紅く偉大な私が世界   作:へっくすん165e83

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吸血鬼異変、紅魔異変、そして……

「稗田家当主、稗田阿求です。以後お見知りおきを。」

 

 下手をするとこの里のトップかも知れない少女が私たちの前に立っていた。

 

「当主……。」

 

 パチュリー様がポカンとした顔をする。ほんと演技の上手な方だ。そしてすぐに訝しむ表情になった。

 

「このような少女が当主かと疑っておられるのでしょう。まあ、稗田家は少し特殊ですから。」

 

「いえ、そんなことは全然……そもそも当主という言葉をあまり聞かないので。」

 

 パチュリー様は当主の話を掘り下げることで、名乗ることを回避した。ここまで話を引き延ばせば、横にいる袴エプロンの少女が勝手に話を進めてくれるはずだ。

 

「あ、そうそう阿求。この人たち、どうも幻想郷のことがよくわからないみたいで。あんたほど幻想郷に詳しい人間もいないでしょ?」

 

 阿求は袴エプロンの少女に向き直る。

 

「そうは言うけどね、小鈴。私も暇ではないのよ?」

 

 どうやら、袴エプロンの少女の名は小鈴というらしかった。阿求は小さくため息をつくと、先ほどまで小鈴が座っていた椅子に座る。そしていかにもな笑顔を浮かべた。

 

「それで、幻想郷のことでしたよね。簡単にお話しますよ。」

 

 やっと本題に入れるらしい。それも、力を持ってそうな家の当主から話を聞けるとなれば、何か有益な話が聞けるかも知れない。

 

「まず大前提に、幻想郷という場所について。この土地は今から百年ほど前に、結界によって隔離された土地です。故にそこからは鎖国に近い状況に置かれ、文明は百年前から殆ど進化しておりません。」

 

「つまり異世界ということです?」

 

「いえ、言った通り、『結界により隔離された土地』です。」

 

 つまり日本のどこかと地続きであるということだろう。まあ、当たり前か。出なければ環境が維持できない。

 

『昨日の夜。星を見上げたわ。日本から見える六月の星空と一致した。異世界でないことは確かよ。』

 

「つまり私たちはその結界の中に迷い込んだということですね。」

 

「そうなりますね。珍しい話ではありますが、全くない話というわけでもありません。」

 

 それならもっと簡単に結界を越えられたのではないかと私は思うのだが、多分紅魔館ごと越してくるのが大変だったのだろう。

 

「よかった……時代劇の撮影じゃなかった。」

 

「安心するところそこなのね。」

 

 茶番を交えつつ、相手の油断を誘う。まあ、別に相手を貶めようという意図はない。パチュリー様は私の発言に少し飽きれたような顔をすると、質問を再開した。

 

「なんとなくここのことはわかりました。で、元の世界に帰る方法はあるんですか?」

 

「はい。結界の境界に建っている博麗神社にいる巫女に事情を説明すれば、無事外の世界に帰ることができます。」

 

 こちらへ来るのは大変だが、こちらから外に出る分には簡単ということか。

 

「博麗神社?」

 

「里を出て少し歩いた場所にある神社です。そこに住む巫女が結界の管理の一端を担っています。」

 

 結界の境界に建っていることと、鳥居が里とは逆の位置にあることは何か関係があるのだろうか。それにしても、やはり結界を管理している者がいるのか。

 

「そこまでは結構距離があるんですか?」

 

「少し遠いですが行けない距離ではないですよ。なんにしても、里の外に出るのでしたら着替えたほうが良いですね。里の外にいる妖怪は里の人間を食べることは有りませんが、外から入ってきた人間は遠慮なく襲います。」

 

「食べられるのは嫌だなぁ……。」

 

 あまり喋らないのも不自然なので、適当に相槌を打つ。パチュリー様はこちらをチラリと見ると、阿求のほうへ向き直った。

 

「では外に出る前に何処かで衣服を調達しないといけないですね。ここでは外の通貨は使えるんですか?」

 

「使えない、と思ったほうがよいでしょう。一部の妖怪が換金を行っていますが、都合よくその妖怪に会えるとも限りません。」

 

「そうですか。では質屋かなにかは?」

 

「不用品を買い取る店はいくつかありますが、そうするぐらいなら着物と物々交換したほうが早いですよ。」

 

