君のいる町 if   作:中矢

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22回目の投稿です!


律人の過去(後編)

俺達の別れがやってきたのは、俺が小学2年生になる前のまだ寒さの残る春前のことだった。

その年はここ数年で一番の寒波が訪れ、東京にも雪が積もり、交通機関が麻痺するほどの寒さの厳しい年だった。

 

 

樹さんとは同じ小学校だと、後から気づき、その頃になると一緒に帰り、懍を迎えに行くのは毎日の日課のようになっていた。

今までは図書館で本を読んだり、気が向けば校庭で友達とサッカーや野球をして遊んでいた。

俺は物心ついた時から本を読むのが好きだった。

夜になると、お母さんが子守唄代わりに本を読んでくれていたからだ。

俺は物語の中に引き込まれていく不思議な感覚や、少しずつ自分の知識が溜め込まれていくのが好きで毎日本を読んだ。

まるで、冬眠前の動物達が栄養を体内に蓄えるようにひたすらに知識を集めていた。

もしかしたら、父さんがいなくなるのを子供心に察知していたのかもしれない······

だから、ただひたすらに知識を溜め込んでいたのかも知れない、母さんの支えになれるように、母さんの力になれるように。

 

 

 

その日も、樹さんと一緒に図書館で本を読んだ後に、懍を迎えに行っていた。

あの時の俺には懍と樹さんはなくてはならない大切な人になっていた。

俺の人生に当たり前のように存在していく2人。

まるで、出会うことが運命だったかのように、ただ自然に俺の中に二人の存在があった。

 

それがこれからも続いていくのだと、あの頃の俺は信じて疑いもしなかった。

 

「ふー······今日も寒いね······」

 

「律人兄ちゃんの手は温かいね!」

 

「やれやれ、最近では懍は僕より律人のことの方がお気に入りみたいだな...」

 

「お兄ちゃんも好きだけど、律人兄ちゃんはもっと大好き!」

 

「ありがとう。懍。」

 

俺達は仲良く3人で手を繋いで帰っていた。

 

傍から見れば、まるで兄妹のようだっただろう。

実際、兄妹と同じくらい仲が良かったと思う。

血の繋がりはなくても、お互いを想う心は家族のそれと同じだった。

少なくとも俺はそう感じていた。

 

「ねぇ律人兄ちゃん! お兄ちゃん! 今日は何して遊ぶ?」

 

樹さんはそうだなぁ...と考えだす。

俺は今日は大事な用事があることを2人に伝える。

 

「あ、ごめん。今日は母さんの誕生日だから、早めに帰ってプレゼントの用意しなきゃだ。」

 

懍はそっかぁと寂しそうに俯く。

ほとんど毎日会ってるし、明日からは春休みでどうせ毎日のように会うんだからそんなに寂しがることないだろうとその時は考えていた。

 

「じゃあ、今日はお兄ちゃんと家でテレビでも見てような。」

 

懍は納得しきれてない様子だったが、首を縦に振り、切り替えたように幼稚園での出来事を話し出す。

 

 

いつの間にか、俺達のマンションについていて、それぞれ別れる。

 

「律人兄ちゃん! 明日は遊べる?」

 

明日は特になにもないし、大丈夫だと答えると、懍はじゃあ明日は遊ぼうね!と言ってエレベーターを降りていった。

 

俺は、誰もいない家にただいまーと習慣となっている言葉を口にして中に入る。

ランドセルを自室に置き、これまで少しずつ貯めていた貯金箱を開ける。

3200円と少しか······

俺はそのお金を持ち再び家を出る。

鍵を閉めて、エレベーターに乗って、1階に降りる。

このマンションのエレベーターは外が見えるようになっていて、東京の街中が見渡せる。

 

「あ、雪だ。」

 

空から、白いものがちらちらと降り始めていた。

傘持ってくればよかったな、と思ったが近いからいいか。という考えで片付ける。

チン、という音がしてエレベーターのドアが開く。

俺はマンションのエントランスホールを抜け、外に出る。

持ってきておいたマフラーと手袋で完全装備を整えて、近くの花屋さんに向かう。

 

