GUNDAM BREAKER 3 -異界の模型戦士-   作:バートレット

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お久しぶりです。
諸々の雑事が1年がかりでようやく片付いたので、第9話をお届けします。
お待たせして申し訳ありませんでした。


第9話 STAND BY

 粒子の奔流が止み、目の前でスタリオンライザーが倒れ伏すのを見て、ヒカルは大きく息を吐いた。

 

「……まさか、本当に覚醒が使えるなんて」

 

 パイロットと機体の境界線を取り払い、あたかも自分自身がモビルスーツとなったかのように機体を自在に操る人機一体の境地、覚醒。

 だが、本物のモビルスーツを操るならばともかく、ゲームであるガンプラバトルシミュレータ上で覚醒が発現していることに、ヒカルは今更ながら違和感を覚え始めた。

 

(あくまで覚醒はモビルスーツそのものと一体化する力、のはずだけど。仮想空間上にゲームとして再現しているに過ぎないはずのガンプラバトルシミュレータでも使えるって、よくよく考えれば妙な話だな……)

 

 目の前のスクリーンから月面空間は消え去り、自分のチームが勝利したことを告げるリザルト画面が表示されている。その画面は、たった今まで自分がゲームをしていたことの証左だった。

 ヒカルは搭載されている3Dスキャナから、ガンダムサイファーのガンプラを取り出す。ガンプラという実体は確かにあるが、このガンプラそのものが戦っていたのではない。3Dスキャナによって仮想空間上に投影されたデータを操っていただけにすぎないのだ。

 

(思い込みによる自己暗示の可能性も否定出来ないけど……)

 

 だが、実際にガンダムサイファーの性能が格段に向上していたことは事実だった。マイクロマシンやGN粒子が活性化していた現象、しかもゲーム中の演出だけではなく、機体の性能向上などといった効果の発現が、実際にガンプラバトルシミュレータで起きていたのだ。まるで、「覚醒」というシステムがこのガンプラバトルシミュレータというゲーム内でサポートされているかのようだ。

 一度抱いた違和感を拭うことが出来ずに、首を傾げながら、ヒカルは筐体から外に出た。

 

 途端に、大歓声がヒカルを迎えた。

 

《今回の彩渡町タウンカップ、優勝者は彩渡商店街チームです! 勝者に大きな拍手を!》

 

 アナウンスが彩渡商店街チームの優勝を告げるのを聴いて、初めてヒカルは勝利の実感を得た。

 

「信じらんない……勝っちゃった……!」

 

 いつの間にか外に出ていたのか、ミサも同様に感極まった様子で呟く。

 

「……それにしても、凄かったよヒカルくん。あんなの初めてみた」

「あんなのって?」

 

 ミサが指し示しているのが覚醒現象そのものなのか、あるいは覚醒中に発揮した技のどれかなのかわからず、ヒカルは聞き返す。

 

「アレだよアレ、突然真っ赤にバァーって光って、GNソードがでっかくなって、こう、『ここからいなくなれーっ!』て叫びだし(スイカバーでもぶつけ)そうだったアレ」

「……は?」

 

 ヒカルにはミサの言っている意味が今ひとつ掴みきれなかったが、なんとなく覚醒現象そのものだな、と把握する。

 

「俺も聞かせてもらいたいね」

 

 と、声をかけてくる者がいる。決勝戦の対戦相手、カマセ・ケンタだ。

 

「一体何なんだよアレは。俺も見たことがない……まさかチートじゃないよな」

「やめてよ人聞きの悪い! 私だってあんなの見たこと無いし、そもそもうちのアセンブルシステムがそんなこと出来るほど高性能じゃないって、カマセ君ならよーくご存知のはずだけど」

 

 難癖をつけるカマセに対して、ミサは自虐も込めながら即座に言い返す。

 

「……じゃあなんなんだよ。アレはどういうシステムなんだ?」

 

 その様子を見かねたのか、ハイムロボティクスチームのエンジニア、カドマツがやってくる。

 

「落ち着けよ見苦しい。……アレは覚醒っていうシステムだな」

 

 カドマツの言葉に、ヒカルは驚きの余り大きく目を見開く。その反応を知ってか知らずか、カドマツは言葉を続ける。

 

「ただ実のところ、俺もどういう原理であれが発動するのか、詳しくはわからないんだ。一応、ガンプラバトルシミュレータのシステムでは標準仕様って事になってるんだが……」

