ドラマ再現シーンから数日経ち、俺達は着々と準備を進めていた。
七海と俺はミシンや裁縫がある程度出来るため、そちらをメインに行い、柚希ちゃんと青大は、クラスメイト達に指示を出しながら、教室の飾り付け、椅子やテーブルなどの準備、装飾、料理などを進めていた。
「ねーねー、一ノ瀬くん! 私も手伝うよ!」
「私も!」 「私が先に来てたの!」 「私よ!」
はぁ······今日もこうなるのか······
実はあの日以来、手伝い(主に女子)が爆発的に増えたのだ。
クラスメイトはもちろん、果てには上級生までやってくることもある。
何故かと言うと、原因はあの写真だ。
青大があの日撮った俺の執事姿を尊に見せたらしい。
そこまではいいんだが、尊がほかの男子に送ったのだ。
そこから、さらに巡り巡った結果、全校中に拡散されているらしい。
手伝ってくれるのは有難いが、ここまで増えるとなると、収拾がつかなくなる······
そして何より七海の視線が痛い。
七海はミシンを扱いながら時々こちらを据わった目で見てくる。
俺は何も悪くないんだけどな······
ふぅ、とひと息つき、女子の対応を行う。
そうすることによって、更に七海は嫌がるのだが、せっかく手伝いに来てくれた子達を邪険に扱うわけにはいかない。
また、後で謝らないとな······
しかし、その甲斐もあってか、予定以上に早くメイド服が仕上がっていっている。
テイルコートの方は特に加工する場所は見当たらないので、メイド服さえ終われば、実質ほとんどの作業が終了することになるのだ。
「おーい、律人! そっちはどうじゃ? って相変わらずファンが多いのォ」
「誰のせいだと思ってるのさ······」
尊は呑気な声で進捗具合を聞いてくる。
「悪い悪い、ここまで広がるとは思わんかったんじゃ。」
それに、と続ける。
「ブチ似合っとったんじゃし、俺からしたら羨ましいわ!」
「そんなこと言って、また月に呆れられるぞ。」
「ああ······そのことなんじゃけど。」
尊はめったに見せないような真剣な表情になる。
「俺······月に後夜祭の時に告白しようと思ォとるんじゃ。」
「まじ!?」
俺は周りを気にせず驚愕の声を出す。
そのせいで作業を行っていた女子たちがこちらを何事かと見てくる。
「こらっ! 声が大きいわ!」
尊は人差し指を唇に当て、静かにしろというジェスチャーをしてくる。
「ごめん······というか本気なの?」
「おう、ただの幼なじみとして一緒におるのも悪くはないんじゃけど、どうせなら恋人として一緒におりたいけェの!」
「それで······もしだめで幼なじみとしてもいれなくなったら?」
尊はそんなこと何でもないというふうに答える。
「そんなに簡単に俺らの関係は壊れんわ。それに······脈がないことは分かっとるしの······」
後半の言葉は呟くように発した為、聞き取ることは出来なかった。
なんにしても、尊がそう決めたなら俺がすることは一つだけだ。
「応援してるぞ! 頑張れよ。」
恋の成就を祈ること。
「まかせろ!」と、親指を立てながら尊は自分の持ち場に戻っていった。
あの尊がついに覚悟を決めたってことか。
なんだかんだ尊は今の関係に満足して、想いを伝えることはないと思っていた。
人は迷うと大抵の場合、現状維持を選ぶ生き物と何かの本に書いてあった。
まぁ尊の言う通り、そんなに簡単に壊れる関係じゃないよな、俺達。
そういえば最近、月と話してないな······
なんだかあんまり元気がないみたいだし。
情報収集も兼ねて久しぶりに月とゆっくり話してみるか。
そんなことを考えていると授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、下校の時間になる。
月はさっさと帰る支度をしていた。
俺もカバンにノートやら教科書やらを詰め込み、月に話しかける。
「月、ちょっといい?」
「あ······律人。」
どことなく浮かない顔の月。
いつもの月と比べるとだいぶ違う。
でも、こんな表情を前にも見かけた気がする。
いつだったかな······?