花屋までは歩いて数分の距離だが、俺は待ちきれず走りだす。

 

花屋に着き、俺は目当ての花を探す。

 

「あった······」

 

俺は嬉しくなり店員さんにその花で花束を作ってもらうように頼んだ。

 

「あら、お母さんにあげるの?」

 

「そうです。今日は母さんの誕生日なので!」

 

「へー!どうしてこの花を選んだの?」

 

「図書館の図鑑でこの花を見つけて、花言葉が母さんにぴったりだったんです!」

 

「そう、優しい君には少しだけおまけしてあげるね♪」

 

そう言って花屋のお姉さんは花束のお代を少しまけてくれて、花の本数も増やしてくれた。

俺はお姉さんにお礼を言って家に向かう。

 

母さん帰ってるかな······? 今日は早く帰ってくるようにお願いした。

忙しい母さんにわがままをいいたくなかったが、母さんの誕生日をちゃんと祝いたかったのだ······

 

俺は雪が舞う中を小走りで進み、家に帰った。

 

 

家に入ると、母さんはまだ帰ってなかった。時計を見ると5時半と少し。

流石にまだはやいよな。と納得して時間が余ったのでお姉さんにもらったカードに感謝の気持ちを書く。

 

いつも、俺のことを考えてくれる母さん。

忙しい中でも、笑顔を絶やさない母さん。

いつも明るく、優しい母さん。

 

母さんのことを思い浮かべながら文章をまとめていく。

分からない漢字は辞書で調べて書き綴っていく。

よし、できた。

 

カードを完成させたと同時に家の電話がなる。

 

母さんからかな?俺はそう思い、急いで電話をとる。

 

「はい。一ノ瀬です。」

 

電話の相手はお母さんの会社の上司の佐々木さんだった。

 

「あ、律人くんかい!?お母さんが仕事中に倒れちゃってね!今から病院に向かうから、すぐに外に出てきてくれるかな!?」

 

俺は頭が真っ白になる。

 

「え······? だって······今日は早く帰るって······誕生日だからって······もしかして、俺のせい······?」

 

「しっかりするんだ! いいね? 律人くん! もうすぐマンションの前につくから急いで出てきなさい!」

 

俺は佐々木さんの声で我に返り、すぐに上着をとって、外に出る。

 

一分も経たないうちに佐々木さんの車が見えてくる。

黒い軽自動車から佐々木さんは窓を開き隣に乗るように促す。

 

俺は急いで車に乗り込み、病院に向かう。

その時の俺は佐々木さんの言葉が耳に入らないくらい動揺していた。

 

 

病院につき、母さんの病室に入ると、母さんは俺を見て少しだけ悲しそうに笑う。

 

「ごめんね······律人。お母さん、ちょっと無理しすぎちゃった······」

 

俺は母さんに抱きつく。

 

「ごめんは俺の方だよ······母さんごめんなさい。俺のせいで······」

 

そんな俺を見て母さんはいつものように優しく俺の頭を撫でる。

 

「律人のせいなんかじゃないわ。あなたは本当にいい子よ。父さんが居なくなってから、律人は母さんのことすごく支えてくれたわ。」

 

母さんの優しい声色と、慈しむように頭を撫でる手がすごく心地よくて、安心して、俺は涙を堪え切れなくなった。

父さんが居なくなってから、泣かないって決めたのに······

 

「律人が泣いたの久しぶりね。あなたはまだ一年生なんだから辛い時は泣いてもいいのよ?我慢しなくていいの。」

 

母さんは俺の心を読んだみたいにそう言って抱きしめる。

 

俺はそのまま泣き続け、泣き疲れていつの間にか眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病室の扉が開く。

 

涼子の両親の総一朗と雫が入ってくる。

 

総一朗は困ったような顔で涼子に声をかける。

 

「ほんまに······お前というやつは······無理するなと言ったじゃろ。」

 

「ごめんなさい、お父さん。お母さん。」

 

「律くんのために頑張るのはええけど、自分の身体のことも少しは考えんとね」

 

