蒼空の魔女と懦弱な少年   作:sin-sin

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筆者のsinーsinです。更新速度が不定期で誠に申し訳ありません。今後は短めのストーリーなども交えて出来るだけ更新を継続していきたいと思いますのでどうかよろしくお願い致します。


5話 所有せざる人々

リベリオン合衆国 マサチューセッツ州 アーカム

 

1797年にここアーカムに設立されたミスカトニック大学は考古学部、人類学部、歴史学部に加え、副専攻科目として医学部も存在し大学院まで備えている正に総合大学として長年多くの卒業生を輩出していた。その中でもミスカトニック大学付属図書館には世界でも珍しい書籍などが多数存在し、中にはかつて存在していたとされる宗教関連の魔道書なども存在しているという噂まであった。

 

そんな大学の敷地に足を踏み入れたマーカスとマロニーの2人は一息つく暇も無く、大学の総合案内所に足を進ませた。マロニーのアパートからここまで鉄道でまる1日間。鉄道で移動している最中、マーカスはずっとこの男の言うことを信じていいのだろうという葛藤に襲われていた。あの後マロニーが語った事。あまりに非現実的で突拍子もない内容に一時はやはり編集部に帰ってしまおうかと考えたほどだ。

 

しかし、目の前にいる男性の真剣な表情。そしてもし・・・もしこの話が現実の物だとするなら世界中にセンセーショナルを巻き起こす事間違い無しな話の内容には、言葉に出来ない妙な整合性が存在している様に思えた。どうせこの話が与太話だったとしても妙ちきりんな男と取材旅行に出かけたと思えばいい。いつしかマーカスは最初にマロニーに言われた『命の危機』という言葉を頭の中から消し去ってしまい、今回の一件を気軽な取材と思い始めていた。ひげ面の編集長には取材対象と共に更に綿密な取材を進めると言ったところ大喜びで取材許可をくれた。編集部お墨付きのサボりという事だ。かくしてマーカスとマロニーはその日のうちにシカゴから東海岸へ向かう鉄道に乗り込み、はるばるこの町までやってきた。

 

「失礼、ここの考古学部で准教授をやっているピート・マクモンドという人物にお会いしたいのですが・・・」

 

総合案内所では眼鏡を掛けた老婦人が椅子に座りながら新聞を読んでいた。そこにマーカスが声を掛ける。昨日の段階でまずはこの情報源となった人物に話を聞いてみる事にするという事は2人の中で決まっていた。いずれにしてもそこからで無いと話は進まない。

 

「ピート先生にご用が?」

 

「ええ、私は彼の友人で。近くに来たのでちょっと挨拶をと・・・」

 

すると老婦人は一瞬困った様な顔になる。次に話し始めたのは意外な言葉だった。

 

「実はピート先生、先日から行方不明になっているんですの」

 

マーカスの動きが止まった。後ろから思い切り冷水をうなじ当たりにぶっかけられた気分だ。

 

「行方不明?」

 

マーカスの横にいたマロニーが老婦人に問う。

 

「ええ・・・なんでも最近全く連絡が取れないので先生の家に学生さんが行ってみたら家の中がめちゃくちゃになってたとか・・・ついさっきもFBIの方が来てらっしゃって・・・」

 

FBI。その言葉を聞いたとたんマロニーの顔色が一変した。

 

「そうですか、すみません。お時間を取らせました」

 

そう言うと挨拶もそこそこにマロニーはマーカスを引っ張るようにして総合案内所、そしてミスカトニック大学の敷地から離れた。

 

「いきなりどうしたんだよ?」

 

大学から500mほど離れた所でようやく落ち着きを取り戻したらしいマロニーに向かってマーカスが詰問する。

 

「FBIは駄目だ。もう既に奴らの手中に入っている。彼らが来ているという事は連中も私達の事に感づいているかもしれない」

 

マーカスの脳裏に昨日マロニーが言っていた言葉が反芻する。

 

『命の危機』

 

その後にこの情報を持ってきてくれた友人の大学助教授が行方不明になった。

 

「冗談だろ・・・」

 

