GUNDAM BREAKER 3 -異界の模型戦士-   作:バートレット

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お待たせしました。第6話をお届けします。
タウンカップ予選の激闘をお送りいたします。


第6話 UNLEASH

 ジャブローの密林に降り立ったガンダムサイファーとアザレア。2機のパイロット、ヒカルとミサはマップを確認する。

《ここからだとゴール地点の最短ルートは……まず川に出てから川沿いに上流に向かって、第6ゲートから地下基地に入ればいいかな。そこから戦艦ブランリヴァルのドックを目指す形になるね》

「OK。じゃあ一気に行こう」

 ルートを確認すると、2機は迷いなく川沿いに出る。待ち構えていたNPC機体の陸戦型ガンダムの1個小隊がマシンガンを斉射し行く手を阻むが、

「邪魔だよ!」

 その間隙を縫うように飛び出したガンダムサイファーが、すれ違いざまにGNソードを一閃。2機の陸戦型ガンダムは、腰から真っ二つに両断されてしまった。

《いっただきぃ!》

 その後ろでは、ミサのアザレアが別の陸戦型ガンダムをマシンガンで蜂の巣に変えていた。

 陸戦型ガンダムの小隊を全滅させたところで、アラートが鳴る。早速他のチームと出くわしたらしい。

 密林から飛び出してきたのはガンダムAGE-2 ダブルバレットの改造機と、GNアーチャーの改造機だ。どちらの機体も射撃戦主体らしく、ダブルバレットはストライクノワールのビームライフルショーティを、GNアーチャーはデュエルガンダムのビームライフルを2丁ずつ持っている。

《アザレア……ってことはミサのチームか!》

《カマセ君に代わる新しいチームメンバー、見つけたみたいね》

 通信ウィンドウに表示されるのは、バンダナを頭に巻いた活発そうな少年と、眼鏡をかけた黒髪の少女だ。

《あー! 生徒会と新聞部のバカップル! 別名マスコミと行政の癒着!》

 アザレアが2機を指差すと同時に、ミサが叫ぶ。

《うるせぇ! 俺達は公私混同しない主義なんだよ! なぁセイナ》

《そうよ! TPOくらい弁えてるんだから! ねっ、アキタカぁ》

 ダブルバレットの少年・アキタカと、GNアーチャーの少女・セイナがミサの台詞に抗議するが、最後に名前を呼び合う時、お互い声色が微妙に艶っぽくなっているのをミサとヒカルは聞き逃さなかった。

「……なんか腹立つな、アレ」

 ヒカルはぼそっと呟くと、GNアーチャー目掛けて突っ込んでいった。

「お喋りも何だし始めるよ。パターンAで。フェイズ1スタート」

《……ちょっ、早いってっ》

 突っ込んでいくガンダムサイファーを見て、アザレアも慌ててマシンガンを構えた。

 ミサの脳裏には、彼ら2人と、半年前に交わした会話がフラッシュバックしていた。

 

 ミサの通う彩渡北高校は、その日、全ての授業を終えて放課後を迎えていた。

 カバンに荷物をまとめて帰宅を始めるミサの顔色はどことなく優れていない。チームメイトであるカマセ・ケンタからチーム脱退の申し入れがあったのがつい先日のことで、未だそのショックから立ち直れずにいた。

「はぁ……来年、どうしよう……」

「何しょげてんの、ミサ」

 そんなミサに声をかけてきたのが、生徒会長としての活動を正式にスタートさせたクルス・セイナだった。

「セイナちゃん……」

「聞いたよ、チームのこと。流石にアレはどうかしてるわ、カマセのやつ」

「ごめんね、そっちのチームに入る話蹴ってまで、自分のチーム作っておいて……情けないよね」

 憤慨するセイナに、ミサは弱々しく微笑む。

「いいの。ミサのところの事情を知っちゃうとね……ミサの分まで私達が頑張らなきゃいけなかったんだけど」

 私達も力不足だった、とセイナはため息をつく。

「でも、こんなところで終われねーだろ?」

 話に入ってくるのは、新聞部に所属するクラスメイト、コウゲツ・アキタカだ。廃部寸前の新聞部を立て直し、全国コンクールで優秀賞を取るまでの部活に成長させた敏腕部長である。

