じじゃないんだけどな」
二人はもう同棲していると思い込んでいるショタ光也と、キチンと説明してやりたいがそうなると色んな枝葉に至るまで説明しなくてはいけなくなるのでメチャクチャ面倒臭いと思ってる一夏。
まぁ明日には記憶無くなってるしまぁいいかと説明を諦めた一夏は、ういういとショタ光也にお尻で小突かれながらも「ほら行くぞ」と手を引いた。
歩みを進め、自分達が普段授業を受けている教室の前を通りかかる。
頼む、誰とも会いませんようにとショタ光也以外の3人が心の中で祈るが、そんな祈りを嘲笑うかのように、教室から見知った顔が3人出てきた。金色と金色と、銀色が出てきた。
しっかりと目も合った。
「あら?」
「あれ?」
「うん?」
終わった。
ショタ光也以外の3人は、歩みを止めて天を仰いだ。
対して、教室から出てきた3人はこちらに挨拶を一言置いていき、背を向けて歩き出した。
──流れが変わった。
聞こえてくる会話から察するに、これから自主練で三つ巴で戦うらしい。そのあとに正妻がどうとか今度の休日がどうとか、鈴としては聞き捨てならない単語も聞こえてきたのだが、どうやら3人はショタ光也に気付いていない様子。藪蛇を突かぬよう、鈴は声を殺した。それは一夏と箒も同様で、段々と遠ざかっていく3人を見詰めながら心の中で「行け……! 早く角の向こうに消えろ……!」と必死に祈っていた。
一度は絶望しかけた状況で、千載一遇のチャンス。逸る心、手に汗握る展開。
──不意に、もう一度流れが変わった。
スンスン。
ラウラが鼻を動かす。
その音がこちらまで聞こえてくるのは、一夏達が必要以上に音を殺しているから。
ラウラが振り向く。
一夏達は一斉に目を逸らした。
ラウラがキョロキョロと辺りを見渡す。
「……光也殿?」
ラウラの言葉に、談笑しながら先を進んでいたセシリアとシャルロットも即座に振り返った。
それぞれが光也を探す為に忙しなく動かしていた六つの瞳が、ショタ光也を捉えた。小学生の光也からすれば、絶世の美少女3人に見つめられて恥ずかしさのあまり身の縮こまる思いである。思わず一夏の後ろに隠れた。
「チガイマス」
身体に残っている元の光也のDNAの呼び掛け──あるいは本能──で、咄嗟に嘘を吐く光也。しかし、逃げられるはずがなかった。3人が一瞬で距離を詰めてくる。先程よりも近い距離で見つめられ、身を捩った。
「やっぱり光也殿です!」
「……確かに、仕草は光也そのものだね。重心の取り方とか目の動きとか」
「ですが、どうして幼くなっているのでしょうか? ──もしや、これも私への試練!?」
「違うと思うよ」
「騒ぐなお前等。光也殿が怖がっているだろう」
「怖がっているのは貴方が首筋の匂いを嗅いでいるからでは? 絵面だけ見たらOUTですわよ」
「ねぇねぇ、光也。どうして小さくなってるの?」
ギスり始めた3人に、一夏達はどうやって宥めたものだろうかと困り冷や汗をかいたが、シャルロットの質問によって嫌な空気が雲散霧消。一夏達は息を吐いた。
しかし、ほっとしたのも束の間。もう一つ困ったことになった。
3人に、幼くなった光也のことをどう説明するか、ということ。
一夏達の頭の中には、共通して一つの懸念があった。
それは、真実をそのまま伝えたら、明日の朝まで光也(ショタ時の記憶無し)を好きに出来ると──既成事実だろうが外堀埋めようが何でもして良いフィーバータイムだと曲解されやしないだろうか、と。
だから、困っていた。どう説明するべきか。どれくらい嘘を混ぜて話すべきか。そもそも、どんな嘘を吐くべきか。
困った。しかし、黙っているわけにもいかない。
何か話さねばと場を繋ぐ為の何かを発しようと、鈴が口を開く前にショタ光也が返答した。
「わ、分からない……です」
当たり前である。
「そうだよねぇ〜! 分からないよねぇ〜!」
可愛い〜!