「うん。分かってる······」

 

涼子は俯きがちにそう答えた。

 

「なぁ、わしと雫で考えたんじゃけどな······一緒に広島で暮らさんか?」

 

「律くんと涼子と私達2人で。あなたの身体も心配やしね······」

 

総一朗と雫は娘の身体と生活的な問題を考え、一緒に暮らすことを提案したのだ。

 

「······そうね。少しでも長く、律人の側にいられるなら······その方がいいのかもね。」

 

涼子はそう言って窓の外を見る。

東京の街は煌びやかで、今の涼子には眩しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた時には既に9時になろうとしていた。

 

「おはよう、寝坊助さん。」

 

俺はあわてて、母さんの膝から起き上がる。

 

「ごめん! 母さん! きつかったでしょ?」

 

「大丈夫よ。それより、律人。話があるの。」

 

「なに?」

 

「さっきおじいちゃんとおばあちゃんがきたの。それで、春から4人で一緒に暮らさないかって言われたのよ。お母さんの身体のことを心配したみたい······律人はどうしたい?」

 

おじいちゃんとおばあちゃんの家は広島にある。

もし引っ越すとしたら、懍と樹さんと別れることになるだろう...

しかし、俺の答えは決まっていた。

母さんにこれ以上無理をさせるわけにはいかない。

母さんが倒れて感じた言いようのない不安。

あんな想いは二度としたくない。

広島に行けば母さんの負担も減って、きっと一緒に過ごせる時間も多くなる。

事実、強がってはいたものの所詮は小学一年生なのだ。

知識があっても、体が大きくてもまだ7歳の子供だ。

たった1人の親と一緒に過ごしたいと思うのは当然の望みだと思う。

 

「うん。行こう、母さん。俺は引越しなんてへっちゃらだよ。母さんと少しでも多く一緒にいたい。」

 

「ほんとにいいの?懍ちゃんと樹さんとさよならしなくちゃいけないのよ?」

 

「大丈夫。2人ともきっと分かってくれるから。それに、もうずっと会えなくなるわけじゃないでしょ。」

 

「そうね······分かったわ。じゃあ春からは向こうに住みましょ。」

 

懍と樹さんには明日くらいに話そう······

懍は寂しがるだろうな······

そんなことを考えていると、母さんが時計を見て話し出す。

 

「今日はもう遅いし、お母さんも明日には家に帰れるから、律人も今日は病院にお泊まりしてから明日お母さんと帰ろっか。」

 

「分かった! ······あっ!」

 

俺は大事なことを思い出す。

 

「母さん! 誕生日おめでとう!」

 

今日は母さんの誕生日なのだ。

 

「あら、ありがとう! いつ言ってくれるか待ってたのよ?」

 

母さんは悪戯っぽく笑った。

 

「母さんが倒れたって聞いて、頭が真っ白になってたから······」

 

「冗談よ。そうだよね······心配かけてごめんね?」

 

「もう大丈夫だよ。母さんこそ大丈夫なの?」

 

「うん!ただの過労みたい。」

 

俺は聞きなれない言葉に戸惑う。

 

「かろう?」

 

「頑張りすぎってことよ。」

 

そっか、やっぱりそうなんだ。母さん毎日頑張ってたもんな。

 

「母さん、お疲れ様! 家に帰ったらプレゼントがあるんだけど······もしかしたら、だめになってるかも······」

 

「ありがとう。そうなの?食べ物?」

 

ううん、と俺は首をふる。

 

「お花。ガーベラっていうお花なんだ。」

 

「ガーベラかぁ、律人はセンスがいいわね。どうしてそれにしたの?」

 

「図鑑で見たの。花言葉は「貴方は私の輝く太陽」って書いてあって、母さんにぴったりだと思ったんだ!」

 

それを聞いた母さんはまさしく輝く太陽のような笑顔で笑った。

 

「うふふ、ありがと! 律人! ほんっとに純粋で可愛い子ね! ほら、おいで、今日はもう寝ましょ。明日早く帰って花瓶に移せばきっと元気になるわ。」

 