 

 どこか歯切れの悪いカドマツの言葉に、ミサが首を傾げる。

 

「標準のシステムの範囲内で発動してるのに、条件がわからないの?」

「そうなんだよな……覚醒したから使える、そういうもんらしい。ただ、一部のプレイヤーが覚醒システムを使えているのは事実だ。俺も久々に発動するところを見たよ。いやー……良いもん見れたわ」

 

 どこか満足そうなカドマツと対照的に、カマセは頭を抱えている。

 

「そんなんありかよ……インチキじみてんだろ……」

「お前は阿呆か。PG使って圧倒的に有利な試合にしようとして、それで負けたらインチキってのは阿呆の言うことだ。そんなんだから負けるんだよ阿呆」

「3回も阿呆って言われてやんの」

 

 カドマツはカマセに辛辣な言葉をかけた。ミサもここぞとばかりにカマセを茶化す。

 

「あのさ……カマセ。一つだけ弁解させてくれないか」

「なんだよ」

 

 不貞腐れたカマセに対して、ヒカルは声をかける。

 

「少なくとも、最初にあんたの拳を受け止めた時は、まだ覚醒が発動していなかったはずだ。この機体でどうにか耐えていた。覚醒はたまたまその時のタイミングで発動したんだ」

「何が言いたいんだよ」

 

 顔を上げるカマセに目を合わせ、ヒカルは答える。

 

「……僕の機体はそもそも、ハムさんに勧められた機体のパーツを使ってる。それに、決勝前の30分間のインターバル中に、パーツを交換した。ミサのパーツにね」

 

 その言葉に、カマセははっとミサを見た。

 

「……そうか。確かに、ミサの機体って基本的に重武装だから、関節部分にかなり手が入ってた……あの時はそんなところに力入れてどうすんだ、って思ってたけど」

 

 そういうことかよ、とカマセは舌打ちをする。

 

「僕が覚醒できたから勝った……確かに、そうかもしれない。でも、これは僕1人の勝利じゃない。あの時、僕があの攻撃を受け止めきれたのは、ミサやハムさんのお陰だったんだ。だから……もっと仲間を信じてあげても良かったんじゃないかな、って」

 

 カマセはその言葉に、肩を震わせる。

 

「仲間を信じる……ね。そうしたかったさ。俺もそうすべきじゃないかってずっと心のどっかでは思ってたさ……」

 

 ぽつり、ぽつりと絞り出すように言葉を紡ぐカマセ。そして、ふいに顔を上げる。その顔には必死さがありありと浮かんでいた。

 

「でも……俺はダメだったんだ! もっと、もっといい環境で自分の腕を磨きたかった! 今の環境に身を置き続けて、自分が腐っていくのが怖かったんだ……!」

 

 心情を吐露するカマセに、ミサは優しげな笑みを浮かべる。

 

「カマセ君の気持ちはよくわかるよ」

「あ……?」

「私だって、もっといい環境で、もっといい設備で、ガンプラを作りたい。ファイターなら当然、誰だってそう思う。でもね、私たちは商店街の名前を背負ってる。だから、むしろ自分で環境を良くしていくしかないんだ」

「……どうやって」

 

 カマセが漏らした疑問に、ミサは胸を張って答えた。

 

「足りないものは他で補えば良いんだよ。腕とか、スピリッツ的なものでさ」

 

 その言葉に、カマセは呆気にとられた後、毒気を抜かれたようにふっと笑う。

 

「……なんだよそれ。ドヤ顔してる割にはずいぶんと漠然としてんじゃねーか」

「う、うるさいうるさいっ! そーゆーもんなのっ!」

 

 カマセの指摘に、駄々をこねるように手脚をジタバタさせるミサ。

 ヒカルがその様子を苦笑して見守っていると、カマセが手を差し出す。

 

「今回は俺の完敗だ、もうこればっかりは潔く認めるしかないさ。でも、俺はこんなところで終わる男じゃない……それを、あんたに誓わせてくれ」

 

 どこか憑き物が落ちたかのように、笑みを浮かべるカマセ。

 

「……あぁ、その誓い、確かに聞き届けた。また勝負しよう!」

 

 ヒカルは差し出された手を握る。

 戦いが終わればノーサイド。敵も味方も関係なく、そこには激闘を繰り広げた戦士が健闘を称え合う姿だけ。

 