語尾にずっとハートマークが付いてそうなほどの甘ったるい声で、シャルロットが光也の頭を撫でた。どうやら、家庭環境が複雑なシャルロットは弟が欲しかったらしい。ましてや、普段から生活のほぼ全てを握っている(握らせてもらっている)意中の人が血の繋がっていない弟になるなら、一挙両得というもの。
ショタ光也は、先程から行われている美少女による自分へのボディタッチに目を白黒させていて、抵抗出来るほど正気に戻れていない。普段の光也だと口では喜びつつも、やはりこうして頭を撫でたり抱きしめようとしたりすると距離を離してしまうのも、今の過多な接触に拍車をかけていた。普段面と向かって触らせてもらえない分、こういう時こそ。
みたいな。
先程までは誰か一人が抜け駆けすれば残りの二人で引き剥がしていた構図も、ショタ光也が若干引いていると分かれば素直に後ろに並んで順番待ちをできるくらいには、光也至上主義なのであった。しかし、「おい、早く代われ」「欲張り過ぎですわ」と後ろから非難の声をかけるのも忘れない。
そんな、光也大好きっ子クラブ永世名誉会員の皆さんの様子を見て、少しの間考えるのをやめた一夏達。もういっそ光也を引き渡して帰ろうかと思うくらいには、手を付けられない状況。しかし、諦めている自分に叱咤。ここで光也を奪還せずにどうすると己に発破をかけた。
「(このまま朝まで囚われてたら、流石に光也が可哀想だしな。10秒くらいに凝縮される成長痛っていうのも恐ろしいし)」
「(人の恋路を邪魔する気は無いが、鈴との同盟もあるしな。幼馴染の
「(何よあの3人……! あたしが幼馴染として我慢してるってのにあんな堂々とイチャついてくれちゃって……! ずるいずるいずるいずるい!)」
三者三様の心模様。
しかし、目の前で繰り広げられているエンドレスハグ会に声を掛けようとする様は三者同様に死地に赴く戦士のソレだった。
女子二人に先陣を切らせるわけにはいかない。女尊男卑の世界でも男らしさバッチリな一夏は、二人よりも前に出て、恐る恐る口を開いた。
「な、なぁ……。そろそろ、光也を離してやってくれないか」
「「「は?」」」
「いや、何でもないです……」
ショタ光也を愛でる為に母親のような微笑みで細められていた目が、一斉に一夏に向かって睨みを利かせながら向けられた。これには一夏もたまらず、スゴスゴと3人に背を向けた。
「引き下がってどうする……! 光也を取り戻すんじゃないのか……!」
「そうよ……! 諦めるんじゃないわよ……!」
「二人ともごめん……!」
光也を愛でる3人に聞かれぬように、小声で話す3人。バックにざわざわと擬音が付きそうなくらい三点リーダを多用。
「ならば私が行こう。女子に弱い一夏よりかは会話になるだろうからな」
次いで前に出るは箒。毅然とした態度で接すれば問題は無い。なんなら場所もムードも選ばず光也とイチャつく3人に説教の一つでも入れてやるくらいの意気込みで、前に足を踏み出した。
「セシリア」
「……なんですの?」
「シャルロット」
「……なに?」
「ラウラ」
「……なんだ」
「光也を解放してやってくれ。騒ぎになる前に寝かし付けてやらないと、翌朝苦しみながら元の姿に戻ってしまうぞ。光也が苦しむのはお前達としても本意ではないだろう」
「それって、裏を返せば光也は明日の朝までこのままってこと?」
「うん? うむ、そういうことだ……?」
「じゃあ問題無いね」
「? 問題無いことは無いだろう。いいから、光也をこちらに渡してくれないか」
「私が責任を持って光也さんを
