蒼空の魔女と懦弱な少年   作:sin-sin

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1話 長く大いなる沈黙

自分はいったい何者なのだろうーーー

 

時々そう思うことがある。自分には当然名前がある。戸籍も住所もある。幽霊などではない、れっきとしたこの世の住人だ。

しかしーーーふとした瞬間にこの世界の「重み」が感じられなくなる。自分がこの世の者では無いような、まるで今まで盤石な物だと信じていた地面が豆腐の様に柔らかく、頼りない物に変化するように。信じられないのは自分自身だろうか。それともーーー

 

1947年 6月 14日

 

ガリア共和国 マルセイユより北 リヨンまで30km地点上空

 

 

重いエンジン音で目を覚ます。ここはーーー

 

「お目覚めになりましたか先生?」

 

後ろから唐突に声をかけられる。振り向くと扶桑海軍の制服に身を包んだ男性がいた。人が好さそうな温厚そのものな笑みを顔に浮かべている。

 

「あ、ええ・・・まあ」

 

返事をしたのは少年ーーーとは言っても18歳の彼は社会的には大人の仲間入りを果たす頃なのだが。銀髪に黒い瞳、中性的な趣きを感じさせる彼は普通の人が見ると、とても扶桑人とは思えない容貌だ。実際、扶桑の町中を歩いていても道行く人々に外国人に間違われる始末だった。まだ呆けている様なそんな少年の返事に満足したのか扶桑海軍の兵長はその笑みを崩さないまま言葉を続けた。

 

「そうですか、それは結構。何せ扶桑からガリアまでの長い道のりを殆どこの機体の中で過ごされてましたからね。何かあったらいつでも申しつけてください。・・・と言っても、もう少しで目的地に到着する様ですがね」

 

そうだ、思い出した。ここは扶桑海軍の零式輸送機の機内だ。扶桑飛行機と長島飛行機がダグリンDC-3輸送機をライセンス生産した機体だ。宮菱「金星」五三型エンジンが規則正しいエンジン音を奏でながら緑色の機体は青空の下をゆっくりと飛行している。太陽の光が機体側面に設けられた窓からキャビン内に降り注いでいた。ーーーまた変な感覚に囚われていたのか・・・自分でも辟易する。この妙な感覚は、ここ数年自分の中でも飛びっきりの悩みの種だ。精神鑑定を受けても異常なし、かといって心当たりが・・・無いわけではない。しかし、だからと言ってどうすることも出来はしない。いっそこのまま頭の中を開けて見てみようか。思わず自嘲的な笑みがこぼれる。

 

その時だった。輸送機の機内に置かれている無線機からノイズ混じりの音声が聞こえてきた。

 

『・・・・・・応答願う。こちら第506JFWディジョン基地。こちらの管制区域下を飛行中の機体へ。応答願う』

 

国際緊急周波数によるスクランブル通信。ただ事では無い。

 

「何だ?」

 

輸送機の機長が無線に向かって応答する。

 

「こちら扶桑海軍横須賀海軍航空隊所属武田大尉だ。そちらの所属と官名を名乗ってくれ」

 

『こちら506JFWディジョン基地。貴機に小型のネウロイが接近中。至急回避行動を取れ。繰り返す。至急回避行動を取れ』

 

相手も慌てているのだろうか、官名は名乗らずに所属のみを名乗ってきた。しかしその通信内容は一刻を争う物には違いなかった。

 

「クソ!ここまで来てか!すいません、少々揺れますぜ!」

 

少年がネウロイという単語を反芻する前に、輸送機のコクピットから武田機長の半ば叫んでいるかの様な声が聞こえてきた。キャビン内にいる人々は思わず身を固くする。その瞬間、輸送機は大きく右にバンクしこの空域から一刻も早く立ち去ろうとした。

 

しかしーーー

 

「クソ!もうすぐそこにいるじゃねえか!」

 

今度こそ叫び声に変わった武田機長の声を聞き、少年は手近の窓にその身を張り付かせた。

 

「あれがネウロイ・・・」

 

奇妙な光景だった。どこまでも続く青空の下、その一角だけが黒く染まっているかの様な、ネウロイという単語の意味を知らなければまるで空の色と地上の色、そして空に浮かぶ漆黒の物体のコントラストが鮮やかな、一種の芸術作品の様な光景だった。ネウロイという言葉の意味は知っていても実物を始めて目の当たりにする少年は思わずそんな感想を胸の中に抱いていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ネウロイーーー

