君のいる町 if   作:中矢

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23回目の投稿です!


夏祭り

後日、俺達は夏祭りの準備を始めていた。

 

毎年、この時期はみんなが楽しみにしている夏祭りがあるので、大人も子供も少しソワソワし出す。

俺もその一人なんだけど······

田舎の祭りは出店のほとんどが顔見知りで、おまけをしてくれたり、温かい。

 

樹さんはその後、塾があるからと東京に帰省した。

懍はというと、夏祭りに行きたいと言って庄原に残ることになった。

 

少しずつ、焼きそばや串焼きのにおいが夏風に乗ってたちこめていく。

祭りの匂い。

今日は昼間から参道は賑わい、祭りの笛の練習の音や太鼓の響き渡るような音がなり、活気のある声が飛び交っていた。

 

「おーい!律人!ここ手伝ってくれ!」

 

俺も、看板の固定や、食材の運搬など、祭りの準備にあけくれていた。

少し離れた所では柚希ちゃんの元気な声が聞こえてくる。

今年から庄原へやってきた柚希ちゃんにとっては夏祭りが楽しみで仕方ないみたいだ。

 

「お疲れ! 律人!」

 

「律人もだいぶこきつかわれとるみたいじゃのォ」

 

尊と青大も例外ではなく、祭りの準備を手伝っていて、暇を見つけてジュースを持ってきてくれた。

そういえば月の姿が見当たらないな······

 

「あれ? 月は?」

 

尊は缶ジュースのプルタブを開けながら聞いとらんのか?と続ける。

 

「七海ちゃんと懍ちゃんと市内に浴衣見に行っとるらしいぞ?」

 

そっか、あのふたりと。 通りで見当たらないわけだな。

 

「神咲の浴衣楽しみじゃのォ? 律人。」

 

青大はニヤニヤしながら、俺の横腹を肘で小突いてくる。

青大も最近尊みたいになってきたな······

 

結局あの時のことは謝る機会もなく、この日になってしまった。

俺は今日、謝ろうと決めていた。

楽しい雰囲気の中で、あの時のことをぶり返すのもどうかと思ったが、あんまり先延ばしにしすぎてタイミングをはかっていたらキリがないからな。

そして、もう一つ、言わなければいけないと思っていた。

そのためにこの日を選んだのだ。

 

遠くの方でおじさん達が俺の名前を呼ぶのが聞こえる。

さて······休憩もそろそろ切り上げてもうひと頑張りするか。

 

遠くのほうで鳶が一声鳴いたのをきき、俺は立ち上がる。

 

 

────太陽がオレンジに染まり、山の向こうに沈み出すにつれて、参道に少しずつ明かりが灯り始めた。

屋台の準備もほとんどが終わり、あちこちからいいにおいがしてくる。

 

俺に、七海ちゃんから連絡が来たのはつい先ほどのことだった。

待ち合わせ場所はコンビニの前。今から1時間後。

俺は、準備をほどほどに切り上げ、汗ばんだ身体をシャワーで手早く洗い流して支度をし、家を出ると、玄関には一人の女の子が立っていた。

 

「律人兄ちゃん······」

 

「懍、どうしたの?」

 

懍は浴衣姿で俺の家の前に立っていた。

白を基調とした浴衣で、淡いピンク色や薄紫の水玉模様があしらわれていて、花の髪飾りを付けていた。

 

「七海さんの所に行くの······?」

 

浮かない顔をした懍は縋るように俺に問いかける。

 

「うん、約束してたから。それに······話さなきゃならないことがあるから。」

 

俺の言葉に懍の顔はますます曇る。

懍は勘がいい、俺が言わんとすることもだいたい察しはついているんだろうな。

 

「いかないでって言ったら······困る?」

 

すでに泣き出しそうな顔の懍の頭を優しく撫でる。

 

「恋人になるって約束は、懍にとって兄のような存在としての俺じゃなくて、本当に好きな人ができた時にその人と叶えなきゃ。大丈夫、懍ならきっと幸せになれるよ。」

 

「私はっ!」

 

そういって、懍は黙り込み、すぐに人懐っこい笑顔を見せた。

 

「······分かってるよ!早く行かないと遅れちゃうんじゃない?」

 

そろそろ約束の時間に近づいていた。

 

「やばっ······じゃあ懍!俺は先に行くね!」

 

懍は笑顔で手を振り、俺はそれに応え、コンビニへ急いだ。

 

 

 

 

律人が走り去ったあと、懍の足元に雫が落ちる。

 

「結局、律人兄ちゃんにとって私は······」

 

────ただの妹だったんだ。

 

溢れる涙を拭い、懍は歩き出す。

 

それでも、私は······あの人だけを想い続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん! 待った?」

 

「ううん! ちょうど今ついたところなんよ!」

 

タイミングばっちりやね! と七海ちゃんは笑った。

 

 

七海ちゃんの浴衣姿は黒を基調とした花柄の浴衣だった。

帯は白く、これもまた花があしらわれている。

 

────綺麗だ。

 

素直にそう思う。

黒髪に合わせた黒い浴衣に百合の花が咲いていて、帯の白さと七海ちゃんの肌の白さを余計に際立たせ、艶やかな印象を受ける。

 

