学戦都市アスタリスク TRILOGY   作:宙の君へ

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短めです!


第8話 小さな嘘と

アスタリスクの中央区から星導館へと続く一本の舗装された道路を一つのバイクが走り抜ける。

 

「せ、刹那!?もう少しスピードを・・・・・・!」

「まさか、会長はバイクに乗ったことがないのか?」

 

運転しているスーツに身を包みサングラスの少年、神木刹那は後ろで自分にしがみつく少女に声をかけた。

 

「は、はい!ずっと、車の移動でしたので・・・・・!きゃあっ!」

 

吹き抜ける風で暴れるスカートを何とか押さえている姿は、いつも余裕のある笑みを浮かべている彼女とはまた違う姿だった。

 

「しかし、サイラス・ノーマンでの一件。何か妙だと思わないか?あれから奴とは顔を合わせない。本当に大丈夫なのか?」

「え、ええ。私もすぐ風紀委員に任せたので詳しいことは分かりませんが・・・・・・おそらく大丈夫かと」

「そうか、ならいいんだ」

(うそ・・・・・私はあなたに嘘をつきました・・・・・・)

 

クローディアは逡巡した。

 

ーーーーーーーー

 

サイラス・ノーマンは足を引きずるようにしながら、再開発エリアの路地裏を必死で逃げていた。人形たちの残骸を掻き集め、麒麟・獄門顎の直撃は免れたもののそれだけでどうにかなるはずもない。骨は何本折れているかわからないし、引き裂くような痛みが稲妻のように体中を駆け巡っている。それでも足を止めるわけにはいかなかった。統合企業財体の直轄特務機関《影星》が動いている以上、何があっても捕まるわけにはいかない。連中はどんな手を使ってでも自分の持っている情報を全て引き出そうとするだろう。そしてその後はーーーー

 

「くそっ!何故だ!?なぜ出ない・・・・・・!」

 

一刻も早くアルルカントに保護してもらわなければならないのに、連絡用の携帯端末はまるで繋がらなかった。

 

「僕が捕まって困るのはあっちも同じだろうに・・・・・・!」

「それは少々自分を買いかぶり過ぎではありませんか?ノーマンくん」

「ひっ!?」

 

闇の中からサイラスの行く手を阻むように現れたのは、金髪の髪を持った少女だった。

 

「せ、生徒会長・・・・・・・!」

 

サイラスは奥歯を噛み締める。その両手には一本ずつ、不気味な形状の剣が握られている。鍔飾りの文様はまるで目玉のようであり、一対のそれは正しく化け物の瞳のようだ。

純星煌式武装(オーガルクス)《パン=ドラ》。悪名高いそれを目の当たりにするのは初めてだったが、もちろんサイラスもその能力について耳にしている。

 

「あちらにとっては所詮捨て駒でしかなかったのでしょう。お可哀想に」

「・・・・・と、取引しませんか、生徒会長!」

「取引?私とですか?」

「全て!僕が知っていることを全てお話します!ですから僕の身の安全を保証して頂きたい!《影星》ではなく、正規の風紀委員に身柄を委ねたいのです!」

 

クローディアは首を傾げ、短く問い返す。

 

「その場合、私にはどのようなメリットが?」

 

その返答にサイラスはほくそ笑んだ。交渉の余地があるならばチャンスはある。

 

「《影星》はあくまで内密に僕を処理してしまうでしょう。ですが、風紀委員会が担当すれば事件を公表せざるを得なくなります。そうなったらあなたは僕を外交カードとして使えるハズだ・・・・・!」

「ふむ・・・・・・」

 

クローディアは考え込むように瞳を閉じた。それを好機と見たサイラスは更に言葉を連ねる。

 

「僕とあなたは似た者同士のはずです!他人をゲームの駒としか考えていない!馬鹿共はそれを批判するが、使えるカードを最適に運用する事こそがゲームに勝つ鉄則です!あなたならお分かりでしょう!?」

「なるほど・・・・・それは確かに一理あります」

 

その言葉にサイラスの表情がぱっと明るくなる。やはりクローディアは利を取る女だ。そうした賢しさは扱い易い。だがクローディアはにっこり微笑みながら言った。

 

「ですが、私とあなたでは大きく違う所があるのですよ、ノーマンくん」

「え・・・・・・?」

「あなたは自分をプレイヤーだと思っているようですが、私は自分自身も駒の一つだと考えています。だって、そうでなければつまらないでしょう?」

 

さも楽しそうにクスクス笑う。

 

「く、狂っている・・・・・・・!あなたは狂っているッ!!クローディア・エンフィールドォッ!!」

「ええ、それは重々承知の上ですよ?それにーーーこの一件を公表して外交カードに使うよりも、内々に処理をしてアルルカントへ貸しを作っていた方が私としてはお得なのですよ」

 

サイラスの顔が更に引き攣り、ガクガクと足が震える。

 

「う、うわああああああああああ!!」

 