「僕がキチンと光也を
「私と光也殿はこれから教官と3人で
「そ、そうか、すまなかった。ごゆっくり……」
3人からほぼ同時に向けられた拒絶にメンタルがやられたのか、トボトボとしょんぼりした表情で引き返してくる箒。
「箒さん……!?」
「アイツ等に余計な情報あげてどうすんのよ……! 余計取り返すのが難しくなっちゃったじゃない……!」
「奴等、クラスメイトに向けちゃいけない量の
光也を愛でる3人に聞かれぬように以下略。そうなると残りは鈴一人。仕方無いわねとツインテールをかき上げながら渋々前に出た。
「アンタ達、ちゃんと見てなさい。説得っていうのはこうやるのよ」
昔からの付き合いの一夏からすると、自信満々な鈴は頼もしく見えるもので。今度こそいけるかもしれないと、心の中で小さくガッツポーズを決めた。
「ねぇ、アンタ達」
「先程から一体何なんですの?」
「僕、そろそろ怒るよ」
「大した用が無いなら話しかけるな」
案の定、3人から向けられる冷たい言葉と視線。一夏と箒は今回も駄目かと項垂れたが、気付く。鈴の堂々とした佇まいに。
鈴は腰に手を当てて、口を開いた。
「
「「「!?」」」
それは、力を持った言葉だった。
「
「「「!?!?」」」
3人の目を驚愕に見開かせ、動きを止めさせるほどの力を持った言葉だった。
「
「「「ッ……」」」
虚言。しかし、効果は絶大。
幼くなった者は、その間の記憶は元に戻った時には消える。なので、光也大好きっ子クラブの面々がショタ光也をどうしようが後の関係に引き摺るようなことは無いのだが、彼女等はその情報を知らない。
勿論、ショタ光也の記憶が消えるだろうと思いながらショタ光也と過剰なスキンシップを取っていたわけではない。しかし、鈴の言葉によって自分の行いを省みた。
するとどうだろう。光也と自分との間に溝ができそうなことばかりしているじゃないかと。
ショタ光也が無抵抗だった為、自分は許されているのだと。何をしても良いと思ってしまったいた。
しかし、ショタ光也は抵抗しなかったのではない。体格差故にできなかったのだと、そう理解した。普段の光也も、度を越えたスキンシップには苦笑いしていたのを思い出す。
口ではプレイボーイな言葉を発しつつも、男女のあるべき関係においてはキチンと線を引いている光也に、自分が今何をしていたのかを思い出す。
この間僅か1秒未満。
全て理解。
そして、一斉にショタ光也から離れて土下座した。
「光也さん申し訳御座いません私のような分際で光也さんに好き勝手してしまいました光也さんを自室に連れて行きツーショット写真を撮りそれを御守りにしようとしていました申し訳御座いません」
「光也本当にごめんね僕も悪気があったわけじゃなくて光也なら結局僕のことを選んでくれると思ってるからこれは遅いか早いかの違いであって確かに今の光也なら抵抗しなさそうだから自室で二人で寝てその写真を元に既成事実を作って外堀埋めて王手をかけようかなとか思ってたけどそうだよね光也の気持ちを考えてなかったよね本当にごめんね」
「光也殿大変失礼致しました初めて見る光也殿の幼く純真な姿にほんの少し自我を保てませんでした教官と二人で光也殿を甘やかしまくってズブズブに依存してもらって3人でドイツに移住しようとか企んでしまいました大変失礼致しました」
それから同時に始まる、謝罪。息継ぎを忘れるほどの文量を、涙を浮かばせながら、光也に向かって謝罪を始めた。
何が起こったのか分からず焦るショタ光也と、ショタ光也を囲むような陣形で土下座をする3人。