母さんは布団を少しあげて俺が入るスペースを作ってくれる。

俺は母さん布団の中に入り、目を閉じる。

母さんのいい香りがする······お日様の香り?分かんないけど、すごく安心する香り。

久しぶりに母さんと同じ布団で眠るな······父さんが居なくなってからはしっかりしなきゃって想いがあったから、母さんに甘えることもしなくなったんだ。

 

「そうだといいな······おやすみ母さん······」

 

「おやすみ。律人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、母さんは無事に退院し、俺達は家に戻った。

 

ガーベラは少しだけしおれてしまっていたが、優しい香りと、鮮やかな色を見て母さんはとても喜んでくれた。

そして、花と一緒に誕生日カードを渡し、俺は懍達の家に向かった。

 

誕生日カードになんて書いたのかは今になってはもう忘れてしまった。

 

ばあちゃんに聞いた話では今でも、母さんは時々それを読み返しては元気をもらっていると言っていた。

 

懍の家につき、呼び鈴を押す。

 

はーい! という声が聞こえ樹さんが出てくる。

 

「律人か! 今は懍と母さんは買い物でいないけど、上がってなよ!」

 

「おじゃまします!」

 

懍はいないのか······とりあえず樹さんには先に話しておいたほうがいいだろう。

 

樹さんにリビングのソファに座るように促され、俺は言われた通りソファに腰掛ける。

樹さんは春休みの課題をやっていたようで、テーブルにはプリントや教科書が置いてある。

 

「今日も寒いな······律人もココアでいい?」

 

「あ、うん。」

 

樹さんはポッドの中の沸いていたお湯をココアが入ったマグカップに入れて持ってくる。

 

「どうぞ。律人は宿題やってる?」

 

「全然······」

 

まだ春休みに入って初日なのに、樹さんは真面目だなぁと思いながらココアを啜る。

 

「そういえば昨日はどうだった? 母さんの誕生日だったんだよね?」

 

「昨日は······」

 

俺は樹さんに昨日のことを話す。

 

「······そうか。律人のお母さんが······」

 

そして、俺はその流れで本題に入る。

 

「実は······俺、春から広島に引っ越すんだ······」

 

「え!? なんでいきなり!?」

 

「母さんが倒れて、じいちゃんとばあちゃんが来たらしいんだ。俺は寝てたんだけど。無理しないでいいように一緒に住もうって······」

 

そう言うと、樹さんは少し俯いて悲しそうに呟いた。

 

「······それなら仕方ないもんな。いつぐらいに引っ越すんだ?」

 

「多分、早いうちに。詳しいことはまだ決まってないって言ってた。」

 

「そっか······懍のやつ、なんて言うかな······」

 

そう、問題は懍だ。あの子のことだからきっと泣いて引き止めると思う。

 

涙を流し、必死に懇願する懍を想像すると胸が痛んだ······

 

そして、図ったかのように懍と懍のお母さんが帰ってくる。

 

「ただいま!」

 

「あ! 律人兄ちゃんきてる!」

 

懍は俺の靴を見つけたようで足早に俺の方に向かってくる。

そしてダイブしてきた。

 

「うはっ!」

 

懍はそのままギューっと腕に力を込める。

 

「寒かったよぉ!」

 

「······うわっ!冷たっ!」

 

激しいダイブと力強い抱擁を受けた次は冷たい手を顔に当てられるという三コンボをくらった俺は軽く懍の頭に手を乗せ、優しく引きはがす。

 

「今日は何して遊ぶ?」

 

「その前に······懍に言わなきゃいけないことがあるんだ。」

 

なぁに?と首を傾げる懍を少しでも傷つけないように俺は優しく話す。

 

「あのね、律人兄ちゃん、家の都合でお引っ越ししなくちゃいけなくなっちゃったんだ······」

 

「え······?」

 

「広島っていう所に行くの······だから、懍とは少しの間会えなくなっちゃうんだ。ごめんね······」

 

「やだっ!」

 

懍は顔を真っ赤にして瞳に涙を溜めて俺を見る。

 