 パチュリー様と阿求の会話を聞いていると、少し不安になってくる。パチュリー様は中々本題に入ろうとしない。もっと里の情勢や支配体系について聞くべきではないのだろうか。私のそんな考えを読んだのか、パチュリー様は小さく息をつくと、分かりやすく椅子にダラリともたれ掛かった。

 

「えっと、大丈夫?」

 

 私は恐る恐るパチュリー様に尋ねる。パチュリー様は一瞬だけ何時ものジトッとした目になり、すぐに何か安堵したような目になった。

 

「貴方ほどお気楽な性格じゃないもので。なんにしても、これで帰る算段は立てられるわね。ありがとうございます。稗田さん。」

 

『咲夜、「えー、もう帰るの?」と言いなさい。タイミングよくね。』

 

 私はパチュリー様が何をしたいのか察する。

 

「今日のうちに里を出られますか?」

 

「はい、服を調達したら博麗神社に向かおうかと思います。」

 

「え~……、もう帰るの?」

 

 私は精一杯未練タラタラな顔を作ってパチュリー様に言った。パチュリー様は面倒くさそうな目でこちらを見る。

 

「まさか、観光しようとか言わないわよね?」

 

「折角来たんだから色々見て回りたい。」

 

 パチュリー様は私の言葉に分かりやすくため息をつく。

 

「まあ確かにこんな経験人生に一度あるかないかだけど……。」

 

「基本的に里に宿屋は無いですよ? 外から人が来ることが無いので。」

 

「阿求、泊めてあげたら?」

 

 小鈴が阿求の返却した本を確認しながら呟いた。だが、それは私たちにとって都合が悪い。私たちは夜には紅魔館に戻ってないといけないのだ。

 

「それは申し訳ないわよ。……阿求さん、少しだけお時間よろしいですか?」

 

「そうですね……昼までに屋敷に戻ればいいので、それまでは大丈夫ですよ。」

 

「お、じゃあ色々話が聞けますね。」

 

 私はポケットからメモ帳とボールペンを取り出す。その手際の良さに、パチュリー様はまたため息をついた。

 

「申し訳ありません。この子大学で日本史を専攻してまして。」

 

「大学? 日本史?」

 

 小鈴は不思議そうな顔をする。

 

「外の世界の寺子屋のようなところらしいわよ。そういうことなら構いませんよ。」

 

 どうやら、無事幻想郷のことが聞けそうである。私はメモの一番上に『稗田阿求』と書き込むとパチュリー様に語り掛けた。

 

『まず何を聞きますか?』

 

『そうね、政治体制について。』

 

『畏まりました。』

 

「それじゃあまず、この里の政治体制について聞きたいですね。里の長はいるんですか?」

 

「この里に支配者はいません。故に税という概念も存在していないですね。」

 

 ということは、稗田家が里を支配しているわけではないということか。私はこのような感じで阿求に次々と質問を飛ばしていく。里の規模や独立性、農業、商業に関することなど。一時間ほど話し込んだだろうか。不意にパチュリー様が横から口を挟んだ。

 

「ほんと、貴方の呑気さには呆れるわ。」

 

「ん? そうですかね。」

 

 パチュリー様は軽くため息をつくと、阿求に尋ねた。

 

「この子はスル―しましたが、妖怪って何ですか? 俗にいう化け物のようなものですか?」

 

 その問いを聞いて私はハッとする。確かにスルーしていたが、外の世界から来たという設定なら避けて通れない話題だろう。

 

「言葉通りの妖怪です。」

 

「一つ目小僧とか……天狗とか?」

 

「はい。外の世界で忘れ去られた妖怪が、幻想郷に入ってくるんです。幻想郷は本来、妖怪にとっての楽園なんですよ。」

 

 そこからは、幻想郷の仕組みに関する話題になった。阿求の話では、この地は昔は隔離されておらず、普通の辺境の地だったらしい。元々妖怪が多く住み着いていた為、普通の人間はおらず、妖怪退治の為に住み着く人間が少しいた程度だったようだ。

 次第に人間の数が増えていき、幻想郷のバランスが崩れることを恐れた妖怪の賢者が、数のバランスを保つために幻想郷に特殊な結界を張り、違う土地から妖怪が流れてくるようにしたらしい。あとは先ほど聞いた通りだ。

 

「で、明治の初期にもう一つ結界が張られ、完全に外の世界と隔離されたと。」

 