それを満足そうな顔で見る鈴と、鈴の後ろでドン引きする一夏と箒。
「と、いう訳で。光也は元に戻るまでこちらで預かるわ。アンタ達も早く帰んなさいよ」
ひとしきり続いた謝罪タイム。もうそろそろ良いだろうと場を読んだ鈴が、ショタ光也をひょいと抱えて3人から距離を離す。当然3人は手を伸ばしてショタ光也に縋るが、先程の鈴の言葉を思い出して名残惜しそうに伸ばした手を戻した。
「嗚呼、光也さん……」
「光也……」
「光也殿……」
美少女が半泣きで自分の名前を呼んでいる状況に、ショタ光也としては何かできることは無いかという思い。しかし、自分を抱える鈴が何も喋るなと視線で訴えてきたので、黙る。理由は分からないが、そうした方が良さそうだ。
鈴が光也を脇に抱えて、尚もぶつぶつと言っている3人に背中を向ける。そんな鈴を、一夏と箒が安心したような表情と共に迎えた。
「凄いぞ鈴……!」
「うむ。鈴は凄い……!」
語彙力に多少の問題はあるものの、褒められて悪い気はしない。鈴もふふんと満足気にその言葉を受け止め、胸を張って廊下を闊歩。
ミッションコンプリート。
あとは、あの3人の邪魔が入らない場所で光也を匿い、なんやかんやあって最終的に自分の側に光也が居てくれるように仕向けよう。上手くいっている現状に気分を良くした鈴はそう考えた。
「──……ちょっとお待ちなさいな」
しかし、そんな鈴の背中に突き刺さるセシリアの言葉。セシリアの言葉に従ったわけではなく、ノーガードの背中に刺さった言葉に鈴の身体が硬直した。
「……光也さんは
「……えぇ、相違無いわ」
大人しく抱えられている光也を一瞥してから、背中を向けたまま答える鈴。その背中は汗をかいていた。
「ならば可笑しい話ですわ」
「何がよ」
「鈴さんが、光也さんとそんなに触れ合えているのが……!」
ズビシィッ!
流麗な所作で鈴を指差すセシリアと、肩越しに振り返り、目を見開く鈴。
その二人の間を、ゴゴゴゴゴゴと奇妙な効果音が流れた。
「
ですわね。
セシリアは背後を揺らめかせながらそう言い放った。
「ですわね、じゃないが?」
そんなセシリアに、ラウラの冷たい言葉が投げられた。
「鈴さん。貴方、言葉巧みに私達を退かせ、光也さんを独占しようとしましたわね?」
「そ、そんなわけないでしょうが! 私は一夏と箒と一緒に、光也の身の安全の為にやってるだけだっての! 光也のことなんてこれっぽっちも! 何とも思ってないわよっ!」
「……時に、鈴さん。光也さんに対して邪な思いを抱いている人間は、みな同様に鼻の下が伸びているのですよ」
「「「え!」」」
一斉に自分の鼻の下を確認する、セシリア以外の光也大好きっ子クラブの一同。ラウラがたまらず声をあげる。
「嘘だろうセシリア!」
「えぇ、嘘ですわ。──ですが、マヌケは見つかったようですわね」
「アッ!」
セシリアの指摘に、鼻の下に触れたまま驚愕の表情に染まる鈴。そう、鈴はまんまと嵌められたのだ。
急に顔の彫りが深くなった二人と、それを固唾を呑んで見守るラウラとシャル(つられて彫りが深くなっている)。それを遠巻きに見る一夏と箒の心境は「みんな何やってんだ!?」である。
こほん。
セシリアの上品な咳払いを機に、皆の顔の彫りが通常に戻った。
「シブイわね。まったく、アンタシブイわよ」
一人、彫りの深さが戻っていない者がいるが、指摘はされなかった。
「さて。私達を出し抜き、光也さんを独占しようとした大罪。どう償っていただきましょうか」