「懍······」

 

「やだよっ! なんでお別れしなくちゃいけないの!? せっかく、春から小学生になれるのに! お兄ちゃん達と一緒に学校······いけるのに······」

 

懍は堪えきれなくなり、大きな瞳からポロポロと涙を流す。

 

それを見た俺は激しい罪悪感に襲われた。

 

仕方ない。母さんの為だから。と納得したと思っていたけど実際はすごく寂しい。きっといつか会えると口では言ったものの、小学生の俺にはそのいつかがものすごく遠い月日に感じたし、また会える保証もないんだ。もしかしたらもうずっと会えないかもしれない······

 

「えっ? 律人兄ちゃん······?」

 

懍が驚いたように俺を見る。

 

「律人兄ちゃん······泣いてる······。」

 

俺は頬に流れる涙を感じ、手の甲でそれを乱暴に拭う。

しかし、拭っても拭っても、とめどなく涙は流れていく。

 

「なんで······違う······見ないで······」

 

そんな俺を見た懍は、今までのような小さな妹が兄にするような力強い抱擁ではなく、まるで、弟をあやす姉のように優しく俺の頭を包み込む。

 

「そっか······律人兄ちゃんも、寂しいよね。泣いても笑わないよ? 懍が隠してあげる。」

 

懍の小さな身体は俺の泣き顔を包むように抱きしめ、小さな掌は俺の頭を優しく撫でる。

 

俺は懍の胸でせめて声だけはあげないよう、必死に押し殺して泣いた。

 

 

 

 

 

「······なんだか、俺の方が慰められちゃったね。懍の方がお姉さんみたいだ。」

 

俺は落ち着き涙が止まると、懍から離れて、そう言った。

 

懍はもう泣いていなかった。

 

「······律人兄ちゃん。きっと私、会いに行くからね。もっと大きくなったら、律人兄ちゃんの所に!」

 

だから······

 

「その時は!律人兄ちゃんの妹じゃなくて、恋人になるの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という感じだね。」

 

実際に話したのは大まかな内容だけだった。

懍と出会った日のことや、その後の学校生活のこと、母さんが倒れた時のこと、生活を楽にするために広島に引っ越すことになったこと。

時々、樹さんが軽く補足しながら東京のことを話した。

 

あんまり、話しすぎると、懍が怒るかもしれないし、俺が泣いたことももちろん話してない。

 

「律人、お前小さい頃から大人っぽすぎるじゃろ。」

 

一同がうんうんと頷く中、懍と樹さんは俺の方を見て、

 

「あ、でも、引っ越すって言いに来た時は······」

 

「あー!樹さん!!」

 

俺は樹さんが言い終わる前にそれを遮る。

そんな俺を見て、樹さんはふふっと笑う。

 

「悪かったよ。律人。」

 

察しのいい葵さんはなんとなく気付いてこちらをニヤリと見る。

 

「律人兄ちゃんにも、子供っぽいところは残ってたみたいね?」

 

柚希ちゃんと青大はなんのことだ? と首をかしげていた。

 

「······なんのことですか。」

 

「ふふっさぁね? それより、せっかく幼なじみと再会できたんだから、懍ちゃんに町を案内してあげなさいよ!」

 

懍は期待するような目で俺を見てくる。

まぁ、久しぶりにゆっくり話したいからな······

 

そんな時、玄関の方から尊の声が聞こえてきた。

 

「おーい!青大!海いった時の写真出来たから持ってきてやったぞ!お!律人もおったんか······って誰じゃ?その子?」

 

尊は俺の横にいる懍を見てそう言った。

 

懍はしゃんとして自己紹介をはじめた。

 

「柚希姉さんの妹の枝葉懍です!よろしくお願いします!」

 

「俺、由良尊······」

 

尊はぼーっと懍の顔を見て、頬を染め出した。

まったく、月がいるくせに目移りしたらだめでしょ······

 

「こらこら、尊くん。この子は無理よ。律人にべったりだからね。」

 

葵さんはニヤニヤと笑う口に手を当てて、最速の失恋に項垂れている尊の肩を叩いている。

 

