ToLOVEる - FIRE GENERATION - 作:改造ハムスター
「フフフ……。
みんな、遅かったね」
にたつきながら、白衣を着た「アイツ」が挨拶した。
「臨海学校に同行してくれました、養護教員の皇先生でしゅ」
骨川先生の横で、不敵な笑みを浮かべる。奴は、あからさまに俺を睨んでいる。
ドクター・スメラギ。
さっきの事件は、あいつが絡んでいるのか。それとも何か知っているだけなのか。
「みんな無事だったことだし、海行こうぜ、海!!」
あんなことがあったというのに、妻村始めクラスメートたちはさっさと海へ行っちまった。
ちなみにバスの運転手は助かったらしい。飛んで来た車にも誰も乗ってなかったそうだ。
スメラギの陰気な視線からも逃げたかったし、俺もとっととみんなについて行くことにした。
ー10:30am 海岸ー
水着に着替えて海へ出ると、なにやら浜辺に女子生徒が群がっている。
(何だ、ありゃ)
……気になる。
「行くしかねぇ!」
俺は水着の女子の群れに単独、向かっていった。ある意味敵と戦うより緊張します 笑
「よぉ、何してんの?」
俺は一番手前にいる、背の高い女子に声をかけた。
俺を見るなり、そいつは満面の笑みを浮かべた。
「おおっ!ヒーローが来たよっ」
「アッシュー、結城君!」
「ほら、恥ずかしがらないで」
「あんたが見せたいって言ったんでしょ!」
女子たちがキャーキャー言いながら輪を広げる。その中心には、恥ずかしそうに顔を下に向けた、水着姿のアッシュがいた。
「おお……」
俺はただただ、感嘆の声を漏らすしかなかった。
こんなに、アッシュの顔以外の部分でドキドキしたのは初めてかもしれない。
「ちょっと〜、何とか言ってやりなよ結城ぃ」
「おっ、それともハグしちゃう!?」
「キャーそれやっばあい!!」
……だんだんウザくなってきた 笑
「……ど、どうかな?
この前、買ったんだけど……」
上目遣いで、アッシュが尋ねてくる。
「は、はぁ」
俺は改めて、アッシュを見た。
水着の縁からは、艶のある肌が日差しを反射している。きわど過ぎるわけじゃない。でも、決めるところはしっかりと強調している。彼女のスタイルを十二分に引き立たせてるデザインだ。
やっぱり水着はいい……。水着にしかない特別な魅力がある。
そりゃ今まで、もっとセクシーな格好を見ちゃったことはあるけど…………
(ランジェリーとかな)
ちょっと前の、メモルゼ戦艦での激闘が脳裏によぎる。
あの時はアッシュとホリーが、すげぇ喧嘩してたな……。
アッシュの眩しい姿を見ながら、俺はふと、そんなことを考えていた。
もし、こんなに魅力的なアッシュをホリーが見たら、また嫉妬するんだろう。
(女の闘いは怖い)
俺は思わず、ホリーがこの場にいないか見回した。
(そっか、あいつは撮影会で休んでるんだった)
俺は安心した。そして、
「ホリーは、来てないんだな」
なんと俺は、
この言葉を、声に出して言ってしまっていた。
その場が凍りつく。
「……何で今、そんなこと言うの?」
震える声でアッシュが呟く。
そして、
アッシュの目から、大粒の涙が溢れた。
あ、
……これ、俺やらかしたやつだ。
「何言ってんのこいつ……」
「マジあり得ないんだけど」
女子たちから、刺すような視線を浴びる。
もうアッシュは両手で顔をおさえて、本格的に泣き出してしまった。
やめて!やめてよ、アッシュ。いつもみたいにヤンキーっぽくキレてくれよ!なんでこんな時に限って女の子っぽいの?
