紅く偉大な私が世界   作:へっくすん165e83

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尺の都合で今回は少し短めです。ご了承ください。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


儀式やら、悪魔やら、野望やら

 1995年、十二月二十四日。夜起きると妙な気配を紅魔館内に感じ取った。これは……人間の子供だろう。それも三人。クリスマスパーティー用の食材かと思ったが、今回開くパーティーは人間向けだ。人間を食材に使うことはないはずである。

 

「なんか嫌な予感がするわ。」

 

 私はさっさと寝間着から部屋着に着替えると、机の上に置いてあるメモに目を通す。そこにはリドルを何とかする方法が見つかったということと、クリスマスに儀式を行うため、クリスマスパーティーを中止するとの走り書きがあった。この筆跡はパチェのものだろう。

 

「パーティーを中止って……まあ客は全部マグルだから忘却の呪文とか使えば何とかなるんでしょうけど……。」

 

 招待客を誤魔化すことは出来る。だが、パーティーのために費やした時間は帰ってこないのだ。

 

「まあ、今は計画優先ということで。」

 

 パーティーに関してはパチェとリドルに丸投げしよう。多分だが、先ほど感じ取った人間の気配は儀式に使う生贄だと思われる。

 

「今頃大図書館は儀式の準備でバタバタしてるかしら。儀式は日が変わる寸前に行われるって話だし、それまでは近づかないほうがいいわよね。巻き込まれると面倒くさそうだし。」

 

 私は欠伸を噛み殺し、椅子に座る。多分そのうち咲夜が夕食を持ってくるだろう。私は日刊予言者新聞を読みながら待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 いつもは所狭しと並べられている本棚や机が押しのけられており、中央にかなり広い空間が出来上がっている。いつもは本棚が置かれている為あまり広いようには思えないが、紅魔館の中で一番大きな部屋は図書館であると言わざるを得ないだろう。

 中央には直径が四メートルほどある魔法陣が描かれており、その周囲に直径一メートルほどの魔法陣が三つ描かれていた。小さい魔法陣の上には年端も行かない少女が置かれている。フランの狂気のせいだろうか。震えるだけでその場から動くことはなかった。

 

「これは何処から用意したの?」

 

「咲夜が何処からか持ってきたわ。多分全寮制の小学校から攫ってきたんでしょうね。」

 

 パチェが何かの調整を行いながら答える。

 

「儀式に使う生贄は七歳の処女じゃないといけないから。学校から攫えば年齢を間違えることもないし。」

 

「それにいいところのお嬢様なら、確実に処女だと思いまして。孤児院ってその辺あやふやじゃないですか。」

 

 パチェの言葉に続けるように、咲夜が言った。咲夜は懐中時計をじっと見ている。今回の儀式では時間の管理が大切らしい。

 

「そろそろ時間です。準備を始めます。」

 

 リドルは大きく深呼吸し、大きな魔法陣の中心に立つ。そして静かに杖を構えた。その様子を少し離れたところから私と咲夜、美鈴、そしてクィレルが見守る。

 パチェが魔法陣の前に立ち、時間を確認した。

 

「十秒前よ。ミリ秒単位できっちりお願いね。」

 

「分かってます。」

 

 私の横では咲夜がすごい剣幕で懐中時計を睨みつけている。咲夜の心臓の鼓動が次第に早くなっていっているのは緊張のせいではないだろう。実際に咲夜の時間だけ早く進んでいるのだ。次の瞬間、咲夜が私の前に現れる。他の皆が固まっているところを見るに、どうやら今、時間は止まっているようだ。

 咲夜は私以外の皆にも触れていき、この場にいる全員の時間を動かす。勿論、生贄も例外ではない。

 

「これで時間の固定は無事完了。リドル。」

 

「はい。」

 

 パチェの合図とともに、リドルが杖を振るう。その動きに合わせて生贄である幼女も三人ともが宙に浮かび上がった。

 

「鳴け。クルーシオ。」

 

「「「きゃああああああああああああああああああああああああああああっつ!!!」」」

 

 リドルが磔の呪文を用いて幼女三人に悲鳴を上げさせる。その悲鳴は複雑に絡み合い魔法陣と共鳴した。次第に魔法陣が光を宿していく。

 

「裂けろ。」

 

 リドルがもう一度杖を振るうと幼女は六つの肉片となり、魔法陣の上に散らばった。いや、散らばったというよりかは六芒星の頂点になるように配置されたと言ったほうが正しいが。これで幼女の体で悪魔の数字である666が刻まれたことになる。

 