「ほら、早くいってらっしゃい!」

 

「あ、樹さんもどう?」

 

樹さんは首を横に振り、

 

「僕は、ここで農作業を手伝わせてもらうよ。律人。懍のこと頼んだよ!」

 

「分かった。じゃあ行こうか。懍。」

 

「うん。それじゃあ兄さん。ちょっと出てくるね!」

 

俺と懍は桐島家から出て、農道をゆっくり並んで歩く。

セミの音がやけに近くで感じられ、東京とはまるで違う。

もう夏真っ盛りで流石に暑いな。

隣を歩く懍はあの頃とは少しだけ変わった。

再会した時は分からなかったけど、今はえらく大人しく、落ち着いた雰囲気を纏っている。

 

大人になったんだな。

 

俺は、少しだけ寂しく思う反面、妹のような存在だった懍が今はちゃんと14歳の女の子になっている事を嬉しく思う。

······あの頃はべったりだったからな。

いや、今もそうかも······。

 

そんな俺に気づいた懍は首を傾げながら俺に聞いてくる。

 

「律人兄ちゃん? どうしたの?」

 

「いや、さっきは相変わらずだって言ったけど、懍も変わったんだと思ってさ」

 

すると、懍は少し俯き、寂しそうに話し出す。

 

「律人兄ちゃんに相応しい子になるように頑張ってたんだよ······でも、色々あって、嫌な子になっちゃった······」

 

きっと、柚希ちゃんの事だよな。まさか、あの3人が家族だと分かった時は本当に驚いた。ここまで偶然が続くとまるで運命みたいにも思える。

でも、柚希ちゃんともきちんと和解したみたいだしな······

 

「······ねぇ、懍。俺は今の懍を知らないから、詳しいことは分からないけど、それでも懍とまた会えて良かったよ。」

 

「······私も、こんなに早く会えるとは思わなかった。」

 

懍は少しだけ瞳に涙を溜めながら、はにかんでみせた。

その表情は俺の知らない懍の表情で、すごく綺麗だと思った。

 

それから俺達はお互いの近況を話し合った。

 

懍の母親がその後、柚希ちゃんの父親と再婚した事。

柚希ちゃんの無垢な一挙一動が懍にとっては、唯一の兄を誘惑しているものだと思った事。

そして、それが勘違いだったと青大が来て、分かったこと。

広島に来たのは、もしかしたら庄原に俺がいるかもと思ったのもあるということ。

 

俺も、こちらにきてからの事を懍に話す。

青大、月、尊との出会い。

七海ちゃんとの出会い。

その他にもいろんな出来事を話した。

そして······祖父母が亡くなってしまったこと。

 

懍は心配そうに俺を見つめていたが。

今は本当に大丈夫だと伝える。

 

「その時に······私が律人兄ちゃんの側にいてあげたかった。」

 

「懍がそう思ってくれるだけで充分だよ。」

 

そして懍は、思い出すようにあの日の出来事を話す。

 

「ねぇ、律人兄ちゃん。あの時、引っ越すって言いに来た日の帰りに私が言った言葉覚えてる?」

 

『律人兄ちゃんの妹じゃなくて、恋人になるの!』

 

もちろん覚えてる。

あの時の懍は自分のことを私と呼んだ。

それが何を意味するかは、今なら少しだけわかる。

子供が自分の呼び方を変える時は何かしらの精神的な成長を意図している。

懍にとって、別れは成長のきっかけになったんだろうな。

 

「覚えてるよ。」

 

「······そっか。」

 

俺が覚えていたことにほっとしたのか、懍は下を向いて軽く息を吐き出す。

そして、そのまま歩き出す。

 

「······でもきっと、今は届かないね······」

 

懍が小声で呟いた言葉はセミたちの声に吸い込まれ、消えてしまう。

 

少し先を歩く、懍に小走りで追いつき、俺達はどちらともなく、同じ速さで歩き出す。

 

蝉たちの叫びは炎天下の空にどこまでも響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここからは更新のペースが落ちると思います······

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