蒼空の魔女と懦弱な少年   作:sin-sin

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4話 THE THING

部屋の中を沈黙が支配していた。部屋の窓からは目の前に設置された3000m級の滑走路が見える。欧州に展開している連合軍にとってパ・ド・カレーに次いで大きな基地であるこの場所を象徴する様な建造物だった。部屋の中にはリベリオン陸軍の制服を着た男性が事務机の前で腕を組みながら座っていた。制服のには少将の階級が掲げられている。その男性の前には同じくリベリオン陸軍の簡易制服を着た女性が立っている。

ふと男性が部屋を覆っていた沈黙を破った。

 

「では、ジーナ中佐、今回の扶桑軍機襲撃の件に関しては君に一切の責任があったと?」

 

男性の前に立っていたジーナが口を開く。

 

「はい。今回の件に関しては全てを把握仕切れていなかった現場指揮官のこの私に責任があります。現場で扶桑軍機の救援に向かった私の部下達はその場で適切な判断を下したと私は信じています」

 

先日に起きたガリア上空を飛行中だった扶桑軍機がネウロイに襲われた事件。その場において救援に駆けつけたディジョン基地所属のウィッチとディジョン基地司令との間で意思疎通が一部不鮮明な部分があったと両者の通信をキャッチしていた他の部隊から連合軍最高司令部に報告が上がっていた。この件に関してパ・ド・カレーに所在を置く連合軍総司令部はベルギカ王国はカストーに所在を置く連合軍作戦司令部に506ディジョン基地司令ジーナ・プレディ中佐を呼び、彼女自身に直接説明させる様にとの指示を与えた。軍の作戦などに関する人員や指揮系統はパ・ド・カレーに所在していたが、人員の管理や後方補給などに関しては、リスクヘッジの名の下にカストーに置かれていたのだ。そうしてジーナ・プレディ中佐はカストーは作戦司令部、人員整理及び後方補給、兵站に関しての権限を持つこの少将の前に駆り出されたという訳だ。

 

そんな事情も感じさせずに淡々と話すジーナの言葉を聞いて男性はゆっくりと息をついた。

 

「ジーナ中佐、君はこれからディジョン基地の司令を降りてワシントンに向かうのだったな?」

 

「はい」

 

「なら、ここで変な事を起こすのはやめたまえ。君の将来にも関わってくる事だからな」

 

「はい」

 

表情を崩さずに返事を返すジーナに根気負けしたかそれともただ単に呆れたのか連合軍の人員を預かる身分にいる目の前の少将は手を上げながらジーナに言った。

 

「もういい。今回の件に関してはこちらで片付けておく。下がりたまえ」

 

「失礼します」

 

そう言うと脱いでいた簡略帽を被り直し、ジーナは少将の事務室を後にした。用事は終わった。後はディジョンに帰るだけだ。そんな事を考えていると横から自分を呼ぶ声がした。

 

「隊長!」

 

「大尉か」

 

このカストー基地まで随伴として一緒にやってきていたリベリオン海兵隊大尉、マリアン・E・カールだった。自分が少将の部屋で詰問されている間、ずっと部屋の外で待ち続けていたらしい。ここに着いた時に随行員用に部屋が設けられていた筈だが・・・

義理堅い彼女らしい事だ。とジーナは内心感謝した。

 

「すまない、大尉、待たせたな」

 

「いえ・・・そんな事よりどうでしたか?」

 

「何も。おまえ達には何も心配しなくていいんだ」

 

「心配しますよ!!」

 

マリアンが予想外に大きな声を上げた。自分でも驚いたのかハッと周りを見渡す。

 

「大尉・・・」

 

「何であの機体が来ることを言ってくれなかったんですか?何かあたし・・・私達に言えない事でもあるんですか?それもわからないまま隊長1人が責任を取るなんてそんなの・・・」

 

そう言うとマリアンは上げていた顔を俯き気味に落とした。自分に知らされない場所で何かが起こっているのをどこかで薄々感じていたのだろう。それが予想以上に彼女達の中でストレスになっていたらしい。

 

「・・・大丈夫だ。責任とは言っても私や506の名誉に傷が付くわけでもあるまい。ここの少将が上手くやってくれる」

 

「それにしたって皆心配したんですよ。ジェニファーもカーラも・・・A部隊の奴らだって・・・」

 