表情こそ淑女のソレだが、セシリアは間違い無く怒っている。シャルとラウラも左右に展開し、3人の纏う覇気が鈴達をジリリと後退させた。
「ど、どうするのだ鈴! このままでは拙いことになってしまうぞ!」
「最悪、光也を差し出して逃げよう! 光也には悪いけどそれしかない!」
「一夏、お前には男同士の友情とかそういうのは無いのか!」
「この状況に限って言えば、無い! 多分光也が俺の立場でも同じことをする! ──で、どうする鈴! アイツ等マジで
圧倒される一夏と箒が鈴の方をチラチラ確認しながら、衝撃に備える。鈴は「に」と声を発した。
「「……に?」」
「逃げるのよォォォ────ーッ」
「あ、まだ顔の彫りが深いままだ!」
「私には何が何だか分からんぞ!」
「あとで説明する! 兎に角鈴に続け!」
セシリア達に背中を向けて突如走り出す鈴と、慌ててその背中を追う一夏と箒。鈴の顔の彫りが深い理由がさっぱり分からない箒だが、セシリアと鈴の顔の彫りが深くなった辺りから少し嬉しそうな一夏を見てまぁ良いかと疑問を投げ出すのだった。
敵前逃亡。果たしてどこに逃げる場所があるのかという疑問は残るが、あのまま黙って処刑されるよりは幾分マシな選択であることは間違いない。
このまま逃げるのをセシリア達が黙って見逃すはずも無く、鈴達の数メートル後ろを鬼気迫る表情で追いかけてきていた。
「お待ちなさい!」
「光也を返してよ!」
「このまま逃げ切れると思うな!」
碌でもない男に引っかかってはいるものの、彼女達も立派な代表候補生。体力もスピードも、常人を遥かに凌ぐ。差が大きくなるどころか段々と縮めてくるくらいの勢いでこちらに迫る。
「ひいいいいいッ!」
「情けない悲鳴をあげるな、一夏!」
「そうよ! こっちだって我慢してるんだからっ!」
こちらを追う3人からの怨嗟の声が耳に入る。ここが廊下ではなくもう少し開けた場所なら迷わずISを展開させていたであろうくらいの怒りが背中を焼く。
「ねぇねぇ、鈴ちゃん」
「何よっ!」
必死に走っているので、怒っているかのような声色で返事をする鈴。光也が少し気圧されたのを見て、慌てて「怒ってないから!」と言葉を付け加えた。
「あの美人なお姉ちゃん達、なんであんなに怒ってるの? あとなんで俺のこと知ってるの?」
複雑。
アンタが全員引っ掛けたのよ、と言っても良いが、恐らくショタ光也は酷く混乱するだろう。明日の朝までの記憶だとしても、鈴はショタ光也にそんな気遣いをできるくらいには、光也のことを大切に想っているのだった。
「……」
「鈴ちゃん?」
「……色々あるのよ」
「そっかぁ」
「諦めたな」
「ああ、諦めた」
「そこ、五月蝿いわよっ!」
どうにか3人を撒こうと、廊下を右へ左へと曲がったり、階段を昇ったり降りたりするが、3人は誰一人スタミナ切れでリタイアすることなく少し後ろを張り付いている。表情に疲弊の色は少しも見えない。まるで、こちらの体力が無くなって足を止めるのを待っているかのような。言うならば捕食者。確かに、そのくらいえげつない性格だよなと一夏は瞳に涙を浮かべながら考えた。
「千冬姉のところに行こう!」
突如、閃いた一夏がそう叫んだ。一緒に走っている隣からではなく、後方から声が返ってくる。
「貴様ァ! 教官にチクる気か! 卑怯だぞ!」
「じゃあ追いかけるのをやめたらどうだ!」
「有り得ん! 光也殿を取り返さずにこの足、止めてなるものかッ! うおおおおおおお!」
ドドドドドドドドドドッ。
力を振り絞り、接近してくるラウラ。慌ててこちらも速度を上げるが差は縮まる一方。
このままでは捕まる!