はるか太古の世界からそれは存在していた。怪異と言われたそれは幾多の年月を経て、人類の前からは消え去ったかの様に思われた。だが1936年以来、再び人類の前に姿を現したそれは圧倒的な戦力で欧州を中心に次々と人が住む街を、空を、焦土の渦に巻き込んでいったのだ。このまま人類は滅ぶのかーーー絶望が世界を覆い始めたその時、人々の前に『魔女』が現れる。機械の働きにより、その人間が持つ魔法力を増大させる事で飛行能力やシールドを発生させる事が出来るようになる現代の魔法の箒

 

「ストライカーユニット」

 

そしてそのストライカーユニットを装着し、ネウロイとの戦いの最前線へと立つ少女達。人類の希望となった彼女たちを人々は尊敬と畏怖の念を込めてこう呼ぶ様になった。

 

「ウィッチ」と。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「このままじゃ逃げ切れない・・・!」

 

コクピットから聞こえる悲痛な声。その声を聞き少年は意識をこちらに戻した。ネウロイとの距離は目視で約2000m程。ネウロイのビーム兵器の射程がどれほどかはまだあまり分かっていないがそう短い事はあるまい。

 

「この機体に武装は!?」

 

先ほど少年に話しかけてきた扶桑海軍の兵長、少年の随行員がコクピットに向かって叫ぶ。

 

「長距離飛行だからこの機体には積んでいない・・・積んでてもあんな野郎には太刀打ちできねえさ・・・」

 

八方ふさがり、絶体絶命とはこういう事を言うのだろうか。少年の心は妙に落ち着いていた。出来れば生きて欧州の地を踏みたかったが・・・

 

その瞬間だった。接近していた筈のネウロイが動きを止めたかと思うと、ネウロイの遥か上空から凄まじい火線が舞い降りてきた。

 

「何だ!?」

 

絶望から驚愕に変わる武田機長の声。しかし少年の意識はそちらには最早向いていない。ネウロイの真上から急降下してくる戦闘機・・・戦闘機?いや、あれは違う。あれは・・・

 

『・・・こちら506JFW、B部隊所属のマリアン・E・カールだ。当該空域飛行中の機体へ!聞こえるか!?』

 

「ウィッチだ!!助けが来たぞ!!」

 

無線機から流れてくる声を聞いた瞬間、少年の随行員が歓喜の叫びを上げた。先ほど零式輸送機に対して警告電を送ってきた声は女性ではなく男性だった。おそらくあの時点でディジョン基地B部隊のウィッチ達は上空へと上がっていたのだろう。それでも間一髪な事には変わりなかったが・・・上空から降り注ぐ火線の勢いはますます勢いを増していく。どこからネウロイを攻撃しているのだろうか。少年は輸送機の外を見ようとするが機内の外壁や天井に邪魔されて思うように外の様子が伺えない。救援に来たウィッチは一人だけなのか?機内を移動して出来るだけ戦闘の状況が見えやすい場所を探す。ふと自分が立っている場所の横にある窓を見ると、さっきまで漆黒の色に染まっていたネウロイの体にかすかな異変が生じていた。

 

「コア・・・?」

 

ネウロイの弱点かつ動力源と見られているコアなる物体だった。今までネウロイのいたるところに向けられていた火線がその途端にコアに向かって集中しだす。

 

そしてーーー

 

『ネウロイ撃墜確認!』

 

無線機から流れてくる朗報。

 

「よっしゃ!」

 

輸送機の中が歓喜の声で包まれる。この機体には少年と随行員、機長と副操縦士の4人しかいないのだが、狭い機内に反響して思いの他大きい声に聞こえてしまう。

 

『扶桑軍機へ。聴こえるか?そちらの機体に異常は?」

 

無線機から再び流れるマリアンと名乗るウィッチからの声。奇麗な声だ。さぞかし容姿も美しいのだろうと邪知な想像をしてしまう。

 

「こちらは無事だ。助かったよ。礼を言う。元々あんた達の基地に降りる予定だったんでね。ちょうどいい。エスコートしてくれないか?」

 

機長が無線に応じる。

 

『うちの基地に・・・?待て、そんな話は聞いてないぞ。オーセンティフィケーションを行う。待機してくれ』

 

オーセンティフィケーション、基地内の防空指揮所に待機している要撃管制官に対し、固有識別の為の暗号を確認する事だ。これを行う事によって相手が間違いなくディジョン基地である事が証明できる。また、その基地から返ってきた命令は本物だという事も確認できる。