「自然界を司る素数。魔法界で一番強いとされる数字は七。七つの素数は下から二、三、五、七、十一、十三、十七。それら全てを二乗し足し合わせると666.それらが全て七歳の処女の体にて刻まれた。」

 

 パチェが歌でも歌うかのように唱える。

 

「さあ考えなさい。獣の数字を解きなさい。その数字とは人間を指すものである。そしてその数字は666である。」

 

 肉片から大量の血があふれ出し、リドルの体を包み込む。

 

「ここに生まれし悪魔が一人。分かれた魂とは別の記録を刻む。その者の罪により魂を変化させるべし。」

 

 リドルの体が血に溶け、魔法陣の上に落ちる。

 

「堕ちた人間の行く末は、果たして天国か地獄か。否、現世に縛られ、形をなす。」

 

 血はぐねぐねと動くと人の形を形成していく。今回材料に使ったのは女の体なので、多分出来上がる体も女になるだろう。性転換とかそんな生易しいものではない。体だけでなく、心まで、完全に女性になるのだ。

 

「ここに悪魔が生まれた。」

 

 パチェがそう締めくくると、纏わりついた血がビシャリと魔法陣の上に落ちる。そこには咲夜より少し背の高い、赤い髪を持った悪魔が立っていた。透き通るような白い肌、何処までも赤い瞳。そして頭と背中には羽が生えている。

 

「気分はどうかしら。」

 

 パチェはリドルに話しかけた。リドルは自分の体を確認するように軽く触ると、可愛らしい笑みを浮かべる。

 

「そうですね。やはりちゃんとした肉体があるのはいい。そして、非力でもない。」

 

 リドルは手を一振りし、服を纏う。

 

「そして造りが違うためか杖無しで魔法が行使できる。これはいいですね。煩わしさがない。」

 

 そう、人間と魔族は体のつくり方が根本的に違う。特に吸血鬼や悪魔の場合、体そのものが杖代わりになるのだ。

 

「悪魔というのは全身に強い魔力を持っているからね。魔族とはそういうものよ。」

 

 私はリドルにそう説明すると、リドルのほうに歩き出す。咲夜は信じられないものでも見たかのように固まっていた。

 

「女の子を生贄にして作ったんだから女になるに決まっているでしょう? リドル本人、男の肉体があればもう少し違う結果になったかもしれないけど、リドルは記憶だけの存在だし。」

 

「そうですよ、咲夜。それに容姿が変わったほうが動きやすいでしょうし。」

 

 まあ確かに、リドルにはこれから外での仕事にもあたってもらうことも増えるだろう。咲夜が学校に行っている間に自由に動ける人材というのは便利だ。パチェは魔法陣や血だまりを綺麗に消し去ると、机と本棚の位置を元に戻す。そして動かしてきた椅子に腰かけた。リドルはリドルで実験の結果をノートに書き込んでいる。

 

「儀式は成功。健康状態、最悪。悪魔だから。っと。」

 

 まあ確かに悪魔が健康というのは笑い話でしかない。私はパチェと向かい合うように椅子に腰かけた。取りあえず儀式はこれで終わりだ。リドルは分霊箱ではなくなり、新しい体を手に入れた。それと同時に私も新しい手駒を手に入れたと言っていいだろう。私は咲夜から紅茶の入ったティーカップを受け取ると、一口飲む。さて、あとは名前を付けるだけだ。

 

「さて! 命名式よ!」

 

 私は両手でバンと机を叩く。それと同時にパチェが黒板を出現させ、空中に浮かせた。

 

「いえーい! 咲夜ちゃん以来じゃない?」

 

 美鈴が楽しそうに言うが、咲夜の名前はほぼ私が決めたといっても過言ではない。なので、今度は皆で意見を出し合って名前を決めよう。

 

「いや、私には既にトム・リドルという名前が……。」

 

 リドルは遠慮するようにたじろぐ。まあこういうものは本人がどうのというのはあまり関係ない。周りが楽しいから行うのだ。

 

「名前は大事よ。折角元の存在と別れを告げたのだからね。」

 

 名前というものは普通の言葉よりも力を持つものだ。

 

「はい! キングサタンバージョン18!」

 

 力を持つものだからこのような適当な名前は付けてはいけない。ていうかなんだその意見は。この意見を出した美鈴は期待を込めた目で私を見ている。突っ込み待ちというやつだろうか。絶対に突っ込まんぞ。

 

「絶対嫌です。」

 

 リドルが即断で拒否する。

 

「魔王。」

 

「ダメです。」

 

「マイファーザ! マイファーザ!」

 

「それはゲーテの魔王……って、美鈴真面目に考える気ないですよね?」

 

