紅く偉大な私が世界   作:へっくすん165e83

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コンビニに千円で置いてあったからついつい『よくわかる! 陸上自衛隊』のDVDを買ってしまった今日この頃です。え? なんでそんなの買ったかって? 副音声目当てだよ!
え? 発売は2013年? 気にするな!
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


情報戦やら、列車やら、第一の課題やら

 1994年十一月中旬。朝起きたら机の上に新聞が一部置いてあった。どうやらパチェが送ってきたもののようだ。私は寝間着から部屋着に着替えると、椅子に座って新聞を広げる。なるほど、パチェがこの新聞を送ってきた理由が分かった。日刊預言者新聞の一面に咲夜とハリーの写真がでかでかと掲載されている。見出しはこうだ。

 

『ホグワーツの英雄はどちらか! 伝説の少年ハリー・ポッター対天才少女十六夜咲夜』

 

 記事を読む限りでは、咲夜はホグワーツ生全員の投票用紙を自分の名前が書かれたものにすり替え、必然的に代表に選ばれたらしい。今年はダンブルドアがゴブレットの周辺に年齢線を引いたらしいが、咲夜は上手いこと抜け穴を見つけたということだろう。

 咲夜はあえてインチキしたのを公表することによって自分をダークヒーローに見せようとしている節がある。逆にハリーは全く身に覚えがないのか、新聞にもどうしてこうなったのか分からないといったことが書かれていた。

 

「なるほどね……ハリーを嘘つきに仕立て上げることで咲夜をダークヒーローチックにしている。新聞の記事も偏向報道って感じだし。日刊預言者新聞は咲夜側についたと見ていいでしょう。とばっちりで大会に参加することになって、尚且つ嘘つき呼ばわりされているハリーが少し不憫だけど、まあハリーにはクラウチ・ジュニアが付いているし。」

 

 記事の殆どが咲夜とハリーに関することで、他の代表選手のことは数行しか書いていない。そして咲夜はやんちゃな天才少女と書かれているのに対し、ハリーに関しては汚い、せこい、臭い、嘘つきなどといったことが書かれていた。

 

「……本当にハリーは散々ね。読んでて悲しくなるぐらい批判しか書いてないし。……それに比べて咲夜は世渡り上手というか、なんというか……。」

 

 暫く新聞を読んでいると部屋のドアがノックされる。

 

「夕食ですよー、起きてますか?」

 

「入りなさい。」

 

 私が許可を出すと美鈴が太ももの上に料理を乗せた状態でドアを開けて入ってきた。どうやら両手に料理を持ってきたらしい。片手を開けるために持ち上げた太ももに料理を乗せるとはなんとも器用な奴だ。

 

「あ、新聞に咲夜ちゃん載ってるじゃないですか。」

 

 美鈴は手早く料理を机の上に並べると私が読んでいた新聞をひったくる。こいつが失礼なのはいつものことなので諦めて料理を食べ始めた。

 

「ほっほー、流石咲夜ちゃん。日刊預言者新聞もいい仕事しますな。てかこれ完全に他の二人おまけですよね。」

 

「まあ普通ならハリー対クラムって構図で煽るでしょうね。知名度的に。」

 

 私は目玉焼きをナイフで切り分け、口に運ぶ。うん、ムカつくが美味しい。流石に咲夜のように焼きたてを直接持ってくるようなことは出来ないが、その分味付けを工夫して食べやすくしてある。まったく、何時もの性格からは想像できないほど器用だ。

 

「咲夜ちゃんがピックアップされているところを見るに、咲夜ちゃんとこの記者のスキーターとの間に何かやり取りがあったっぽいですよね。」

 

「そうね……スキーターと言えば偏見に満ちたゴシップ誌のような記事を書くことで有名だけど、咲夜はそれを上手く利用したみたいね。」

 

 ほんと、何処までも人間らしい戦い方だわ。と、これは口に出しては言わなかった。咲夜が行っているのはいわば情報戦だ。試合は既に始まっているということだろう。

 

「えげつねぇ……課題が始まる前からこれだと、課題が始まったらもっと酷いことになりそうですね。」

 

「そうね、もっと面白いことになりそうね。十一月の二十四日にホグワーツで第一の課題があるみたいだけど、勿論お供するわよね?」

 

 私が提案すると美鈴が目を輝かす。

 

「行きます行きます! ていうかついてくるなと言われても行きますよ! 久々に咲夜ちゃんにも会いたいし。」

 

