じいちゃんとばあちゃんがいなくなって、1ヶ月半と少しが経った。
しっかりしなきゃと強がってはみたものの、はじめの頃はふたりがいない事に表現しようのない虚しさと悲しさが、何かの病気のように俺の胸を締めつけたが、母さんや親友達に支えられ、今では二人の死を受け入れ、前に進むことが出来ている。
母さんは最近は家にいることが多くなり、今までばあちゃんがこなしていた家事を引き継ぎ、毎朝弁当を作ってくれる。
俺は、昔のように仕事に明け暮れるとおもって心配していたが、それは杞憂に終わった。
葵さんも母さんのことを心配してよく来ているが、楽しそうに会話していて、もう大丈夫みたいだ。
他に変わったことと言えば青大のことだ。
青大は葵さんの計らいで、柚希ちゃんと夏祭りの時に出会っていたことを思い出した。
そして、その後青大は柚希ちゃんと一緒に一時東京に帰省することになる。
なんでも、柚希ちゃんのおじいさんも亡くなったらしく、その葬式に出るようになっていたみたいだ。
しかし、柚希ちゃんにもいろいろと家庭の複雑な事情があり、それを知った青大がいろいろと奮闘したようだった。
帰ってきた青大があいつの妹はやばいんじゃ!と悲痛な叫びをあげていた。
どうやら、その子が今回の元凶だったらしいが、青大のおかげで今はなんとか家族同士、打ち解けたみたいだ。
夏休みにその子が遊びに来ると言っていたみたいで、また、青大に助っ人を頼まれることになるんだろうな...
そして、なにより...七海ちゃんのことだ。
あの後、七海ちゃんは心配して家まで来てくれた。
あんな風に怒らせたのに、俺のことをすごく心配してくれて、あの時のことには触れずに、俺を支えてくれた。
俺も、結局謝る機会を逃してしまい、1ヶ月半という月日が経ってしまった。
そろそろ、あの時の事、ちゃんと謝らないとな...
じいちゃんに笑われちゃうからな...
今日は、終業式だ。
一学期はあっという間に過ぎ、学校は夏休みに突入しようとしている。
あれだけ寒かった庄原は桜が散り、緑が芽吹き、今では日差しが強く照りつけ、夏真っ盛りという雰囲気だ。
野球部のことだけど、結局成海さんの最後の夏は3回戦で敗退となった。
部の全員が一丸となり、弱小チームの俺たちでも、3回戦まで駒を進めたのは奇跡と言ってもよかった。
しかし、不運なことに3回戦は市内の強豪チームで、俺達は奮戦したものの、敗退という結果になった。
成海さんはスッキリしたように満足気だったので、いい夏にはなったんだと思う。
そして、俺は成海さんの引退と同時に部を辞めた。
理由は、母さんの負担を減らすため。
じいちゃんとばあちゃんがいなくなってしまい、家のことが大変だと思うし、少しでも手伝わなくちゃいけないから。
部のみんなは口々に辞めないでくれ!と止めてくれたが、こればっかりはどうしようもない。
元々、成海さんに入れられたようなものだからということで、惜しまれながら俺は部を去った。
「ふー、相変わらず暑いな。」
俺は、ペダルを踏み一気に加速する。
俺達は終業式を終え、担任の夏休みへの諸注意などの退屈な話を聞き終え、晴れて、夏休み突入となった。
俺は、早々に帰宅の準備を済ませ、七海ちゃんに声をかける。
「七海ちゃん、一緒に帰らない?」
「うん!ええよ!」
俺達は教室をでて、いつもの帰り道を俺は自転車を押しながら歩く。
「期末テストどうやった?」
「んー、いつもと変わんないよ。」
「律くんは頭がええから、嫌味に聞こえるよ...」
「そんなことないよ!七海ちゃんだって、成績いいじゃん。」
七海ちゃんが俺のことを律人といったのは、あの時だけだった。
俺はこれからも、律くんと呼んでくれないんじゃないかと思い、寂しい気持ちになっていたのだが、普段の呼び方に戻り、ほっとしていた。
そんな話をしていると、パラパラと雨が降ってきた。
あの時と同じ、通り雨だ。
「うわ、傘持ってないのに...」
パラパラと小雨だった雨はザーという音に変化していき、俺達は近くの屋根付きのバス停に駆け込んだ。
「あーあ、濡れちゃった...狐の嫁入りだね!」
七海ちゃんは髪から水滴を滴らせ、笑顔を見せる。
うわっ...ブラが...