(これが……ガンプラバトル、か)

 

 観客の歓声が響き渡る中、2人のガンプラファイターは固い握手を交わすのだった。

 

 

 

「それでは、彩渡商店街ガンプラチーム、タウンカップ優勝を祝して!かんぱーい!」

「かんぱーいっ!」

 

 グラスやジョッキが打ち鳴らされる音が、彩渡商店街の小料理店「みやこ」に響いた。

 戸には、「本日貸切」の札が下がっている。

 今日の大会の祝勝会のための、店主のナツメ・ミヤコの計らいだった。

 

「ウチは1日くらい休んでも問題ないから」

 

 とは、当の店主の弁である。

 

「ははっ、繁盛店があるのは良いねぇ。ウチの店もミヤコのところに商品卸せてなかったら、とっくに潰れてらぁ」

 

 精肉店を営むマチオは早速ビールで満たされたジョッキを空にしながら、豪快に自分の店の現状を笑い飛ばした。

 

「……ミヤちゃん、うちの店の商品も扱ってくれないかなぁ」

「ガンプラって食べられるの?衣をつけてカラッと揚げてみる?」

 

 冗談を飛ばし合う大人たちを眺めながら、ヒカルは手近にあった串カツに無心に齧り付いていた。

 旨い。

 ちなみに、ハムさんはこの場にはいない。なんでも、外せない用事があるということで、大会後にひと足先に帰ってしまったのだ。

 

「祝勝会に参加できんのは口惜しいが、私とて人の子だ。先約を反故にはできん。楽しんでこい」

 

 そんな言葉を言い残して、ハムさんはさっそうと自分の車に飛び乗って去ってしまったのだ。

 

「しかしすげーな、優勝なんて立派なもんだよ」

 

 マチオはすでにジョッキに2杯めのビールを注ごうとしている。いつの間に一杯目を空けていたらしい。それを見たミサがお酌するよ、とビール瓶に手を伸ばす。

 

「まだ一番小さな大会だし……これからだよ」

「そうだね……課題も見つかったし、先も長い。もっと頑張らないとな」

 

 ヒカルが会話に口を挟むと、ユウイチがなにかに気づいたようにポンと手をたたく。

 

「……おっと。ミサ、チームメイトに皆さんを紹介しなさい」

「そうだった!」

 

 ミサは慌てて座り直し、姿勢を正す。その場にいる一人ひとりを手で指し示しながら、紹介をしていく。

 

「こっちの男の人が肉屋のマチオさん。コロッケが美味しいからぜひ寄ってみて。それと、こっちの女の人が、この居酒屋のオーナー、ミヤコさん。この料理、全部ミヤコさんが作ったんだよ」

「おう、よろしくな! 普段の晩飯に困ったらうちにおまかせだ!」

「よろしくね~。今後も祝勝会とか、壮行会があったら連絡をくださいな」

 

 ミサの紹介に合わせて、2人がヒカルに声を掛ける。ヒカルは、「あ、ども、これからお世話になります」と慌てて頭を下げた。

 

「えっと、チトセ・ヒカルです。この度この彩渡商店街チームのメンバーになりました、よろしくおねがいします」

 

 ヒカルが自己紹介をする。

 

「うんうん、ヒカルくんは我がチーム期待のルーキー! 今日も大活躍だったんだよ!」

「活躍ってほどでもなかったけど……さっきも言ったとおり、反省点も多々あった」

 

 ミサのおだてに苦笑しながら、ヒカルはバツが悪そうに頭を掻く。

 

「その上、ウチの店でも期待のルーキーだね。彼が来てからガンプラの売り上げが好調なんだ」

 

 ユウイチがさらに続ける。

 事実、ユウイチが経営する模型店の売り上げはこの1週間で徐々に上向いていた。というのも、店にやってくるガンプラ目当ての客に対して、ヒカルが機体特性やバトルでの活かし方を解説しているのが、口コミで広まり始めていたのだ。もっとも、元いた世界で運用されていたモビルスーツの運用特性なので、こちらの世界でのガンプラバトルではどこまで活かせるのか、内心疑問ではあるのだが、客の反応を見るに、大きな変化はないらしい、とヒカルは踏んでいた。

 

「へぇ……そいつぁすげぇや。ホントにうちの商店街の救世主じゃねぇか」

「そんな大それたものでも……」

 

