二学期からは柚希と青大の恋愛を応援していこうと思います!
神咲家に泊まった日から月日は流れ、明日から二学期が始まろうとしていた。
夏休みの間、月と尊と青大が課題を見せてもらいに家に来たり(青大はいつも課題はほとんど終わらせているが······)成海さんと七海とドライブに行ったりした。
七海のことはあれ以来呼び捨てで呼ぶようになった。
七海曰く、「家族以外の男の子に呼び捨てにされるのって特別な感じがするでしょ?」らしい。
七海はすごく積極的になって、素直に思ったことを言ってくるようになった。
独占欲というと言い方は悪いが、彼女が自分のことをそれだけ真剣に好きだってことはすごく嬉しい。
俺も七海のことは日に日に好きになっている。
しかし、今、俺の頭の中を支配していたのは別のことだった。
昨晩、樹さんから電話があった。
会話の内容は懍のこと、それから柚希ちゃんのこと。
あの日────懍が広島を発ったあの日に、俺は懍にキスされた。
樹さんはその事は知らないはずだ。
電話の内容からもそれは推測できた。
樹さんから伝えられたのは二つ。
一つ目は懍が元気がないということ、俺や、七海に合わせる顔がないということ。
二つ目は柚希ちゃんを東京に呼び戻して、もう一度家族で暮らすこと。
一つ目の原因は間違いなく俺だ。
これはあの日の出来事を考えれば容易に理解できる。
あれ以来、俺は懍と連絡を取り合っていない。
庄原にいた時は近くにいるのにも関わらず、メールや電話をしていたが、あの一件以来お互い気まずく、連絡は途絶えてしまった。
これは解決できる。
俺が気にしないでいいと連絡してあげればいいんだ。
問題は二つ目。
こればっかりは俺にはどうしようもない。
家庭の事情だし、そもそも家族は揃って暮らすのが当たり前だ。
少なくともこの国ではそれが普通だ。
しかし、柚希ちゃんの気持ちはどうなるのだろう。
あの子はわざわざこの町の青大の家に来た。
ものすごい偶然だったが、青大の父と柚希ちゃんの父が古い知り合いだったのだ。
柚希ちゃんからしたら、願ってもない幸運······いや、むしろ運命と言っても過言ではない。
そんな柚希ちゃんが、また青大と離れ離れになるのはどうしても避けたいだろう······
俺がその立場だったら、きっとすごく辛い。
青大の気持ちもそうだ。
やっと自分の気持ちに気付きかけているのに離れ離れになんてなりたくないはずだ。
「ふぅ······どうしたもんかな······」
俺は虚空にぽつりと呟いた。
────二学期が始まり、恒例の教員の長い話が終わり、教室でホームルームがあって初日は下校となった。
クラスメイト達は皆、休み前よりも肌が焼けており、夏休みを大いに楽しんだようだった。
「律くん!」
七海が声をかけてくる。
「七海、どうしたの?」
すると、近くにいた月、柚希ちゃん、青大、尊が勢いよく振り向く。
「律人······今······」
月は驚いたようにこちらを見つめる。
「え? 何?」
「七海って······」
他のみんなも同じく驚いている。
どうやら呼び捨てにしたことに対して驚いているらしい。
「おかしいかな?」
青大と尊と柚希ちゃんは、まぁ付き合ってるんだから当たり前か。という風に納得していた。
「っ······ううん! あはは、付き合ってるんだから当たり前やね! ごめんごめん! あ! 私、部活の顧問の先生に呼ばれとるんやった! じゃあね! みんな!」
月はそう言って、足早に去っていった。
「どうしたんだろ、月のやつ。」
「······俺も部活行くわ! またな!」
尊も月の後を追うように教室を出ていった。
「まぁ、こればっかりは何とも言えんのォ······」
青大はやれやれとそう言った。
「あ、私も部活行ってくるね! またね!」
柚希ちゃんが出ていって、俺は七海に再度要件を聞く。
「それで? なんだったの?」
「あ······えっ? あぁ、今日一緒に帰れんかなぁと思って!」
「あぁ、ごめん、今日は青大に話があるから先に帰ってて!」
俺は帰ろうとしている青大に聞こえるように話す。
「ん? 話ってなんじゃ?」
青大はなんの事か分からないという顔で俺を見る。
「まぁ······ちょっとね。そういう訳だからまた今度一緒に帰ろうよ!」
七海は少しだけ、不服そうな顔をしたが、了承してくれた。
「分かった······今日は桐島くんに譲るけど、次からは一緒に帰るんやからね!」
「というか、俺はいいけど、部活は?」
七海は腰に両手をおき、胸を張って答える。
「辞めました! 元々、お兄ちゃんから言われて入っとったし、それに新しいマネージャーが入ってきたから!」
