俺は、月に背中を押され、無我夢中で教室に向かった。
何ですぐに追いかけようとしなかったんだろう。
七海は「教室に行く」と言った。
わざわざ目的地を伝えたのは、俺に追いかけて欲しかったからだ。
自惚れかもしれないけど······いや、そういう考えじゃダメなんだ。
七海は俺を必要としてくれている。 好きでいてくれている。
だったら俺も精一杯で答えなきゃ。
距離感が分からなくて遠慮したり、七海の気持ちを勝手に深読みして解釈したり、そんなのは······
────もうやめよう。
俺はただひたすら走って、教室に到着して、そのままドアを開ける。
「······七海。」
七海は教室の机の上に座って、泣きそうな顔をしながら上を向いていた。
きっと、涙をこぼさないようにそうしていたんだろう。
俺に気付いた七海は、より一層涙をためながら言った。
「遅いよ、ばか。」
俺は、七海の所まで駆け寄り、抱きしめた。
「そんなんじゃ、許さんよ······」
「泣かせてばっかでごめん。」
「離して······」
「不安にさせてごめん。」
「嫌······」
「我慢ばっかさせてごめん。」
「······」
「本当に······ごめん。」
「ごめんばっかり。」
七海は俺の胸に顔を埋めたまま、そう呟いた。
俺の制服が涙で少しずつ濡れていく。
伝えなきゃ、俺の気持ち。
「七海。」
「······なに?」
「俺、ほんとに七海のこと大切に思ってるよ。 ただ、俺って恋愛の経験とかないから······距離感が分からなくて······それに、きっと俺の気持ちって重いから······嫌われたくなくて······失いたくなくて······遠慮してたんだ。」
七海はそっと潤んだ目で俺を見つめる。
「重いなんて······嘘だ······」
「ほんとだよ。 七海が今日、喫茶店で男の子達に話しかけられてた時もすごくムカついたし、他のクラスメイトに笑顔を見せるのだって平気で何でもないフリしてるけど、ほんとは嫌だし、モヤモヤするんだ······」
「え······?」
「七海のこと、すごく可愛いと思ってるし、好きで好きでたまらない。 俺以外の男には七海のこと見えなくなっちゃえばいいのにって思うこともある。」
「え、え、え?」
「七海と手を繋ぎたい、抱きしめたい、キスしたい、それに······それ以上だってしたいって思ってる。」
「あ······あぅ······」
「ほら、重いでしょ?」
七海は涙は止まっていたが、これでもかというくらい顔を真っ赤に染めていた。
我ながらすごいこと言ってると思う······
これはある意味黒歴史確定かもしれない······
「う、嬉しいよ······でも、そんなに一気に夢みたいなこと言われると恥ずかしい······」
それに、と七海は続ける。
「私だってそれぐらい······ううん、それ以上に律くんの事想っとるんよ。」
「そうなの?」
七海は顔を見られたくないのか、俺の胸に再び顔を埋め、話し出す。
「わ、私だって、今日律くんが女の子達にニコニコしてるの見て、すごく胸が締めつけられたし、今日じゃなくても、女の子に笑いかけてほしくないし、律くんの事、どこかに閉じ込めておきたいくらい好きだし、それに······もっと、キスだけじゃなくて······触れてほしいって······思う。」
最後の言葉は消えかかりそうになりながらも俺の瞳を見ながら紡いだ。
瞬間、たまらなくなって、教室だということも忘れて七海にキスをしていた。
「んっ······」
突然のキスに彼女は驚きながらも、俺の背中に腕を回し、応える。
深く、もっと深く、七海に触れたい······
俺は枷が外れたかのようにほとんど暴力的に七海の唇の隙間に舌を押し込む。
「んっ! んっ······」
彼女はそれでも必死に応えてくれる。
そんな姿が可愛くて、愛おしくて、止まらなくなる······
教室には似つかわしくないような卑猥な水音が広がる。
長い貪るようなキスをして、ゆっくりと唇を離す。
二人の間に銀色の糸が線を引き、すっと切れた。
「はぁ、はぁ······」
彼女と俺の荒い呼吸が教室にこだまする。
今までのどのキスよりも激しく、どのキスよりも本能的なものだった。
