かつ、かつ、かつ。
リノリウムの廊下に、反射する音だけが聞こえる。
何故、俺は。
彼女の下に行こうと思ったのか。
何故、俺は。
自分より、彼女を優先しようと思ったのか。
多分、答えは出ない。
「ここや、ね。」
はい、と口に出せたかは分からない。
窓から覗ける”親友”――――肩口程まで伸ばした、茶髪の少女。
眠っているのか、静かな呼吸音と。
ぴっ、ぴっと鳴り続ける。
心臓の動きを示す、確かな信号。
「……一体、何が?」
「帰ってる途中で、急にな。」
……現場にいた、のか。
一緒に帰る程には、当然仲が良く。
そんな相手が、唐突に倒れれば。
それは、当然のように心配にもなるし。
自身に対する重圧にもなるだろう。
随分と、白い肌をしている。
それは、窓硝子の奥の彼女だけでなく。
目の前の、少女も。
どれだけ強く握りしめたのか。
白い肌に、赤い線ができる程には、強く。
それだけ――――悔しかったのかもしれない。
「……ウチに、何かできたんやろか。」
「……話を聞く限りじゃ、どうでしょうね。」
下手に、慰めることも出来ない。
すればするだけ、相手は自分を責めるだろうから。
例え、彼女に責任があっても。
無かったとしても……自分を、追い込んでしまうのだ。
責任感が強く見えたのは、やはり間違いではなかった様子。
「……ただ。」
「……うん?」
「とても素晴らしいと、思います。」
こうして、傍にいてあげられるのは。
俺は、何もできなかった。
何も、して貰えなかった。
それだけの、友好関係を結べていなかったと言うよりは。
逃げ出してしまった――――自分への、愚かさ。
「ありがと、な。」
「事実、ですよ。」
松葉杖を立てかけて、廊下の壁に背を付けて。
何も見えない、空を見上げる。
何故か、無性に。
空が、見たくなっていた。
「……行かなくて、ええの?」
「……ああ、そういえばそんな時間ですか。」
機械音だけがする時間が、どれだけ過ぎたのか。
そう、声に出されて初めて気付き。
時計を見れば、若干早く出てきた時間はとうに潰れていた。
「俺は――――今日は、此処で。」
「……さよか。」
薄く笑う、その笑い方。
古き良き、大和撫子。
或いは、遥か遠い貴人のような。
一緒にいて、疲れない。
恐らくは、こういうことを言うのだと実感できた。
「……また、来てもいいですか?」
「……歓迎するわ。」
あんまり、来る人もおらんようやしな。
聞こえないつもりで、言ったのだろうけど。
それは、この空間では十分すぎるほどに反響した。
「……最後に。」
「……ん?」
松葉杖を整え、正面から顔を見た。
「――――貴女の、お名前は?」
「…………清水谷、竜華。」
「…………須賀、京太郎です。」
宜しく、とは言わなかった。
またな、とも言わなかった。
ただ。
睡蓮のような人だな、と。
そんな幻想を、得た。