「······あんまり、じっとみらんでよ······」

 

照れたようにそっぽを向く七海ちゃんに胸が高鳴る。

 

「ごめん。 すごく······綺麗だ。」

 

七海ちゃんの頬に散った紅がますます赤くなる。

 

「褒めてもなんもでんよ!」

 

ほら、行こう。 と七海ちゃんは夏祭りの会場ともいえる参道に歩き出す。

俺もその隣を並んで歩き出す。

 

参道からの太鼓の音がBGMがわりに流れていた。

 

 

 

俺は屋台でバラの串焼きを買い、七海ちゃんはたこ焼きを買って参道から少し離れたベンチに腰を下ろしていた。

 

「ん〜、おいしい!」

 

七海ちゃんはたこ焼きを頬張りながら、ご満悦だ。

俺も串焼きを一切れ口に入れ、噛みしめる。

豚バラの肉汁が塩胡椒と合わさり、文句無しに美味い。

 

「美味しいね。」

 

すると、七海ちゃんはたこ焼きを一つ、俺の前に差し出してくる。

 

「たこ焼きもおいしいよ? 律くんも食べる?」

 

俺は素直に口を開きたこ焼きを頬張る。

 

「美味しい。」

 

俺もお返しにと、食べやすいように串を横に向け、七海ちゃんの前に持っていく。

 

「ん。」

 

「いいの?」

 

「お返しだよ。」

 

七海ちゃんは少しだけ口を開け、バラをするりと串から外して食べる。

その潤った唇に一瞬見とれ、目を逸らす。

 

屋台で買った料理を食べ終わり、俺達は缶ジュースを飲みながら空を見上げていた。

 

「月が綺麗やね。」

 

「そうだね。」

 

俺は、流れるようにあの時のことを話し出す。

 

「あのさ、七海ちゃん。」

 

「なに?」

 

「あの時のこと。まだ謝ってなかったよね。」

 

七海ちゃんはすぐに言葉の意味を理解したのか、俯いて眉を落とす。

しかし、その表情はほんの数秒で、すぐに笑顔に上書きされる。

 

「謝ることないよ。私だって、あんな風に怒ってしまったからおあいこ!」

 

嘘だ。ほんとは気にしてるに決まってる。

 

あの時はなんかイライラしてたんかな〜?と言って月を見上げながらなんでもないふりをする七海ちゃんを見ていると心が痛む。

きっとこんな風にさせてるのは俺のせいだ。

いつだって七海ちゃんは優しいから。

ここで、七海ちゃんがあの時のことを怒り、問い詰めれば俺が困ると気をつかってくれているんだ。

 

「七海ちゃん。」

 

俺の声は自然と優しさに満ちたものとなり、彼女の名前を呼ぶ。

なに? と首を傾げながらこちらを向く彼女は、月明かりに照らされ、まるで彼女に月のスポットライトが当たったように見える。

隣に座っている七海ちゃんからは、ほんのりと野花の香りがした。

 

「好きだよ。」

 

この言葉を伝えるのに、どれほどの葛藤と切なさがあっただろうか。どれだけ七海ちゃんを傷つけただろうか。

 

七海ちゃんは大きな目をさらに大きく見開きポカーンという効果音が聞こえてくるほど唖然としていた。

 

「ずっと、好きだったんだ······でも、それは望んじゃいけないことだって思ってた。だから、あの時も······それでも、伝えるべきだと思ったんだ。俺自身がそうしたいと思ったから。」

 

「冗談じゃ······ないんよね······?」

 

「うん。」

 

七海ちゃんの瞳は少しずつ涙を溜めていき、やがて、彼女の頬を伝いながら一粒一粒流れていく。

 

この子は、涙を流すことすら絵になるほど美しい。

 

七海ちゃんのキラキラと流れる宝石のような涙を指先で優しく拭っていく。

俺の指先は七海ちゃんが流した想いの欠片で濡れていった。

 

「嬉しい······まさか、律くんが私のこと想ってくれてるなんて思わなかったから。」

 

そう言って俺に抱きつき耳元で囁く。

 

────私も告白した時から気持ちは変わらんよ。

 

俺たちを祝福してくれるように、夜空に満開の花が咲き、それとほぼ同時に俺達は唇を合わせた。

 

七海ちゃんの唇は柔らかくて、ジュースの甘みをほんの少し含んでいて、俺の心を幸せが満たしていく。

抱き合ったままキスをしたため、二人の鼓動はシンクロするように聞こえてくる。

何秒、何分、どれくらいそうしていただろう。

キスをしている間の時間の流れはゆっくり流れているのか早く流れているのか、時間の感覚を忘れるほど甘美なものだった。

 

しばらくそうした後に、ゆっくりと離れる。

 

七海ちゃんの顔は紅く、目はとろんとしていて、濡れた唇はまだ物足りなさを感じさせるほど妖艶に光っていた。

 

彼女は切なげに、縋るように、上目遣いで一言呟く。

 

────もう一回······して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お待たせしました!
ちょっと無理やり結ばれたような感じに見えたら申し訳ないです。

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