 私は阿求の話を簡単にメモに取る。

 

「妖怪が存在するには人間という存在が不可欠です。故に幻想郷にいる妖怪は人間を襲わない。人間が絶滅してしまっては自分たちも滅ぶと分かっているからです。人間も妖怪が存在するために妖怪のことを恐れないといけない。ある意味では、幻想郷に住む人間は妖怪に対して恐怖することが税なのだと言えるかも知れません。」

 

「じゃあ里はある意味妖怪に支配されている、と言えるのですか?」

 

 私は天狗の集落と里の関係を探るためにそのような質問をする。私の問いに阿求は静かに首を振った。

 

「いえ、支配されているというのは少し違います。妖怪が里に深く干渉してくることは殆どありません。」

 

「妖怪などとの貿易とかは?」

 

「商売を行っている妖怪も居ますが、組織立って貿易を行うことは無いですよ。山の方は天狗の集落ですが、そもそもあの山は危険なので殆ど人間は近づきません。」

 

「危険?」

 

「はい、『妖怪の山』と呼ばれており、天狗の集落の他、河童が住んでいたり、そのほかにも山には多種多様な妖怪が住み着いています。」

 

 話を聞く限りでは、天狗の集落と関わり合いは殆どなさそうだった。私は天狗が里を支配しているものとばかり思っていた為、少し拍子抜けだった。

 

「おっと、そろそろ時間ですね。私はこれで。小鈴、また来るわ。」

 

 阿求は外をチラリと見ると椅子から立ち上がる。パチュリー様も腕時計をチラリと見た。

 

「貴重な話をありがとうございます。」

 

 パチュリー様も立ち上がり、阿求に頭を下げる。私もそれに倣った。阿求は私たちに軽く手を振ると、鈴奈庵を出ていった。

 

「……結局、稗田さんって何者だったのかな。」

 

 私はぽつりと呟く。それを聞いていたのか、小鈴が答えた。

 

「阿求は幻想郷の歴史を纏めて本を作る仕事をしているわ。だから製本を行っている私の家とは仲がいいんですよ。お二人はこれからどうするんです?」

 

「取りあえず、博麗神社を目指すわ。色々ありがとうね。」

 

 パチュリー様は小鈴に小さく手を振ると、暖簾をくぐって外に出ていく。私も簡単に小鈴に挨拶し、パチュリー様の後を追った。

 

『パチュリー様、この後はどうしますか?』

 

『時間を止めなさい。咲夜。』

 

 私は言われた通りに時間を止める。そしてパチュリー様の時間だけを動かした。パチュリー様は時間が止まっていることを確認すると、変装を解く。私もそれに合わせて変装を解いた。

 

「稗田阿求が書いたという幻想郷の歴史書に興味があるわ。稗田家の屋敷に忍び込むわよ。」

 

「畏まりました。」

 

 先ほどのまででも結構有益な話が聞けたが、パチュリー様はもう少し情報が欲しいようだ。……蔵書を増やしたいだけかも知れないが。私は意気揚々と稗田家の方向へ飛び立ったパチュリー様の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 1997年、六月十四日、夜。

 パチェと咲夜が持って帰ってきた書物、『幻想郷縁起』は非常に興味深い書物だった。稗田阿礼が転生を繰り返しその時代ごとに書き記したものらしく、幻想郷の歴史を知るには最適な書物だ。唯一残念なのが、今の代のものはまだないということだろうか。情報は百年ほど前のものだ。残念なことに、幻想郷が結界に閉ざされてからのことは書かれていない。

 

「まあその辺はパチェが九代目に話を聞いたらしいし。改めて話を聞くと面白い土地ね。」

 

 パチェの報告と幻想郷縁起の情報を頭の中で纏め、整理していく。幻想郷縁起には何度か『妖怪の賢者』という単語が出てくる。その賢者がこの幻想郷を作ったらしい。要するにこの幻想郷は妖怪が妖怪の為に作った楽園ということだ。

 

「何とも素敵なところじゃない。これならフランも……。」

 

「あら、お褒めいただきありがとうございます。」

 