「今日、部活休みなんでしょ? 久しぶりに途中まで一緒に帰らない?」
突然の申し出に月は驚いた顔をして俺に問う。
「七海ちゃんはええの?」
「ああ、七海は今日は先生に呼ばれているらしいから、先に帰ってていいって言われてるんだ。」
「わかった······ウチも話したいことあるし。」
俺達は下駄箱で靴に履き替え、自転車を取りに行って校門をくぐった。
────自転車を押して歩くこと数分、俺は他愛もない話を月に持ちかけるが、月はどこか上の空で自転車を押している。
カラカラと車輪が回り、チェーンの軋む音だけが鳴り響いている。
口を開いたのは月の方だった。
「律人。」
「どうしたの?」
「ちょっと座って話さん? そこの桜の木の下で。」
月はそう言って、今は青々とした葉をつけた桜の木を指さす。
俺はその言葉に頷き、先に進む月について行く。
自転車をとめ、大木に寄り掛かって座る。
木々の合間から差し込む木漏れ日が身体を優しく包み、涼しい風が通り抜けていく。
「そういえば話があるって言ってなかった?」
「小学生の時のこと覚えとる? ウチが上級生に囲まれた時。」
「覚えてるよ。」
なにが理由だったのかは今になっては曖昧だけど、月が転校してきて本当に間もない頃、確か月の見た目のことをからかった上級生数人が月を痛い目にあわせてやろうと、学校の裏庭に呼び出したんだ。
「律人が助けてくれたんよ。」
「あれは助けたことになるのかな······」
月はあの時、上級生に囲まれても怯むことなく堂々としていた。
とはいえ、さすがに上級生。 もちろん月より身体は大きいし、何より男だ。
そのうえ、数人となったらさすがに助けに入るものだ。
結局、何とか二人で追い返したんだ。
「あの時、律人が言った言葉、覚えとる?」
あの時、俺何か言ったのかな?
さすがにそこまでは覚えていない。
「ごめん、俺、何て言ったの?」
「『危ないと思ったら逃げなきゃだめじゃん! 月ちゃんは女の子なんだから!』て怒ったんよ。」
「俺、そんなこと言ったんだ。」
「うん。 本当はあの時から律人は特別だったんよ。」
え? と俺は間の抜けた声を出す。
「他の子より身体も大きくて、性格も男みたいなウチを唯一女の子として扱ってくれた。」
────そんな所を好きになったんよ。
月は今度は真っ直ぐに俺の目を見てそう言った。
蒼く、偽りのない瞳は俺をただ真っ直ぐ射抜いていた。
「······本気?」
「嘘は嫌いなんよ。 知っとるやろ、律人も。」
月の髪が風に靡いて、するすると揺れる。
「でも、俺は······」
「分かっとるよ。 七海ちゃんがおるんやからわがままは言わんし、困らせるつもりもないけェ。」
「月······」
「でも、諦めるつもりもない。 ウチ、気づいたんよ。 二人が付き合ったの聞いて、心から祝福出来ん自分がおることに。」
月は悲しそうに笑いながら、俯いた。
「今更みっともないって自分でも分かっとるんやけど、自分の気持ちに嘘つきたくないんよ······」
月は自分の靴の先を見ながらそう話す。
瞬間、美奈子さんの話が頭に浮かんだ。
「律人がウチを拒絶するんやったら、大人しく諦める。 もし、このままでいいなら好きでいさせてほしいんよ。」
「俺は······」
七海のことを考えれば好きでいてもらうのは困る。
しかし、懍の時も俺は拒むことは出来なかった。
俺に月の気持ちを踏みにじることなんて出来ない。
そんな権利なんてきっとどこにも、誰にもない。
「分かったよ。 気が済むまで好きでいなよ。 でも、俺は七海の事がほんとに大切だから······」
「分かっとるよ。 ありがとう、このままでいさせてくれて。」
月はそれ以上何も言わずに帰っていった。
どうすれば良かったのだろう······
月の想いを拒絶して、このまま関係が壊れないと言いきれるだろうか。
尊はそんなに簡単に壊れる関係じゃないと言った。
しかし、ほんとにそうだろうか?
いざ当事者になると俺は臆病で動けなくなる。
いつからだろう。 変わることを恐れだしたのは。
答えは分かってる。
失うことに臆病になったのは祖父母がいなくなってからだ。
もしくは父親が出ていってからか······
「尊のことも聞きそびれたな······」
きっとこれで良かった、そう思うことで自分の中の罪悪感を軽くしようとしている自分に気付かないふりをした。
────そして俺はこのいたずらな優しさが大切なものを失うきっかけになるということを気付くはずもなかった。
俺はしばらく考え込んだ後ゆっくりと立ち上がり、自転車に乗り、帰路を辿った。
閲覧ありがとうございます!
ここ最近、諸事情により中々執筆の時間がとれない状況が続いています······
更新のペースはまちまちになってしまいますが、これからもよろしくお願いします!