陽だまりの君へ   作:Mi-Me-2

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4.要談/波紋

 …寝ている相手との、手渡しでの文通という変わった文通はその後も続いた。

 手紙の中で、カチューシャはヴィーチェルと他愛もない話をし続ける。戦車道とは何の関係も無い、一介の男子生徒であるヴィーチェル。彼は非常に聡明で、カチューシャは時には無意識に作戦を相談することもあった。その度に、戦車のことが分からないなりのアイデアをヴィーチェルは手紙に書き留める。それらはてんで的外れなものも少なくなかったが、時折カチューシャを以ってして『その手が在ったか』と唸らせるようなものもあった。

 別の視点というのがこれほどのものとは思わなかった、とカチューシャが洩らさずにはいられないほどに。

 

 ヴィーチェルの手紙はほとんどがカチューシャの手紙に対する返事だったが、時には彼のほうから彼女に他愛もない話をした。

 季節の変化による光景の変化、虫や植物などの生物の変化など、彼は彼なりの視点での考えや思いを書いた。カチューシャも、そのことについて思ったことをそのまま書いた。…それは時に手厳しいものもあったし、彼の意見に共感するものもあった。

 相手の趣味も嗜好も何一つ分からない状態なので、自身の趣味を書くしかない。だが、そうするには彼はあまりにも無趣味だった。となると、話は必然的に共通の話題である昼寝の話になる。

 

 

『そういえば、貴方は何であの場所を見つけたの、ヴィーチェル?あんな場所、見つけようと思って見つけられる場所じゃないと思うのだけれど。

 

 ちなみに私は…前にも書いたと思うけれど、貴方の姿を見つけたからよ。貴方の気持ち良さそうな姿、ちょっと羨ましかったから。

…返事、待ってるからね』

 

 

 小さな手紙の中の『何故あの場所を見つけたか』という、ほんの僅かな言葉での問い。その言葉に対する返事を書くのに、白沢は大変に窮することになった。自分自身の言葉を長々と書くのが辛くて仕方がなかったのだ。彼のこれまでの生き方は、そんな彼の在り方を許容しなかったから。

 故に、彼は手紙であることに感謝する。いくら時間をかけても、いくら誤魔化しても、自分が気をつければ相手に気付かれずに済むのだから。

 

 

『さぁ。気付いたらあんな所にいました。気にはなったのですが、『まぁいいか』と。…あの場所で寝転んだとき、そんな疑問は全く無くなってしまいました。あの場所には、そんな魅力があるように思えます』

 

 

 そうして、一行空けてからありのままの本心を書き記す。…そうすれば、彼女は誤魔化したことにますます気付かなくなるだろうから。

 

 

『そういえば、…知人が、貴女のことを『お前にとっての太陽みたいだ』と言ったことがあります。太陽。眩しいくらいの陽だまりの貴女にぴったりの比喩だと思うのですが、どうでしょう』

 

 その提案は、彼女のお気に召したようで。

 

『その名前はいいわね。とっても嬉しいわ。じゃあ、私は『солнце(ソーンツェ)』かしら、ヴェーチェル?』

 

 

 こんなやり取りがあって、ヴェーチェルは共に昼寝をする少女のことを『ソーンツェ』と呼ぶことにした。

 

 『陽だまりの君』では少し、仰々しすぎるから。

 

 

 

 彼らは互いに良き友人となるのにそう時間はかからなかった。一度も顔をあわせて話したことが無いのに友人か、と彼らは手紙の中で笑いあう。

 

 昼寝にも変化があった。カチューシャ、…もとい、ソーンツェとヴィーチェルの距離が縮んだのだ。ソーンツェがヴィーチェルの手を握って眠るのは常になったし、…男性との付き合いがなさ過ぎるからなのか、彼に黙って彼の顔を撫でることさえあった。ヴィーチェルの方から彼女に触れることは決して無かったが、二人の距離は確実に狭まっていた。

 

 彼らの文通は毎日続き、季節は、いつの間にか夏に近づいていた。

 

 そんなある日。

 いつものように芝生に置かれたソーンツェからの手紙には、簡潔にこんなことが書かれていた。

 

 

 曰く、「貴方と、ヴィーチェルと起きた状態で会ってみたい、話をしてみたい」と。

 