「いや、変装していくから。咲夜には気が付かれないようにね。集中しているところを邪魔しちゃ悪いし。咲夜って見栄っ張りだから何かヘマをやらかす可能性が出てくるわ。」

 

「気にしすぎだと思うんですがねぇ……なんにしても、行くときはちゃんと声を掛けてくださいよ?」

 

 美鈴は新聞を畳んで机の上に置くと、空になった皿を片付け、一杯の紅茶を淹れる。

 

「私だって日傘要員が欲しいし……競技は昼だから、ちゃんと生活習慣を崩しておきなさいね。眠たいとかほざいたら置いてくから。」

 

「それはおぜうさまのほうが気にした方が……。」

 

「私は慣れてるもの、時間をずらすの。眠たくなるのはわかってるし。」

 

 私の肉体はまだ幼い。夜に生きる生物ということもあり、昼間はかなり眠たいのだ。これは私の年齢からして仕方のないことである。本来私ほど血が濃い吸血鬼は、生まれてから千五百年は経たないと大人としては認められない。というか大人の体にならないのだ。今の体は人間でいうところの五歳から八歳に相当する年齢だ。

 もっとも、純粋に成長速度が百分の一というわけではない。無防備な赤子の頃の成長速度は人間と同じだ。加速度的というと意味が全く逆になってしまうが、生まれた瞬間から急速に歳を取る速度が緩やかになり、生まれてから十年、人間でいうところの三歳ほどの見た目になる頃には成長速度が安定してくる。

 ただ一つ救いがあるとすれば、頭脳だけは普通に成長する点だろう。何百年と生きればそれ相応に精神年齢が付いてくる。

 

「あー、おぜうさまってまだガキですもんね。」

 

 精神年齢は五百歳に近い。だからこのような煽りにも反応しない。ああ、全然むかつかないし、気にも留めない。だって大人だから。

 

「やーい、チービチービ。」

 

「美鈴、主人になんて口の聞き方かしら。」

 

 私は慎重にティーカップのハンドルを持ち、一口飲む。うん、なんでだろう。こんなに紅茶は美味しいのに、なぜか血の味しかしない。なんでだろうなぁ……なんでこいつはこうもこうなのだろう。これがこうだから私もこうなのだ。

 次の瞬間、ティーカップのカップの部分がハンドルから離れ、地面へと落下する。あとは粉々になったティーカップと零れた紅茶の処理を美鈴にやらせるだけだ。手を使わせずに口だけで処理させるのもいいかも知れない。三十センチ、二十センチ……あと十センチ。

 

「おっとっと。カップが悪くなってたのかも知れないですね。お怪我はありませんか?」

 

 残り一センチというところで美鈴がカップをキャッチしていた。美鈴からは完全な死角になっていたはずだが、机の下に潜り込んでまでカップを受け止めるとは……まったく呆れたやつだ。

 

「ないわ。一度手を放れた紅茶を飲む気もしないからさっさと下げなさい。」

 

 美鈴はハンドルのとれたカップをソーサーごと片付けると盆の上に置く。そんな美鈴に取れたハンドルを手渡すと、美鈴はハンドルの断面に接着剤を塗ってカップに付けた。

 

「いや、直すなよ。みみっちい。」

 

「いや、私が個人的に使う用ですよ。流石に直したやつを出しませんて。」

 

「その精神がみみっちいと言っているのよ。それぐらい予算をおろして買いなさい。」

 

「それこそなんか卑しいので遠慮しておきます。」

 

 ……こういうところだけは常識的なのが非常にむかつく。なんでこんなのを雇い入れてしまったかなぁ……、手放すに手放せないではないか。

 

「はぁ、取りあえず下がりなさい。」

 

「失礼しまーす。」

 

 美鈴はニヘラと笑うと盆を持って部屋を出ていく。私もそろそろ仕事をしなければならないだろう。私は部屋を出ると書斎へと移動する。新聞を引き出しに仕舞い込み、溜め込み気味の手紙の処理を行うことにした。

 

 

 

 

 

 

 十一月二十四日早朝。いつもならば朝食を食べている時間帯だ。日が出たからと言ってすぐに寝るわけではない。そんな生活は文化的とは言えないからだ。人間であろうと日が沈んだらすぐに就寝するわけではあるまい。人間の生活習慣そのままに時間を十二時間きっかりズラしたのが私の生活習慣だ。人間が夜の七時に夕食を取るとしたら、吸血鬼は朝の七時に朝食、人間でいうところの夕食を取る。