 不意に後ろから声が聞こえて、私は椅子に座ったまま振り返る。ここは私の部屋だ。私の部屋ということもあり、この部屋は特別結界が頑丈に掛けてある。掛けてあるはずなのだが、何故か私の後ろには侵入者がいた。侵入者は空間の割れ目に腰かけ、不敵な笑みを浮かべている。和服なのか洋服なのか分からない服装はまだしも、その姿は正体不明にもほどがあった。少なくとも言えることは、確実に私よりも歳が上なことと、私よりも妖力があることぐらいか。正面から殴り合って勝てるだろうか。絶対に勝てる保証はない。というか、ここでやりあったら紅魔館が消し飛ぶだろう。

 

「幻想郷に法律がないことは知ってたけど、マナーもないとは思わなかったわ。」

 

 私は分かりやすく肩を竦めると、円卓の対面の椅子を指さす。名も知らない大妖怪はきょとんとした表情を作ると空間の割れ目から降り指示した椅子に座った。

 

「あら、申し訳ございません。何せ勝手に入ってきたものですから。外の世界ではそれが普通なのかと。」

 

「なら玄関でも作っておきなさい。いい業者を紹介するわよ。咲夜。」

 

 私が短く咲夜の名前を呼ぶと、咲夜が私の横に現れる。平然とした表情をしているが、多分止まった時間の中で散々悩んだのだろう。

 

「お客様にお茶をお出ししなさい。」

 

「すでに。」

 

 咲夜の言う通り、いつの間にか円卓にはティーセットが用意されており、私と大妖怪の前には紅茶の入ったティーカップが置かれている。

 

「ありがと。」

 

 私が短くお礼を言うと、咲夜は一礼した後に何処かへ消えた。きっと大図書館だろう。突然の侵入者ということで、大図書館では作戦会議が開かれているはずだ。

 

「優秀な従者をお持ちで。」

 

 大妖怪は躊躇することなくティーカップを手に取ると、何の躊躇いもなく一口飲む。毒を警戒していないのではない。毒など気にしないということだろう。私も余裕たっぷりに紅茶を一口飲んだ。

 

「そっちこそ。多分咲夜は気が付いていないわね。」

 

 私は先ほどから感じていた違和感を口に出した。確証はないが、こいつの隣に何かがいる気がする。というのも、先ほどこいつがティーカップを手に取ったとき、こいつの服が不自然に揺れたのだ。

 

「藍。」

 

 大妖怪が名前を呼ぶと、大妖怪の右隣にこれまた妖力の塊のような妖怪が現れた。ああ、これは知っている。九尾の狐だ。昔中国で猛威を振るった大妖怪である。ハッキリ言って、妖怪としての格だけなら私より上だ。それを従えているこいつは、一体何者なんだ?

 

「椅子をもう一つ用意した方がいいかしら?」

 

「いえ、必要ないわ。」

 

 藍と呼ばれた九尾の狐は一歩後ろに下がると後ろで手を組んでその場で動かなくなる。ああ、こいつは咲夜に似てるな。多分生真面目で主に絶対服従するタイプだろう。

 

「それで、今日は何の用で紅魔館に? 私も暇じゃないから出来ればアポを取って欲しいんだけど。」

 

「幻想郷に新顔が入ってきたので、挨拶に来ただけですわ。そちらこそ、何の用で幻想郷に?」

 

 その物言いで、大体予想がついた。幻想郷縁起に書かれていた妖怪の賢者とはこいつのことだろう。確か名前は……。

 

「侵略しに、といったら? 八雲紫。」

 

 侵略という言葉に横に立っている藍の眉がピクリと動く。それと対照的に紫は分かりやすく笑みを浮かべた。

 

「それはそれは、大変なことですわ。今幻想郷の妖怪たちは力を失いつつあります。あっという間に征服されてしまうでしょうね。それは困りましたわ。そうなったら私が直々に『叩き潰す』しかなくなるじゃない。」

 

「困るという割には楽しそうね。まるで私が幻想郷を一度征服すると都合がいいみたいに。」

 

 まるで言葉遊びだ。だが、こいつの話には何らかの意図が見える。こいつは私と戦争がしたいわけではないのだろう。だからこそ、先ほどの言葉だ。

 

「結局のところ、貴方は私に何かを頼みたいのじゃなくて? きっとその『妖怪の弱体化』に関することなのでしょうけど。」

 

 違うかしら? と私は紫に問いかけた。紫は扇子を取り出すと口元を隠してクスリと笑う。

 

「ええ、妖怪の弱体化が関係していることは否定しないわ。幻想郷では人間が襲われることが殆どない。故に、妖怪は気力を落としつつある。ようは平和ボケしているのです。」

 