 

 

----------

 

 

 

「これでよかったのかしら、どう思う、ノンナ?」

 

「どうするもこうするも、もう渡してしまってから相談されても困ります、同志カチューシャ」

 

「…それもそうね」

 

 カチューシャはそう言って頬杖をついた。「会いたい」と書いた手紙をヴェーチェルに渡した日の放課後。カチューシャは車長として、ノンナは砲手としてT-34/85に乗り込んで練習をこなしていた。

 ノンナは己が目を照準器に当てながらカチューシャの言葉に答える。

 

「前からずっと会いたかったのでしょう?その、ヴィーチェルという人に」

 

 勿論、この相談をしたということはこれまでのことをノンナに全て話す必要がある。カチューシャは非常に迷ったが、結局話すことにした。他言無用、もし誰かに話したら二度と口を利かない、という死刑宣告にも等しい約束を添えて。…それでも昼寝場所と、ヴィーチェルと手を繋いだ、という2つについては決して話さなかったが。

 

 ノンナとしても予想外の話だったらしく、表情の乏しい彼女にしては珍しく目を丸くして話を聞いていた。…カチューシャには与り知らぬことだが、男子生徒と昼休みを共にしている、という点に関しては元から知っていたので、驚いたのは『共に昼寝をしている』ということのみだったが。

 変なことをされていない、ということについては安堵したノンナだったが、それでも男子生徒と二人きりにしておくのは不安が残る。気になりすぎる。なので、真摯に相談に応じることになったのだ。 

 

「そうよ。前からずっと書きたかったけど、勇気が出なくって…いや!まだ書くときじゃないと思ってたの」

 

「でも今回の手紙には書いたんですよね?」

 

「そうよ!いつまでも待っていられないし、この時期だし…っと」

 

 ズゥン、と体を内臓から震わせるような振動がカチューシャを襲う。ノンナが主砲で遠く的を射抜いたのだ。

 装填手が急いで次の弾を装填する。ノンナは可能な限り早く次の的に照準を合わせ引き金を引く。

 

 命中。彼女の砲手としての腕に、現在勝てるだけの選手はプラウダには存在しない。つまり、プラウダでもっとも優れた砲手ということである。照準が少し甘いといわれるロシア製の戦車でこれほど正確に射撃する砲手など、そういないだろう。

 

 全ての的に命中させた後、ノンナは誇らしげな様子も全くない様子で照準器から目を離して一息ついた。

 

「時期…?もうすぐ始まる全国大会のことですか?ですが、その様子だと後悔しているようですね」

 

「そんなことないわよ!…まぁ、タイミングを焦ったかなって思ったりもしたけど、書き直そうとは思わなかったし、…この時期に会うことに意味があるんだし。…それに、ただ会うだけだもの。カチューシャがそんなことで怖気付くことなんてないんだから!」

 

「そうですね。同志カチューシャは勇猛でなおかつ聡明です。…それで、その相手のことはどう思っているんですか?」

 

 ノンナとしては最も聞いておきたかった質問。その真剣な眼差しに、カチューシャは思わず視線を逸らした。誤魔化すように大声で号令をかける。

 

「…ッ!そんなことどうでも良いでしょう!?皆!今日はこれで練習終わり!弾薬も燃料も無限にあるわけじゃなし、いつまでも続けてちゃ整備も出来ないわ!」

 

 了解、と彼女の指示に従うノンナを含むプラウダ生たち。T-34/85の通信手が「今日の練習はこれで終わり」と各車両に伝達し、彼女達は家路につくこととなった。

 

 

 

 

 

 

「…それで?どうして貴女たちはこのカチューシャの自室にまで付いてきているのかしら?」

 

「気に病んでいるご様子でしたので、差し出がましいとは重々承知ですが相談役にと」

 

『で、本当のところどうなんですか?その、ヴェーチェルという殿方に対する好意は恋愛感情なのですか?』

 

『クラーラ。カチューシャが男性に恋愛感情を持つなんて、そんなことは』

 

『ありえないとは限りません。だってカチューシャも今をきらめく女子高生なのですよ?恋愛経験の一つや二つ、持っておいたほうが良いと思うのですが』

 

『いえ、カチューシャには必要ありません』

 