それに、と七海は続ける。
「もっと一緒におれる時間増やしたかったんよ······」
可愛い······けど、青大からの視線が痛いよ······
ほんとに、素直になりすぎでしょ。
「嬉しいよ。ただ、青大が冷たい視線送ってくるからこの辺にしとこうね。」
「分かった! それじゃあ律くん! 桐島くん! また明日!」
そう言って七海も教室を出ていった。
「神咲のやつ、変わったな······」
青大は七海の変わりように驚き、そう呟いた。
────帰り道、俺達は自転車を押して帰っていた。
まだ痛いくらい照りつける太陽は、ヒシヒシと肌を焼く。
俺は白人のクォーターということも関係しているのか、肌は白いほうだし焼けにくい体質らしい。
それでも、太陽は容赦なく肌を刺すし、自然と汗ばむ。
春には満開に咲き誇っていた桜並木も、今は青々とした葉をつけ、その合間からは木漏れ日が差し込んでいる。
「それで······話って何のことなんじゃ?」
青大は腕で汗を拭いながら本題に入る。
「青大さ······柚希ちゃんのことどうするか、決めた?」
「なっ! なんじゃ! 急に!」
青大は顔を赤くし、足を止めて勢いよく聞いてくる。
「いいじゃん。それで、どうなの?」
再び歩き出しながら青大は答える。
「······律人が神咲と付き合ォたから、言うタイミング逃したんじゃけど、あの日······夏祭りの日に、枝葉とひょうたん池で花火を見たんじゃ。その時に確信した。俺は枝葉の事が好きじゃ。」
青大は言葉を濁すことなくはっきりそう言った。
「天然で馬鹿なやつじゃけど、危なっかしくて見てられん時もあるけど······あいつは······枝葉は······明るくて、優しくて、じゃけど繊細で······あいつの傍におってやりたいんじゃ。それが俺の本当の気持ちじゃ。」
いらない心配だったみたいだな。青大はとっくに答えを出していた。
この様子ならきっと、柚希ちゃんの事を引き留めるだろうし、柚希ちゃんもそれに応えるだろう。
後は柚希ちゃんの家族だけだな······
恋仲になった二人をそれでも一緒に住むことを許すだろうか。
俺も出来るだけのことはしよう。
「それを聞いて安心したよ。それで、いつ気持ちを伝えるの?」
「後夜祭の時に連れ出して言おうと思ォとる。」
「そっか、頑張れよ! 青大!」
「おう!」
俺達はそのまま家に帰るまで、他愛のない話を語り合った。
────家に着き、部屋着に着替えた俺は樹さんに電話をかけた。
樹さんも今日は始業式と言っていたはずだから、この時間なら出てくれるだろう。
機械的な呼び出し音がなった後に、樹さんが応答する。
「はい。どうした? 律人。」
「あ、樹さん、今大丈夫?」
「ああ、塾は5時からだから大丈夫だよ。」
「柚希ちゃんのことなんだけど······協力して欲しいことがあるんだ。」
「柚希のこと? なんだい?」
「もし、柚希ちゃんが卒業まで庄原に残りたいって言ったら、賛成してやってくれないかな?」
樹さんは少し考え込んで、口を開く。
「柚希がそれを望むなら······兄として叶えてやるべきだろうね。柚希が広島に行った理由は家族の事情だけじゃないんだろ? 分かったよ。」
俺は安堵の息をつく。
「良かった。ありがとう。それともう一つ、もし親御さんが反対された場合は、樹さんが説得に協力してあげて欲しいんだ。」
「反対することはないんじゃないか? 母さんも義父さんも柚希がそうしたいと言えば卒業するまではと納得するだろうし。」
そう、確かにそうなんだが、理由によっては反対される場合がある。
だからこそ、樹さんの口添えが必要なんだ。
もし、二人が好きあっていることを隠すなら話は別だが。
「理由によっては反対されるかもしれないんだ。頼むよ、今は何も聞かずに賛同してほしい。」
少しの沈黙の後に樹さんが了承してくれた。
「分かったよ。律人の頼みだからね。それに柚希の望みならそうするよ。」
「ありがとう。助かるよ。」
「いいさ! それじゃあ僕はそろそろ塾に行く時間だから! たまには電話してくれ。」
そう言って、樹さんとの通話を終了した。
なんとか協力者は確保出来たな。
後は、二人がどうするか見守るだけだ。
出来ることなら二人が引き裂かれないことを祈ろう。
······とは言ってもまだ付き合ってるわけでもないけど。
さて、次は懍だな。
今更連絡をするのは少し気が引けるけど、歳上の俺が連絡しないと、懍の方からはすごくしづらいだろうし。
すると、突然、俺のケータイが着信を告げる。
樹さんかな?