与太話だと思っていた。この事件も偶然の一言で片付けられる事かもしれないーーー出来すぎている。彼が失踪したタイミング。まるで誰かがこの目の前にいる男性の話は本当だと証明しているかのように。もしそうだとすると未だに実態が見えないピートを拉致した人間達の言いたいことはただ一つ

 

『この件から手を引け』

 

だ。これはマロニーにも、そしてマーカスに対しても共通の警告だろう。しかし・・・

 

「まさか。あり得ない。あんたの話が本当だったとしてもあまりに対応が早すぎる。その・・・何だ?何か変な団体がピートを拉致したとして一体いつの間に俺とあんたが接触したなんて情報を?偶然だよ。だいたい、あんたの話を聞いてたらたちの悪いSF小説みたいだ」

 

「タチの悪いSFか・・・そうだ、奴らはその通りなんだよ。そんな絵空事を本気で考えている・・・」

 

そこまで言うとマロニーは言った。

 

「やはり君は帰りなさい。元の生活に戻るんだ。今なら奴らもまだ見逃してくれる。事件を大事にしたくないはずだからな。付き合わせてすまなかった」

 

マロニーはそう言うとゆっくりとマーカスの前から離れていった。マロニーの背中が遠ざかっていく。マーカスはその場で呆然と立ち尽くしていた。今まで自分がどんな戦場でも生き残って取材を続けられていたのは危ない事には極力首を突っ込もうとしなかったからだ。ジャーナリストの使命はどんな状況でも生きて情報を持って帰る事。どんなに新鮮で貴重な序湯法でも持って帰る者がいなければそれはただの無価値な『モノ』と化す。

 

マーカスはどんな状況下でも自分が生きて帰る事を優先して行動してきた。それが正しいジャーナリストの姿だと思ってきたから・・・今回もそうだ。奇妙な男から奇妙な情報を入手して助湯方言の元まで来てみたらその情報源自体が謎の失踪を遂げていた。危ない匂いしかしない。マーカスは火薬庫の中でたばこを吹かしながら歩けるほど肝の座った男では無いと自覚していた。だから今回もこのまま編集部に帰って編集長に何の手応えもありませんでしたと報告して叱責を受けるだけ・・・そうだそれで何もかも元に・・・なるのか?友人一人失った挙げ句何もわからず仕舞いで?今目の前をこちらに背を向けて歩いている男の言うことが正しいのかわからない。もしかしたら危険がつきまとうかもしれない。だが自分は何も情報をつかめてやしない。これでいいのか?これで本当にーーー

 

「マロニーさん」

 

気づいた時には声が出ていた。

 

「こっちも友人一人いなくなってるんだ。このままああそうですかと引き下がれると思うか?」

 

振り返ったマロニーがじっとマーカスを見つめる。

 

「・・・これからどうすればいい?」

 

マーカスの顔には笑顔が浮かんでいた。その口元が引きつっていた事は彼以外が知るよしもなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「これ、本当に提出するんですか?」

 

連合軍第105技術研究団の部隊に割り当てられたパ・ド・カレー欧州連合軍本部兵舎の一室。その部屋に立つ伊吹の手には分厚い書類の束。一番上の書類には

 

『Real nature ignorance object experiment observation

 

first interview report』

 

(正体不明物体実験観察所見報告書)

 

の文字が書かれていた。

 

「ああ、そうだ。何分こんな部隊でも軍隊組織が軍隊組織でな。上に出す書類ちゃんとしなければならないんだ」

 

とマレー中佐。なるほど。確かにこれだけの分厚さの書類を提出されれば軍上層部の人間はひとまずは安心するだろう。これだけの報告書を提出するからには何か収穫があったに違いないと。科学知識に疎い彼らがこの報告書を読んで以前まで研究が進んでいた程度の事を小難しく書き直しただけだと気づくまでにざっと2週間ぐらいはかかるだろうか。

 