 

『そんな事、隊長言ってたっけ?』

 

無線機からマリアンではない別の女性の声が入ってきた。

 

『いえ・・・私の記憶には・・・』

 

と、また別の声。506という部隊には一体何人のウィッチが配属されているのだろうか?少年は無線機から流れる声を聞きながらそんな事を思っていた。

 

『こちらマリアン。貴機に対しての確認が取れた。基地まで案内する。着いてきてくれ』

 

その通信が流れるや否や、輸送機の前方200m程に長い金髪をたなびかせながら、リべリオン合衆国海兵隊の制服を着たウィッチが飛び込んできた。

 

「ほう・・・ノースリべリオンのストライカーユニットか、あやかりたいねえ」

 

ウィッチの姿を見た機長が先ほどまでの緊張はどこへやらといった風な様子で軽口を叩き始める。それを聞きながら少年は先ほどまで自分が座っていた座席へと座りなおした。ふと手を見ると細かに震えていた。これは機体のエンジンがもたらす振動のせいなのか、それとも自分の本能的な恐怖から来る震えなのかどちらなのかは分からなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

地面に足を下ろしたのはどれぐらい振りだろうか。ディジョン基地に着陸した零式輸送機から降り立った少年が思ったのはまずその事だった。扶桑から地球を半周してはるばるガリアまで。長い道のりだった。

 

「君が扶桑から来た学者か?」

 

背後からいきなりかけられた声に反射的に振り返る。

先ほどのマリアンという女性の制服とは違う茶色のリべリオン陸軍の制服にジャケット、頭に略式帽を被り、そこから髪を垂らした女性が立っていた。

 

「はい・・・扶桑の登戸研究所から来ました柊伊吹です」

 

「イブキ・ヒイラギか。聞いていた通りだ。欧州に到着早々ネウロイに襲撃されるとは災難だったな」

 

自分の事を知っている人。ということは・・・

 

「貴女がUS ADC(リベリオン航空宇宙防衛軍団)のジーナ・プレディ中佐?」

 

リベリオン航空宇宙防衛軍団。主にリベリオン合衆国の本土防衛を主にする部隊である。去年に発足したばかりの組織だが、既に対ネウロイ戦闘の技術習得の為に様々な人員や佐官がこの部隊に配属される様になっていた。とは言え専ら研究畑の伊吹に取っては目の前の女性がそのジーナ・プレディなる人物なのかどうなのかがわからなかった。

 

「506JFW B部隊の隊長でもある。・・・というかもっぱらそっちが本職だ」

 

良かった。返事を聞く限りどうやらジーナ中佐その人らしい。伊吹がそのまま言葉を続けようとすると伊吹の顔をジッと訝しげな表情で見つめるジーナに気づいた。

 

「・・・何ですか?」

 

「いや、何でもない。ワイルドファイアに配属されるのが君みたいな少年だとは思ってなかっただけだ」

 

「ワイルドファイア?」

 

伊吹が怪訝そうな声を出す。何だそれは?

 

「何も聞かされてないのか?」

 

「何せここに行けと言われた三日後には木更津から飛ばされたもんで。北郷さんの差し金です。506の基地でジーナ・プレディってリベリオン人に会えとだけ・・・」

 

後半は自分をここに飛ばさせた張本人の扶桑皇国海軍大佐、北郷章香に充てた愚痴の様なものだった。いくらいくら急ぎだからとは言え、この情報だけで外国に行けと言うのは少し無茶が過ぎる。

 

元々飛び級で入った皇国大学を卒業し、神奈川は登戸の陸軍研究所で生物学の研究をしていた伊吹に接触し、「欧州でのネウロイ研究」なる交渉材料を携えてあまり乗り気では無かった伊吹をはるばるガリアの地に立たせたあの手腕はさすが軍神と言ったところか。余りに長い時間説得を受けてとうとう伊吹が根負けして折れたあの時、北郷大佐に言われた

 

『力は持つべき者に宿る。君のその頭脳にも必ず何かの意味がある筈だ』

 

という言葉が妙に心に残ったのだ。

 

力は持つべき者にーーー果たして自分にそんな意味があるのだろうか。人より少し成績が良かっただけで周りから囃したてられ、いつの間にか軍の研究所へ。

 

自分が選んだ道なのか?そんなことより平凡な人生でいいから自分に生きている実感をくれ。何か大切なものを遠いどこかに置き忘れてきた様なこの虚無感を満たしてくれる

何かを・・・

 

