学戦都市アスタリスク TRILOGY   作:宙の君へ

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訪れた束の間休息ーーー

三月に13巻が発売!


第18話 つかの間の休息

アスタリスクの南東に位置する界龍(ジェロン)第七学院は、その敷地全体が回廊で繋がれた無数の建造物で覆われている。伝統的な中華風の建造様式を模したそれらに囲まれるようにして庭園や広場などが点在し、その様相は学園というよりむしろ一つの巨大な宮殿と言った方が近いだろう。

その一角に黄辰殿と呼ばれる建物がある。朱塗りの柱に瑠璃瓦の屋根を持った三層構造の楼閣で、一見すると他の建造物とさほど違いはない。最も界龍に在籍する学生ならば、ここがいかに特別な場所か誰でも知っている。

ーーーーいや、より正確にいうならば、特別なのはこの場所ではない。その主だ。それは《万有天羅》の二つ名を継ぎし者。それは界龍を統べる者。三年前、齢六つにしてその座についた者の名は、范星露(ファン・シンルー)と言った。

 

「ーーー師父、そろそろ定例報告会のお時間です」

 

趙虎峰(ジャオ・フーフォン)は広間の入り口で右拳左拳の抱拳礼を取ると、一拍の間を置いてからそう告げた。虎峰(フーフォン)界龍(ジェロン)第七学院の序列五位。その身体はよく鍛えられているもののやや背は低く、柔らかく整った顔立ちといい長い髪から女子の間違われることもあるが、れっきとした十七歳の男子学生である。かつては麒麟児との呼び名が高く、先の《鳳凰星武祭(フェニクス)》では見事準優勝に輝いたほどだ。もっとも虎峰は当時の自分を思い出すと、あまりの恥ずかしさに悶絶するらしい。

 

「おお、もうそんな時間かえ」

 

広間の中央に立っていた童女がその声に振り向き、あどけない笑みを返した。

とてもではないが、何も知らない者にはこの童女がアスタリスク最大の規模を誇る界龍(ジェロン)の序列一位、《万有天羅》の范星露だとは信じられないだろう。

 

「ではここまでにするとしようかの。皆、ご苦労じゃったな。またいつでも挑むがよいぞ」

 

星露はそう言ってぐるりと広間を見回す。その床には数十人の学生が息絶え絶えといった様子で倒れ込んでいる。彼らは皆、星露へ弟子入りを希望する者達だ。

 

「こちらにおいででしたか、師父。探しましたよ」

「ああ、それに趙師兄も。ご無沙汰しております」

 

と、回廊の反対側から歩いてきた二人組の男女が、二人の前で恭しく包拳礼を取った。虎峰の眉が僅かに寄るが、星露は変わらぬ無邪気な笑みを浮かべたまま足を止める。

 

「おお、ぬしらか。儂になんぞ用かえ?」

 

星露がそう訊ねると、二人はさも愉快そうに目を細めた。

 

「いえ、それほどのことではないのですが」

「今日の勝利のご報告を」

 

それはまるで一人の人間が喋っているかのようでまるで不自然さがない。それがかえって不気味なほどにピッタリと一息があっている。少年の名は黎沈雲(リー・シェンユン)、少女は黎沈華(リー・シェンファ)。その名が示すとおり双子の兄妹であり、界龍の序列九位と十位に名を連ねる。

 

「うむ。観ておったぞ。中々に見事な勝ちっぷりであったのう」

「いえいえ。僕たちなど」

「まだまだ修行中の身でございますから」

 

そう言いつつも、二人の言葉には隠しきれない自負が滲み出ていた。そこにはある種の傲慢にも似た、圧倒的な自信が感じられる。

 

「ふん、心にもないことを。いいから本題に入るがよい」

「ははっ、師父にはかないませんね。それでは・・・・・」

 

沈雲はそこで一言切ると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

ーーーーーーーー

 

刹那は控え室のソファに座り、《正宗》の発動体を見つめていた。

 

「《鳳凰星武祭(フェニクス)》を勝ち抜くにはもっと、今より強い力が必要だ。もっと、もっと、もっと俺は強くならなきゃいけない。姉さんを、父さんたちの仇を討つには、もっと・・・・・・!」

 

神器(イノセンス)』の力は確かに強大だ。だが同時に危険な代物でもある。恐らく長時間の使用に人間の身体は耐えられない。その一線を越えた場合は、間違いなく自分は自分でいられなくなるだろう。

 

「あまり、使わない方がいいな・・・・・」

 

しかし刹那はまだ気づかない。自分は既に、『神器(イノセンス)』の力に徐々に呑み込まれていた事に。

 

「次の対戦相手は・・・・界龍の双子か」

 

刹那の端末に送られてきた次の対戦相手は界龍の《冒頭の十二人(ページ・ワン)》だった。しばらくその画面を見つめ続けていると、突如隣から声をかけられた。

 

「あの、刹那先輩・・・・・?」

「あ、ああ。どうした、刀藤」

「大丈夫ですか?ずっと怖い顔してらしたので・・・・・」

「そうか?」

 

どうやら先程から呼ばれているのに気づかなかったらしい。後輩に心配をかけてしまうとは少し情けなさがこみ上げてくる。

 

「すまないな、大丈夫だ」

(刹那先輩・・・・・・?)