俺は、気付かないふりをして話を続ける。
「そ、そうだね。他にも、夕立って言ったり、天照雨って言ったりするらしいよ。」
照れ隠しのためかどうでもいいようなことを話してしまう。
そうなんや!と言って俺を見る七海ちゃんだったが、俺の様子がおかしいことに気付いたのか、視線を自分の胸へと向ける。
「あ!やだ///下着...あんまり、こっちみらんといてね...」
「み、見てないから...」
俺は七海ちゃんに背を向け、赤くなっているであろう顔を隠す。
七海ちゃんはそんな様子の俺にくすっと笑う。
雨も上がってきたみたいで、雲の切れ間から光が差し込む。
「ねー、律くん!明日、海行こっか!」
キラキラと光が水滴に反射する髪を整えながら七海ちゃんはそう言った。
翌日、俺達は成海さんの車で海に向かっていた。
もちろんみんな(+葵さん)も一緒だ。
二人で行くことに少しだけ期待したものの、実際はみんなで楽しみたかったしな。
成海さんが自動車学校に行っていたのは知っていた。
部活の合間にちょくちょく通ってたみたいだ。
「なー律人。」
隣の月が話しかけてくる。
「ん?どしたの?」
「その...もう、大丈夫なん...?」
月が言いたいのはじいちゃんとばあちゃんのことだろうな。
「この前も大丈夫だって言ったでしょ。みんなのおかげで立ち直るのも早かったと思うし、それにいつまでも悲しんでらんないよ。だから...今日は楽しもう!」
俺は本心からそう言って笑う。
実際、月にはすごく支えてもらった。
病院から電話があった時も俺は頭が真っ白になってなにも出来なかったが、月がいたからこそ、病院にも行けたし、その後も俺が塞ぎ込む時間がないくらい側にいてくれた。慰めるでもなく、同情するのでもなく、ただそばにいてくれた。
月にはほんとに感謝してもしきれないな...
「そっか!じゃあ、今日は思いっきり楽しまんとね!あたしの水着楽しみにしときんさいね!」
「はいはい。分かったよ。」
「ちょっと!もう少し興味もちんさいよ!」
「おーい、見えてきたぞ!そろそろ着くけぇ準備しとけの!」
成海さんの言葉に窓の外を見ると海岸線の先にビーチが見える。
俺達は車中で着替えを済ませ、女子の着替えを待っていた。
ビーチには夏休み初日ということもあり、たくさんの人で賑わっていた。
海は日差しを目いっぱいに受け止め、自らを輝かせていた。
「お待たせ〜!」
女子組の着替えが終わり、こちらの向かってくる。
おぉ、すごい光景だ...
「どうじゃ?来てよかったじゃろ?うちの女子陣はそこらの連中とはレベルが違うからのぉ!」
成海さんは澄ました顔で4人を見ている。
確かに...うちの女子陣はすごくレベルが高い。
「どぉ?律人!」
「すごく似合ってます...」
「えへへ/////」
月は黒と白のシマシマのビキニで、可愛らしく、スタイルの良さがすごく引き立つ。
元々、この中ではスタイルの良さはトップと言っていいほど良かったので、水着を着たことでその身体のラインが惜しみもなくさらけ出されている。
「り、律くん、私はどうかな...?」
七海ちゃんは少し恥じらいながら羽織っていたパーカーを脱ぎ、水着を見せてくる。
「すごく、綺麗です...」
「ふふ///敬語になっとるよ...?」
七海ちゃんは花柄のビキニで胸の間で紐を結んでいる。
花柄の少し大人の雰囲気を出していて、月とは違い綺麗さを主張している。
なんというか...エロい。正直、下着みたいだ...
「うわぁ...律人がエロい目になってる...」
後ろからいきなり、葵さんに抱きつかれる。
ふにっといつもよりもリアルな感覚で伝わってくる。
「ちょっ!葵さん!」
「照れてる照れてる♪」
葵さんは、黒のシンプルなビキニだが、何よりこの人が着るとエロい...
これが大人の魅力か...
というか、青大...助けて...
横目で見ると、青大と柚希ちゃんはお互い顔を赤らめながら話している。
「どーかな...?」
「ま、まぁ...似合っとるんやないか?」
「もー!もっとちゃんと見て!」
「ばっ!ばか!目のやり場に困るんじゃ!」
「わー!青大くんのえっち!」
「ちっちがう!」
夫婦漫才か...
というか、さっさと付き合っちゃえばいいのに...
「葵さん!ビーチバレーやりましょ!」
「うん!やるやる!」
俺はようやく、葵さんからの拘束から解放される。
成海さんありがとうございます...
そう思っていると、後ろから怖い視線を感じる。
「律くん...」
「律人...」
「このイケメンが...」
ちょっ、七海ちゃんと月、怖いから...
てか、尊はなんだよ、2人の視線とは違う意味の何かが感じられるんだけど...
「お、俺、青大のところ行こっ!」
そう言って3人の視線から逃げるように青大のところに向かう。
「やっぱここか。」
青大はパラソルを差し、その下でなにやら城のようなものを砂で作り出していた。
「あ、律人か。泳ぎに行かんのか?」
俺は青大の隣に腰を下ろし、砂をかき集める。
「俺も童心にかえって、砂遊びでもしよーかと思ってさ。」
「...お前はホンマええやつじゃな。」
「何が?ほら、青大も作りなよ。どっちが綺麗できるか競走だ!」
「おお!受けて立つぞ!」
高校1年の男2人が必死に砂で城を作り始める。
そこに、スタイルの良い綺麗なお姉さん方2人組が声をかけてくる。
「ねーね、お兄さん!うちらと遊ばん?うちら、2人で来たんやけど、そっちのお兄さんも合わせて4人で遊ぼうや!」
青大が驚いたようにこちらを見てくる。
「すいません。連れがいるんですよ...悪いですけどここから離れるわけにはいきません。」
そう言って撒こうとしたが、そのお姉さん方は思いのほかしつこい。
「えー、それなら、あなただけでもええから!荷物番はそっちの子に任せたらええやん!君、すっごくタイプなんよね!目、蒼いね!ハーフ?彼女とかおらんの?」
はー...どうしよ、なんて言って断れば上手くいくかな...