連合軍第105技術研究団。通称ワイルドファィアが本格的にチームと始動し始めてから約1週間。この間マレー中佐をリーダーとする研究者達は既に研究が進んでいるネウロイに関する生態やブリタニア軍から提供されたデータなどを用いてネウロイのあらゆる情報を収集する事に努めていた。データが足りていなかった訳ではない。むしろ多すぎたのだ。ワイルドファイアの元に寄せられた情報は正に玉石混淆。有用な情報もあれば眉唾ものの情報もあり、それらを解析していくだけでも大変な量だった。本来その様な情報の仕分けなどはワイルドファイアに至るまでに軍当局の研究機関などが行うべき類いの作業だったが彼らにもその様な余裕がなかったのが理由の1つ。そしてもう1つの理由がワイルドファイアに所属する研究者のほとんどが自分で情報を見極めないと気が済まないとマレーに申し出たからだ。

 

「研究者の性ってやつかな。自分で使えるモノかそうじゃないかを区別しないとどうにも安心できない」

 

バルトランド人の物理学者、ニールス・ボーマンは隣で資料の仕分けを手伝っていた伊吹に向かって笑いながらそう話しかけてきた。本業が外科医で研究者の立場ではないペトラチェンコも彼らのやり方に文句を付けず黙々と作業を手伝っていた。そうしてようやく全ての資料に目を通し終えたのがつい昨日の事だった。更にそこから軍の上層部に提出する『所見報告書』とやらを提出する為にもうひと作業。結局出来上がったのは今までの研究結果と大して変わらない『インチキ文書』だった。実際ワイルドファイアの面々はこの1週間資料の整理に追われていたのだから研究どころではなかった。文句を吐いてこの部隊から離脱する人間がいなかったのが不思議なくらいだった。

 

「何はともあれこれでようやく研究を進める事が出来る。今後はこういった作業はご勘弁いただきたい物ですな」

 

マレー中佐の横に立っていた生物学者、ダンチェッカーが口を開く。窓から差し込んでくる太陽の光が彼の眼鏡のフレームに当たって反射する。彼に取ってこの作業は決して愉快な物ではなかったらしい。

 

「全くですな」

 

生物物理学者、ウィルキンスも同意の意を示した。

 

「皆、よくやってくれた。私はこれからこのインチキ・・・失礼。所見報告書を上に提出してくる。戻るまでしばらくゆっくりしていてくれ。お偉方の会議に巻き込まれるとは思うがおそらく夕方には戻れると思う。それでは解散してくれ」

 

マレー中佐の言葉を聞き終えると同時に部屋の中にいた研究者は思い思いに動いた。自室に戻り自分の研究のレポートを纏めようとする者。同じく自室に帰り休息を取ろうとする者。

 

「伊吹はどうするんだい?」

 

伊吹に声を掛けたのはボーマンだった。理由がわからないが伊吹がこの基地に来てから何かと基地内の情報を教えてくれたり色々と親身になってくれた人間だった。お世辞にも社交的とは言えない伊吹もそんなボーマンの事を最初はいぶかしげに思いながら今はきさくとまではいかないまでも普通に話せる様にはなっていた。

 

「ちょっと外に。しばらく部屋にこもりっきりだったからちょっと外の空気を吸ってくるよ」

 

 

そう言うと伊吹は兵舎のすぐ横にあるエプロンに向かって歩き出した。ボーマンは肩をすくめながら黙って伊吹の後ろ姿を見送っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

思えばここに来てから1週間も経つのにこの基地の建物の位置関係などは全くと言っていいほど把握していなかった。まあ軍の部隊とはいえど所詮は一研究集団に過ぎない自分たちがここの基地について詳しくなったところでどうと言う話でもないのだが・・・そんな事を考えながら伊吹は兵舎と滑走路を挟むようにして鎮座しているエプロンを歩いていた。本来ならば輸送機や偵察機、連絡機などのエンジン音が響いているであろうこの場所はしかし今日はやけに静かだった。周りを見渡してみても機体などの類いの陰は見当たらない。最近はこの辺りにネウロイが出たという情報も少ないし殺気立って貴重な予算を無駄にしたくないという事なのだろうか。

 

「エプロンは関係者以外立ち入り禁止な筈だが?」

 