「俺だって、先輩が全員卒業したにも拘らず、部員が俺一人だけになった時はすごく凹んださ。でも、だからこそ、ここが踏ん張りどころなんだよ。ゼロからもう一度始めればいい。まだ、間に合うんだ」

 アキタカはそう言って、ミサに笑いかけた。

「ふふっ、アキタカって、崖っぷちに追い込まれた人見ると放っとけないのよね」

「シンパシーってやつさ」

 セイナとアキタカが顔を見合わせて笑い合う様子を見て、ミサの表情から(かげ)りが消えた。

「セイナちゃん、アキタカくん……ありがとう。まだ頑張れそうだよ」

「良い相方、見つかると良いね……もちろん、私達も探してみるから」

 セイナはミサの肩を叩いて、力強い笑顔を向けたのだった。

 

《無事相方が見つかったのは本当に嬉しいんだけどね……っ!》

 ミサは意識を現在に戻した。セイナの苦笑交じりの声に交じり、ガンダムサイファーが放つGNソード・ライフルモードの射撃音が響く。

《くぅっ……ミサ、貴女の新しいパートナー、がっつき過ぎよ!》

 GNソードを構えながら突進するガンダムサイファーにビームライフルを連射するGNアーチャー。後退しながら射撃を行う、引き撃ちというテクニックだ。相対距離を出来る限り維持して、間合いを取っている。

《ちぃっ……セイナっ!》

 ダブルバレットはガンダムサイファーにドッズキャノンを撃とうと狙いをつけるが、それを妨害するようにアザレアのマシンガンが火を吹いた。

「させないよっ!」

《うおぉっ!? ……マズい、完全に先手を取られた!》

 だが、追い詰めるに至らない。GNアーチャーは機体重量が軽い上に、各部にスラスターを増設した結果、大型のスラスターを持つガンダムサイファー以上の速度を出していた。

《駄目だ、追いつけそうにないな……ミサ! フェイズ2!》

「了解っ!」

 アザレアはジャイアント・バズをダブルバレットに撃ち込むと、すぐさまマシンガンを構え直す。ガンダムサイファーは逆にGNアーチャーに対して、GNソードをライフルモードに変え、引き撃ちを始めた。

《っ、接近戦を諦めた? ならっ……攻守変更!》

 GNアーチャーは後退を止め、前進しながらガンダムサイファーを追い込もうとする。その時、アザレアのマシンガンの洗礼を受けた。

「貰いっ!」

《嘘でしょ!? さっきまでアキタカと戦ってたはず……ッ!》

 アザレアのマシンガンの洗礼を貰い、GNアーチャーは再度引き撃ちに戻る。それを追うミサ。

《援護はまだ!?》

 セイナが悲鳴に似た声を上げる。だが、助けを求めた先のダブルバレットは、目の前に突然襲い掛かってきたビームの奔流を前に、後退を余儀なくされていた。

《すまねぇ駄目だ、今度はストライクが邪魔してくる……くそっ、近づけない!》

《そんな……!》

 2人の声色に焦りが滲む。そして、アザレアのマシンガンの効果が効き始めた。散発的にスタン属性の弾を食らっていたGNアーチャーが、ここへ来てついにスタン状態に陥ったのだ。