 と、ここでなにかに気づいたようにヒカルは顔を上げた。

 

「……でも、やっぱり今の彩渡商店街はかなり危うい状況なんですね」

「昔はもっとお店あったんだけどね……」

 

 しんみりとミサが答えるが、すぐに頭を振る。

 

「あ、でもでも、私達が頑張れば、また昔みたいに賑やかな商店街になるよ!」

「そうなるといいわねぇ」

「期待してるぜ、お前達!」

 

 責任重大だなぁ、と呟きながらも、ヒカルはミヤコやマチオの言葉に頷いてみせた。

 と、その時、居酒屋の戸が開き、皆が等しくそちらを見やる。

 

「邪魔するよ」

「すんません、遅れました! あと、ツレも1人いるっす」

 

 入ってきたのは、鎖蛮那亜仁魔流連合のリーダー、シドウ。そしてハイムロボティクスの技術者、カドマツだった。

 

「あらシドウ君、いらっしゃい! いいのよ、まだ始まったばっかりだし。お連れの方もどうぞ?」

 

 ミヤコが立ち上がると、急いで2人分の小皿を取ってくる。

 

「シドウ……それに、カドマツさんも! 一体どうして?」

「あぁ、大会終わった後打ち上げやるってミヤコさんから聞いて、せっかくだから顔を出そうと思ったのさ。俺の家は商店街からちょっと離れたとこの町工場なんだが、よくここの冷蔵庫なんかのメンテをしたり、軽トラ出して仕入れ手伝ったりしてんのよ」

「で、ウチの会社はシドウ君の町工場とも懇意にして貰ってる仲なんだ。今回はちょっと彩渡商店街チームの諸君に話があったんで、シドウ君に頼んで連れてきてもらった、ってわけさ」

 

 ヒカルが目を丸くしていると、シドウとカドマツがそれぞれ事情を説明する。

 

「うちに?」

「あぁ。実はな、君らのチームに入れてもらおうと思ってな」

 

 その突然の申し出に、ミサとヒカルは顔を見合わせる。

 

「え……なんで? 自分のチームは?」

「お前らに負けて、今シーズンはもうやること無いんだよ」

 

 それに、と言葉を続ける。

 

「この商店街チームは、この地元代表になったわけだろ? 同じ地元同士、我がハイムロボティクスも力添えを、ってわけさ」

 

 ユウイチがそれを聞いて、ふむ、と考え込む。

 

「それはスポンサーになってくれる……ということですか?」

「あー、資金面じゃなくて、このチーム、エンジニアいないでしょ。俺がチームエンジニアを引き受けますよ」

 カドマツの弁はこうだ。リージョンカップ以上の大会では、基本的にエンジニアを擁するチームが多くなってくる。そのため、チームエンジニアの不在が今後の大会で大きく響くことになる。そのため、ハイムロボティクスが技術面での支援をする、という話が出た。

 

「でも、うちにはチームエンジニアを雇う余裕は……」

「あー、そこはうちの社長にも話を通してあります。というか、社長も乗り気でした。交換条件として、ちょっとうちが抱えてる案件に協力してもらう、ってことで」

 

 それに、とカドマツは続ける。

 

「個人的に、おたくのエースファイターに興味がある。覚醒システムを使いこなすだけじゃなく、その操縦スキルに戦闘のセンス。とんでもない逸材が身近にいたとあっちゃ、俺も血が騒ぐってもんだ」

 

 ヒカルを見据えて、カドマツが言う。もともとエースは私なんだけどなぁ、とぶつくさ言うミサを見て、ヒカルはようやく自分のことか、と気がつく。

 

「……えっと、僕に?」

「ハムさんからも話を聞いてね」

「いつの間に!?」

 

 ミサが仰天する。

 

「あぁ、実はそっちのエンジニアを引き受けるって話、ハムさんからも提案があってね。俺もおんなじこと考えてたからハムさんから頼まれた時は驚いたし、なんかスムーズに話が進むな、と思ったら、ハムさんがうちの会社の重役に予め根回ししてたらしい……いやー、相変わらず仕事早ぇなあの人」

「ハムさん一体何者なのさ!?」

 

 ミサの絶叫が、夜の居酒屋に木霊した。

 

 

 

 ちょっと夜風にあたってくる、と断りを入れ、ヒカルは一旦中座して店の外に出ていた。先に外に出て、電子タバコを吸っていたシドウと目が合う。

 