 

綺凛は刹那が少し変わったかのように思えて、どうも胸騒ぎが治まらなかった。次の試合で、何か・・・・・何かが起こる、と。

彼が、彼でなくなってしまうと。根拠なき焦燥感が綺凛を駆り立てたためこうして刹那を探し会場内を走り回っていたのだ。

思わず、彼の背中に抱きついてた。

 

「おっと・・・・刀藤?」

「先輩、ど、どこにも行かないと約束してください!」

「それは一体どういう・・・・・・」

「お願いします!約束、してください・・・・・!」

「あ、ああ・・・・・・」

 

その時はうやむやな返事をしてしまった。綺凛の言葉の意味がわからない。どこにも行くなとはどういうことなのだろうか。

窓を見やれば、夕焼けが空を侵食し始めていた。

 

ーーーーーーーー

 

ベスト十六を決める試合が明日に控えた夜、刹那は星導館の敷地内にある広場のベンチに座り、月明かりを受け煌めく噴水をぼんやり見ていた。特に理由もなく、かと言って寝付けないのでこうして暇をつぶしに外にててきたわけだが・・・・・・

 

「・・・・・・・」

 

綺凛に言われた言葉の意味について、少し自分なりに考えをまとめる必要がある。が、どうも上手く思考が回らない。何やら疲労感も感じる。思えば家族を失ったあの日から、立ち止まらず振り返ることもしなかった。父と母に繋いでもらったこの命、よく《蝕武祭(エクリプス)》で散らさなかったものだ。恐らく、「神器(イノセンス)」のおかげなのだろう。では、自分の求める強さとは何なのか。失った過去を取り戻すため、大切な人を取り戻すため、もう何も奪われないよう守るため、親の仇をとるための力?この中に、自分が追い求める強さや力があるのだろうか。

 

「俺の求める強さは・・・・・・」

「ーーーそこで何をしている?」

 

後ろから声をかけられ、振り向けば美しい桃色の長い髪をポニーテールにし片手に牛乳瓶を持ったユリスがいた。服装から見るからに風呂上がりだろう。上気した頬が月明かりに照らされ元々整った顔を更に美しく、艶めかしくしていた。

 

「・・・・・リースフェルトか」

「酷い顔だな。ちゃんと寝ているのか?」

「・・・・・・・・」

「まあいい、隣座るぞ」

 

そう言って、刹那の隣に腰を下ろし一口牛乳を飲む。しばらく無言の時間が流れる。刹那はおもむろに口に出した。自分の中にあるこのモヤモヤを。

 

「なぁ、リースフェルト。一つ、聞きたい」

「・・・・・・・」

「強さとは、なんだと思う・・・・・・・?」

 

無言のままユリスは刹那の言葉に耳を貸していた。

 

「最近、分からなくなった。俺は何のため強くなろうとしていたか・・・・・・失った過去を取り戻すためなのか、大切な人を・・・・・・姉さんを取り戻すためなのか、それとも自分のためなのか・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「「神器(イノセンス)」があれば、確かに強くなれる。だが、あれは俺を俺でなくしてしまう・・・・・・使えば使うほど、力を欲してしまって、俺は・・・・・・お前たちを傷つけてしまうかもしれない・・・・・・」

 

少し間を置き、ユリスは小さなため息を吐いた。

 

「刹那、こっちを向け」

「・・・・・?」

 

言われるようにユリスの方へ顔を向けたと同時に、両頬を思いっきり挟まれた。

 

「・・・・・!?」

「ーーー全く、何を言い出すかと思えば・・・・・」

 

また一つため息を吐き、今度はしっかり刹那を捉える。

 

「強さには種類がある。金、権力、そしてお前が言った力。確かに、それは大事なものだ。強くなければ、願いを叶えることはおろか、《星武祭(フェスタ)》でも勝てない。全星武祭制覇(グランドスラム)など以ての外だ」

「・・・・・・・・・」

「だが、その強さよりも本当に大事なのは心だと、私は思っている」

(心・・・・・・)

 

二人を夜風が包み込む。木々揺れ、草々がゆっくりと流れていく。

 

「金を自分の好き勝手に使えば、ただの成金に成り下がる。権力を傍若無人に振りかざせば独裁者へと変貌する。そして、力はただ振り回せばそれはもう暴力者だ。野蛮人と言ってもいい。だが、心を持って使えば、金は貧しい人たちを救える。権力だって、同じように困っている人を助けることが出来る。力は、助けを求めている人たちを助けることが出来る」