《う、動きなさいよ……!》

 その様子を見るやいなや、ミサはヒカルに鋭い声を投げる。

「フェイズ3!」

《Roger!》

 ダブルバレットへGNソード・ライフルモードを構えていたガンダムサイファーは、地面を蹴ってGNアーチャーに襲いかかる。

《機動力はこっちより上でも……動けなくなればこっちのものだ!》

 対艦刀の抜き打ち。GNアーチャーが手傷を負い、傷口からアーク電流がさらにほとばしる。そこへGNソードを突き出し、貫いた。

《装甲は……やっぱり薄かったみたいだね》

《アキタカっ……ごめん……!》

 GNアーチャーのアーマーポイントが0になり、崩れ落ちるように動かなくなる。

《セイナっ!》

「フェイズ4だよっ!」

 ガンダムサイファーはミサの声に応えるように、GNアーチャーの残骸を振り払ってダブルバレットに襲いかかる。

《1人になってもォォォ!》

 次の瞬間、アキタカの叫びと共にダブルバレットがドッズキャノンを構えたかと思うと、そこから大出力のビームを照射する。

《限界駆動アクション……!》

 ドッズキャノンを構えたのを見るが早いが、ガンダムサイファーは大きく横へステップした。

 真横を粒子の奔流が通り過ぎていく。

《だがっ、これでっ!》

 ミサもまた回避しつつ、ジャイアント・バズの榴弾をお返しとばかりに叩き込み始めた。着弾点で大きな爆発が起こり、爆風でダブルバレットは錐揉み回転しながら吹き飛ばされる。

「トドメは任せたよ!」

《了解、任された!》

 飛んできたダブルバレットに、GNソードが閃く。太刀筋は横一直線。腰から真っ二つに両断されたダブルバレットが、そのまま地面に墜落する。アーマーポイントは0をカウントしていた。

《つ……強いっ……》

《なんて技量なの……》

 戦術をほぼ封殺された状態で負けたアキタカとセイナが、声に悔しさを滲ませる。

《……でも、良いチームメイトが見つかってよかったじゃない。ミサ、頑張んなさいよ? 絶対その相方、手放しちゃダメなんだからね》

《あぁ、優勝したら次の1面ぶち抜きで特集してやるよ。だから、勝てよ!》

 通信越しに、エールを送る2人。

「……2人共、ありがとう」

 クラスメイト2人の応援を受け、アザレアとガンダムサイファーは次なる戦場へと飛び去っていった。

 

 6番ハッチに滑り込み、迷宮のような地下基地で他プレイヤーやNPCの機体を次々と倒していく中、突如ヒカルは奇妙な感覚を覚えた。

「……敵の数が少しまばらになってきたか?」

 NPCの数が、予想よりも少なかった。普通なら気にも留めない事だったが、地下空間、中枢部に至る道であるなら、もっと激しい攻撃に晒されても良いはずだ。

 その答えは、基地の向こうからやってきた。

《――待ってたぜェ! チトセ・ヒカルゥ!!》

 地下空間に建設された基地の建物が崩落し、そこから黄金色に輝くモビルスーツが姿を現した。ゴールデン・レオン・レックス、シドウ・ゴウキの新たな機体。

《ここで会ったが100年目ェ!! 決着を付けてやるぜェ!!》

 さらに飛び出してくるのは、黄色と黒のランダムパターンに身を包む、生まれ変わった猛虎。名はタイガーテトラ・チーフテン。初心者狩りをきっぱりと断ち、己の誇りを磨き上げることに腐心したタイガーの心意気が機体にも現れた。

 だが、この場にはもうひとりいるはずだ。計算高く、抜け目のない、スピード狂の男。

「……ゼブラ、だっけか。アイツの姿が見えないな?」

《へっ、それがどうした》

 彼らの余裕綽々といった様子から、どうやら落とされたわけでは無いと判断する。ヒカルは状況の整理を始めた。まばらなNPC機体、待ち構えていた2機の鎖蛮那亜仁魔流連合(サバンナアニマルれんごう)所属機体。今ここにいない1機の機体特性。これらを総合した時、ヒカルは背筋が凍るような戦慄を覚えた。

「……ミサ、ここを急いで突破するぞ! 予想以上にマズい状況だ!!」

 ヒカルは額に汗が滲むのを感じながら、ミサに向かって叫んだ。

《ど、どういうこと――っ、まさかっ!?》

 ミサも目の前の状況から導き出される結論に辿り着いたらしい。通信越しの声に恐慌が滲み出す。

「あぁ、やってくれたなシドウ、タイガー……そしてゼブラ!」

 ギリッ、と歯を食いしばる。

「ここでタイガーとシドウが僕達を食い止め……その間にゼブラがゴールを目指すってことか……!」

《へっ、気づいたところで遅いぜ、ヒカルさんよォ! すでに俺達はここで陣地を張って、NPC機体をかなり狩らせて貰ってる。たとえ俺達が倒されても……ゼブラがゴールすれば、そこで俺たちの勝ちだ!》