「お? お前もタバコか?」

「まさか、未成年だよ僕は」

「そりゃそうか」

 

 はは、と軽く笑うと、シドウは一口電子タバコを吹かす。紫煙代わりの蒸気ミストが夜の商店街の空気に溶けていった。

 

「ったく、すげぇもんだよお前は。俺たちが3年かけても準優勝止まりだったあのタウンカップで優勝しちまうんだからな」

「課題も山積みだけどね」

 

 シドウの呟きに、肩をすくめるヒカル。シドウはそんなヒカルをちらりと見て、ふっと息をつく。

 

「お前なぁ、もうちっと喜べよ。スカした態度も結構だがな、お前に負けた俺たちが浮かばれねぇだろうが。もうお前はウチの地区の代表なんだぜ? 堂々としねぇと他所の街の連中にナメられちまうだろうが」

「ご忠告どうも……でも、まさにその通りなんだ。リージョンカップを勝ち上がるには、もっと僕たちは成長しないといけない」

「そこは同意だ。ミサはともかくとして、お前は経験が浅い。ニッパー握って1週間ちょいだそうじゃねぇか」

 

 こういうタイプは結構珍しいんだがな、とシドウはぼんやり呟く。

 

「バトルセンスはピカイチだ。戦略を練る頭もある。とっさの機転も効く。モビルスーツの知識もある。その上覚醒使いだ。それだけに、工作技術、そこの経験が凄まじく浅いのがマジで勿体ねぇ」

 

 ふむ、とヒカルは考え込む。

 

「カドマツさんがウチのチーム入りするのって、つまり……」

「あぁ。カドマツさんとハムさんの考えはこうだ。エンジニアが入りゃ工作部分でフォローが効く。より高度なアセンブルも出来るようになるってわけだ」

 

 ファイターに取っちゃこんなに羨ましい話ねぇぜ、とシドウは遠くを見ながら話し続ける。

 

「もっともそれでも限界はあるけどな。エンジニアが関わるのはあくまでアセンブルシステムだ。カドマツさんはビルダーとしてもある程度アドバイスできる知識はあるって言ってたが……それでもお前自身が工作の経験を積まねぇといけねぇ。最終的に手を動かすのはお前自身だからな」

「だよなぁ……」

 

 気持ち肩を落とすヒカル。そんな彼に、でも、とシドウは続ける。

 

「実のところ、そんなに心配してねぇんだ。模型店でバイトしてるんだろ?」

「まぁ、そうだけど」

「ガンプラバトル続ける上でその選択は大正解だ。プラモの事をより深く知るなら模型店がうってつけだからな。プラモだけじゃなく、工具に塗料も扱ってて、制作ブースもある。ガンプラ作りには何が必要で、何が大事になってくるのか、だんだんわかってくるはずだぜ」

 

 確かに、とヒカルは頷く。

 

「実際、接客しながらプラモの話を聞いたりしてるから……色々とわかってきたことがあるしね。昔は今みたいにアセンブルするのが簡単じゃなくて、ジョイントの改造が必要だった……なんて話もお客さんから聞いたよ」

「ガンプラバトルが始まって以来、既存のガンプラは順次ジョイントが統一されていってるからな。手脚や頭、バックパックの交換が自由自在に出来るようになった……もっとも、対応していないガンプラもまだまだ多いんだが」

「それに、可動域の調整やパーツの補強、後はスミ入れに塗装……ガンプラは作り方が簡単だからこそ奥が深いと実感させられる」

 

 ヒカルの言葉に、その感覚だ、とシドウは頷いた。

 

「その感覚を忘れるな。その感覚を忘れなければ、きっとお前はビルダーとしても一流になれる。世界を獲るのも夢じゃねぇさ」

 

 そろそろ戻るか、とシドウは踵を返し、店内に戻っていく。

 ヒカルは頷き、その後に続くのだった。

 

 

 

 それから数日後のこと。

 一見すると、買い物メモと買い物かごという、夕方の主婦のような格好で、ヒカルは自らが働く模型店を闊歩していた。

 ガンダムサイファーの改造プランがある程度まとまったのだ。この買い物は、そのためのパーツ探しである。

 

「ふむ、その様子だといよいよ改修の目処が立ったと見えるな、少年」

 

 ちょうど来店してきたハムさんが声をかけてくる。

 