女子たちは散々罵倒しながら、アッシュを連れてどっかに消えた。何言ってんのかほとんどわからなかったけど。
「……ホリーが転校して来た時から、アッシュがどれだけ気にしてるか、あんた知ってる?」
ひとり残った猿山が、静かに、冷徹に言葉を投げかけてくる。
「水着だって、本当は恥ずかしいのに、ホリーのグラビアを意識して、勇気出して私と買いに行ったのに。そこまであんたのこと、意識してるのに。
かわいいとも、一言も言わないで……。
最低だよ」
そう言い残し、猿山は去っていった。
「ウーーイ!!」
「どんまい!ザァーック!!」
歓声をあげながら、今度は男子共が飛びついてきた。
「何で泣かせたんだよ?」
目を輝かせて指野が聞いてくる。くそ、こいつに言ったらあっという間に広まるからな……。
まぁ、もう女子たちには知られてるしいっか。
「いや、なんかあいつが、新しく買った水着見せてくれたんだけど、そん時ホリーいねぇなとか思ってたら……それが声に出た」
「馬鹿だろ、お前」
珍しく妻村が憤っている。こえぇ。
「いや、言うつもりなかったんだよ。気づいたら喋ってて」
「はい!言い訳〜」
みんなにはやされる。悔しい。でも否定出来ねぇ。
「よし!じゃあ男同士で遊ぼうや!!」
「悪りぃ、今はそんな気分じゃねぇから」
指野の好意はありがたいが、とても遊べるテンションじゃなかったので断った。
男子たちは飛び跳ねながら、遠くの浜辺に消えていった。
……波の打ち寄せる音が聞こえる。
俺一人が、ビーチに残った。
あーーあ。
やっちまったな、俺……。
………………
ザザーン 笑
「クロウ?」
波の音に混じって、あの透き通った声が聞こえる。
「ゴウカ……」
俺は振り返らずに、海に向かってその名を呼んだ。
金色の髪を揺らし、ヒラリと、波打ち際に姿を現わす。
「冷たい」
打ち寄せる波に足を入れ、ゴウカは小さく叫んだ。
「まだ、水は嫌いなのか」
「冷たいものは全部嫌い。水も、風も、お菓子も……。
人も。
熱いのが好き」
俺に向けられた瞳が、炎の様に揺らぐ。
「さっきバス襲ったアゼンダとか言う奴、知ってるか?」
「昔、お母さんに負けた殺し屋の……子どもかな」
「殺し屋の子どもか」
「フフ」
俺の言葉にゴウカは小さく笑い、羽織っていた白いレースの上着を脱いだ。
俺はまた、言葉を失った。
水着姿のゴウカは、背中や脚を日の光にさらし、ステンドグラスの様にキラキラ揺らめいている。砂と海に区切られた単色の世界に、無数の色に輝く星が現れたみたいで、俺はその美しさに見入ってしまった。
「プリンセスのこと、好きですか?」
急にゴウカが、そんな言葉を投げかけてくる。
「そ、そんなことねぇよ!!」
思わず、俺はそう怒鳴っていた。
嘘だ。
でも、そう言うしかなかった。しかも、今まで聞いたこともない様な話し方で聞いてくるもんだから、何かゴウカであってそうじゃない、別の誰かに訊かれた様な気がして焦った。
「……じゃあ、花火の日、来て」
花火の日……。
ああ、臨海学校最後の夜か。
……その日に2人で会うなんて、まるでデートじゃねぇか。
「行かない、っつったら?」
ちょっとビビりながら、俺は聞いてみた。
ゴウカは黙って、海に飛び込み、
そして、
「海が干涸らびるかもね」
そう言った瞬間、
海に浮かべたゴウカの両手から、青い炎が放たれる。
ボウ……
海がどんどん干上がり、遠くまで、痛々しい地表を晒す。一瞬で、地球の裏側まで干上がってしまうだろう。
「……やめろ」
狂気じみた「無表情」を浮かべるゴウカに、俺は小さく、そう言うのが精一杯だった。
干上がった海に、1匹の焼け焦げた魚が上がってくる。
ゴウカはそれを見ながら、
「……たい焼き」
そう呟いた。
……怖すぎる。
「冗談だよ」
ゴウカはそう言い、いつもの優しい笑みで、焼け焦げた魚を撫でた。すると魚は、嘘のように鱗を輝かせ、ピチピチと跳ね回り、やがて海に消えていった。
いつの間にか、再び静かな海が広がっている。
「あなたと一緒なら、冷たい海も楽しいかもね」
ゴウカはそう言い、
『変身。
マーメイド』
組んだ足を、さっきの魚と同じ様な尻尾に変えた。
「じゃあ、待ってるからね」
パシャッ
ゴウカは、輝く水面に姿を消した。
俺は、波に残った僅かな波紋を、ずっと見つめていた。
(俺のせいだ)
さざ波の音を背に、俺は宿舎に戻った。