「貴女たち、日本語で話しなさいよ!」

 

 ギャアギャアと騒ぐカチューシャ。傲慢さや横暴さがある程度なくなったとはいえ、人の性格がそうすぐに変わるものではない。カチューシャはあくまでカチューシャのままだ。

 何だかんだとテーブルに三人で座る。カチューシャの部屋は他の女子寮の部屋よりは多少広い。部屋の真ん中にテーブルをおこうが生活に支障は無い。

 

「私はボルシチを作りに来たのです」

 

 そういって、帰り道に店へ寄って購入した品々が入ったビニール袋を少し持ち上げるノンナ。確かにそこにはビーツや豚肉、キャベツやたまねぎなどの食材やローリエ、黒胡椒などの調味料が入っていた。本当にボルシチを作りに来たらしい。

 余談だが、カチューシャの部屋に黒胡椒などの香辛料や豚肉などの食材は無い。食事は専ら食堂で済ませるかノンナに作ってもらっている。ほとんどのプラウダ生が食堂で朝昼晩と食事を取っているので、別段カチューシャだけが例外なのではない。

 

「私は頼れるカチューシャ様に相談に乗ってもらおうかと」

 

 そう言って身を乗り出したのはクラーラ。彼女に至っては制服から着替えて私服の状態である。ノンナと示し合わせてきたわけではなくたまたま同時に訪ねてきただけらしい。彼女のほうから相談事がある、というからには本当に悩みがあるのだろう。カチューシャに男性のことを問い続けるその姿からは、どうしても悩んでいるようには思えなかったが。

 

 カチューシャはクラーラにもノンナに対するものと同じ相談をした。彼女達は最もカチューシャが信頼を寄せる二人。だからこそ、彼女も相談しようと思ったのかもしれない。そのことを考えると、ノンナもクラーラも底知れない感情が己の奥底からこみ上げてくるのを感じずにはいられない。

 

「…わかったわ。ノンナのボルシチは美味しいし、作ってくれるのなら嬉しいし。…クラーラも、まぁカチューシャが頼りになるのは当然のことだし?別に相談に乗ってあげても構わないのだけど?」

 

 ではキッチンをお借りします、と席を外すノンナ。重そうなビニール袋を軽々と持ち上げて台所に向かう。その姿を見届けてから、クラーラが内緒話をするようにカチューシャの耳元で口を開いた。

 

 

「私の友人なんですけど…最近妙で…」

 

 

----------

 

 

「なァ、ちょっと相談に乗ってくれねェか」

 

「…なんだ」

 

 一方、まだカチューシャたちが戦車に乗って練習をしている頃。小此木がやけに苦しそうな表情をして白沢に話しかけた。白沢は読んでいた本から目を離して答える。

 

「後生だからよォ!頼む、教えてくれ!」

 

 頭を思い切り下げられる。彼としては珍しい、真摯な態度だ。思わず白沢は気圧されるように、こう言ってしまった。

 

「だから何をだ?詳細を言ってくれないと何を教えればいいのかわからないんだが」

 

 それは。

 『詳細を言うなら話くらい聞いてやろう』という意味を表してしまう。

 あ、と彼が訂正しようとする前に、小此木の言葉が飛び出してきた。

 

「…ンじゃア単刀直入に。女子と上手く喋るにゃアどうすりゃいいンだ!?」

 

 沈黙。白沢は本をパタンと閉じる。

 どこか遠くで、名も知らない戦車の主砲が火を噴いた音がした。

 

 

 

 

 

「その娘とはちょっと前に会ったンだけどなァ、初めて会ったときにゃア向こうからロシア語で話しかけてきたンだ」

 

夕焼けが空を薄赤く染め上げる中、人気のないベンチに座ってぽつぽつと話す小此木。その隣で無表情に白沢はうっすら湯気を立てる紙コップを傾ける。話を聞き相談に乗る報酬として小此木が奢ったココアだ。自販機のものなので彼の好みより大分甘い。

 季節も夏に差し掛かる頃だというのにホットなのはどうなのだろう、と小此木は考えたが、白沢本人が選んだものなので別段からかうこともなかった。

 

 白沢は茶々も入れずに静かに話を聴く。…例えそれが、自慢にも聞こえる相談事であろうとも。彼は表情一つ変えずに耳を傾ける。

 