誰もが諦めかけたその時。
一夏と箒と鈴、その誰もがこれから訪れる恐怖に両目を閉じたその時──
「む?」
──スルンっと、箒が頭と足の高さが逆になる勢いで転んだ。
「箒!」
状況を瞬時に把握して手を伸ばす一夏。想い人のピンチに平常では考えられない反応速度で身体を動かし、箒の手を掴んだ。それだけでは箒が肩を痛めてしまうかもしれないので、もう少しだけ無理をして箒の下を自分の身体を投げ入れる。
突然の出来事に呆気を取られたのか、セシリアシャルロットラウラの3人もこちらに襲いかかる前に足を止めた。
段々と下がっていく自分の視界。視線が床へと落ちていき、床に広がる液体が視界に入った。
瞬間、一夏の脳がフル回転。
同時に、脂汗。
廊下を駆け抜けている内に辿り着いたこの場所。
箒が〝何に〟足を滑らせたのか。
光也に使った瓶は一体〝どこに〟置いておいたのか。
これから触れる地面には〝何が〟広がっていたのか。
床に接地。箒の無事を確認するより先に、後頭部に触れた液体。
すると数秒と経たずに、自分の身体から煙が出ていることに気が付いた。
モクモク。
モクモクモク。
モクモクモクモク。
*
「こ、これは、一体どういうことですの……?」
一部始終を見ていたセシリアが、戸惑いながら問いかける。
「さ、流石にこの目で見ると……」
シャルロットが、恐れを孕んだ目でそう言った。
「……この目で見ても信じがたいモノだな」
目の前で起こったことを信じられず、自身の頬をつねるラウラ。
煙の中から、ダボダボのIS学園の制服を着た男の子が出てきた。男の子は状況を理解出来ず、怯えた瞳で周囲をキョロキョロと確認している。
その中で、ハッとした後に一人に駆け寄った。
「み、光也!」
「おお、一夏ちゃん! 煙の中から出てきたってことは、もしかして一夏ちゃんってマジシャン?」
「何をいってるんだよ! 俺は小学生だよ」
「な〜んだ、マジシャンじゃなかったのか」
「当たり前だろ」
そう言って苦笑いするショタ一夏と、鈴に抱えられながら何事も無いかのように会話をするショタ光也。周囲のことはあまり気にしていないようだ。
呆然とする一同の中でも一際大きく口を開いている女子──箒は二人の会話を聞いてようやく我に帰った。
「い、一夏……! 身体は平気なのか?」
「へ!? お、お姉さん誰?」
クラリ。
一夏に認知されていないのが余程ショックなのか、額を押さえて後ろに倒れかける箒。その背中を鈴が片手で支えて事なきを得た。
「す、すまない、鈴。──私はそこらにいる善良な女子高校生だ。一夏の友達の篠ノ之箒の知り合いでな」
「箒の知り合いの方だったんですか! アイツ一年くらい前に転校しちゃったんですけど、箒は元気ですか?」
「う、うむ。元気にやっているぞ」
疑うことなく信じるショタ一夏の純真さに少し気圧されたものの、頑張って嘘を吐く箒。これは優しさからくる嘘なのだ。
箒がショタ一夏の質問に答えると、ショタ一夏は嬉しそうに「よかったぁ」と笑った。
その様子を見て頬を染めた箒が、しゃがんでショタ一夏を抱き締めた。
「え? お、お姉さん」
「ほ、箒!? アンタいきなりどうしちゃったのよ!」
「あ〜! 一夏ちゃんズッリィ! オレだって美人なお姉さんに抱き締められたい!」
「光也は黙ってなさい!」