参ったな・・・マリアンがここまで責任を感じているという事は他の隊員全ても同じような感じだろう。信頼している者に何か隠し事をされているかもしれない。その様な疑心暗鬼と自分たちの責任をジーナ1人が引き受けているという罪悪感。実際彼女達自身に何の責任もないのだがそこは命を預け合う仲間としての感情がそれを許さないのだろう。結局、最後は懇願する口調となったマリアンをどうにかこうにかあやしながら帰りの輸送機に乗るまで、ジーナはカストー基地のスタッフの目線を気にしながら基地内を移動する事となってしまった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「大尉」

 

帰りの輸送機内でふと思い出したかの様にジーナがマリアンに話しかける。

 

「はい?」

 

赤く充血した目をジーナに向けながら、マリアンがそれに反応する。

 

「大尉は今後先、いつまで自分がウィッチとして活動出来ると思う?」

 

「それは・・・」

 

ウィッチは基本的に魔力の減衰が始まる20代に差し掛かると、引退する事が暗黙の了解となっている。もちろん、20代に差し掛かってもテストパイロットなどでストライカーユニットを履き続ける者もいるが、それは例外と言うべきだろう。20代に差し掛かったマリアンにとってもそれは切実な悩みだった。

 

「もしマリアンがこの先ウィッチを限界になるまで続けたいというなら私は君の意見を尊重する。しかしこの先、ウィッチをやめて尚も軍人で居続ける気ならば・・・私に付いてきてくれないか?」

 

マリアンの表情が変わった。困惑と動揺の色が顔全体に行き渡る。

 

「それは・・・ワシントンにという事ですか?」

 

「そうだ。そこでなら全てを話す事が出来る。返事は今しなくてもいい。基地に帰ったら私の部屋に来てくれないか?」

 

ジーナがそこまで言うと、両者の間に沈黙が流れた。耳に入って来るのは自分たちを乗せた輸送機のエンジン音のみ。そうして2人を乗せた機体はベルギカからゆっくりとガリアはディジョンへと向かっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

リベリオン合衆国 バージニア州 アーリントン

 

ヨーロッパ大陸からは海を隔てて存在するワシントンの空はすっかり日が暮れて、太陽の光の代わりに様々な場所に点在する建物の光が空を輝かせていた。そんな中、ここアーリントンにはひときわ目立つ巨大な白い建造物が存在していた。ワシントンの中心を流れるポトマック川沿いにどんとその巨体を構える五角形の構造物は今まで別々に分かれていたリベリオン合衆国軍の指揮系統を1つに纏め、統合組織として成立させるために作られた現代の神殿とも言うべき物だった。リベリオン合衆国国家軍政省ーーー

 

元々1945年にトルーマン大統領が発表した特別教書に端を発し、作られたこの機関は今までの陸軍省、海軍省を統括し、新たに発足するリベリオン空軍をも下部組織と置く為に作られた機関だ。巨大な軍組織を円滑に統合運用する為の機関、その為

に新たに新設された部門も数知れない。その中の最たる例がJCS(リベリオン統合参謀本部)だろう。元々1942年時から陸軍参謀総長、海軍作戦部長に陸軍航空司令官を加えて存在していた組織だが、今年に成立した国家安全保障法によりついに法的な裏付けが取れた為にここアーリントンの国家軍政省本部にその部門を新たに常設設置する事となった。その統合参謀本部は主に8つの組織、J-1と呼ばれる部署からJー8と呼ばれる部署に分かれている。栗色の長い髪を椅子の背もたれの外に放り出し、じっと部屋の中を渡している彼女はその中の情報収集・諜報を担当するJー2に配属されていた。『リベリオン合衆国国家軍政省統合参謀本部J-2航空作戦評価部門・内部査察部Lー4』いつ聞いても長ったらしい部署の名前だと彼女は内心辟易していた。本来なら兵戦略や政策部門に関する事柄は戦略計画・政策部門のJー5、並びに統合戦略開発部門のJー7の仕事の筈なのだがわざわざ諜報部門のJ-2にこの様な部署を配置したのは対ネウロイ戦争終結後を見据えた配置と巷では囁かれていた。

 