《ゼブラには、俺たちのチームの命運、その全てを託したァ! 俺たちはあいつのために、ここでテメェらをブッ倒す! さぁ来いよ彩渡商店街チーム! 俺達の漢気……見せてやるぜェェ!!》

 裂帛の気合と共に、猛り狂う獣たちが飛びかかってきた。

「ここで……ここで止まる訳にはいかないッ! ミサ、パターンGで行く! フェイズ1スタート!」

《G……ってことは、アレか!》

 ミサは後退し、タイガーにマシンガンを撃ちかける。その一方で、ヒカルは手に持っていたターンAのシールドを、地面に突き立てる。

《シールド如きがァ!!》

 シドウのゴールデン・レオン・レックスは、腕部のアームクローを展開した。強引にシールドを引き裂き、そのままガンダムサイファー本体を仕留めるつもりのようだ。

 と、その時、ヒカルの主体時間の流れが緩やかになる。

 ヒカルにとって、それは懐かしい感覚だ。

(この感覚……ッ!)

 そして、その一瞬が、ヒカルに「ある事」をするための決定的な契機を生み出した。

「行けっ!」

 ガンダムサイファーは、突然、突き立てたシールドの上に右手を乗せた。その手には、ライフルモードにしたGNソード。

 狙いは一瞬、そのまま引き金が引かれる。だが、その粒子量は()()()()()()()()

 撃ち込まれた粒子は、寸分違わずゴールデン・レオン・レックスの顔面……カメラアイに吸い込まれていった。

 まばゆい光が、ゴールデン・レオン・レックスのカメラを白く染め上げる。貫通効果は低い上、放出する粒子量も絞られていたために、ヘッドパーツへの損傷は微々たるものだった、が。

《ぐあぁっ……な、何をしやがっ……》

 次の瞬間、GNソードでクローアームを斬り飛ばすガンダムサイファーの姿があった。

《……っ、んなろォォォ! 猫騙しだとォ!?》

 

 客席でこれを見ていたハムさんは、1人ほくそ笑む。

「よもやこの状況で、しかもこの機体に対して、猫騙しを見事に決めてくれるとは。それでこそだ少年」

 歓喜に打ち震え、ハムさんは1人、誰にともなく、吟遊詩人の如く言葉を紡ぎ続ける。

「そう、刹那の一瞬に閃くはまばゆい光。それは百獣の王すらも一瞬、怯ませる。その隙が命取りになるとも知らずに。これぞ少年がこの場で具現化させた究極の猫騙し。人呼んで――『獅子騙し』ッ!」

 

 そんなハムさんの命名を知ってか知らずか、ヒカルは、体勢を崩したゴールデン・レオン・レックスを追いつめながら、昨日の事を思い返していた。

 

 昨日の分のバイトは、店主のユウイチから早上がりで良いと言い渡されたため、午後から時間を持て余すことになってしまった。

 どうしようか、と思案しながらユウイチの店を出ようとした時、やって来たのはハムさんである。

「少年。明日の試合について、少し話がある」

 怪訝そうな顔をするヒカルを連れて、ハムさんが向かったのは図書館であった。

 受付で、メディアルームの使用を申請する。申請書類を提出すると、いくつかあるメディアルームの一つに通された。

 この図書館では、過去のニュース映像やテレビ番組などのアーカイブも行っており、メディアルームで実際に視聴することができる。映像データの貸出も行っていた。

「さて、少年。君には今から一つの映像を観てもらう。大相撲の試合だ」

 メディアルームでハムさんはそう前置きすると、一本の映像データを再生した。

 土俵上で、2人の力士が身構えている。

 拳を突いた状態から両者が立ち上がった。画面上で左側の力士が腕を突き出して攻めこもうとする。

 右側の力士も腕を前に出し、受け止めるかに思えたが、突如その両手を相手の顔面の前で打ち鳴らした。すぐさま身体を翻し、相手の背後に回り込む。

 不意打ちを受けた力士は振り向いて態勢を立て直そうとしたが、ここで再び顔の真ん前で両手が打ち鳴らされ、顔をそむけてしまう。そのまま、2度の不意打ちを受けた力士は押し出されてしまった。