「…ンで、俺と顔あわせる度にものすげェ勢いと笑顔で話しかけてくンだよ、ロシア語で。その時の周りの目とかも気にせずにさァ」

 

「…それは。単に、お前と話したいだけなんじゃないのか?」

 

 その言葉にブンブンと首を振る小此木。否定の感情がこれでもかというほど見る者に伝えてくる迫真の動きだった。

 

「あー、そう思っちまうのが男子高校生特有の勘違いなンだって!お前知らねェのか!?今の女子ってなァ『え、ちょっと優しくした程度で好きになられても困るんですけど』とか普通に言うンだぞ!?」

 

「…そういうものか」

 

「そういうもンだッ!」

 

 いつになく興奮した様子の小此木に圧倒されかける白沢。こんな小此木も過去のバスケ部時代には、その身長の高さや少しワルそうな雰囲気を理由に多少女子に人気があったことを彼は知らない。その時、小此木が自身の人気に気付き調子に乗った末、どのような仕打ちを女子生徒から受けたのか、それを白沢が知る由もない。

 …要するに、一種のトラウマ持ちなのだ、彼は。

 

「ありゃア美人局ってヤツだ、間違いねェよォ…あんな美人がこンな俺に好意を持つはずがねェんだもンよォ…」

 

 そう言って白沢の隣でおいおいと泣き出す始末。どれほどの仕打ちを過去に受けたのだろう、蹲るような体勢になった小此木は泣き真似ではなく、本当に涙を流している。

 

 夕日が水平線に沈む。辺りが暗くなり、街灯に明かりが灯り始める。

 

 こういうとき、地上ならコウモリが飛び始めるのだろうが、と白沢はなんとなく思う。船の上で見ることはないのだろうな、と。

 白沢は立ち上がって飲み干したココアの紙コップを丁寧に手で折りたたんでゴミ箱に入れると、泣いている小此木の方を振り向いた。

 

「それでも、その相手はお前と話したがってるんだろう?だったら話し相手になってやれば良いだけだろうに」

 

「…そりゃア、そうだけどよォ…」

 

「惚れたんなら惚れたでいいんじゃないのか?『惚れた弱み』って言うだろう。…でも話を聞く限り、相手はお前と仲良くなりたいだけだと思うぞ」

 

 白沢ははっきりと口にする。迷いなく、きっぱりと。その顔を、小此木は驚いたように目を瞬いて見つめた。

 

「…どうした」

 

「いや、…お前が相談に乗ってくれるなンてこと自体初めてだし、それにも驚いてたンだけどよォ…。お前がンなことを言うなんて思いもしなかったから、ちょっと面食らっちまって」

 

お前のキャラらしくねェなァ、と笑う小此木に、白沢は無表情のまま首を傾げる。今、自分はおかしなことを言っただろうか?

 

「いや、おかしいこたァねェよ。ただなァ。…ハハハ、まさかお前と真面目に恋愛談義なンてすることになるたァな!」

 

 快活に笑い、よっしゃ、ンじゃ明日からも頑張るかねェ、と息巻く小此木。彼は唐突に白沢と強引に肩を組み歩き出す。もう、日は既に沈みきっていた。

 

「…何をする」

 

「もう暗ェし牛丼でも食わねェか?どうせ夕食なンて作らねェんだろ?」

 

「…なら、せめてここから近い店にしてくれ…。牛丼屋は遠い」

 

「よーし、なら向こうのハンバーガーだな!」

 

「夕食にハンバーガーか…」

 

「なーになまっちょろいこといってやがる!そンな食欲だからいつまでたっても体力がつかねェんだよ、お前は!」

 

 肩を組んでいながら、まるで引きずるように白沢を連行していく。白沢は半ば諦めたような無表情という器用な真似をしながら、為されるがままに大きなアルファベット一文字の看板が目印のファストフード店へと引きずりこまれていく。

 そんな体勢のまま、白沢が口を開いた。

 

「…さっき美人局って言っていたが、それはないと思うぞ。お前、そんなに金なんて持ってないだろう」

 

「言いやがったなこの野郎!お前みてェな金持ちにゃア貧乏学生の懐事情の寂しさなンてわからねェよ畜生ッ!」

 