いきなり後ろから声を掛けられた。勝手にここに入るのはまずかっただろうか。振り向いて詫びの言葉を入れようとした伊吹が目にしたのは整備員などの姿では無くその場に仁王立ちする女性の姿だった。端正に揃えられた前髪と意思が強そうな目。もう夏場だというのに律儀に扶桑海軍の制服をキチッと着こなしている。

 

「・・・以前どこかで会いましたか?」

 

詫びの言葉より先に伊吹の口から出てきた言葉がそれだった。だから自分は人付き合いが苦手なんだと内心毒づきながらも目の前の女性はそれに気を悪くした様子もなくこちらの様子を伺っている。ふとその女性が口を開いた。

 

「・・・なるほど。北郷先生から前途有望な子を送ったとは聞いたが確かにその通りみたいだな」

 

「は・・・?」

 

女性の口から出た『北郷先生』という言葉。この女性はもしかして自分をここに寄越したと言っても過言ではないあの北郷大佐の事を言っているのか?

 

「もしかして北郷大佐の事ですか?」

 

「大佐・・・そうだ。自己紹介が遅れたな。私は扶桑皇国駐欧武官、扶桑海軍所属の坂本美緒だ」

 

思い出した。坂本美緒。かつて501JFWにて戦闘隊長を務め、華々しい戦果を上げた扶桑海軍きってのエースウィッチ。ウィッチなどの情報には疎い伊吹でも毎度の如く新聞やラジオから流れてくるその名前に聞き覚えが無い訳がなかった。そういえば新聞記事に目の前の女性の写真が掲載されていたのを見たことがある。さっきの既視感はそのせいだったのか・・・

 

「そういえばまだ君の名前を聞いていないが?」

 

「え?」

 

唐突に坂本が切り出した。そういえばまだ自分は名前すら名乗っていない。目の前の坂本少佐の如く有名人でもない自分を目の前の女性が知っている訳がない。そう思った伊吹は素直に自己紹介をする事にした。

 

「自分は・・・扶桑の登戸研究所からここに派遣されてきた柊伊吹です。一応軍の研究所にいたから軍属扱いにはなるのかな。けど軍人じゃないですね」

 

「なるほど。君は研究者か」

 

そう言うと坂本はいきなり笑い出した。

 

「どうしたんです?」

 

「いや、すまない。実は君の事は名前も立場も既に知っていたんだ。さっき北郷せん・・・大佐から君の事を聞いたと言ったろう?」

 

そういえばさっき初めて話しかけられた時そんな事を言っていた。自分が間抜けになったような気分が身体の奥深くから脳内に流れてくる。

 

「じゃあ何でいちいち話かけたんです?」

 

「いや、すまない。一度君と話してみたかったんだ。ところで・・・」

 

坂本はそこで一旦話を切ると急に神妙な顔持ちになった。伊吹が怪訝な顔をする。

 

「研究の方は上手くいっているのかな?」

 

この類いの質問には現状では伊吹は困り果てるしか道がない。伊吹含めワイルドファイアチームやそれに属する人間達が握っている情報はセキュリティクリアランス的には最上位に位置するレベルの物である。そんな情報をうかつに外部の人間にぺらぺら喋ってしまう事など出来ない。下手すればMPに連れられてそのまま刑務所行きという事も考えられる。すみません、それは答えられないんです。伊吹がそう答えようとしたその時、

 

「大丈夫だ。さっきも言った通り私は北郷大佐から全て聞いている。今君が思っている情報なども全てだ。間違っても君が刑務所に送られる事はない」

 

伊吹の懸念をくみ取ったかのような坂本の発言。その言葉を聞いた伊吹は1つため息をつくと観念したように口を開き始めた。

 