 

そして目の前のユリスの顔が優しく微笑む。

 

「確かにお前の言う通り、「神器(イノセンス)」は危険な代物だ。あの《覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)》よりも。出来ることなら、お前にあれを使って欲しくはない・・・・・・・。だが、いつかあれと向き合わなければならない。それは遅かれ早かれいずれ訪れるものだ。故に私はあえて止めない、お前を信じているから・・・・・・」

「リースフェルト・・・・・・」

「決して、心だけはあれにくれてやるなよ。暴走しても、私が、綾斗が、紗夜に綺凛、クローディアがお前を全力で止める。だから、そんなに気負うな。お前はもう、一人ではない」

「ーーーーーーぁ」

 

コツンと、ユリスは刹那の額へ自分の額を当てた。冷えきっていた心に温かさが広がっていく感じがした。

 

「・・・・・・・・ありがとう、ユリス(・・・)・・・・・」

「やっと呼んでくれたな」

 

そのまま刹那は目を閉じ、数秒もしない間に静かな寝息をたてながらユリスの膝の上で眠りについた。余程思いつめていたのか、これは当分起きないだろう。かと言っていくら《星脈世代(ジェネステラ)》とはいえ、相手は男の子だ。体格差もあるため運ぶことは出来ない。残る手段はーーーー

ユリスは辺りを素早く見渡し、そっと膝の上から刹那の頭を置いてあった彼の服を畳んだ上に乗せた。そして自分もそんな彼の横に横たわる。

 

「・・・・・・お前だけだからな、こんな事をするのは・・・・・・」

 

隣で眠る彼の髪をそっとすく。少しくせっ毛の混じった黒い髪はユリスの手の中で夜風に踊る。

時を同じくして、運営委員会委員長室ではマディアスが執務机の記録映像を眺めていた。

 

「神木刹那、か。まさか、君たちの息子があそこまで強くなっているとはね」

 

視線の先にあるのは執務机に置かれた写真立て。そこにはマディアスと夫婦らしき二人の男女。同じ星導館の制服を着た三人は、年相応の優しい笑みを浮かべていた。

 

「君たちの息子は禁断の力を手にした。それも全て君たちが仕組んでいたことかな。どちらにせよ、彼とは刃を交えることになるだろうね。聖羅くんがあそこにいる限りは。そして、「神器(イノセンス)」は使用者の感情を増幅させる副作用みたいなものがある。君は、抑えらるかな?己の中にある負の感情を」

 

マディアスの口角が僅かに上がる。

 

「楽しみだよ、神木刹那くん。君と刃を交える日が・・・・・・」

 

ーーーーーーーー

 

「ユリ・・・・・・ス・・・・・・」

 

寝言で自分の名前を呼ぶとは、どこまでこの少年は私を期待させるようなことばかりするのか。不服そうにむくれながらユリスは刹那の顔を見て驚いた。刹那の目からは一筋の涙が零れたからだ。

そして、行動に移すまで考えるまでもなかった。ユリスは無意識に刹那の手を握り、そっと顔を胸へと寄せ包み込んだ。

 

「ああ。私はここにいる・・・・・・お前を一人には・・・・・・」

 

そう言ってユリスも襲い来る眠気に抗いきれずそっと意識を手放した。

 

「よし、今日はこれくらいでいいかな」

 

明日の試合に備え訓練を止め、綾斗は夜空を見上げる、想う。

 

「姉さん待ってて。必ず、見つけ出すから」

 

同じくして綺凛と紗夜も、自身の刃を研ぎ澄ませていた。

 

(私も、刹那先輩のように強く・・・・・!)

 

今はただ、手に取る剣を振るうのみ。いつか彼に追いつき、胸を張って肩を並べられるようになるために。

 

「・・・・・・・」

 

紗夜は無言のままシャワーを浴びていた。その瞳には熱く、それでいて静かな闘志が揺らいでいた。

そしてクローディアも自室の窓から月を見上げ、願う。

 

(どうか、無事に《鳳凰星武祭(フェニクス)》が終わりますように・・・・・・・)

 

 

少年は誓う。

大切な人を取り戻すことを。

 

少女は求める。

憧れの存在に近づくために。

 

少女は臨む。

好敵手に自身の力を示すために。

 

少女は願う。

仲間たちとパートナーの健闘を。

 

 

それぞれの想いを胸に《鳳凰星武祭(フェニクス)》も佳境へと向かう。

 

譲れぬ願いを叶えるために少年少女の闘いは、まだ始まったばかりなのだった。

 

 

 

次回 学戦都市アスタリスク TRILOGY

 

第19話 突然の来訪者

 


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