「お姉さんたち相手じゃ僕なんか釣合いませんよ。他を当たってください。」
「いやーん、可愛い♪ますます一緒に遊びたくなっちゃった!ほらいこーよ!」
お姉さん方は俺の腕をつかみ引っ張る。
流石にこれは困った...
「あ!律くん!いたいた!」
「こんなとこにおったん?」
月と、七海ちゃんが来る。
でも、今は来ない方が...
「えー、何この子たち。もしかして、この子達がお友達?」
すると、月が俺の腕に腕を絡ませて言う。
「友達っていうか、もっと深い関係なんやけどねー?おばさん達の出る幕はないですよ?というか、いい年して高校生ナンパしないでくださーい。」
「おっおばさん...あんたねぇ!」
そう言って、お姉さんは月を打とうとする。
...流石にこれはだめでしょ。
俺はお姉さんの平手打ちを振り出す前に止める。
「お姉さん...流石に暴力はよくないですよ。それに、ここじゃ人目につくと思いますけど?」
「...ちっ、覚えてなさいよ、そこの金髪女。」
お姉さんは去り際にそう吐き捨て、歩いていく。
「誰があんたのことなんか覚えるかって、あほ。」
俺は月の前に立つ。
「月、七海ちゃんも助けてくれたのはありがとう。でも、月、あんな挑発的な態度で煽るのはもうやめなよ?もし、一人の時にあんな風になってたら危ない。」
「もしそうなっても、ウチ、律人に少しくらいは空手習っとるし、自分でなんとか出来るわ!」
月は握りこぶしを作りファイティングポーズをとる。
「ほんとに危ないヤツだったらどうすんのさ!」
俺は思いのほか大きな声で月を怒鳴ってしまった。
月が少し涙目になりながら俯く。
「...ごめんね。でも、危ない目にあって欲しくないんだよ。助けてくれたのはありがと。正直困ってたから、助かったよ。」
俺は月の頭をポンポンと撫でて、慰める。
自分がひどい目にあうのはまだいい...でも、友達がそんな風になるのは絶対に嫌だった。
だから、身の回りの人を守れるだけの力が欲しくて、空手を始めた。
「///...分かった。さっきみたいに言うのは控えるわ!」
頭を撫でられて月は上機嫌になってくれた。
「うん。ありがと。七海ちゃんもありがとね。」
「え?ううん、私はなんもしとらんから...」
「七海ちゃんが、律くんが女の人に絡まれて困ってるってうちに言いに来たんよ。」
「そうだったの...ありがとう。」
そう言ったが、七海ちゃんは浮かない顔をしている。
「ほんと...なんもしとらんから...どうしたらええか分からんで月ちゃんに伝えただけやから...」
「それでも、困ってるのに気付いてくれたのは七海ちゃんでしょ?ありがとう。やっぱり優しいんだね。」
俺はそう言って、月にしたように頭をポンポンと撫でる。
「あっ///...うん...ええんよ...」
うわっやば。月にした勢いで七海ちゃんにもやっちゃったよ...
青大を見ると座った目で一言...
「このスケコマシが。」
「なっ!それはひどすぎだろ!」
月と七海ちゃんがその様子を見て笑い出す。
何にせよ、大事にならなくて良かったな...
俺達はその後、4人でお城を作ったり、成海さん達と合流してビーチバレーをしたりして海を後にした。
帰りの車中では、みんな疲れていたのか眠りについており、俺は一番後ろの窓側の席で、外をぼんやり見ていた。
「眠くないん?」
隣に座る七海ちゃんがそう声をかけてくる。
「起きてたの?」
「うん、外見よる律くんを眺めよった...」
「なんか恥ずかしいな...」
俺達は、みんなを起こさないように小声で話す。
「ねぇ律くん...」
七海ちゃんは俺の方に少し近づき、俺にだけ聞こえるように囁く。
「どしたの?」
「今度、夏祭りあるやん?」
そういえば今度の土曜日に夏祭りがあるって言ってたな...
「そうだね。」
七海ちゃんは意を決したように俺の目を見据え
「2人で一緒に行かん?」
「え!?あ...うん。俺はいいけど、いいの?」
「うん!律くんと行きたい!」
七海ちゃんは、遊園地に連れてってもらえる子供のように嬉しそうにはにかんで答えた。
「じゃあ、いこっか!」
「うん!約束!」
俺達は、こっそりと小指を結んで約束を交わした。
水平線に沈む夕焼けのおかげで俺の顔が赤いのがバレないことを祈りながら。
なんだかんだで20回目の投稿を無事に終えることが出来ました!
これもみなさんの支えがあったからだと思います!
これからも応援よろしくお願いします!