 

「失礼します。お嬢様。咲夜から伝言を預かって参りました。」

 

 ノックの音がした後、リドルの声が聞こえてくる。このタイミングでの咲夜からの伝言、十中八九今日行われる第一の課題絡みだろう。

 

「入りなさい。」

 

 私が許可を出すとリドルは静かに扉を開け、私に一礼してから部屋に入ってくる。

 

「本日の第一の課題にて、時間停止の能力を使う為、許可を頂きたいとのことです。」

 

「はぁ、貴方も貴方だけど、咲夜も咲夜ねぇ……。律儀というかなんというか。派手にやりなさい。ダンブルドアには隠していてもそのうちバレるだろうし。」

 

「ではそのようにお伝えします。」

 

 リドルはまた一礼すると早々に私の部屋を出ていく。……ふむ、何とも出来た従者だ。一つ残念な点をあげるとすればアレは私の従者ではなく、パチェの助手だということだろう。リドルが出ていくのと同時に美鈴が部屋に入ってくる。美鈴はいかにも上機嫌な様子で私の手を取った。

 

「まずは大図書館ですかね? 変装しなくちゃいけませんし。さあ早くしないと間に合わなくなりますよ?」

 

「あー、はいはい。今行きますよ。そうね、まずは大図書館に向かいましょうか。」

 

 大きな欠伸を一つして、美鈴と共に廊下を歩く。美鈴は余程興奮しているのか、いつも以上に上機嫌で私に話しかけてくる。はっきりいってかなりウザいが、今日ばかりは大目に見よう。

 

「第一の課題は何なんでしょうね? おぜうさまは何か知ってますか?」

 

「さぁ……聞いてないわねぇ。多分パチェは知ってるんでしょうけど。聞くつもりもないわ。魔法省が伏せているということは、バレたら面白みが無くなるということだろうし。だから、パチェに詮索しないように。」

 

「もっちろんですよ。でも、予想をするとしたら、おぜうさまはなんだと思いますか?」

 

「そうねぇ。第一の課題ということもあって、いきなり高度な魔法や準備が必要な課題は出ないでしょうね。咄嗟の機転や奇策、発想力があれば切り抜けられるような課題だとは思うわよ。」

 

 そう、例えるなら、物語の主人公なら難なく切り抜けることが出来るだろう。かの有名なハリー・ポッターとか、世界的に有名なクィディッチ選手のビクトール・クラムとか、主人公にぴったりだ。咲夜は……お世辞にも主人公とは言い難い。どちらかと言えば物語の黒幕タイプだろう。

 

「じゃあ咲夜ちゃんなら何の問題もなく切り抜けますね。」

 

「そうねぇ……咲夜は主人公タイプではないけど、頭はいいからねぇ。能力を使う許可も出したし、無様を晒すようなことは無いと思うわ。というか、あまりに散々な結果だったら暇を出そうかしら。」

 

「そしたら私も休暇を貰って、一緒に魔法界を旅しようかな。」

 

「そしたら紅魔館の従者がいなくなるじゃない。冗談じゃないわ。」

 

 廊下を曲がって、大図書館に続く階段を下りる。階段だと足の長さに関係なく速度が一定になるので、美鈴の歩幅を気にせず歩くことができるのだ。美鈴の足の長さはかなりのもので、私とは比べものにならないぐらい長い。その分歩幅も大きく、平坦な道を歩く場合、どうしても美鈴はかなりのローペースで歩くことになる。

 

「えー、楽しそうなんですけどね。咲夜ちゃんとの二人旅。魔法界って面白そうですし。」

 

「面白いかも知れないけど、そんな暇はないわね。旅行ぐらいならできるかも知れないけど……これでも忙しいのよ?」

 

「はあ、まあ家事しかしない私には分からないです。」

 

 かなり長い階段を下り、私たちは大図書館へと入る。大図書館では、パチェとリドルがチェスをしていた。個人的に滅茶苦茶気になる対局だが、じっくりと見ている暇はないだろう。私たちはホグワーツに向かわないといけないのだ。

 

「あら、どっちが優勢?」

 

 それでも社交辞令的に戦況を聞かざるを得ないだろう。パチェはイラついたように頭を取ったポーンで叩きながらジトッとした目でこちらを見る。その態度だけで今どちらが優勢なのかよくわかった。なるほど、戦術ゲームならパチェよりもリドルの方が上か。これは少し注意しておいた方がいいだろう。