サイラスは絶叫と共に最後の奥の手を解放した。服の裏側に仕込んでいたナイフを操り、クローディアへの不意打ちで投擲を仕掛けたのだ。この距離ではかわしようがない。絶対の自信を持った最高のタイミングだった。ーーーーーしかし、

 

「あらあら」

 

クローディアはソレをまるで分かっていたかのように(・・・・・・・・・・・)、弾き上げた。

 

「まさか、この子の能力を知らないわけではないでしょうに」

 

その両目はサイラスから見て、右目が翠色に、左目はピンク色に染まっていた。《パン=ドラ》が形成する刃と同じ色だった。

 

「ひっ・・・・・・!」

「刹那があなたをここまで疲弊させてくれたおかげで手間が省けました。手加減していたとはいえ流石は《閃光》と言ったところでしょうか。あ、そのように怯えなくても大丈夫ですよ?あなたにはまだ利用価値が残っています。今はまだ、ですけどね」

 

クローディアはまたにっこり微笑む。しかしそのオッドアイの瞳は凍てつくように冷徹で、サイラスは足を動かすことも出来ない。

 

「では、ごきげんよう」

 

涼やかな声でそう告げると、クローディアは舞うように双剣を振るう。その柄に施された二つの瞳が怪しく光ったと思った時には、サイラスは全身から血を吹き出していた。

 

「・・・・・・い、今のあなたの姿や顔を見たら・・・・・彼は失望するでしょうね・・・・・・」

 

そのまま地面に倒れ込んだ。星導館が誇る純星煌式武装(オーガルクス)の中でも、突出した能力を秘めた未来視の魔剣。その胸の校章がパキンと割れる。

 

「もちろんその事も重々承知の上ですよ。全ては私の願いのために・・・・・・・」

「あーあー、まさかやっちまったんじゃないでしょうね」

 

街灯の陰から染み出るように現れた少年は、場違いに軽い口調でクローディアに声をかけた。

 

「大丈夫ですよ。取り敢えずは懲罰房にでも放り込んで置いてくださいな。後の処理はあなた方《影星》に一任しますが、ちゃんと情報を引き出してくださいね?」

「そりゃモチのロン。ウチらはそれが専門ですから」

 

少年は横たわるサイラスに視線を向け、やれやれと肩を竦めた。まるで関心が無さそうだ。

 

「このこと、アイツには?」

「いえ、そちらの事はご心配なく。ですが、彼がこの事を知ったら私共々非難されるのは目に見えています」

「アイツは優しいッスからね〜。それを覚悟した言葉の割にはいまいち浮かない表情ッスね」

「あら・・・・・・あなたに気取られてしまうとは、まだまだ私も修行が足りませんね」

「そんなに悔しいならご自分も一緒に行けば良かったでしょうに」

 

呆れたように少年が言う。

 

「そういう訳にはいきません。私には私の職分というものがありますから」

「おっと、それだけっスか?」

 

少年がニヤニヤしながらからかうと、クローディアは笑顔のまま眼前に切っ先を突きつけた。

 

「私の詮索をするようにと上から命じられましたか?夜吹英士郎くん」

「いやいや、滅相もない!」

 

慌てて首を振る少年の仕草は、しかしどこかおどけて見える。

 

「まあ、純粋な好奇心ってやつですよ。本当に向こうは任せっきりで良かったのかなーなんて」

 

クローディアは答える代わりに残念そうに肩を落とすと、ため息混じりに呟いた。

 

「・・・・・・まあ、仕方ありません。少々悔しいですが今回だけはユリスに譲っておきましょう。なにしろーーーようやく本番の幕が開いたのですからね」

 

クローディアはクスクスと笑った。

 

ーーーーーーーー

 

と、ある出来事のことを思い返したクローディアは重いため息を吐き出す。そして、目の前の少年の背中を見た。

 

(もしあなたが私の真実を知ったら、あなたは軽蔑しますか?それとも、非難し、罵倒を浴びせます?でもあなたは優しいからもしかしたらーーーー)

 

と、そこでクローディアは首を振る。彼が優しいから自分を許してくれる?自身の目的の為に全てを切り捨てる汚い私を彼が許す?そんな事はありえない。許しを得るという考えを持つことさえも烏滸がましい。それでもーーーー

 

(せめて、全てが終わるその日までーーーー)

「あなたの傍にいさせてくださいーーーー」

「ん?なんか言ったか?」

「えっ!?い、いえ!なんでもありません!」

「そうか。だが、悩みがあるなら相談に乗るぞ。まあ、大して役には立たないとは思うが気休め程度にはなるはずだ。俺たちは“友達”なんだろ?」

「ーーーーーー」

「あんたがピンチの時は俺が必ず助けに行く。その時は俺の名前を呼べ、どこへでも飛んでいくから」

 

そう言って視線を後ろへ移し、優しく微笑んだ。

 

「ーーーありがとう、刹那・・・・・・」

「気にするな。飛ばすぞ、しっかり掴まれ」

「・・・・・はい」

 

バイクのエンジンを吹かし、一直線の道路を駆け抜ける。

その軌跡は、いつか訪れる幸せな未来への暗示のように見えた。


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