「・・・正直な話を言うと何もわかりません。ブリタニア軍から寄せられたウォーロックのデータはネウロイの表面上の細胞を採取してそこから人工的に『ネウロイのコアの様な物』を作り上げたに過ぎない。だからあれは厳密に言うとネウロイじゃない。『ネウロイの形をした兵器』だ。しかも不確定要素が多すぎる。事実あれはコントロール不能になって暴走した。この1週間色んな資料に目を通したけど有用な物はほとんど見つからなかったんです。生物学的見地からネウロイを見る為のデータが圧倒的に不足してるんだ。最近面白い論文が出た。リベリオンのハーシーとチェイスって人が書いた論文。簡単に言うと生物を構成するタンパク質のアミノ酸配列が遺伝物質であるって事を書いてた。バクテリオファージを用いて実験したらしいがまあそれはどうでもいい。とにかくそのアミノ酸配列・・・DNAって言うんだけど・・・そのDNAもゲノムってやつを解析したら色々とわかるんだ。人間のゲノムは多分ヒトゲノム。このゲノムってのは『1つの生物を構成するのに必要なDNAの塩基配列全体』を指す言葉なんだ。もし奴ら・・・ネウロイにもネウロイゲノムなんて言える物質があるのならそれを解析する事が出来れば奴らの設計図が手に入ったも同然。そもそも塩基配列自体本当は塩基じゃなくてヌクレオチドの連なりだから今の説明は若干難ありなんだけど・・・」

 

一気に喋りつくした伊吹はふと気づくと坂本がこちらの方をじっと凝視しているのに気が付いた。しまった。言い過ぎた。研究者には共通の癖がある。それは『自分の世界に入ると周りが全く見えなくなる』というある意味悪癖とも言える性質だった。その性質は伊吹にも漏れる事なく備わっていた。後悔しつつも坂本の方を伺う。『意味がわからない』と言われるか『もっとわかりやすく言え』と言われるかーーーだが次の瞬間坂本の口から出てきた言葉はそんな伊吹の予想のどれにも当てはまらない言葉だった。

 

「凄いな」

 

「え?」

 

「実を言うと君の事をすこし疑っていた。本当に研究者なのかと。だが今の発言を聞いて確信したよ。すまなかった」

 

そう言うと坂本は腰を曲げ綺麗に伊吹に向かって頭を下げた。

 

「・・・大丈夫ですよ。慣れてますから」

 

『本当にあの年で研究など出来るのか?』

 

『あんな若造を引き抜くとは北郷大佐も頭が狂ったか』

 

ここに来る前に色んな人から様々な声を受けた。中には純粋に欧州での研究を応援してくれる物もいたが圧倒的に多かったのは自分より若い人材が欧州というネウロイ研究の最前線に引き抜かれた事に対する嫉妬混じりの中傷だった。そんな声を背中に受けながらこの値にたどり着いた彼に取ってたとえ軽く見られていようが素直に頭を下げる事の出来る目の前の女性は信頼出来る人物に写った。何か超えを掛けようとしたその時、

 

「美緒!こんな所にいたの」

 

「ミーナか」

 

頭を上げた坂本がこちらに走りよってくる501JFW司令官、ミーナ中佐に呟きかける。

 

「心配したのよ。急に部屋からいなくなっちゃうんだもの」

 

「すまない。彼と少し話をしたかった物でね」

 

「あなたは・・・確かワイルドファイアの人ね」

 

ミーナと坂本の視線が伊吹に集まる。

 

「はい、ワイルドファイア所属の柊伊吹です」

 

「伊吹さん、ここは関係者以外立ち入り禁止区域です。許可が出ない限りこの辺りには近づかない様に」

 

「はい、すみません」

 

ミーナの注意に素直に謝る伊吹。ここでもめ事を起こす道理は何処にも無い。そもそも勝手にここに入った自分が悪いのだ。そんな伊吹の様子を見て

 

「よろしい」

 

と注意していた時の顔とは一変優しげな表情になるミーナ。

 

「彼を引き留めてしまった私にも責任はある。それよりミーナ、聞いてくれ。彼はなかなか凄い研究者でな。いつの日か宮藤博士をも追い抜くかもしれん」

 

2人のやりとりを横で見ていた坂本も会話に参加してきた。夏の日のパ・ド・カレー、ここにはまだ戦時下といえどもこんな会話を楽しむだけの余裕が確かに存在する。その余裕はいつか壊れるのだろうか。ミーナと坂本に挟まれながら伊吹は1人その様な事を心の中で反芻していた。ずっと、ずっと・・・

 

 

 

続く

 

 

 


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