 リドルは疲れたように美鈴を睨む。美鈴はダルそうに机に突っ伏した。だが、名前に悪魔を入れるのはアリかもしれない。

 

「そうね、悪魔でリドルだからリトルデビルでどうかしら。」

 

 私がそう提案するが、リドルはまだ不満そうだ。

 

「露骨に私の元の名前が入っていないほうが良いのでは?」

 

「じゃあコアクマ(小悪魔)ね。」

 

 何かピンと来たのか、咲夜が私の考えた名前を日本語に直す。

 

「もう既に人の名前じゃないだろう?」

 

 リドルはそう言うが、その理屈は通用しない。何せリドルはもう人間じゃないのだ。

 

「貴方もう人間じゃないでしょうに。」

 

 パチェは私が思ったことを口に出していってくれる。それを聞いてリドルは軽く相槌を打った。

 

「じゃあ決まりね。咲夜の命名にちなんで表記は漢字にしましょうか。丁度美鈴と同じ赤毛だし。」

 

 私がもう一度机を叩くと、パチェが黒板に『小悪魔』と表示してくれる。それを見てリドルは納得したように頷いた。これで取りあえず命名式は終わりでいいだろう。

 

「さて、それじゃあ指示を出すからよく聞きなさい。」

 

 丁度全員ここに集まっているのだ。ついでに指示を飛ばしておいた方が混乱がないだろう。私はまずクィレルを指さす。

 

「クィレル。引き続き死喰い人としてヴォルデモートに接近し、情報を探りなさい。」

 

 次は咲夜だ。

 

「咲夜。不死鳥の騎士団としてダンブルドアの信用を勝ち取りなさい。」

 

 そして最後に、今回の主役の小悪魔を指さした。

 

「小悪魔、分霊箱を収集しなさい。日記は既に分霊箱としての機能を失っているから残るは六つよ。以上解散。」

 

 パチェにはあえて何をやれと指示は出さない。というか、パチェはその他全部を引き受けてもらう。本当に優秀な魔女を親友に持った私は幸せ者だ。

 

「おぜうさま、私は?」

 

 皆が席を立って行動しようとした瞬間に、美鈴が不意に私に聞いた。

 

「いや、お前に仕事任せるわけないじゃん。」

 

「ひでぇ。」

 

 別に何も酷くはない。美鈴がいなくなったら誰が紅魔館の家事をするんだ。死んだ昔の従者を冥界から引っ張り出すか? それこそ冗談じゃなかった。

 

「さて……以上解散。じゃあ私はこれで。」

 

 私は仕切り直しにともう一度解散命令を出し、大図書館を後にする。これでも暇ではないのだ。主に小悪魔のせいで。クリスマスパーティーが中止になったこともあり、紅魔館を運営するための予算に狂いが生じ始めている。計算し直さなくてはならないだろう。

 私は書斎に戻ると書類と白紙の紙を取り出す。そして一つ一つ計算をし直す作業に入った。

 

 

 

 

 

 1995年十二月二十五日、午前三時。私は書斎でクィレルと向かい合っていた。

 

「取りあえず座りなさい。長い話になるんでしょ?」

 

 数分前にクィレルが書斎を訪ねて来たのだ。このようなことは珍しい。普段は大図書館で少し話をする程度だ。

 

「十六夜君から興味深い話を聞きました。どうやら魔法省は私を死喰い人だと思っていないようです。」

 

 クィレルは単刀直入に話を切り出す。何を言い出すかと思えば、そんなことか。

 

「ええ、そうでしょうね。今の魔法省のスタンスはヴォルデモートは十数年前に死んだというものですもの。貴方がヴォルデモートに寄生されていたというのは都合が悪いということよね。」

 

「はい、それを聞いて思いついたことがあるのですが、聞いてもらってもよろしいでしょうか。」

 

 私はクィレルの態度に違和感を覚える。いや、違う。違和感ではないのだ。これが本来のクィレルなのだ。どうやら私が掛けた魅了の効果が薄れてきているらしい。まあ忠誠心が変わったわけではないので、何も問題はないのだが。

 

「ええ、いいわ。話してみなさい。」

 

 私が許可を出すとクィレルは姿勢を正す。

 

「私が魔法省に入り込み、魔法大臣になるというのはどうでしょう。」

 

 そして突拍子もない案を出した。私はそれを聞いて少し固まってしまう。そして、同時に思い出した。こいつは誰よりも野心家で、力を求めていたということを。

 

「それは……最終的な結果としてそうなるという意味? それともそうなってからが本番?」

 