 

「とにかく今日は咲夜の第一の課題の日よ。変装していくから力を貸しなさいな。」

 

「待った。」

 

 パチェが鋭く言い放った。何か気に障るようなことを言っただろうか。

 

「……二手、二手戻しなさい。」

 

「何回目ですか? あと、二手でいいんです?」

 

「……四手。」

 

 あ、なんだ。チェスの話か。リドルは両手を使って取った駒と動かした駒を戻していく。そして私の方をチラリと見た。

 

「先にあちらの用事を済ませて来たらどうです? 多分日が沈むまで決着つきませんよこれ。」

 

 確かに今のように負けそうになる度に場面を戻しては勝負など決まらないだろう。パチェは不機嫌そうに立ち上がると私と美鈴の肩を力任せに叩く。次の瞬間には私とパチェの服装は勿論、顔と髪形すら変わっていた。

 

「はい終わり。」

 

 パチェは仕事は終わったと言わんばかりにリドルの前に戻り、腕を組んで次の手を考え始める。なるほど、余裕がなくなるとこのようになるのか。可愛いな。

 

「ナイトでルークを取っておきなさい。戦況をひっくり返すとしたらそこからよ。」

 

 今度はリドルがこちらに鋭い視線を向けてくる。やはり、その戦術の要はそこか。私はクツクツと笑うと図書館にある暖炉の中に煙突飛行粉を放り投げる。私は美鈴を煙突に突っ込むとパチェに向かって親指を立てた。

 

「ご武運を。九と四分の三番線!」

 

 私も暖炉に滑り込み、地名を叫ぶ。いつもは込み合っている九と四分の三番線だが、今日なら問題なく着地することが出来るだろう。煙と共に上へと落ちていき、数秒間煙突の中を文字通り移動する。次の瞬間には、地面に足がついていた。

 

「ふう、ここにくるのも久しぶりね。」

 

 私はホームをクルリと見回す。ホグワーツの生徒の姿は見えないが、人が全くいないわけではない。三大魔法学校対抗試合とは魔法界挙げての一大イベントだ。流石にワールドカップほどではないが、観客は大勢来る。まあ殆どの魔法使いは成人しているので姿現しを使ったり、そうでなくとも煙突飛行を利用したりしてホグワーツに行くだろう。だが、一部のホグワーツのOBは学生の頃を懐古しホグワーツ特急を利用する魔法使いもいる。ここにいるのはそんな人間たちだ。

 

「私は年に何回か来ますけどね。でもなんで今日はホグワーツ特急なんです? 煙突飛行でも、それこそ飛んで行ってもいいじゃないですか。」

 

「乗って見たかったの。ほら、蒸気機関車って絶滅危惧種じゃない。昔はよく走っていたけど、今じゃ殆ど電車だし。」

 

 私はホームに佇んでいる機関車に近づいていく。

 

「私の生まれた時代にはこのような機械は無かった。産業革命って偉大よね。産業革命がなかったらスカーレット家が力を失うこともなかった。一資本家、一占い師どころの地位じゃなかったはずなのに……。父も母もまだ生きていたかもしれない。」

 

「何黄昏てんですか。ほらさっさと乗りますよ?」

 

「……。」

 

 まあ今する話ではなかっただろう。私は頭を何度か掻くと、美鈴の後を追ってコンパートメントの中に入った。今日は込み合うことはないので誰かと相席になることはないだろう。

 

「案外狭いんすね。そういえば、この列車っていつ頃ホグワーツに到着するんです?」

 

「そうね。今日は乗客も少ないし、昼前には着くと思うわ。新学期の時とか乗客満載の時は余り速度を出さないから夜に着くって話を聞くけど。」

 

 そもそも、今日は対抗試合を見に行く観客のために運行されている。間に合わないということはないだろう。

 

「まあいつもは生徒の送迎目的でしか走らせてないから。今日は特別運行と聞いたわ。それもあって今日は列車で移動することにしたんだし。」

 

 美鈴はコンパートメントのカーテンをしっかり閉めると列車の進行方向とは逆になるように座る。私はその対面に腰掛けた。

 

「あ、そうなんですね。採算が合わないとかですか?」

 

「まあそういうことよ。利用客がいないし、距離が無駄に長いしね。」

 

「結構ありますもんねぇ……。」

 