「あ、いらっしゃいハムさん。ちょうどシフト上がりだったので……」

「もうじきミサの学校は下校時間か。後は……カドマツが来れば全ての準備が整うな」

「今日はアセンブルシステムのアップデートでしたっけ」

「あぁ、いよいよだ……刮目するが良い、少年。アセンブルシステムが変われば、まさに世界が一変するぞ」

 

 ハムさんは大仰に手を広げてみせる。と、買い物かごの中身を見て、ほう、と息を漏らした。

 

「その買い物の内容を見るに……どうやら正当進化といった趣か」

「現在の方向性をそのまま維持するのが、一番やりやすいですからね。特定の能力に特化させてしまうと、ガンダムサイファーの本来のコンセプトが崩壊しますし」

「その通りだな。初志を貫徹する、良いことだ」

 

 完成が楽しみだ、とハムさんは頷いた。

 

 買い物を終え、工作ブースでパーツ部分の組み立てをしていると、ミサが帰ってきた。

 

「ただいまー……おっ、ヒカルくん早速やってるねぇ」

「おかえり。改修プランがまとまったんだ。カドマツさんが来る前に仮組だけでも終わらせておきたくて」

「それならヤスリがけとか手伝うよ。こうやってまたチームメイトとプラモ作りができて嬉しいなぁ」

 

 結構強いし、設備や資金に文句言わないし、とミサは満足気に言いながら、600番の紙やすりを探し始めた。

 

「相当困らせられてたんだな、カマセのワガママに」

 

 苦笑しながら、ヒカルは手を休めない。しばし作業を続けていたが、ふと何かに気づいたように顔を上げる。

 

「あ……そう言えばミサの方はアザレアに何か手を入れたの?」

「ふふん、よくぞ聞いてくれました」

 

 ミサはヤスリがけを終えたパーツを手渡すと、近くの棚からガンプラの箱を持ってくる。

 

「これぞ、新たなアザレア……アザレア・カスタムだよ!」

 

 芝居がかった調子で、ミサはガンプラの箱を開ける。

 

「おぉー……おぉ?」

 

 ヒカルは首を傾げた。

 

(どこが変わったんだ? 見た目からだとわからないんだけど……)

「……うん、まぁぱっと見変わらないよね」

 

 ヒカルの心中を察し、どこか曖昧な笑みを浮かべたミサは、脚部を指差す。

 

「ミサイルポッドをくっつけてみたんだよ。今までジャイアント・バズとマシンガンだけだったから、手数を増やそうと思ってさ」

「あー……ザクⅡのJ型が付けてたやつか!」

 

 合点がいった、とヒカルは頷く。

 

「そうそう! これでもっと射撃戦に寄せて戦うことができるよ」

「そうか、パーツを外付けっていうのも有りなのか……それならこっちはこうだな」

 

 ヒカルは、追加パーツをさらに装着させる。外付けのパーツはテープで仮止めを行った。

 

「……よし、こんなのでどうだ」

 

 まだ仮組段階だったが、ひとまずの完成を見たガンダムサイファー。

 そのシルエットは大きく変貌を遂げていた。

 腰にザクが使用するクラッカーを取り付け、脚部には使い捨てのロケットランチャー、シュツルム・ファウストを据え付けた。さらに、シールドはそれまでのターンAのものから、ガンダムXのディバイダーに変更。そして、バックパックはIWSPからノワールストライカーへ換装した。それも、ただのノワールストライカーではなく、ビームキャノンと6連装ミサイルポッドを追加で装着している。クラッカーのすぐ脇には、ホルスターに収められた拳銃のように、ビームライフルショーティが吊られていた。

 

「すごい、どの距離も守備範囲だ……」

「遠距離にいる敵をシュツルム・ファウストとビームキャノンで燻り出す。数が多くても、6連装ミサイルとハモニカ砲で一網打尽にできるしね。近づいてきた相手をビームライフルショーティとレールガンで翻弄しながら、隙を見てフラガラッハとGNソードの三刀流で仕留める……って感じだね」

 

 と、そこへハムさんとカドマツが顔を覗かせる。いつの間にかカドマツが来訪する時間だったようだ。

 

「追加パーツは結構だが……」

「何か忘れていませんか、っと」

 

 ヒカルは慌てて、カドマツとハムさんが座る椅子を持ってきた。

 