「・・・とりあえずゆっくり話そう。着いてきてくれ」

 

そう言うとジーナは基地内にある兵舎の方に向かって歩き始めた。危もそれに倣う。やがてジーナと危の身体は兵舎内にある隊長専用室に収まる事となった。お世辞にも豪華とは言えない、質実剛健な、いかにも軍隊組織らしい部屋にあるソファを勧められ、おずおずと座る。意外にも柔らかい。質がいい物を採用しているのだろうか。

 

「軍曹の趣味だ」

 

伊吹の詮索を感じ取ったかの様に唐突にジーナが切り出した。

 

「軍曹?」

 

「クハネック軍曹。私の副官だ。中々いい趣味をしているだろう?私はもっと地味なソファでいいと言ったのだが」

 

そう言うとジーナは伊吹の座っているソファと向かい合う形で設置されているデスクに腰を下ろした。隊長専用のデスクだろうか。デスクの上にはラジオや大量の書類が

置かれていた。クロスワードパズルか・・・?

 

「さて・・・何から話せばいいかな」

 

「ワイルドファイアって何ですか?」

 

ジーナの発言に間髪入れずに伊吹が尋ねる。思えば「ネウロイに関する研究」という事以外、「機密保持の為」と言う理由で何も聞かされていなかった。唐突に出てきた見知らぬ言葉を疑問に思うのは無理もない事だろう。

 

「・・・まずそれから話そうか。元来、ネウロイというのは超自然的な物と思われていた。しかし近年、ネウロイを科学でコントロールするという研究が進められているのは

知っているな?」

 

「ウォーロックですか」

 

墜落した一部のネウロイから細胞片を入手し、そこから得られたデータから対ネウロイ用の兵器を作ろうとした軍の勢力が一部存在していた事は伊吹も風の噂で耳にしていた。そしてそれが失敗に終わった事も。軍はこの事に対して緘口令を敷き、事態を収拾しようと試みたらしいが、いかんせん人の口に戸は立てられない。どこからか漏れた情報がその『実験兵器』の名称とされる名前と共に、世界中の研究者を中心に半ば都市伝説的な話として流布しているのが現状であった。

 

「・・・とにかく世界中でそのような研究が行われているのが現状だ。その中で我が国が中心となって世界中から研究者を集めてネウロイ研究を本格的に行う機関が設立されることになった」

 

「その名称が・・・?」

 

「そう。正確には連合軍第105技術研究団。通称ワイルドファイアチーム」

 

「ワイルドファイアチーム・・・」

 

これで全てがはっきりした。北郷大佐が言っていた言葉の意味も。何故自分がここに飛ばされたのかも。現在ネウロイの研究を行っている研究所は世界中に大量に存在する。危のいた扶桑の登戸研究所、カールスラントのアーネンエルベ、リべリオンの国立衛生研究所、フォート・デトリック、NACA(リベリオン航空諮問委員会)。しかしどの研究機関も研究所としての体面と国家機関としての体面が存在する。ガリアのパスツール研究所も額面は非営利の民間組織だが裏では政府や軍と密接に関係しており、それらの意向を簡単には無視出来ない。基本的に研究や科学と言う物にあまり造詣が深くない、上の政治家達にしてみればいつ成果が上がるかわからない研究に金を捨てるより、戦闘を行う最前線に一つでも多く戦車や武器を送った方がいいと考える者も多い。そうした『政治的判断』がネウロイ研究の妨げの一つの理由になっていた。しかし今回提示されたのはそのような足かせを捨て去り、研究者達に研究に専念してもらう為の機関を国際的に設立するという計画。それが事の真相だったのだ。だがここでふと一つ疑問が湧いた。

 

「あの・・・ジーナ中佐、少しいいですか?」

 

「何だ?」

 

いつの間にいれたのかわからないコーヒーを片手に危の方をジッと見つめる。

 

「さっきワイルドファイアは第105何とかって言ってましたよね。けどここは第506JFWの基地だ」

 

「そうだ。君たちの研究所はここじゃない。ここから北に向かったパ・ド・カレーにワイルドファイアの本拠地がある」

 

「・・・SHAEFのお膝元ですか」

 