「読めて来たわ。そうなると内輪で仲良しごっこをやっている分には問題ないけど、外部から侵略者が現れたら力を落とした妖怪はあっという間にやられてしまうということね。だから一度私のような外部から来た妖怪が幻想郷を侵略し、妖怪たちに危機感を与えたいと。」

 

「そういうことです。」

 

 私は紅茶を飲み干すと、ティーカップをソーサーに被せる。そしてそれを指で弾いてソーサーの上で回した。

 

「なるほど。貴方たちの事情は分かったわ。でも残念だったわね。その計画は頓挫するわ。主に侵略を行った吸血鬼を叩き潰すという段階で。」

 

 ティーカップはソーサーの上で表を向いて動きを止める。占いを行っている余裕などないので、ある種の癖のようなものだ。

 

「そうなのよねぇ……この場で叩き潰すことは簡単なのだけど、一度勢力を拡大されると下手に手出しが出来なくなるわ。」

 

「あら、知ったような口の利き方ね。」

 

「見てたもの。」

 

 私はその言葉に目を細くする。このタイミングでの見てたは一つしか思い当たらない。魔法界での一件だ。まさか、あれが観測されていたというのか?

 

「まさかここに来るとは思ってもみなかったけど。というわけで、組織を持った貴方とは殺りあいたくないというのが本音ね。幻想郷には集団行動が苦手な妖怪が多くて……統率を持って行動できるのは天狗ぐらいよ。」

 

「紫様。」

 

「藍は黙ってなさい。」

 

 横から口を挟もうとした藍を紫が制する。だが、きっと九尾の狐はこう言おうとしたのだろう。「私なら一人で殲滅できます。」と。そして、多分その言葉は見栄でも虚言でも何でもない。伝承とこいつの妖力から考えて、一個師団程度ならこいつ一人で殲滅出来るだろう。その横にいるこいつが九尾よりも力があるのだとしたら、幻想郷で即席軍を用意したところでこの二人に殲滅させられるだろう。だったらなんでこのような話をするか。理由は既に会話の中に出ている。

 

「優しいのね。」

 

 こいつは同胞を殺したくないのだ。幻想郷に住む妖怪の危機感を煽るために侵略戦争が起こって欲しい。裏を返せばそれだけこの地に住む妖怪を大切に思っているということだろう。出来れば侵略戦争など起こすことなく危機感を煽りたい。そういうことか。

 

「外からやってきた凶悪な吸血鬼が幻想郷に侵略戦争を起こした。その戦争はなんとかしたが、また同じようなことが起きるかも知れない。だから皆力を落とさないように気を付けようと。そういう流れに持っていきたいということでしょう? しかも、ありもしない侵略戦争をでっち上げて。都合よくこちらの世界に渡ってきた吸血鬼を利用しようってわけだ。」

 

「察しが良くて助かりますわ。勿論、こちらとしても譲歩は致します。侵略戦争を治めた時に交わしたという名目で契約を結びましょう。ある程度の都合は致しますわ。」

 

「そちらから何か要求をすることはないと?」

 

「強いて言えば、侵略戦争に負けたという事実。」

 

 簡単に言うが、そんな屈辱を私に背負えというのかこいつは。ハッキリ言わなくても論外だが、話は最後まで聞くべきだろう。

 

「侵略戦争は形だけでも起こすのか?」

 

「いいえ。あくまで噂を流すだけよ。私の力を使えば、その程度でも本当にあった事件かのように見せかけることは出来る。そして、重要なのはこの先。妖怪が力を落とさないために私はこの幻想郷に新しい秩序を作ろうと思っているわ。」

 

 なにやら面白い話が聞けそうだ。幻想郷を作った妖怪が提案する新秩序とはどういったものなのか。

 

「へえ、ルールを新しく作るということね。」

 

 紫はニヤリと笑うと懐から一枚の紙を取り出す。そこには漢字で『命名決闘法案』と書かれていた。

 

「えっと、なになに……『妖怪同士の決闘は小さな幻想郷の崩壊の恐れがある。だが、決闘の無い生活は妖怪の力を失ってしまう。そこで次の契約で決闘を許可したい。』 つまりルールに則って戦うということ?」

 