ーーー20歳近くになり、ウィッチを引退し、故郷へ戻って再び自分の事のやりたい事をしようかと考えていた時にどこからか掛かったJCS内部部局への誘い。仲間や戦友がまだネウロイとの戦闘で命を削っている中、自分だけが安全な地域に帰る事への抵抗があったのかもしれない。あるいはどこかから唐突にやってきたリクルーターが言った『ここの部署では実戦配備前の様々なエンジンやストライカーを見る事が出来る』という言葉も惹かれたのかもしれない。とにかく自分に踏ん切りを付けてワシントンのデスクワークに就いたものの、何かが違う。確かに実戦配備前の様々なエンジンやストライカーユニットを見る事は出来たし、合同会議の場で自分の経験則の応じた意見を発表し、その意見が実際に取り上げられた事もあった。しかしーーーやはり何かが違う。自分のやりたい事は果たしてこれなのか。ブリタニアやロマーニャの空で仲間達と共に空を駆け巡っていたあの頃とは確実に自分の中で何かが変わってしまった。ふとため息をついて部屋の中を見渡す。綺麗に装飾された部屋の内装に自分がここに来て着始めた陸軍航空隊(もうすぐ空軍になるが)の制服。以前着ていた簡易制服とは違う常用の、正式な制服の首元には金色に輝く『US』のピンバッジ、胸元には軍のウィッチとして配属された時に授与されたウィングマークと軍のウィッチとして対ネウロイ戦争に2年以上従軍した事をしめす徽章が輝いていた。

 

「・・・すっかりデスクワーカーになっちゃったなぁ」

 

ぼそっと呟いた声は重いの他広い部屋に反響して自分が思った以上の音量になって自分の耳に飛び込んでくる。その瞬間、ふいに部屋の扉がノックされた。

 

「あ、はい。開いてるよ」

 

「失礼します」

 

部屋に入ってきたのはこの部署の副官として配属されている男性係員だった。

 

「大尉宛にこの文書が」

 

副官は女性に茶色い封筒を差し出した。封筒には

 

 

『TOP SECRET UMBRA

 

 

TO・UNITED STATES LIBERION 

 

NATIONAL MILITARY ESTABLISHMENT   

 

JOINT CHIEFS OF STAFF J-2 

 

AVIATION OPERATION EVALUATION SECTION 

 

GENERAL MANAGER-SAVING

 

 

 

 

FROM・UNITED STATES ARMY AIR CORPS

 

THE 509 BOMBING GROUP THE INFORMATION BUREAU

 

 

FM・USL42/RF』

 

 

と書かれていた。

 

「なんだこれ?」

 

そう言いつつ封筒を開けようとすると・・・

 

「あーごめん。一応秘密扱いらしいんだ。すまないけど出てってくれないか?」

 

目の前にいた男性係員に向かって言葉を放つ。封筒には『重要機密事項』の文字が書かれていた。ここでセキュリティクリアランスを持たない彼に封筒の中身を見せるのは彼にとっても自分にとっても望ましい事とは言えないだろう。

 

「失礼します」

 

そう言って腰を折ると男性は部屋から退出した。いっそここの部屋に入る人はセキュリティクリアランスを取得した人間に限らせるといいのに・・・心の中で愚痴をこぼす彼女はしかし現在、軍の改変作業で何処も人材が不足している現実を知っていた。現場の兵員もデスクワーカーもそしてウィッチも・・・そう考えたところで視線を手に持っている茶封筒に戻す。

 

「また紙だ」

 

茶封筒の中から出てきたのはまたしても紙だった。分厚い。自分が昔使っていたP-51Dストライカーの整備マニュアルよりも分厚いのではないだろうか。

 

「ニューメキシコ州に出現した正体不明物体についての中間報告書・・・?」

 

ニューメキシコの不明物体?聞いたことがない。何故こんな物が統合参謀本部の、しかも諜報や情報収集が主な任務ののJ-2に送られてきたのか。何枚かページを捲ってみる。更に1ページ。もう1ページ、・・・彼女は気づいていなかった。報告書のページを捲る自分の手がどんどん早くなっている事に。そしてあれだけ分厚いと思われていた報告書をものの30分ほどで読み終えた時、彼女は再び先ほどの係員を呼び出す事となった。

 

「お呼びでしょうか?」

 

「うん。この報告書を書いたジェシー・マーシャルって人をここに呼んでくれないか?陸軍航空隊の第509爆撃航空群情報局所属の少佐だ。出来るだけ早くに」

 

「アイアイマム」

 

了承の返事をした彼は先ほどと同じく部屋から退出した。残されたのは彼女一人。

 

「まさかこんな事があるなんてなぁ・・・」

 

そう呟くと部屋から見えるワシントンの夜景に向かって一人呟いた。

 