SHAEFーーー連合国欧州遠征軍最高司令部は1944年のガリア解放以降、反撃に転じた人類連合軍の活動拠点として今まで存在していたブリタニア連邦はキャンプ・グリフィスからガリア共和国のパ・ド・カレーに位置を移していた。なるほど、比較的安全かつ前線にも近い位置、しかも軍司令部と密接に連携を行えるパ・ド・カレーならネウロイ研究の場所としては打ってつけだろう。そう思った伊吹の思いを次の瞬間に放ったジーナの言葉が打ち砕いた。

 

「ーーー最近またあの辺りにネウロイの巣が出現したらしい・・・君が行った時には最前線になっているかもな」

 

暫しの沈黙。

 

「・・・帰っていいですか」

 

「輸送機はもう飛んでいったぞ?君の随行員を乗せてな」

 

そう言いながら澄まし顔でコーヒーが入ったカップを口に近付けるジーナ、そんなジーナの言葉を聞き何も言えなくなってしまった伊吹。その場に気まずい空気が漂い、ネウロイがその身体から放射する瘴気の如く部屋を占領した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

1947年 6月 14日

 

リべリオン合衆国 ニューメキシコ州 ロズウェルより約110km地点

 

ウィリアム・「マック」・ブレイゼルはフォスター牧場の農家だ。人がいい性格と温厚そうな顔で好々爺として近所の人々に評判の彼を迎えたフォスター牧場は今日、

昨日までには無かった異様な雰囲気に包まれていた。

 

「じゃあ昨日までこんなのはこの牧場には無かったってのかい、マック爺さん」

 

牧場の異変を察知したウィリアムから朝の早い時間から通報を受け、駆け付けたウィルコックス保安官は半信半疑という表情でウィリアムの顔を覗き込んだ。

 

「嘘じゃねえ、昨日までこんなでっかい鉄のガラクタなんてものは無かった。神に誓ってもいい」

 

そう言いながらウィリアムは牧場の一角を指差した。ウィリアムの指が指示した先にはーーー

 

直径20mはあろうかと言う巨大な鉄の塊が存在していた。付近にはこの残骸の飛び散った破片の様な物が散乱し、まだ火種が燻っているものもある。鉄の塊自体はまるで巨大な三角定規だ。二等辺三角形の頂点の部分が地面にめり込んでまるで墓標の様な佇まいを見せている。三角形の後部と思われる部分には角度が付いた板のような物も取り付けられているのが確認できた。

 

「どっかの馬鹿が一夜で作った芸術作品・・・って訳でも無いよなあ」

 

ウィルコックス保安官が訝しむように声を上げる。

 

「朝に牧場の方から変な音がしたんだ。妙だなと思って見に来てみればこの有様だよ・・・」

 

この地で勤続20年を迎えるベテラン保安官でさえこの様な奇妙な事件に遭遇したのは初めてだった。牧場のど真ん中に幾何学的なオブジェが一夜の内に作られていた?ナンセンスだ。結局対応に困った彼はニューメキシコ州警察本部に連絡し応援を待つことにしたのだが・・・

 

「おい、保安官さんよ。ありゃ軍のトラックじゃないか?」

 

「何?」

 

州警察本部に連絡してから30分後、謎の物体の「墜落」現場で待機していた彼らの前に姿を現したのはパトカーでは無くM1ガーランド半自動小銃やM1トンプソン短機関銃を手に完全武装した兵員を満載したGMC社のCCKWトラックとウィリスジープの車列だった。ジープが保安官達の前に止まる。その中から軍服に身を包んだ人間が出てきた。まだ若い。しかも女性だ。腰にはM1911自動拳銃を収めたホルスターが装着されている。

 

「貴方が州警察本部に通報したウィルコックス保安官?」

 

「あ、ああ」

 

その答えに満足したかの様に頷くと女性は言葉を続けた。

 

「私はリべリオン陸軍、第509爆撃航空群情報局所属、ジェシー・マーシャル少佐です。今からこの牧場はリベリオン軍の管理下に入ります。貴方達には当分付き合ってもらう事になるけど、いいかしら?」

 

長い金髪をポニーテールに纏めたその少女はそう言うとウィリアム達の返事も聞かずに、そのまま副官らしき男性が持つSCR-300ウォーキートーキー(無線機)に何やら喋り始めた。その会話を聞きながら、ウィリアム老人とウィルコックス保安官は自分の住む世界が根底から崩れていきそうな何とも言えない恐怖感を味わっていた。彼らが見つけたこの「オブジェ」が世界を変える事になるとは、今の彼らには知るよしも無かった。

 

 

続く

 

 

 


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