「ええ、完全な実力主義を否定し、弱い人間でも強い妖怪と戦えるように。決闘に決まりを定めることで異変を起こしやすくするのです。」

 

 弱い者でも強い者と戦える。その言葉は強く私の胸を打った。

 

「それはつまり、強い妖怪でも弱い人間と遊べるということ?」

 

 私の頭の中にあるのはフランのことだった。吸血鬼としての力が強すぎる故に幽閉されたあの子だが、妖怪が定めたルールの中でなら気ままに遊ぶことができるのではないだろうか。もしそうなら、是非ともこの法案を通したい。下手に幻想郷を侵略するよりも現実味があると言わざるを得ない。

 

「遊ぶ……ね、その概念いいわね。そう、これはある種の『決闘ごっこ』よ。」

 

「例えば、例えば私が人間と決闘を行うことも可能となる?」

 

「そうするためのルールよ。」

 

 私の中で半分以上、こいつの提案を飲む気になっていた。フランにとって有益なルールが制定されるのなら敗北者の汚名を被るのも悪くない。取りあえずこちらが少しでも優位になるような契約をこいつと結ぶことを考えよう。まずは数の優位を無くそう。

 

「まあ私としては条件を飲むことはやぶさかではないのだけど、従者の一人がやる気満々でねぇ……こっちに来れば存分に殺し合えるって言っちゃったから多分今血が滾ってる頃だと思うのよ。ひと暴れすれば落ち着くと思うんだけど……。」

 

 私はチラリと藍の方を見る。紫はその視線の意図を察したのか短く命令を出した。

 

「藍。」

 

「はい。」

 

「ちょっと戦ってきなさい。」

 

「御意。」

 

「多分門の前に立ってるわ。」

 

 私がそう伝えた瞬間、藍はその場から居なくなる。次の瞬間、庭の方から爆発音が聞こえた。

 

「さて、人払いも済んだことだし。具体的なことを話し合っていきましょうか。まず侵略戦争の話だけど、噂を流す程度でいいのよね?」

 

「ええ、十分よ。」

 

「まず、そちらの要求を聞こうかしら。詰まるところ私に何をして欲しいわけ?」

 

 紫は扇子を閉じると真っすぐ私に対して向ける。

 

「一つ、幻想郷に対し侵略戦争を仕掛けないこと。二つ、幻想郷の住民として里の人間を襲わないこと。三つ、新しい秩序を作るため、一芝居打つこと。貴方の要求は?」

 

「そうね、まず食糧の提供。人間が襲えないとなると私は飢え死にしてしまうわ。定期的に人間を提供しなさい。それに、外とのパイプを許可すること。と言っても、消耗品や調度品を外にいる協力者を使って仕入れるだけよ。私たちが自由に出入りするわけではないわ。」

 

「そのパイプは私が監視してもよろしくて?」

 

「構わないわ。」

 

 外にはクィレルを残してきた。クィレルを通してある程度外のものを仕入れることが出来るだろう。

 

「まあ、ある程度の消耗品は私から供給させてもらうわ。人間に関してもね。外の世界には死にたがりの人間が多い。他には?」

 

 外の世界の自殺者を攫ってくるということか。まあそれなら世界中にいくらでもいる。提供する食材が尽きることはないだろう。

 

「あとは……そうね。侵略戦争の噂を流すという話だけど、私の名前は伏せなさい。『外の世界から来た吸血鬼が幻想郷を侵略しようとした』で十分でなくて?」

 

 また庭の方から爆発音が聞こえる。庭は原形を留めているだろうか。まあ滅茶苦茶になっていたとしても美鈴あたりが修復するだろう。

 

「信憑性の問題よ。実際に実行犯の名前が挙がっている方が信憑性が増す。」

 

「それは分かっているわ。だからこそ、こちらからもう一つ提案するわ。命名決闘法が制定された暁にはルールの知名度を上げるために異変を起こす。」

 

「ルールの普及を手伝ってくれるということかしら。」

 

「そう捉えてくれて構わないわ。私としても戦争を起こそうって意気込みでこの世界にやってきたのに、結局茶番で終わったとなれば拍子抜けもいいところよ。私が腑抜けちゃうわ。」

 