そう思って携帯を開く。
着信︰枝葉 懍
まさかこのタイミングで懍か。
俺は通話ボタンを押す。
「はい。」
「あ······もしもし、律人お兄ちゃん······?」
声の調子から不安が窺える。
「懍。俺の方から今、まさに連絡しようと思ってたんだ。」
「そう···なの?」
「うん。ごめんな、懍。なにも連絡してやれなくて······」
「どうして律人お兄ちゃんが謝るの!······悪いのは、私の方だよ······」
後半は消え入りそうな声で言葉を紡ぐ懍。
「私が······あんなことしたから······律人お兄ちゃん、怒ってるよね?」
「怒ってないよ······少し驚いたんだ。それと、気まずさから懍に連絡する勇気が出なかったんだ。ごめんね。」
「······ほんとに怒ってない? 私のこと······嫌いになったでしょ?」
懍は泣き出しそうな声でそう言った。
もしかしたら、泣いていたのかもしれない。
「······懍のこと、嫌いになんかならないよ。懍は俺にとって特別なんだ。」
懍は特別······か。
七海に聞かれたら怒られそうだな。
でも、勉強会の時も言ってたから意味はわかってると思う。
俺にとって懍は、家族のような存在。
幼少期に毎日一緒に過ごした相手は、恋愛感情抜きにして、特別になるんだと知った。
だから、懍に元気がないと聞いた時は罪悪感があったし、驚いたのと同時に納得した。
あの時の涙は、懍なりの後悔と申し訳なさがあったのだ。
今なら懍の気持ちは分かる。
報われないと知っていても、想いを止めることなんて出来ない。
だから、行動に出た。しかし、その後今までの関係ではいられないと思い、後悔したんだろう。
懍の気持ちには応えられない。
だけど、それをストレートに懍に伝えられるほど、俺は強くない。
懍を失いたくない。
あの無邪気な笑顔を壊したくないんだ。
それが甘いんだという事は充分わかってる······それでも俺は······
────懍を遠ざける事は出来ない。
「良かったぁ······」
懍は遂に電話越しでも分かるほど泣いていた。
「私······嫌われたかと思って、それで······ずっと······後悔してたの······」
懍は嗚咽をこらえながら続ける。
「律人お兄ちゃんと······もう話したり、会ったり······出来ないんじゃないかと思って······」
「泣かないで、懍。大丈夫だよ。俺は懍を遠ざける事は絶対にないから。信じて。」
なるべく優しく、諭すように話す。
「······ありがとう。律人お兄ちゃん。」
しばらく、懍が泣き止むまでの間、俺は慰め続けた。
嗚咽が止まり、泣き止んだ懍は申し訳なさそうに話す。
「泣いちゃってごめんなさい······」
「いいよ、懍は昔から泣き虫だから慣れてる。」
そう軽口をたたくと、懍はむぅと怒る。
「今は全然泣いたりしないもん! 律人お兄ちゃんの前でしかこんな私は見せないよ······」
「懍······」
「ねぇ、律人お兄ちゃん。私······律人お兄ちゃんのこと好きでいてもいい?」
俺はだめだと言うことはやはり出来なかった。
「······懍が気の済むまでそうしなよ。」
「ごめんね······ありがとう。」
これからは今まで通りメールや電話をするという言葉を最後に、俺達は通話を終了した。
懍の事も解決したし、一段落······という程気持ちは晴れやかなものではなかった。
好きでいるのを許すということは、その間、懍の幸せになれる為の時間を確実に奪うという事だ。
俺のせいで······
本当にこれで良かったのだろうか。
そう自問しても答えは出るはずもなく、いつの間にか太陽も山頂付近まで落ちており、暗闇が少しずつ庄原を染め始める。
人家からは夕餉の香りが漂ってきていた。
閲覧ありがとうございます!
尚、文化祭については氷室と菊川の出番はない、又は少ないことになります!
あらかじめご了承下さい!
あくまで、文化祭のメインは律人、青大、尊、柚希、月、七海となります!
次回は文化祭の前にある女性から律人の祖父母の話を聞くことになります!
次回もお楽しみに!