ショタ光也の後方で目を煌めかせた3人を牽制するように、自分の身体で光也を隠す鈴。そんな鈴の前に、ショタ一夏を両手で大事そうに抱き抱えた箒が。
「
「は?」
「愛情深く接し、キチンとした大人に育ててみせる。応援してくれ」
「え? ちょ、お姉さん。俺
「ほらいくぞ、一夏。お姉さんと購買で買い物をしよう。お菓子は一つだけだぞ? それから、何か苦手な食べ物は──聞くまでもなかったな。一夏の好みは私が一番よく分かっていることだし」
「お姉さん? おーい! 聞こえてる?」
慈愛に満ちた微笑み。
ショタ一夏と接して母性が刺激されたのか、ショタ一夏を抱き抱えたまま歩いていってしまう箒。もう他の人達のことは見えていないらしい。
唖然とする鈴とショタ光也。それからセシリアシャルロットラウラの3人。そんな彼女等の視線には一切気付くことなく、箒はショタ一夏を抱き抱えたまま、華麗にこの場から退場してみせたのだった。
*
翌日。
昼休み。
屋上。
「一夏ちゃんテメェ! 箒ちゃんに一晩お世話されたってマジかよ! しかも授業中も大事そうに膝の上で抱き抱えられやがってチクショウ! 羨まし過ぎるぞこの野郎!!」
「何訳分かんないこと言ってんだ光也! こっちこそお前のせいで俺達は大変な目に遭ってたんだからな!」
「訳分かんないのはそっちだろ! 薬かけられたと思ったら朝になってるしよォ! ──あ、でも千冬ちゃんと束姉と一緒に寝てたのは何でだ?」
「反省しろパンチ!」
「痛ってェ! この、さっさと告れキック!」
「デッカい声で言うな馬鹿!」
「馬鹿は一夏ちゃんじゃ馬鹿!」
互いの髪を掴み合い、ゼロ距離で睨み合う二人。時間が許すならいつまででもやり合ってそうなくらいの気迫である。
後日談。というか、今回のオチ。
あの後部屋に連れて行かれたショタ一夏は箒(母性マシマシバージョン)に大層大切に扱われ、美味しい手料理を振る舞われた。今となってはその時のショタ一夏の心境を知ることは出来なくなってしまったものの、一夏にとってはとても素晴らしい時間を過ごしていたのは間違い無いだろう。
箒は一夏がショタ化している間に策を弄するような気は無く──というかそんなこと考えてもいなかったので、ただただ母性の赴くままにお世話をしたようだ。ショタ一夏は小学五年生なので一緒にお風呂には入らないし歯も自分で磨かせた。しかし、夜はキチンと隣で寝かしつけたらしい。
それから、ショタ光也。
箒とショタ一夏がいなくなった辺りで正気(狂気?)に戻った3人から再び襲われそうになったところを、丁度通りかかった千冬に見つかって没収された。鈴は「そりゃないわよ」と悲痛な声を上げたようだが、鼻息荒くした千冬からしたら知ったこっちゃ無かったようだ。
その後寮監室で猫可愛がりされたショタ光也。途中からどこからともなく束も参戦したのはここだけの秘密。
朝目が覚めた光也は、両隣に美女がいてひっくり返ったらしい。
幸か不幸かショタ時の記憶が無いので、その直前の記憶を頼りに互いを罵り合う二人。心の中は同様に「コイツが原因に違いない」だ。
「ぐぬぬ……!」
「ぐぎぎ……!」
そんな二人を、扉の陰から見つめる
そんな、何でもない平日の出来事だった。
あとがき長々と書いてたんですけど、投稿時にバグでおかしくなってたんであとで書きます!また読んでね!バイバイ!!