「俺も別に金持ちというわけじゃないんだが…」

 

 白沢はギリギリと首を絞められ、無表情のままトントンと降参の合図をとった。

 

 

----------

 

 

「…という訳なんですよ。どう思います、カチューシャ様?」

 

「…と言われましても。正直、なんで貴女がそんなにその男性に固執するのかわからないのですが、クラーラ?貴女なら言い寄ってくる男子生徒の十人や二十人くらいいるでしょうに」

 

「ちょっと待って!ノンナ、今貴女二十人くらいって言った!?」

 

「ノンナ、貴女も分かるでしょう。言い寄ってくる男子生徒に貴女の心を動かした人がいますか?私にはいませんでした。でもあの方は違ったんです!」

 

「ねぇクラーラ!?カチューシャを差し置いて貴女にそんなにファンがいるとか嘘でしょ!?カチューシャは言い寄られたことなんてないわよ!?」

 

「私はカチューシャさえいれば男性など必要ありませんので、その気持ちにはなんとも言えませんね」

 

「それも問題発言よノンナ!?」

 

『あと、カチューシャに言い寄ろうとする虫はノンナが駆除しているので安心してください、カチューシャ様。貴女に人気がないなんてありえません』

 

「クラーラは私の前でロシア語で話すのを止めなさい!カチューシャに分かるように言いなさいよ!」

 

 白沢がファストフード店に引きずりこまれている頃、カチューシャたちはノンナ特製の夕食を囲んでいた。クラーラの内緒話じみた相談はだんだん熱が入ってきたのか、もはや隠すこともなく堂々とノンナにまで打ち明けている。

 

 彼女達の前のテーブルに並んでいるのは真っ赤なボルシチにロシアのポテトサラダであるサラート・オリヴィエ、それにピロシキ。せっせとグリーンピースを避けていたカチューシャの皿に隙を見てグリーンピースが追加される。

 

 愕然とするカチューシャ。

 

「好き嫌いはいけませんよ、カチューシャ」

 

 グリーンピースをカチューシャの皿に過度に供給した犯人であるノンナを睨みつけるカチューシャ。涙目ではあるが、正論である以上何も言い返せないらしい。

 意を決してぱくり、とグリーンピースをまとめて口に放り込みすぐさま水で胃に流し込む。泣きそうな顔だが、なんとかグリーンピースの壁を乗り越えて安堵しているのがわかる。そういうところが堪らない、とノンナは人知れず体を震わせた。

 

「それで、どう思いますか、カチューシャ様?」

 

「…え、何の話だったっけ?」

 

「私の相談の話ですよ!いくら声をかけても仲が進展しないのです。というか、最近はだんだん怯えられているようにも感じてきましたし…」

 

 しょんぼりと落ち込むクラーラ。色白で大人っぽい彼女が俯くと妖しげな魅力がある。俯いた彼女の目にきらめくものを見つけ、カチューシャは目に見えて慌てだした。

 

「だ、大丈夫よ、クラーラ。いつかきっと振り向いてくれるわ!自信を持ちなさい!」

 

 私の次に美人だもの、と根拠のない助言と共に胸を張るカチューシャを放っておいて、ノンナが口を挟む。

 

「それで、結局のところその男性の何が良いのです?」

 

 核心に迫るノンナの問いに、うーん、と考え込んでクラーラは口を開く。

 

「そうですね…一言で言うなら雰囲気でしょうか。なんというかこう、私の行動や発言を全肯定するでもなく、反対意見のような違った視点での意見を言ってくれて、かつ最終的になんだかんだ言いつつ肯定してくれそう、という感じですかね?」

 

「例えがやけに具体的ね、クラーラ…」

 

 呆れたようにカチューシャが呟く。でも、『雰囲気』というのはヴィーチェルにもいえることかしらと一歩引いて彼女の意見に心の中で同意する。自分も、彼の穏やかな雰囲気に惹かれたようなものなのかもしれない、と。彼女はクラーラと自身の境遇を照らし合わせて考え込む。

 

「アキラは作家を目指しているらしいですし」

 

「あの見た目でですか?それは驚きましたね…。あの身長で運動部ではないのですか」

 