「今のって……」

「相撲では猫騙しと呼ばれる。立ち合いと同時に相手力士の目の前で手を打ち鳴らすことで、相手を怯ませる奇襲戦法の一つだ」

 ハムさんは映像をスローで再生する。

「最初の一発、これは相手の体勢を崩し、結果的に相手に背中を向ける格好を作り出してしまった。追い込みをかけたところ、相手は振り向いて体勢を立て直そうとする。そこですかさずもう一発の猫騙しだ。見てみろ、完全に顔をそむけてしまった」

 スローモーションで再生される立ち合いの様子を見ると、2度目の猫騙しを食らった力士は顔をそむけてしまい、そのまま勢いに押されて土俵の外へと出てしまった。

「人間は、1点のことに集中すると視野が(すぼ)まる。この視界が窄まった状態で刺激を与えると、危険を回避しようとする本能が働いて、目を瞑ったり顔をそむけたりしてしまう。結果的に、集中が途切れ、隙が生まれるというわけだ」

 そして、とハムさんは続ける。

「この取組のポイントは、その猫騙しを2回行っていることにある。基本的に、1度猫騙しを行った後は、相手は警戒するため、2度同じ手は行わないものだ。そもそも、1度の猫騙しですでに優位には立っているのだから、そのまま押し出す戦法を普通は考えるはずだ。だが、彼はこれを2度行った。振り向いて体勢を立て直そうとしたそのタイミングだ。このように、奇襲は相手が全く予想できないタイミングで放つことで意味がある」

 映像の再生が止まる。ヒカルはハムさんの話に耳を傾けながら、今の取組の映像を頭の中でモビルスーツに置き換え始めた。何らかの方法で相手を怯ませ、動きが止まったところでぐるっと背後に回り込みクーデグラ、というような画を思い描く。

「以前、君がガンプラバトルをした時の話を聞かせてもらって思ったのだが、不意打ちのバリエーションを増やすべきだと私は考えている。レールガンやビームライフルの威嚇射撃、抜き打ちが君の今の戦法だが、これにアレンジを加えたり、新たな戦法を編み出したりすると良いのではないかな。パターンに囚われる必要がない、それもまたガンプラバトルの自由度の高さであり……奥深さだ」

 ハムさんはそう言って、メディアルームの片付けを始めた。

 ヒカルは映像データの貸し出しサービスを利用し、大相撲やプロレス、柔道などの格闘技の試合データをいくつか借りる。家に持ち帰ると、それをじっくりと見ることで映像の中で繰り広げられる全ての試合の模様を、自分なりに頭の中でモビルスーツの動きに置き換えていくのだった。

 

「格闘技から戦法の発想を得る……その発想自体が無かったよな……」

 昨日の記憶を思い返しながら、ヒカルは感慨深げに呟く。

 ヒカルが元いた世界でも、モビルファイターに乗るようなパイロットは格闘技を参考にする者が多かった印象があった。だが、それはあくまでも戦闘の技術。身体の動かし方、技の出し方というような直接的なものや、逆に格闘技の根底にあるスポーツマンシップなどのメンタル的なものを学ぶものが多く、それらの中間とも言える戦法そのものを取り入れる発想は、通常のモビルスーツに乗るパイロットにはあまり馴染みのない考え方だった。戦時中ということもあり、スポーツとして格闘技を楽しむ余裕が無かったことも一因だ。

 だが、この世界では、モビルスーツの戦い――ガンプラバトルはスポーツである。スポーツとしての格闘技をじっくりと見ることで、今まで考えつかなかったような戦法の着想ができる。例えば、この猫騙しのような。

 もちろん、ドムなどに装備されている拡散ビーム砲や、スタングレネードのようなオプション装備でこれに似たことを行うのは可能だ。だがそれらを使わずに奇襲戦法をかける発想が、日本が誇る国技、相撲から出てくるとは。