 私は今の時間を確認する。どうやらあと五分で列車が発進するようだ。いつもは十一時に出発するホグワーツ特急だが、今日は競技の時間の関係上八時にホームを出る。

 

「そういえばなんですけど、切符はどうするんです? 既に手に入れているとかですか?」

 

「いえ、持ってないわ。車掌が来たら購入すればいいでしょ。もし来なかったら座席に切符代を置いておけば文句は言われないだろうし。」

 

 私はポケットから一冊の手帳と万年筆を取り出す。ホグワーツまでの暇つぶしに向こうの現状を確認しておこう。

 

「なんというか、結構適当ですよね。そういうの。」

 

「そうかも知れないわね。」

 

『クィレル、そちらの現状はどう?』

 

「というか咲夜ちゃんは何時も切符はどうしてるんでしょう?」

 

『私も密偵としてホグワーツに潜入する予定です』

 

「ホグワーツで配られるみたいね。切符代は学費から出てるんでしょう。」

 

『あら、奇遇ね。私たちも今ホグワーツに向かっているところよ。』

 

『そうでしたか。合流致しますか?』

 

「へぇ、やっぱその方が便利ですよね。」

 

『一応こっちも変装しているけど、万が一を考えてやめておいた方がいいと思うわ。』

 

「というか学校側の義務という奴よ。」

 

『畏まりました。』

 

「生徒を預かる身って奴ですよね。」

 

『密偵というよりかはクラウチの監視でしょう?』

 

「責任問題って大変だから……一昨年秘密の部屋が開かれた時もてんやわんやだったみたいだけど。」

 

『ええ、その通りです。クラウチは審査員席にいるので監視は楽ですが。』

 

「学校が閉鎖されるって噂が立つぐらいですもんね。」

 

『逆に言えばダンブルドアのすぐ近くに行くということよ。警戒を怠らないように。』

 

『御意。』

 

「ちょっといいですか?」

 

 美鈴が会話を切って私の手帳をのぞき込む。

 

「混乱しないんです?」

 

「逆になんで混乱するのよ。たった二人でしょうに。」

 

 流石に五人以上になると聞き取りと返答に難が出てくるが、二人程度で、媒体が違うとなれば苦労することはない。

 

「聖徳太子にでもなる気ですか?」

 

「日本の政治家だっけ?」

 

 私は美鈴と無駄話をしながらクィレルに死喰い人陣営の話を聞いていく。速度が速くなっていると言っても付くまでに数時間は掛かる。ゆっくりすればいいだろう。

 

 

 

 

 

 正午を少し過ぎた頃にホグワーツ特急がホグズミード駅に到着した。ここまで来ると活気に満ちており、人も多くなってくる。美鈴と二人で列車を降り、人の流れに乗ってホグワーツへ向かった。

 

「そういえば、どういう設定で行きます?」

 

 美鈴が私の服装を上から下まで見回しながら言った。というか設定ってなんだ設定って。

 

「というのは?」

 

「ほら、親子とか兄妹とか、色々あるじゃないですか。」

 

 ああ、そういう。確かに服装と顔を変えたのだから設定も作っておいた方が良いだろう。私は美鈴から日傘を奪い取ると自分で差す。家族の設定で通すのなら、美鈴が日傘を持っているのは不自然だろう。

 

「じゃあ姉妹って設定にしましょうか。演技出来る?」

 

「まっかせてくださいよ! ……ゴホン、それにしても凄い人だね、リアちゃん。」

 

 パチェが掛けた変装によって、私と美鈴の容姿は似通っている。動きやすさを考慮してか身長はあまり変わってないが。美鈴はホグワーツを卒業したぐらいの年齢で、私は入学前と言ったところか。

 

「そうですね……迷子になりそう。リンお姉ちゃん、手……。」

 

「あ、そういう?」

 

「そういう。」

 

 私は美鈴に向かって左手を伸ばす。伸ばしたところで日傘の外に手が出てしまうことに気が付き、慌ててひっこめた。

 

「やっぱいいです。」

 

「そうね、やめておいた方がいいわ。」

 

 たまには自分のキャラを変えてみるのもいいだろう。自分の印象を固めすぎると大切な時に躓くことがある。

 

「このまま人の流れに乗っていけばいいんですよね? お姉ちゃん。」

 

「ええ、いいはずよ。あ、そうか。リアちゃんはホグワーツ初めてだっけ。」

 

「はい、来年から入学すると思うと少し……。」

 