「初めから魔法大臣になるために魔法省に入り込むということです。」

 

 クィレルは自信に満ちた口調でそう言う。いや、そう言われても色々と問題があると思うのだが。

 

「話が大きすぎて否定も肯定も出来ないわね。今思い描いている青写真を話してみなさい。」

 

「はい。まず死喰い人である素性を隠さずに魔法省関係者に接触します。」

 

「捕まりに行くということ?」

 

 私が怪訝な声を出すと、クィレルは静かに首を振った。

 

「いえ、死喰い人であるという事実と私の経歴を利用するのです。」

 

「貴方の経歴……ね。」

 

「私がヴォルデモートに接触したのは四年前の夏。つまり闇の勢力の全盛期だった1970年から1980年にかけては全く死喰い人とは関係のない魔法使いだったのです。」

 

 それは知っている。こいつは1991年の夏にアルバニアでヴォルデモートと出会った。それまではマグル学の教師だったはずだ。

 

「つまり魔法省には、生き延びていたヴォルデモートに服従の呪文で操られていたと説明すればよいと考えます。」

 

「魔法省がヴォルデモート生存を信じていないと言ったのは貴方じゃない。」

 

 私は早速出た矛盾に茶々を入れる。これぐらいの茶々は軽く返してもらわないと困るが、どうくる……。

 

「その理論はすぐに崩れます。ヴォルデモート復活が表沙汰になるのも時間の問題です。早ければ来年には明るみに出るでしょう。」

 

「まあ、確かに誤魔化しが効かなくなるのも時間の問題でしょうね。その時に矛盾が出ないように話を進めると。」

 

「そういうことです。アルバニアで寄生された私は、操られ賢者の石を盗もうとします。その後ヴォルデモートは簡易的な肉体を持つようになり、私を服従の呪文で操った。ですが、私は徐々に服従の呪文に打ち勝ったのです。」

 

 服従の呪文が一時的に切れている振りをし、秘密裏に魔法省の役員と接触するということか。

 

「やがて私は完全に服従の呪文に打ち勝ちますが、暫くは服従の呪文が掛かったふりを続けます。そしてヴォルデモートの復活が明るみに出たところでヴォルデモートのもとから逃走。情報を持って魔法省に転がり込みます。その頃には魔法省に大きなコネクションを持つように調整を。」

 

「死喰い人を辞めるってことかしら。でもそれじゃ死喰い人が魔法省に捕らえられたときに矛盾が生じそうだけど。」

 

 それに死喰い人内にスパイがいなくなるのは困る。両陣営を操作しなければ、目指す被害を出すことは不可能だろう。

 

「いえ、それと全く同じ話をヴォルデモートに提案するというものです。」

 

 その提案を聞いて、私は内心唸った。なるほど、そういう話か。ようやく話が繋がった。

 

「つまり貴方は魔法省に侵入した死喰い人のスパイになろうとしているわけね。もしヴォルデモートが魔法省を裏から掌握したら、まあ面白いことになるわ。」

 

「死喰い人側からしたらそういうことになります。実質的には魔法省はお嬢様の手に落ちたことになりますが。」

 

「私も魔法省に手駒が欲しいとは思っていたのよ。貴方の話では、魔法大臣と死喰い人を兼任するということよね。」

 

「どちらかと言えば、魔法大臣の死喰い人という形になりますが。」

 

 まあ、どちらでも同じことだ。もしこれが実現出来たら、死喰い人とその対抗勢力を同時に増やすことが出来るかも知れない。

 

「…………。面白いわね。この話はもうパチェに?」

 

 私がそう言うと、クィレルの顔が輝く。

 

「いえ、まだお嬢様にしかしておりません。この計画自体儀式の後の数時間で考えたものですので、もっと詳しく、具体的に計画を立てることはできるでしょう。」

 

「試す価値はあるわ。失敗しても死喰い人を追われる結果にはならないし。ただ問題があるとすれば……。」

 

「私と紅魔館の関係がバレそうになった場合は、遠慮なく切ってください。」

 

 クィレルは決意を固めた目で私を見てくる。なんというか、去年一年でかなり成長したと言えるだろう。

 

「……ふ、分かったわ。許可しましょう。パチェに協力を仰ぎなさい。そして計画が完全に固まったら、ヴォルデモートに計画を提案。そうね、一月以内には実行に移しなさい。計画の段階で問題が起こったら、無理に実行しなくてもいいわ。」

 