「ルッキー二のやつ、今頃何してるかな・・・」

 

リベリオン合衆国国家軍政省統合参謀本部Jー2航空作戦評価部門・内部査察部L-4室長代理陸軍大尉 シャーロット・E・イェーガーは旧友の顔を胸に一人日々の日常を過ごす人々の痕跡を窓から眺めていた。そこに『戦時中』の3文字を感じ取る事は出来なかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

リベリオンには三大都市という物が存在する。1つはニューヨーク、1つはロサンゼルス、そしてもう一つは五大湖のほとりに存在する大都市、イリノイ州はシカゴだ。昼はビジネスで賑わい夜は奥様方のミュージカル鑑賞やショッピングで賑わうメトロポリタン。だがそんな大都市にも当然陰は存在する。今マーカスが歩いている裏路地などはまさにその典型的な例だ。じめじめして、生気や活気が感じられない人々に忘れられた場所。表通りの喧噪などがまるで聞こえない様な場所に、マーカスが目指すビルは存在していた。

 

「ビルってかアパートじゃねえか・・・」

 

そうマーカスが呟いたのも無理はない。確かに名前こそは一人前にビルとは名乗っているものの、どう考えてもその建造物は4階ほどの高さしか無くビルというよりかは、ただ単なる雑居アパートと言った方が言い得て妙な風貌だった。

 

「ここで大丈夫なのかね・・・」

 

ガセ情報を掴まされたか・・・?マーカスの脳裏にその様な思考が蔓延る。元々ここの編集部に移ってきてから積極的な取材をしなくなったマーカスがこんな場所に来たのは他でもない、自分自身が書いた記事が原因だった。今から1週間ほど前にマーカスが編集者を務める雑誌『PSI』の編集部に1枚の手紙が届いた。

 

 

『私は軍が南極で何をしているのかを知っている。至急連絡を寄越されたし』

 

 

差出人不明の手紙は人員不足の折、編集者にも関わらず自ら記事を書かねばならなかったマーカスが手がけた記事

 

 

『南極に眠る謎。軍の極秘任務とは!?』

 

 

の事を言っているらしい。当初マーカスはこの手紙を見た時、完璧に無視しようとした。この編集部に頭がイカれた変人から手紙が届く事などしょっちゅうだったし、今更こんな手紙に貴重な労力を割く事は無い。そう考えたのだ。しかしこの手紙をあのひげ面の編集長に見られた事がまずかった。このある意味・・・編集長の言葉を借りるなら『短いながらも魅力的』な文面は編集長の心を捕らえて放さなかったらしい。今までもこのひげ面編集長のわがままに付き合わされた事のあるマーカスは抵抗しながらも結局は半ば強制的に手紙に書かれていた住所を元にしてこの、まるでスラム街の様な場所に放り込まれる事となった。

 

「来てしまった物はしょうがないよなぁ・・・」

 

そうぼやきながらもここまで来てしまったのだからと自分に檄を飛ばす様にビル・・・もとい雑居アパートの中に足を踏み入れた。手紙に書かれていた階は確か4階だった筈だ。4階の405号室・・・階段を上がりながら階を去年得ていたマーカスはやがて目的地である4階の405号室のドアの前に立っていた。一呼吸置いて精神を落ち着ける。大丈夫だ。何かあればすぐ逃げればいい。この中にいる人間・・・おそらく狂人だろうがそいつがちょっとでも妙な真似をすれば即座にこの場所から逃げてやる。そう心の中で繰り返しながらマーカスは意を決してドアの横にあるチャイムを鳴らした。機械的な音が周囲に響く。

 

「留守か?」

 

誰も出てこない。留守なら留守で都合がいい。編集長には適当に誤魔化す事にして自分はとっとと・・・

 

「君がPSIのライターかね?」

 

マーカスの思考は突如として投げかけられた声に妨げられた。

 

「えっ・・・あっはい。PSI誌のマーカス・カーターです」

 

カーターの前には身長の高い男性が立っていた。全体的に四角い顔に白髪、鼻の下には四角く剃ったひげが生えていた。この男性が・・?

 

「あ、あの、以前うちの雑誌に南極の件を知っているという手紙を送ってこられたのはミスター・・・ええと、すみません。お名前を・・・」

 

「そんな事は後だ。それより君、ここに来るまで誰かに付けられたりしなかったか?」

 

「は・・・」

 

マーカスがきょとんとした顔になる。やっぱりこいつ、どこかおかしいんじゃないか?