 美鈴はきょとんとした顔をすると、含み笑いをする。

 

「いや、リアちゃん入学するのって三年後じゃん。」

 

 私は軽く左足を持ち上げると、美鈴の足に向かって全力で振り下ろした。だが足に当たる寸前に美鈴が足をズラし避けた。このままでは左足で石畳を踏み砕いてしまう。全力でブレーキをかけ、静かに左足を地面に降ろす。

 

「おっとっと。」

 

「大丈夫? 石畳に躓いた?」

 

「はい、少し……。でも大丈夫です。」

 

 なるほど、相手にどれだけ変な設定を付けられるかという戦争だと私は受け取った。美鈴が宣戦布告をしてきたのだ。売られた喧嘩は買わなくてはならないだろう。

 

「そういえば今日は何時もの牛乳瓶の底みたいなレンズの眼鏡をつけてないんですね。」

 

「そんなこといったらリアちゃんは今日兎のぬいぐるみ持ってないじゃん?」

 

「お姉ちゃん何時も肩車しているゴブリンは今日はお留守番ですか?」

 

「リアちゃん何時もの哺乳瓶は持ってきた?」

 

「お姉ちゃん今日は普通の差し歯なんですね。」

 

「……。」

 

「……。」

 

「一旦リセットで。」

 

 これ以上は不毛だろう。私は意識を切り替えて目の前に広がる競技場を見る。

 

「森の中に競技場を作ったんですね。」

 

「そうみたいね。」

 

 私たちは人ごみを縫うようにして客席へと入る。競技場の中には荒地が広がっており、中央が少しくぼんでいた。

 

「見る限り何か生物と戦うんでしょうか。真ん中のは巣なのかなぁ……。」

 

「見た感じドラゴンといったところでしょうね。」

 

「ドラゴン? すごーい!」

 

 だが、流石にドラゴンを倒すことが課題になることはないだろう。ドラゴンと言えば訓練した魔法使いが何人も集まってようやく制御できるような生物である。学生一人でどうにかなる相手だとは思えない。

 

「お姉ちゃんならドラゴンと戦う時、どうします?」

 

「私? そうねぇ……わたしだったらまず羽の付け根に踵落としをして飛べなくしたあと――」

 

「やり直し。」

 

 そんな魔法使い居てたまるか。

 

「目を狙うかな。どんな生物でもそこは弱点だから。」

 

「そうなんですね!」

 

 私は指でVの字を作ると美鈴の眼球目掛けてフルスイングする。美鈴は人差し指一本で私の目潰しを止めた。

 

「いや、リアちゃん。姉の眼球目掛けて全力で目潰しかましてくる魔法使いなんていないから。やり直し。」

 

「そうなんですね! すごーい!」

 

 なんというか、たまにはこういう馬鹿なことをするのもいいだろう。いや、こいつといるといつもそうか。美鈴と馬鹿話をしている間にも、客席は埋まっていく。私はポケットから懐中時計を取り出し時間を確認した。

 

「もうそろそろ始まりますね。審査員席にも人が入り始めましたし。」

 

 右からボーバトン校長のマクシーム、魔法省のクラウチ・シニア、ホグワーツ校長のダンブルドア、魔法省のバグマン、最後にダームストラング校長のカルカロフ。既に全員が着席しているところを見るに、そろそろ始まるようだ。バグマンが周囲の審査員に何やら話しかけている。そして笑顔で頷くと、一歩前に出て杖を喉に突きつけた。

 

「レディース&ジェントルメン! ようこそ三大魔法学校対抗試合へ! 今日行われる第一の課題の説明をしていきたいと思います。実況は勿論わたくし、ルード・バグマンでお届けします! まず初めに競技の説明が国際魔法協力部のバーテミウス・クラウチ氏によって行われます。バーティ、よろしく頼む。」

 

 バグマンが後ろに下がると代わりにクラウチ・シニアが前に出てくる。動きに違和感を感じないところを見るに、クィレルはかなり上手く服従の魔法を掛けたのだろう。

 

「本日、代表選手にはドラゴンを出し抜いてもらいます。競技場中心をご覧下さい。中央の窪地がドラゴンの巣になっており、そこにこちらの金の卵を設置します。」

 

 クラウチ・シニアが三十センチほどの大きさの金色に光る卵を持ち上げる。

 

「選手がこの金の卵をドラゴンから奪った時点で課題終了です。」

 