 私がそう言うと、クィレルは深く頭を下げ、書斎を出ていく。魔法省に手駒が欲しいとは思ってはいたが、まさかこのような形になるとは思わなかった。なんにしても、ローリスク・ハイリターンな計画だ。実行するに越したことはないだろう。クィレルの中で大体の計画はまとまっているようだし、クィレルが主体になって勝手に計画を進めてくれるだろう。

 私は小さくため息をつくと、仕事用の机に向かう。そういえば、最近私はある著者の本に嵌っている。著者の名はギルデロイ・ロックハート。彼の著書は一応彼の体験談ということにはなっているが、完全に作り話だろう。まあ、著者が自分を主人公にして本を書くことは珍しくない。

 話が真実なのか嘘なのか、そんなことはどうでもいいのだ。創作物として面白ければ。創作物という点だけみたら、彼の著書は非常に面白い。重たくなりがちな題材を扱いつつも、ジョークを忘れず、全体的にコミカルな作風に仕上がっている。これはファンが出来るはずだ。

 私は机の上に『バンパイアとのバッチリ船旅』を取り出す。この本はロックハートが血の薄いバンパイアを日光や弱点から庇いながら船で様々な場所を旅するといったものだ。流石に作品を書くにあたって吸血鬼について詳しく調べたらしく、特徴をしっかりと押さえている。

 次の瞬間、部屋の扉がノックされた。そういえばそろそろお茶の時間か。

 

「失礼致します。お茶をお持ちしました。」

 

 ノックの後に咲夜の声が聞こえて来た。

 

「入っていいわよ。」

 

 私が許可を出すと、咲夜がティーセットを持って扉を開けて部屋に入ってくる。私はロックハートの本を脇にどけると紅茶が置けるスペースを作った。

 

「美味しいダージリンが入ったんです。是非ともご賞味ください。」

 

 確かに、いつもと比べて香りが強い。私はティーカップを持つと一口飲んだ。

 

「あら、確かに美味しいわね。」

 

「お嬢様、その本……。」

 

 咲夜は机の隅に置かれたロックハートの本を見る。そうか、確か咲夜はこの本を教科書として持っていたはずである。

 

「案外面白いわよ。貴方も授業で読んだでしょう?」

 

「ええ、ですがここに書かれている内容の殆どは――」

 

「真実かどうかなんてどうでもいいのよ。話が面白いんだから。そういえば、今ロックハートってどうしてるのかしらね。全然話を聞かないけど。」

 

 私はふと気になったことを咲夜に聞いてみる。確か咲夜の話では、ロンに掛けた忘却術が逆噴射して記憶を失ったらしいが。

 

「確か聖マンゴに入院していたと思いますよ。介護がないと生活できないほどには重症の様です。」

 

「へえ、聖マンゴに。丁度いいかしら。」

 

 一度テストもかねて小悪魔と外出するのも悪くないと思っていたのだ。明日の昼にでも咲夜と小悪魔を連れて聖マンゴに行こう。

 

「というわけよ咲夜。明日の昼に聖マンゴに向かうわ。」

 

「というわけと言われてもどういうわけでしょう?」

 

 咲夜は紅茶のお代わりを注ぎながら私に聞き返す。

 

「だから、ロックハートのお見舞いに行こうって話よ。ついでに小悪魔の体の調子を確かめるためにね。小悪魔からしたら数十年ぶりに外を自由に歩くわけだし。」

 

 そういうことでしたら、と咲夜は納得したようだった。

 

「昼に外出なさるのでしたら、睡眠時間を操作したほうがよろしいですよね?」

 

「ええ、お願いしようかしら。」

 

 お見舞いに行く時間を昼にしたのには特に意味はない。ただまあ、朝や夜よりかは、ロックハートに会える可能性も高いだろう。それに、運が良ければアーサーのお見舞いに来ているハリーたちに会えるかも知れない。ハリーと小悪魔を近づける。それも目的の一つだ。

 ハリーはヴォルデモート、もしくはそれに近しい存在がそばにいると頭痛を覚えるらしい。もし、小悪魔と接触して頭痛を覚えるようであれば、まだ分霊箱としての機能が残っているかもしれないということである。パチェも手伝って行った儀式の為、そんなことはありえないとは思うが、どんな魔法使いにも失敗というものはあるのだ。パチェだって何度失敗して図書館を火の海にしたことか。……火の海は表現が過剰か。

 私は咲夜の淹れた紅茶を楽しみながら咲夜とロックハートの著書に関する話に花を咲かせた。




リドルが悪魔に転生する

クィレルが魔法大臣になる計画をレミリアに話す

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小悪魔の名前ですが、発音は普通に『コアクマ』です。日本語が分かる人でないと『小悪魔』つまり『リトル・デビル』のことだとは気がつきません。

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