《ぐぅッ……だがまだだ、まだ俺は終わってねぇ……!》

 クローを損傷していても、マニピュレータ部分は生きており、シュベルトゲベールを構える。

《ヘッドォォ! させるかよォ!!》

 タイガーが叫び、ガトリングをガンダムサイファーに撃ちかける。

「っ、ミサ! あいつの動きは止めきれないか!?」

《向こうの弾幕が厚くて押し負けちゃう、このままじゃ……!》

 腕のガトリングを撃ち尽くしてもビームマシンガンがある。ビームマシンガンを撃ち尽くす頃には、ガトリングのリロードが終わっている。ビームマシンガンのリチャージの隙は、背部のキャノン砲でカバーする。

(金ピカの方は今ので手数が減った……となれば、だ)

 ヒカルは瞬時に判断し、ミサに指示を出すべく通信回線を開いた。

「タクティカルパターン、Dに変更! フェイズ1からやり直しだ!」

 迫りくるゴールデン・レオン・レックスに牽制を浴びせながら、地面に突き立てたシールドを構え直すと、タイガーテトラ・チーフテンの方へ機体を滑らせる。

 ビームマシンガンの連射をシールドで受け切る。そのまま被弾して使い物にならなくなったシールドを放り捨てると、キャノン砲の雨を掻い潜り接近。アザレアの方に僅かに視線を向ければ、ジャイアント・バズの弾幕でゴールデン・レオン・レックスをしっかりと引き剥がしている。

「まずは第1段階クリア……!」

《ちぃっ、懐に入られたかァ!》

《タイガーっ! クソッタレが、邪魔だァピンク色!》

《邪魔させてもらってるからね!》

 アザレアはマシンガンの掃射にジャイアント・バズを織り交ぜ、容易には対処しにくい弾幕による陣地を作り上げていた。ゴールデン・レオン・レックスはその対処に時間をとられ、タイガーテトラ・チーフテンに近寄れない。

 しかし、タイガーテトラ・チーフテンは、懐に入られても対処できるだけの近接火力があった。その筆頭が腕部ガトリングである。

《穴空きチーズにしてやらぁ!》

「やってみろ! ただしそっちがバターになるのが先だ!」

 腕部ガトリングを撃ちかけてきたところで機体の上体を反らして回避。集弾性が低いのか、何発かの流れ弾を受けてしまう。アーマーポイントが少しずつ削れるが、マイクロマシンが被弾箇所に集まり、修復作業を始めた。

 多少の被弾には構わず、ガンダムサイファーは2本の対艦刀を抜くと、タイガーテトラ・チーフテンに一太刀浴びせる。腕部ガトリングを逆に損傷させた。

「これでこっちも攻め手を一つ潰した……」

《ガトリングがっ……!》

 ヒカルはそのままペダルを踏みつけ、操縦桿を引く。ガンダムサイファーは間合いを離し、ライフルモードの射程圏内を維持する。

《だがァ! まだこっちにはコイツがあんだよォ!》

 彼我の距離が離れたため、再びビームマシンガンを構えるタイガーテトラ・チーフテン。後退しながら牽制弾を浴びせるガンダムサイファーを、ビームマシンガンで追う格好になる。

(よし、撃ってきた。しばらく逃げだ)