 クラウチ・シニアは一礼すると審査員席に戻っていく。クラウチ・シニアと入れ替わるようにしてまたバグマンが出てきた。

 

「バーティ、どうもありがとう。」

 

 その後もバグマンによって競技の説明があったり、審査員の紹介があったりと、忙しく解説をしていく。その後ついに一体目のドラゴンが競技場内に姿を現した。筋骨隆々な魔法使いたちが十人がかりで連れて来たドラゴンは窮屈そうにジタバタとしながらも競技場の真ん中の巣に座り込む。最後に魔法で巣に卵を設置した。

 

「ウェールズ・グリーン種ですね。扱いやすいドラゴンの一種ですよ。」

 

 私が美鈴にドラゴンの種類を解説すると、美鈴は興味深々といった表情でドラゴンを眺める。だが暫く観察した後、軽く眉を顰めた。

 

「清にいたのとはまた随分違うわね。」

 

「お姉ちゃん中国に旅行に行ったことあるんでしたっけ?」

 

「卒業旅行で行ったのよ。」

 

 ドラゴンが大人しくなったところで、またバグマンが声を張り上げる。どうやら、ついに第一の課題が始まるようだ。

 

「さあ! トップバッターはこの人! ボーバトンの王女にして何処までも男性を魅了する容姿の持ち主! フラー・デラクール!!」

 

 バグマンのブザーに合わせて割れんばかりの歓声が競技場に轟く。その音がきっかけになり、ドラゴンが重たそうに首を持ち上げた。その様子にテントから出てきた少女、フラーが少したじろぐ。まあ、学校から選ばれた代表選手と言っても、相手取るのがドラゴンだ。普通は逃げ腰になりまともに戦うことは出来ないだろう。

 

「さあフラー選手どのような戦術を取っていくのか。巣の中に複数ある卵のうち、金色に光っているものが対象になります! おっと、睨み合っているのか一方的に睨まれているのか、はたまたドラゴンがフラー選手に見とれているのか? 目を合わせたまま動きません。」

 

 ドラゴンは持ち上げた首をフラーの方に向けると、じっとフラーを観察する。フラーの目には明らかに怯えの色が見えるが、意を決したように杖を抜き呪文を唱えた。その呪文はまっすぐドラゴンに飛んでいき、優しくドラゴンの頭を包み込む。

 

「おっと! 今のは魅惑呪文でしょうか。フラー選手自慢の美貌を用いてドラゴンを鎮めようとしているようです。」

 

 一瞬滑稽な作戦だと思ったが、思った以上に効果があったらしい。ドラゴンは眠そうに持ち上げていた首を降ろすと、巣を抱き込むようにその場に座り込む。時間は掛かっているが、どうやら順調に術には嵌っているらしい。

 

「さああともう少し! 見ているこっちも少し眠たくなってきました。おっと、フラー選手ここで動く! ドラゴンの顔色を窺いながら慎重に近づいていきます。さああと十メートル……三メートル……おおっと!!」

 

 あと少しで巣に到着するという距離になったところで、ドラゴンが軽くいびきをかいた。その瞬間鼻から炎が噴き出し、フラーを襲う。攻撃するためのブレスではない為、些細な炎だが、その炎がフラーのスカートに火をつけてしまった。

 

「男性諸君意識は覚醒しているか! シャッターチャンス! シャッターチャンス! 予言者新聞のカメラマン! あとで競技場裏な! えー、ゴホン……実にけしからん炎であります。これはどうも……いけない。」

 

 女性陣からの冷ややかな視線がバグマンを刺す。まあ欲望に正直なのは良いことだ。時間と場所をわきまえればだが。バグマンは何度か咳ばらいをすると、実況に戻っていった。

 

「さあフラー選手杖から水を出し無事に炎を消火。今度こそ慎重に近づいて……やった! 取りました。フラー選手ここで課題クリアとなります!」

 

 時間は掛かったが、大した危険を冒したわけでもなく、大きな怪我があるわけでもなく、順調にことを進めたと言っていいだろう。時間は掛かったが。

 

「さて! 審査員の点数が出揃いました! マクシーム校長から発表していってください!」

 

 マクシーム、クラウチ・シニア、ダンブルドア、バグマン、カルカロフの順で点数を発表していく。合計点は三十八点。五十点満点なので高いのか低いのか分からないが、これが基準になるだろう。時間は掛かったが、安全にドラゴンを対処したのが評価されたらしい。