彼女は立っていられなくなったのか、そのまま俺に縋るように寄りかかる。
「ごめっ、大丈夫?」
俺自身、酸素が足りていないみたいで言葉が途切れかける。
荒い呼吸を整える間もなく、今度は七海の方から口付けをしてくる。
形勢逆転。 先ほど俺がしたように、七海は俺の唇の隙間に舌を入れてくる。
俺もそれに応える。
二人の舌は絡み合い、きつく抱きしめ合いながら互いを求めあっていた。
一度目のキスよりもさらに長いキスが終わり、七海は唇を離す。
七海は今までに見た事のないような、妖艶さと切なさと愛しさが混ざりあったような表情をしていた。
「律くん、もう我慢しないんよね······?」
「うん、もう我慢しない。」
────じゃあ、抜け出しちゃおっか。
* * * * * * * *
後夜祭を抜け出して、そのまま俺の家に着く。
今日、母さんは美奈子さんの所に泊まりに行っているため、家には誰もいない。 七海も友達の家に泊まりに行くと両親には伝えてある。
俺の部屋に無言で入り、ベッドに座る。 部屋の中を照らしているのは月明かりのみ。
俺は、なんとなくさっきまでの行為が気恥ずかしくなりよそよそしい雰囲気になっていた。
「なんか······恥ずかしいね」
七海もそうだったようで、顔を紅くして俯いて呟く。
「そうだね」
「ほら、こんなにドキドキしとるよ」
七海は俺の手を取り、自らの胸に当てる。
理性が緩くなっている今の俺にはそんな七海さえ欲求を刺激するには充分なわけで······
「ごめん。 我慢できそうに無いかも」
再び、押し倒してしまう。
「我慢せんでいいよ。 ずっと待っとったから」
七海は優しく微笑んでくれる。
七海の制服のスカーフを解き、ボタンを一つずつ外していく。
黒色の下着があらわになり、七海は少しだけ恥ずかしそうにそれを隠す。
「あんまり大きくないから······」
「そんなことないよ」
実際、七海の胸は発育の良いほうだ。 月に比べれば若干の見劣りはあるかもしれないが、そんなことは全く気にならないほど、俺は七海に夢中なのだから。
俺はせめて、せめて優しくしようと務める。
今まであえて触れることをためらわれた場所に優しくさわり、本能のままに七海を傷つけないように、優しくキスをする。
艶やかな嬌声が七海の口から、吐息と共に漏れる。
そんな七海の声が俺の本能を煽るが、そこは恋人として抑圧する。
俺との行為で恐怖を感じて欲しくない。 愛情だけを、その細く壊れそうな身体に一心に感じてほしい。
ただそれだけを願って。
俺たちの呼吸は比例するように荒くなる。
七海が俺に触れられ、嬌声を漏らす。 そんな七海を見て、俺も自ずと呼吸が荒くなる。
身体が今までにないくらいに熱く、頭がぼんやりしてくる。
「律くん。 そろそろ······」
七海は一糸纏わぬ姿で俺に懇願するような視線を向ける。
「七海、ほんとにいいの······?」
紅潮した七海の頬に触れながら問う。
「今更聞かんでよ······」
────来て······
俺達はその夜、本当の意味で結ばれた。
* * * * * * * *
早朝。 まだ外は薄暗い。
俺は身体を起こしながら隣でスヤスヤと眠る七海の綺麗な黒髪に指を通す。
「んっ……」
七海は俺の指先に呼応するように短く反応し、再び寝息をたてはじめた。
そんな彼女がたまらなく愛おしく、今まで生きてきた人生の中で最も幸せを感じていた。
きっとこれからも俺たちの前にはたくさんの苦難や障害が待ち受けているだろう。
それでも――
この儚げで、素直で、一心に俺を想ってくれる彼女がいれば、きっと乗り越えられる。
「おやすみ……七海」
俺は七海との未来を思い描きながら、再び微睡みの中に落ちていった。
お久しぶりです! 中矢です!
まずはじめに、皆さんにお詫びしなければなりません……
ずっと書き続けていた「君のいる町 if」ですが、今回の投稿をもって打ち切らせて頂きます。
理由としては勢いで書き始めてしまい、様々な伏線を貼りまくってしまった結果、伏線の回収が難しく、終わりが見えなくなってしまった為です。
誠に勝手で申し訳ありません。
またどこかのサイトで自分を見かけたら読者になって頂けると幸いです。
今までありがとうございました。