終わりの時は、未だ知らず。   作:氷桜

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<2:京太郎>

かつ、かつ、かつ。

リノリウムの廊下に、反射する音だけが聞こえる。

何故、俺は。

彼女の下に行こうと思ったのか。

何故、俺は。

自分より、彼女を優先しようと思ったのか。

多分、答えは出ない。

 

「ここや、ね。」

 

はい、と口に出せたかは分からない。

窓から覗ける”親友”――――肩口程まで伸ばした、茶髪の少女。

眠っているのか、静かな呼吸音と。

ぴっ、ぴっと鳴り続ける。

心臓の動きを示す、確かな信号。

 

「……一体、何が?」

 

「帰ってる途中で、急にな。」

 

……現場にいた、のか。

一緒に帰る程には、当然仲が良く。

そんな相手が、唐突に倒れれば。

それは、当然のように心配にもなるし。

自身に対する重圧にもなるだろう。

 

随分と、白い肌をしている。

それは、窓硝子の奥の彼女だけでなく。

目の前の、少女も。

どれだけ強く握りしめたのか。

白い肌に、赤い線ができる程には、強く。

それだけ――――悔しかったのかもしれない。

 

「……ウチに、何かできたんやろか。」

 

「……話を聞く限りじゃ、どうでしょうね。」

 

下手に、慰めることも出来ない。

すればするだけ、相手は自分を責めるだろうから。

例え、彼女に責任があっても。

無かったとしても……自分を、追い込んでしまうのだ。

責任感が強く見えたのは、やはり間違いではなかった様子。

 

「……ただ。」

 

「……うん?」

 

「とても素晴らしいと、思います。」

 

こうして、傍にいてあげられるのは。

 

俺は、何もできなかった。

何も、して貰えなかった。

それだけの、友好関係を結べていなかったと言うよりは。

逃げ出してしまった――――自分への、愚かさ。

 

「ありがと、な。」

 

「事実、ですよ。」

 

松葉杖を立てかけて、廊下の壁に背を付けて。

何も見えない、空を見上げる。

何故か、無性に。

空が、見たくなっていた。

 

「……行かなくて、ええの?」

 

「……ああ、そういえばそんな時間ですか。」

 

機械音だけがする時間が、どれだけ過ぎたのか。

そう、声に出されて初めて気付き。

時計を見れば、若干早く出てきた時間はとうに潰れていた。

 

「俺は――――今日は、此処で。」

 

「……さよか。」

 

薄く笑う、その笑い方。

古き良き、大和撫子。

或いは、遥か遠い貴人のような。

一緒にいて、疲れない。

恐らくは、こういうことを言うのだと実感できた。

 

「……また、来てもいいですか?」

 

「……歓迎するわ。」

 

あんまり、来る人もおらんようやしな。

聞こえないつもりで、言ったのだろうけど。

それは、この空間では十分すぎるほどに反響した。

 

「……最後に。」

 

「……ん?」

 

松葉杖を整え、正面から顔を見た。

 

「――――貴女の、お名前は?」

 

「…………清水谷、竜華。」

 

「…………須賀、京太郎です。」

 

宜しく、とは言わなかった。

またな、とも言わなかった。

ただ。

睡蓮のような人だな、と。

そんな幻想を、得た。


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