 逃げるガンダムサイファー、追うタイガーテトラ・チーフテン。

《タイガーはっ!?》

「もう少しで落とせる! 踏ん張ってくれ!」

《お願いね……そろそろ限界っ……!》

 アザレアの弾幕を掻い潜りながら、ゴールデン・レオン・レックスはメガガトリングガンでの応戦を始めていた。アザレアにこれ以上任せるのは危険か。後10秒。

《いい加減落ちろよォ!》

「そのマシンガン、ガーベラ・テトラのやつだよな」

 唐突に、タイガーに話しかけるヒカル。口元には笑みさえ浮かべていた。

《それがどうしたァ!》

「あれ、知らなかった? まぁガトリングとキャノンでローテーションしてたから無理もないか。実はそのビームマシンガン……」

 次の瞬間、タイガーテトラ・チーフテンのビームマシンガンの、弾が途切れた。

「……撃ちすぎるとオーバーヒートするんだよね」

《……んなァッ!? 強制冷却だとォ!?》

 ビームマシンガンの冷却機構が強制作動する。銃身のあちこちから煙が立ち昇り、危険な状態であることは誰の目にも明白だった。

 ガーベラ・テトラのビームマシンガンは、まだその技術の黎明期に開発された試作品だった。故に技術的な問題点も多く、その一つ、発熱が致命的だった。粒子ビームを細かくマシンガン状にして撃つ関係上、発射機構やジェネレータへの負荷も高いものだったのだ。必然、発熱量は従来のビームライフルの比ではない。故に、冷却装置を装着してオーバーヒートを出来る限り防いでいた。だが、やはり撃ちすぎると冷却が追いつかないという問題点は、ついぞ解決できないままロールアウトしてしまったのである。

「ガトリングを失った今、この状況に持ち込むだけでこっちが優位だ……ミサ! フェイズ2!」

《待ってました!》

 アザレアが飛び出し、マシンガンをフルオートで撃ち込んでいく。迎撃の手段はキャノン砲だけだが、ミサはこれを全て回避。タイガーの偏差射撃すら上回る機動性で、あっという間にタイガーテトラ・チーフテンをスタンさせてしまった。

《よし、動きは封じた! フェイズ3!》

「もう一踏ん張りだ……!」

 アザレアの射撃が止むと同時に再び懐へと飛び込むガンダムサイファー。GNソードの限界駆動アクション・クロススラッシュを発動させ、タイガーテトラ・チーフテンの分厚い装甲を切り刻む。装甲が厚いせいか、フレームを剥き出しにするに留まったが、それでも十分だった。

《クソッタレェェェェェッ!!》

「あとはあの金ピカライオンだけか……!」

 フレーム構造にGNソードを突き立て、タイガーテトラ・チーフテンのアーマーポイントを全て削り切ると、その場で反転してゴールデン・レオン・レックス目掛けて突き進む。

 機体のスラスターを出力限界ぎりぎりまで吹かし、時折着地してはバルバトス脚部パーツの脚力で再び前に跳躍、距離を稼ぐ。

 接近しながら単装砲を撃ち込む。弾はゴールデン・レオン・レックスに吸い込まれたかに見えた。

 が、着弾の瞬間、金色の獅子は大剣・シュベルトゲベールを構える。

 単装砲の弾は盾のように機体を守る大剣に当たり、弾かれた。

《おうおうおう、そんな豆鉄砲使ってんじゃねぇぞヒカルゥ! その手のでっけぇ剣は飾りかァ!?》

 シドウが吼える。

「それを……っ、待っていたッ!」

 ガンダムサイファーは姿勢を低くすると、ゴールデン・レオン・レックスに肉迫する。

 スライディングの要領で機体を懐に入れ、足を払う。いかに重厚なシルエットと言えど、大剣やメガガトリングガンなどの装備が上半身についている以上、下半身にかかる負荷は大きい。

 そこに足払いをかけられれば、トップヘビーの状態にある機体が転倒するのは無理からぬ事だった。

《ッ!?》

 倒れ伏すゴールデン・レオン・レックス。そこへアザレアが放ったマシンガンとジャイアント・バズの雨。飽和攻撃が始まることを察知したヒカルは、ガンダムサイファーの機体をすぐさま後退させる。

 直後、ゴールデン・レオン・レックスは爆風と弾丸の嵐に呑まれ――機体は鉄くずへと変わるのだった。

 




本家ガンダムブレイカー3はついにDLC最終章に突入。月に一度の楽しみもこれで終わりとなると、少し寂しくなりますね。
今回のお話は大会モノでしたが、セミファイナルのアレは度肝を抜かれました。なんだよアレ。しかもモーションが完全に専用。そして地味に強い。
DLC未プレイの方はもう今すぐ買ってセミファイナルまで進めましょう。筆舌に尽くしがたい衝撃が待っています。

さて拙作、タウンカップ予選は次回で決着します。ゼブラはすでにゴールに向かってひた走っている。追い付けるのか、それともゴールを許すのか。
お楽しみに。

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