 もっとも、これは口実だ。実を言うと、フランにそのルールを覚えさせて一緒に遊びたいというのが本音である。だが、これなら私が協力的なようにも見えるだろう。……弱気なことを言えば、目の前にいるこいつと戦ったところで、勝てるかどうかも怪しい。ぶっちゃけ相手の戦力を甘く見ていた。当初の予定では戦力が整うまでは潜伏しておく予定だったが、パチェの結界を破って部屋に直接入ってくるとは思わなかった。

 

「……わかったわ。貴方の名前は伏せることにしましょう。そのかわり、異変を起こすタイミングはこちらが指示をする。いいわね?」

 

「別にいいけど、それは何故?」

 

「普及させるための異変だとしても皆がルールの概念すら知らなかったら意味のないことです。故に、適度にルールが幻想郷に浸透したところで私から声を掛けますわ。」

 

 まあ、そういうことなら別にいいだろう。さて、ここまでとんとん拍子で話が進んだが、今思えばとんだ肩透かしだ。流石の私もこの展開は予想していなかった。権力者が私たちの存在に気が付き、接触してくることは予想していたが、まさかその権力者が私と同じような思想を持っているとは。

 次の瞬間、部屋の扉が突然開き、何かが投げ込まれる。それは血まみれになった美鈴だった。全身の関節が壊れているのか、はたまた手足の腱が切られているのか、美鈴は床を這いずるだけだった。

 

「あらあら、満身創痍じゃない。」

 

 私は美鈴の容態に目が行っていたが、紫の一言で私は扉の前に立っている藍に目をやる。そこには腕を一本もがれ、全身に打撲痕だらけで肩で荒く息をしている妖獣が立っていた。

 

「美鈴、満足?」

 

 私が呼びかけると、美鈴は右手の親指を力なく立てる。私は美鈴のわき腹をガスンと蹴飛ばした。今の接触で美鈴に十分な妖力を与えた為、数分もしないうちに歩けるようになるだろう。紫は藍を空間の割れ目のようなところに放り込むと、ケロッとした顔で言った。

 

「あんな藍久々に見たわ。」

 

「まあ美鈴が楽しめたようで何より、といったところかしら。」

 

 私は美鈴を蹴飛ばし部屋の外に出すとドアを閉めた。そして椅子に座りなおす。紫もそれを見て私の対面に座りなおした。

 

「噂は何時から流すの?」

 

「そうね。少しずつそれっぽい噂を流して、いい感じのところで戦争が終わったことにするわ。命名決闘法を制定するときにでも声を掛けるわね。ちなみに、食糧の供給は今日からで良かったのかしら。」

 

「ええ、構わないわ。それとパイプの件だけど、向こうの準備もあるだろうし、今はまだいいわ。」

 

 少なくとも半年間は外の世界とのパイプを持つことは出来ない。咲夜がまだ外の世界にいるためだ。紫もそのことはよくわかっているらしく、ああ、あのメイドね。と呟いていた。

 

「じゃあ、今日のところはこんなところかしら。今日交わした契約を書面にしてまた持ってきますわ。侵略戦争の時に交わしたってことにするから、暫く掛かるとは思うけど。……吸血鬼条約ってところかしらね。」

 

「なら一応表に公開できるように二枚用意しておいた方がいいわよ。」

 

「そうね。」

 

 紫は椅子から立ち上がると、まっすぐこちらに対し右手を伸ばしてくる。私も椅子から立ち上がり、その手を握った。

 

「じゃあ、契約成立ってことで。」

 

「今後とも良い関係が築けることを期待していますわ。」

 

 こうして、私の幻想郷侵攻作戦は終了した。何とも肩透かしな結果だが、その分は今後起こす異変で取り戻せばいい。取りあえず皆にこのことを説明するために大図書館に向かおう。私はふと思い出し、ティーカップに残った紅茶の跡を見る。その形は蝶に見えた。

 

「楽しいことが待っている、ね。期待しているわよ。」

 

 私はティーカップをソーサーに戻し、大図書館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 紫の思惑は形を成し、一年もしないうちに幻想郷に新しい秩序が誕生した。スペルカードルール制度の制定である。それを記念して密かに幽霊楽団を呼んでライブを行ったりしたのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 2003年、七月。紅魔異変開始。スペルカードルールを用いた異変を行う。

 

 2003年、八月。初めて人間に敗北する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2003年、九月。フランが人間と遊んだ。

 

 

 

 

 

 そして、時は流れ……。

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さま、ツパイどっか行っちゃったわよ?」

 