 

「いえ、たぶんそんな事は無いと思いますが・・」

 

「なら早く中に入れ。話がある」

 

男性はそう言うとマーカスを無理矢理部屋の中に押し入れ、ドアに鍵を閉めた。

 

「そこがリビングだ。まあくつろいでくれ」

 

男性はそう言うとコーヒーを入れてくるとどこかに向かった。リビングに一人取り残されたマーカスは壁という壁に貼られている様々な紙に圧倒されていた。軍事、政治、オカルト、そして今や絶滅危惧種となった宗教まで。ありとあらゆるジャンルに関する事が書かれた紙が壁一面に貼られていた。

 

「ブラックはいける口かね」

 

振り向くと先ほどの男性がコーヒーを2つ持ってそこに立っていた。

 

「どうも」

 

というとマーカスは片方のカップを取って一口飲んでみた。味も普通のコーヒーだ。特に薬が入っているようではない。

 

「さて・・・何から話した物か」

 

男性はリビングにあるソファに座るとマーカスにも近くにある椅子に座るように促した。

 

「南極の件というのはいったいどういう事なんですか?」

 

ここでだらだらしていても仕方が無い。マーカスは単刀直入に聞くことにした。

 

「南極かね・・・なんてことは無い。奴らが計画を一段階進めたにすぎんよ。奴らは南極その物に興味がある訳ではない。南極に存在する『オブジェクト』が欲しいのだ」

 

「オブジェクト・・・?」

 

「そうだ、オブジェクトだ。これを見ろ」

 

そう言うと男性は壁からある1枚の紙を剥がした。それをマーカスの目の前にあるテーブルに叩きつけるように置く。

 

「これは?写真ですか?」

 

「そうだ。南極のあるポイントを上空から撮った写真だ。その丸印で囲んでいる場所に何かが写っているのが見えるか?」

 

男性にそう言われ、じっと写真をのぞき込む。確かに丸印で囲んでいる場所には何かが写っている。周囲の雪に同化しているがこれは・・・

 

「滑走路?」

 

「そうだ、滑走路だ。しかし世界のどの軍もそんな場所に滑走路を作ったなんて話は聞かない。そもそもこの事実を知っている軍の関係者がこの世界に何人いると思う?奴らはいつもそうだ。自分たちの都合のいい様に世界をねじ曲げる!奴らに取って末端の兵士は使い捨てに過ぎん!いや、この私ですらだ!」

 

男性の話はどんどんヒートアップしていく。ついに今まで座っていたソファから立ち上がって部屋の中を徘徊し始めた。

 

「そもそもウォーロックの制御は完璧だった!それを奴らは・・・あろう事がコントロールデータを書き換えた!奴らの技術を勝手に使用した私への制裁という訳だ。あの件で私は軍を追われこんな羽目に・・・」

 

そこまで言うと男性は電池が切れたかのようにソファの上に座り込んだ。マーカスはこの男性にどう接すればいいのかわからずただひたすら男性が落ち着くのを待つしか無かった。

 

「・・・あ、あのミスター?落ち着かれたなら何よりだ。私はこれでおいとまします。くれぐれも事故なんかにはお気を付けて・・・」

 

マーカスはそそくさと部屋を出ようとした。やはりこの男性は奇人変人の類いだ。長居してはいけない。マーカスの中の非常ベルがけたたましく鳴り響いているのを感じた。

 

「待ちたまえ」

 

さっきまでとはうって変わって落ち着いた、威厳のある声に変わった男性の言葉に部屋を出ようとしたまさにその瞬間だったマーカスの足が止まる。

 

「君は私を奇人変人だと思っているだろう・・・無理もない。私自身が未だに信じられない思いなのだから」

 

「・・・」

 

「私が軍にいた頃はこんな与太話を信じろと言われても一笑に付していただろう。君の気持ちもよくわかる」

 

「・・・あんた軍人だったのか?」

 

男性はソファから再び立ち上がると壁に貼ってあった紙を1枚剥がしマーカスに手渡した。マーカスが紙だと思ったそれは紙では無く写真だった。どこかの基地の前で男性が軍服を着てこちらの方をじっと見ている写真。写真の中に写っている男性は紛れも

無く今、目の前にいる男性だとわかった。着ている軍服からしてこの男性はブリタニアに所属していたのだろうか。しかも一兵卒などではない、かなり地位の高い階級・・・

 

「ブリタニア空軍で大将をやっとった。今となってはこの様だがね・・・」

 

そう言うと男性は自嘲気味に笑いマーカスに向かって言った。

 

「すまなかった。わざわざこんなところに呼んでしまって、もう帰りなさい。君まで危険を冒す事はない」

 

危険。そうだ危険だ。この男性の言うことは何もかもめちゃくちゃで整合性も何もない。普段のマーカスならこのままとっとと編集部に戻って暖かいコーヒーとドーナツを口に含みながらまたどうしようもない子供の作り話の様な記事を機械的に書いていくだけ・・・それでいいのか?