「すみません、カドマツさん。お出迎えもできなくて」

「別にんな大層な事しなくてもいいよ。で、追加パーツを装備として認識させるために、アセンブルシステムをアップグレードする必要がある。そのままだと追加パーツはただの飾りだ。こっちは早速アップグレード作業を始めるが、終わったらテストするから、ガンプラの仕上げを頼んだ」

 

 カドマツはそう言うと、店に備え付けてあるガンプラアセンブルシステムに自分のノートパソコンを繋げる。電源をいれると、キーボードを叩き始めた。

 

「承知しました」

「りょーかいっ」

 

 ミサとヒカルはそれぞれ答えると、パーツの接着・塗装を始めた。

 アザレアの方はミサイルポッドの塗装と接着だけだったので、ミサは自分の作業をさっさと終わらせると、改修箇所の多いガンダムサイファーの方の仕上げを手伝う。

 

「うーん、今までよりもトリッキーな機動ができそうだね……バトルシステムで試したいなぁ」

「前よりも三次元機動が上がるはずだよ。あくまで机上論だから、実際に動かしてみないことには……だけどね」

 

 やがて、パソコンのキーを叩いていたカドマツが顔を上げる。

 

「よし、追加パッチインストール完了。最適化もしておいた。二人のガンプラを寄越してくれ」

 

 ミサとヒカルはカドマツに言われたとおり、各々のガンプラを差し出す。アセンブルシステムの3Dスキャナに読み込ませて、それぞれのガンプラバトルシミュレータのアカウントを呼び出すと、アップグレードした機体データを読み込ませていった。

 

「んじゃ、データ入力に入るぞ。機体名を入力してくれ」

 

 カドマツはミサにノートパソコンの前の席を譲る。ミサは目の前に座ると、「アザレア・カスタム」と機体名を入力した。そしてヒカルの番が来る。

 

「新しい名前を考えておいた」

 

 ヒカルは1人呟く。

 

「ガンダムサイファー、最初は本当にゼロからのスタートだった。でも、そこから今は1歩前に進んだんだ。だから、こう名付ける」

 

 ヒカルは、力強い視線を画面に注ぎながら、新たな機体名を入力した。

 

 ゼロ(サイファー)からの前進。

 

 その名は――「ガンダムサイファー・アドバンス」。

 




おまけ
~ハムさんの「なぜなにガンプラバトル」~

 諸君。私だ。ハムさんだ。
 今日は、この世界における、ガンプラバトルのこれまでの歴史を解説させてもらおう。

 そもそもの発端は、2015年、イベント「ガンダムグレートフロント」が、ダイバーシティ東京にて開催されたことだ。
 ここでお披露目されたものこそ、ガンプラバトルシミュレータ。当時としては画期的な「作ったガンプラを電脳空間上で動かす」システムが話題を呼んだ。このシステムを使った「バトルライブ-G」というイベントが、開催期間を通じて行われ、多くの人を熱狂させた……無論、私も行ったとも。
 だが、課題点も見つかったため、イベント終了後、数度のアップデートが行われた。アップデートの間も、いくつかのイベントで体験会は行われていたようだ。
 その後、時は流れて2024年。静岡県で開催された「ガンプラワールドフェスタ2024」で、ガンプラバトルシミュレータのメジャーアップデートが行われた。それが、「ガンプラバトルシミュレータ」2.0だ。
 対応ガンプラの増加、パーツの出来をより細やかに判定するアセンブルシステムなどの実装など、多くのテコ入れが行われ、ガンプラバトルシミュレータは一つの「極み」にたどり着く。
 この年のアップデートにより、ようやく製品化の目処が立ち、2026年から「ガンプラバトルシミュレータ」は全世界のゲームセンター、アミューズメント施設、大型模型店に置かれ、稼働を開始したというわけだ。
 これに伴い、ガンプラもまた、「ガンプラバトル対応」としてパーツジョイントの共通化が行われ、HG・MG・PG化が続々と進められるなど、さらに気軽なカスタマイズが出来るようになっていった。この原動力、まさしく愛だな。
 それからは毎年のように、全国大会や世界大会が開催され、ガンプラバトルは今や、スポーツとして今なお全世界を沸かせている。

 以上、駆け足で解説をさせてもらった。
 次回から、いよいよこの物語は新章に突入する。どうやら我らが彩渡商店街チームに新たなメンバーが加わるようだぞ。楽しみに待つが良い!

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