2022/12/19 追記。
書けました。
↓
光也……薬の犠牲者その1。野郎二人に薬が使われてしまったことを心底嘆いているらしい。何としてもリベンジをしたいらしいが、束への負担を考え笑顔で諦めた。
一夏……薬の犠牲者その2。ショタ化した時間が光也よりも遅かったので、1限の途中までショタ化していた。戻る直前に千冬の手によって気絶させられたので、10秒くらいに濃縮される成長痛とやらを味わわずに済んだ。ショタ時にクラスの女子にメチャクチャ写真を撮られ、裏で法外な値段で取引されているらしい。
箒……この小説における貴重な常識人枠。しかし、母性には勝てなかったらしい。ショタ一夏を見て、一夏との子はこんな子かなとか想像してにやけが止まらなかったとか。
鈴……光也大好きっ子クラブの会員No.3。このお話における1番の功労者。鈴がいなかったら光也は、身体が元に戻った途端にそれはもう凄惨な修羅場エンドを迎えていたらしい。そろそろ自分と光也がイチャイチャデートする番外編が作られる頃なのではないかと予想しているらしい。
セシリア……光也大好きっ子クラブの会員No.5。No.1じゃないことが不満らしい。ショタコンではないものの、ショタ光也を見て絶対に写真に納めたいと思った。光也の小学生時代のことを知る為、長時間に及ぶショタ光也へのインタビューを予定していたらしい。
シャルロット……光也大好きっ子クラブの会員No.6。自分のNo.に不満は無く、どうせ自分と結ばれるのだから関係無いらしい。ショタコンではないものの、ショタ光也を見てどうにかしたくなったのは事実。そろそろ光也の両親に挨拶したいらしい。
ラウラ……光也大好きっ子クラブの会員No.4。上二人と一緒だと必ず名前の並びが最後なのが不満らしい。しかし、会員No.が二人より若いのをめちゃくちゃ自慢し、二人を一生煽っている。ショタコンではないものの、ショタ光也を見て千冬と一緒に甘やかしまくりたいという感情に襲われた。最近はもっぱら、寝ている光也に自分の匂いを嗅がせ、体内で循環させながら眠ってもらうことにハマってるらしい。
千冬……光也大好きっ子クラブの会員No.2。最後の最後に一番美味しいところを持っていったラッキーウーマン。ショタ光也と接し、昔を思い出して胸の奥が少し痛くなったらしい。今の光也にはないショタ光也の素直さに目を焼かれたものの、どこからか湧いて出た束と共にショタ光也と添い寝を決め込んだ。ショタ光也が思いの外寝相が良かったのが不満らしい。
束……光也大好きっ子クラブの会員No.1。光也のことはガチで誰にも渡す気はないものの、ちーちゃんと一緒ならば話は別らしい。光也のことは四六時中監視しているので、もしも〝大好きな四人〟以外の奴が薬の餌食になるような展開になっていたら、その場に乱入して光也に追加の薬を渡し、〝大好きな四人〟以外の奴に効き目強制解除薬なるものを雑にぶっかけてから帰るつもりだったらしい。
今回の薬以外にも色々発明しているらしい。
↑一度やってみたかったやつ。
ということで、番外編でした。えぇ、読者の皆さんの言いたいことは分かります。分かりますので、どうかその手に握った石を地面に置いていただきたいです。
どうしてロリを出さなかったのかって言いたいんでしょ〜!?!?!?
気持ちすっごい分かる〜〜〜〜〜〜〜!!!!!
大塚的にも、光也は確定として後編でもう一人誰か女の子ロリ化させてぇな〜とか考えてましたよ。
でもいざ書き進めていくと、
前編でもう一人分の薬が床に溢れてるから、どうせならその液体に足を滑らせて転んでロリ化とかテクニカルなことするか〜!→じゃあすっ転んで姿が一番面白そうな箒ちゃんにロリ化してもらうか〜!→でも箒ちゃんの隣にいて箒ちゃんのピンチを救わない一夏ってあり得る!?→しまった一夏が身を挺してショタ化しちまった!
って感じになってしまったんです。ウケますね。
そんな訳で、光也と一夏には喧嘩両成敗的な感じで仲良くショタ化してもらいました。笑って許してね♡
ではまた。
どのキャラが好き?
-
一夏ちゃん
-
箒ちゃん
-
セシリアちゃん
-
鈴ちゃん
-
シャルちゃん
-
ラウラちゃん
-
千冬ちゃん
-
束ちゃん
-
蘭ちゃん
-
弾ちゃん
-
光也