彼女の瞳は血の色だった   作:レイ

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喰種と生きる村での話。辺境喰種。


7.5 閑話 帰省

 自動車に揺られること二時間半。車窓から見えるのは山ばかりだった。所々雪が残っていて、白く光っている。

「お久しぶりです。車、頼んでもいいですか」

「ええ。もう一年が経ちましたか。何だか早いですね。車はいつも通り、うちの敷地に停めておいてください」

 山間の小さな村だった。祖父母の家は、集落から少し離れた山の中にある。車で帰省する時はいつも村の人の敷地に置かせてもらっていた。

「理奈ちゃんも千鶴ちゃんも大きくなったなぁ。こりゃ、私も年を取るわけだ」

 昔は気にもしていなかったが、今では喰種一家に対してここまで寛容なのはありがたい事なのだと身に沁みて分かっていた。

 

「ただいま、母さん」

「久しいな。元気にしとったか?」

 荷物を抱えて三十分ほど山を登り、やっと見えた祖父母の家は、二人暮らしには大きいものだ。電気や水道は通っていないが、広さだけなら立派なものである。

「理奈も千鶴も大きくなって。いやあ、来てくれて嬉しいね」

 祖母は皺だらけの顔を歪めて笑った。

「ほらほら二人とも、荷物を置いてきなさい」

「はーい」

 母親に言われて、いつも泊まっている部屋にトランクを置いてくると、父母、祖父母は既に炬燵を囲んでいた。

「ああっ、ずるい」

 千鶴は声をあげて母の隣に入り込む。理奈も遅れて祖母の隣に座った。冷えた手足に炬燵のぬくもりが心地よい。

「……あったかい」

 いつも家で使っている電気炬燵とは違う昔ながらの炬燵は、それはそれで味があっていいものだ。

「そうだ、肉が余っているんだった。二人じゃどうも食べきれなくてね。土に埋めるのも勿体ないから、君達が来るまで待っていたんだが。どうだい、食えるか?」

 思い出したように祖父が言った。人口約千八百人のこの村では、年齢の分布が一様、全員が百歳まで生きる計算でも、毎年十八人が亡くなることになる。その上少子化、高齢化が進んでいるのだから、言うまでもなく、これよりも死人は多い。勿論、本人が望めば火葬になることもあるが、習慣としての鬼葬が色濃く残るこの村では、死体のほとんどはこの老夫婦に集まることになる。提供されるのは肉の少ない老人のものばかりとは言え、食欲も落ちてくるこの年で全てを消化するのは大変なのだろう。

「ええ。ありがたくいただくわ。……誰の、かしら」

「工藤の爺さんだよ。先月だ」

「川沿いの家の? ……そう。それなら、九十歳くらいかしら。長生きだったわね。寂しくなるわ」

 祖母が席を外した。地下室から皿に盛った肉を持って戻ってくるまで、黙って待つ。

 内臓は生で、肉は干して、骨にこびりついたものはこそげ取って。――小学生まで、手伝った作業だ。骨は水に晒して清め、素焼きの壺に収めて遺族に渡した。

 一昨年の、大叔父の葬式も思い出す。喰種の場合、残すのは頭蓋骨だけだ。それ以外は全て親族で(ちょう)しながら口にした。不味いとされる共喰いだが、味がわからなかった。

 

 翌日は大晦日だった。千鶴は背が伸びていたが、祖母が前もって仕立て直していたため、装束は体にぴたりと合っていた。昼になる直前、やっと伯父も到着し、急いで着替えた。

「では、行くか」

 鬼面の祖母を先頭に、一列になって山を下りる。一族揃って、牙をむきだした鬼の面を着用していた。

「あっ、理奈だ。千鶴も。久しぶり」

「元気にしとったん? やっぱ『市』の方は賑やかなんだろうね」

 村に入ってすぐに、小学校時代の友人が声をかけてきた。懐かしい顔だ。

「みっちゃん、けいちゃん、話は後で。これ終わったら、ゆっくり話そう?」

 この村の大晦日の伝統行事、「鬼祓」。喰種が鬼の面をして村を練り歩く。東北のなまはげのようなものだ。昔の人が(グール)に霊威を感じたのか、或いは毒を持って毒を制すという発想なのか、詳しい事はわからない。ただ、喰種が新しい年を迎える前に悪運や不浄を祓う儀式として、昔から伝えられるらしい。

「そんじゃ、一本杉んところで待ってっからね」

「話、楽しみにしてるから」

 にこやかに二人は去って行った。笑顔がまぶしい。

――さて、頑張るか。

 理奈は面の下で笑みを浮かべた。

 

 うっかり話し込んでしまい、気付けば辺りは暗くなっていた。普通の人間ならば足元も見えない獣道を、赫子は使わないながらも全速力で駆けていく。

 流石に足場の悪い道を走り通すのは疲れ、ぜえぜえと家の前で肩で息をする。十秒ほどで息を整え、玄関を開けた。

「遅かったね」

 祖母の声は尖っていない。怒ってはいないようだった。少しだけほっとする。

「ただいま。千鶴は?」

「まだ帰っていないよ。見てきてくれるかい?」

――それなら携帯で言ってくれればよかったのに。

 理奈はため息をついて再び山を下った。

 匂いを頼りに、村を探す。こういう時、喰種の脚力がありがたい。ほどなくして見つかったが、よほど友達との再会が嬉しかったのか、千鶴はなかなか帰ろうとしなかった。

「……ばっちゃんに怒られるよ」

 苛々としながらそう言うと、流石に効いたのか、千鶴は顔を引きつらせた。今、祖母の機嫌を損ねるのはまずい。――正月の特訓が地獄になる。

「わかった、帰る。じゃあね、今度は夏休みに」

「来年は受験でしょ」

「そっか。なら、暑中見舞いを送るね」

 

 その夜は、大人には伯父の持ってきた血酒が、子供二人にはカフェインレスのコーヒーが振る舞われた。

 夜も更け、いい感じに酔っぱらってきた大人達はラジオの歌合戦と張り合って歌い始めた。母は若干音が外れている。伯父は地味に上手い。父は赤ら顔で鼻歌を合わせている。

「……酔っぱらってるね」

「うん」

 酒豪の祖父母は揃って演歌を歌っている。――夜は、長い。


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