「ええ!? 折角クィレルのところから仕入れたのに……。咲夜! 咲夜ぁ!!」

 

「はい、ここに。」

 

「私のツパイが逃げたわ! 探してきなさい! 最悪命蓮寺のネズミに頼ってもいいから。」

 

「かしこまりました。」

 

 フランはあの異変以降、地下室から出てくるようになった。まだ紅魔館の敷地内から出ようとは思わないようだが、それでも大きな一歩と言える。私が異変を起こした際、フランは二人の人間と戦った。その人間のうち一人は頻繁にうちの地下を訪れる。フランも良くその人間の話をしている。私はというと、あの異変以降定期的に博麗神社に顔を出すことにした。私に初めて勝利した人間だ。その生き方に興味がある。

 

「ツパイ……。」

 

「まあ、咲夜ならすぐに見つけてくるわよ。それも『運命』なんでしょ?」

 

 フランは楽しそうに笑うと私の部屋を出ていく。そう言えばいつからだろうか。フランがあの禍々しい狂気を発しなくなったのは。私は先ほどまでペットのツパイが入っていた籠を抱き寄せると、ベッドにゴロンと横になった。

 

『貴方は逆に子供っぽくなったわよね。』

 

 ベッドの魔法具からパチェの声が聞こえてくる。私は枕を魔法具に投げつけた。

 

「いいの! もう見栄を張る相手もいないし。」

 

 確かに、日和ってると言われたら否定できない。

 

「それに、最近楽しいわ。パチェは楽しくない?」

 

『……貴方の無茶ぶりを叶えてるのは私だってことを忘れてないわよね。』

 

「パチェ大好き。」

 

『調子いいんだから。……私も好き。』

 

 ちょろい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 2006年、十二月。九代目阿礼乙女、稗田阿求により幻想郷縁起が公開される。そこに記された英雄伝の博麗霊夢の項目に、吸血鬼異変のことが短く記されていた。そこにはレミリア・スカーレットの文字は無く、ただ『吸血鬼』と記されていたと十六夜咲夜は語る。八雲紫はレミリア・スカーレットとの契約を守り続けるだろう。また、八雲紫が契約を破らない限り、レミリア・スカーレットもまた契約を破らない。

 

 紅く偉大な私が世界。傲慢な吸血鬼の愉快な日常は、きっと永遠に終わらないだろう。太陽が紅く輝き続ける限り、月も輝き続けるのだから。




後書き


私はね、思うんです。レミリア可愛いなと。

ってそんな話じゃなかったですね。『紅く偉大な私が世界』これにて完結としたいと思います。ぶっちゃけて言えば半分打ち切りエンドのようなものですが。本来は全十話構成ぐらいで本格マジキチ戦争物を書こうとも思いましたが、時間が足りなかった為こうなりました。

というもの、リアルで4月超えると更新速度が一か月に一話~半年に一話のペースになりそうだったからです。そしてそのペースだと私のモチベーションが続かない為、ほぼ確実にエタります。そのため、少々強引ですが『全部八雲紫の策略だったんだよ!!』エンドになりました。

東方知らない人には少し申し訳ない終わり方かも知れませんが、これを機に東方作品にも手を出していただけると幸いです。

次回作は……ないです!! てかほんと無理、今作もギリギリでした。これからは消費者に戻ろうと思います。あ、この作品はへっくすん165e83がお送りしました。

ちなみに、今回の吸血鬼異変は私の想像でしかありません。ですが、吸血鬼異変で何が起こっていたかの回答の一つだとは思っています。というのも、東方求聞史紀には結構吸血鬼異変は危機的な状況だったと書かれているんですよね。その割にはレミリアの知名度が低い。そして幻想郷縁起の吸血鬼異変の項目もレミリアではなく霊夢のところにあります。戦いが起こっていたとしても、起こっていなかったとしても、紫が何か介入していたことは確かでしょう。

時間さえあれば、天狗の集落を落とす話や、人里がレミリアに実効支配される話、レミリアが幻想郷に軍隊を築く話だと書きたかったんですけどね。……誰かそんな感じの小説書かないかな? では、今作もこのぐらいにしておきましょう。

皆さん、ここまで読んでくださってありがとうございました。前作共々何度も読み返してくださっている読者さんもいるようで、感謝してもしきれません。また機会があったらお会いしましょう。

P.S.第三部始めました
https://syosetu.org/novel/247370/

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