 競技が終わるとまた筋肉魔法使いたちが出てきてあっという間にドラゴンを連れ去ってしまう。巣の中の卵を入れ替え、新しいドラゴンを連れて来た。どうやら選手ごとに戦うドラゴンの種類が違うらしい。

 

「ああ、あれは見たことあるわ。清の固有種よ。」

 

 横で美鈴がぽつりと呟く。大きな欠伸をしているところを見るに、先ほどまで静かだったのは居眠りをしていたからだろう。

 

「こっちでもチャイニーズ・ファイアボールという名称で親しまれていますね。」

 

「いや親しまれてはないわよ。」

 

 そういう割には美鈴はファイアボール種に親しみの籠った視線を送っていた。そういえばこいつの私服の帽子には、漢字で『龍』と書いてあるんだったか。何か思い入れがあるのだろう。

 

「次の選手に参りましょう! 次の選手はこの方! ワールドカップで活躍する彼を知らない者はいないでしょう! ブルガリアの悪魔! クィディッチの化身! ダームストラング代表! ビクトール・クラム!!」

 

 バグマンが軽快にブザーを鳴らす。割れんばかりの歓声を切り裂くようにして、クラムはテントから飛び出してきた。流石にワールドカップという舞台でいつも戦っているだけあり、本番慣れしている。それに物怖じもしていないようだった。

 

「へぇ、怖いもの知らずって感じね。リアちゃん狙ってみる?」

 

「そうですね。あの顔を恐怖に歪めるのも楽しそうではありますが、今は遠慮しておきましょう。」

 

 クラムは慎重にドラゴンとの間合いを計っている。空中戦が得意なだけあって、空間把握能力が素晴らしい。反射神経も悪くない。まあ、空間把握能力だけなら咲夜のほうが秀でているが。咲夜の場合空間を感覚で掴むのではない。完全に能力で制御するのだ。

 

「クラム選手、ドラゴンの攻撃を紙一重で躱していきます! おっと危うい! このままでは近づけたものでは有りません!」

 

 クラムは何度かドラゴンの攻撃を避けると、素早く杖を振り結膜炎の呪いをドラゴンの目に叩き込んだ。途端にドラゴンは仰け反り、巣の周りでのたうち回る。魔法使いがドラゴンと一対一で戦う時、あれが一番効果のある戦い方と言われている。結膜炎の呪いでドラゴンの目を封じ、その間に逃げる。人間でいうところの催涙弾のようなものだ。

 

「結膜炎の呪いが綺麗に決まりました! だが、おっと! これは急いだほうが良いかもしれません! ドラゴンのやつ完全に足元が見えてません! 既に本物の卵の半数が潰れています! 金の卵はかろうじて無事ですがアレでは時間の問題でしょう!」

 

 そんなことは百も承知なのか、クラムは巣に向かって走り出す。暴れるドラゴンの尻尾や足を器用に躱し、巣の中に飛び込む。次の瞬間にはクラムがドラゴンから少し離れたところでドラゴンの卵を掲げていた。

 

「やりました! クラム選手無事に金の卵を奪取! 危ない場面もありましたがかなりの早さで第一の課題クリアです!」

 

 どっと観衆が沸く。クィディッチの選手らしいアクロバティックな魅せ方だった。これは高得点が期待できそうだが、本物の卵をいくつか潰してしまったことが点数に響くかも知れない。バグマンの実況のもと審査員の点数が出されていく。合計点は四十点。個人的にはもう少し高得点を狙えると思っていたが、どうやら卵を潰してしまったことが点数に響いたようだ。

 

「さあ、ドラゴンの入れ替えを行いますので暫くお待ちください。」

 

 ファイアボール種が連れ去られ、また新しいドラゴンが連れてこられた。ファイアボール種の卵は半分潰れてしまったが、卵も入れ替えられるので問題はないのだろう。

 

「次はなんだろうね。」

 

「あれはハンガリー・ホーンテール種ですよ。ドラゴンの中では最も獰猛だと言われています。」

 

 残る代表選手は咲夜とハリーだ。どちらが先に出てくるかは分からないが、こいつと当たったほうは少し不憫だと言えるだろう。先ほど出てきた二体とは比べ物にならないほどに危険なドラゴンだ。

 

「さて、どうなるかしらね。」

 

 私は日傘の下に広がる青い空を仰ぎ見る。第一の課題も残り半分だ。




咲夜が新聞に載る

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