 

「・・・待った。もう少し話を聞かせてくれ。与太話かどうかはこちらが判断する」

 

マーカスの目の前にいる男性は心底驚いた様だった。鳩が豆鉄砲どころかアハト・アハトで撃たれてもこんな顔はしないだろう。

 

「私の話を信じるのか?」

 

「まだ信じるとは言っていない。だがただの狂人がブリタニア軍の幹部にまで上り詰める事など出来ないだろ?話してくれ。狂ってるかどうかはこっちが判断する」

 

最初の丁寧な言葉使いをやめたマーカスの目には再び光が宿っていた。かつて欧州各地の戦場で取材をしていた時の目だ。

 

「君の身が危険にさらされるかもしれない。今ならまだ奴らは君の存在を知らないがこの話を聞けば確実にマークされる」

 

「しつこいぞ。危険なら何度も経験済みだ。いいから話してくれ」

 

マーカスの真剣な表情に一瞬言葉を無くした男性は次の瞬間には意を決した様に口を開いた」

 

「よかろう・・・全て話そ・・・」

 

「あ、ちょっと待った」

 

男性の言葉をマーカスが遮る。

 

「何だ?」

 

「あんたの名前、教えてくれないか?取材対象の名前を知る事はジャーナリストとしての第一歩だ。俺はそう教わった」

 

「・・・名前か。暫く人から名前を呼ばれる事など無かったよ」

 

そこで男性は一呼吸置いた。

 

「マロニーだ。トレヴァー・マロニー。元ブリタニア空軍大将だ」

 

「マーカス・カーターだ。よろしく大将」

 

元大手新聞社の落ちこぼれジャーナリストと元ブリタニア空軍大将が初めてお互いの名前を交わした瞬間だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あいつらどうする?」

 

マロニーのアパートから200mほど離れた別のアパートの屋上に2人の少女が佇んでいた。

 

「現状待機」

 

最初に問いを出した少女の横で双眼鏡を覗いていた少女が声を出す。

 

最初に声を上げた少女はブラウン色の髪を長く伸ばし、服も年相応の物を着ていた。彼女を見た大人の多くは大きな目と眉はその少女自身が持つ活発さを身体全身から感じる事になるだろう。双眼鏡を覗いていた少女の容貌はそれとは打って変わり、肩の上まで切った黒髪と都会の人混みの中では見つける事が困難なほど地味な服装で、自分の存在を世の中から隠そうとしている

様だった。

 

「けどもしあいつらが委員会までたどり着いたらどうすんの?」

 

ブラウン色の髪の少女が再び問いかける。

 

「その時は・・・また別の手段を考えるさ」

 

そう言うと黒髪の女子はにこりと笑うと手に持っていた双眼鏡をおもちゃの様に弄び始めた。何故だろう。今日は腰のベルトに引っかけてあるホルスターに入れている、コレットM1903自動拳銃がやけに重く感じる。少女はそのまま双眼鏡を弄り続けた。

 

「大丈夫。何かあればすぐに連絡が入る筈さ」

 

「大丈夫かな~」

 

「大丈夫さ」

 

そう、大丈夫だ。少なくとも今は直接手を下す時ではない。黒髪の少女はそう言おうとして口を開いたがやめた。今はこれ以上何も言う必要は無い2人の少女はそれっきり黙ったままじっと下界に広がる景色を眺めていた。大都会と言う光の裏にある陰。ありとあらゆる物が絡まり、混ざり、溶けるカオス。黒髪の少女はそれが自分たちの運命であるかの様な錯覚を覚えていた。少女が首から掛けているペンダントが光る。そのペンダントはコインだった。都市の光を受けてその表面が反射したのだ。そのコインには『GETTO』の文字が刻まれていた。

 

 

 

 

続く

 


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