 …でも、ヴィーチェルの雰囲気はクラーラの言う男子生徒の雰囲気とは違う気がする。やっぱり、自分と彼女の好みは少し違うらしい。

 

「身長は184.4cm、元バスケ部だと健康診断表と生徒目録に書いてありました」

 

「…私が言えた事でもないですけど、クラーラも手段を選びませんね…」

 

「おかげで彼の寮の部屋番号まで言えますよ?」

 

「それ合法なのよね?そうよねクラーラ!?」

 

「勿論です。…バレさえしなければ、全ては合法の手段なのです」

 

「違法よ!それ違法ってことじゃない!」

 

 悪びれもせずにクラーラは可愛らしく微笑んでみせる。その様子を見て、ノンナとカチューシャは深いため息をついた。

 

「でも、カチューシャ様?ノンナには分からないかも知れませんが、カチューシャ様なら分かってくれますよね?この気持ち、この感情を」

 

 突然ずずいっ、とカチューシャに詰め寄るクラーラ。互いの顔の距離が思い切り近くなり、カチューシャは思わず背中を反らせてしまう。

 

「この気持ち。相手のことを少しでも知ろう、という気持ちを、カチューシャ様も分かっているでしょう…?」

 

「い、いきなりどうしたのよ、クラーラ…?」

 

 戸惑うカチューシャ。その目は怯えをほんの少し湛えている。その彼女を安心させるようにクラーラは顔を遠ざけると、優しげな声色で、微笑んで、決定的な何かを告げようとする。

 

「だって、カチューシャ様。貴女は」

 

「クラーラ!」

 

ノンナの制止も届かない。クラーラは、微笑んでカチューシャに告げる。

 

 

 

 

あなたは、その『(ヴィーチェル)』のことを――――

 

 

 

 

----------

 

 

「…じゃあ、さ。俺からも相談、いいか?」

 

「ンぁ?…ああ、いいぜどンと来い!」

 

 安い、美味い、早いが揃ったハンバーガーを売りに全国チェーンしているファストフード店。学園艦にすら展開しているその店内でフライドポテトを摘まみつつ、夜一が切り出した。

 俺の相談は『とりあえず現状維持、相手が遊びのつもりなら途中で飽きるだろう』で決着が付いたが、どうやら夜一の方にも相談事があったらしい。もうメインであるハンバーガーも食べ終えたし、駄弁るのにゃア良いタイミングだろう。

 俺の目の前にはクシャクシャになったハンバーガーの包み紙が3つ、それに八割がた中身が無くなったポテトのカップ。夜一の前にはきちんと正方形に畳まれた包み紙が1つとまだ半分ほど中身が残ったポテトのカップ。…チーズバーガー1つとポテトとジュースでもう十分ってェ食欲は、ちょっと男子高校生としては少なすぎるんじゃねェのかねェ。

 

「なンだァ?眠気解消の方法かなンかか?不眠解消なら知ってるンだがなァ、タマネギ半分に切って枕元に置いときゃアいいらしいぞ。なンか眠たくなる成分がタマネギから放出されるとかどうとか。ンで朝萎びたヤツを炒めて食うらしい」

 

「いや、そうじゃ…いや、眠気解消もそれはそれで悩みなんだが…」

 

 そうだったのか。俺も自分の分のポテトを摘みながら夜一の顔を見る。夜一も、ちゃンと睡眠のことで悩ンでたンだなァ。コイツにゃア悩むなんて機能が付いてねェのかと思った。

 そんな俺の考えが顔に出ていたのか、夜一は目を細めてこちらを見た。取り繕うように俺は謝罪の言葉を口にする。

 

「ああ、すまねぇ。ンで?何が悩みだってンだ」

 

「ん…女子生徒…ソーンツェから『会いたい』って言われたんだが、どうすればいいと思う」

 

「『太陽(ソーンツェ)』?おかしな渾名をつけるンだな、お前。…あァ、俺が言ったンだったか」

 

 …あー恥ずかしい。そういやァそういうことも言ったっけか。『昼にしか会えねェ、なおかつ雨の日にも会えねェたァ、まるで太陽みてェな女だなァ』とか。

 

「なンだ、何悩む必要があンだよ?会いてェって言われてンなら会やァ良いじゃねェか。踊るなり騒ぐなり動物を鳴かせるなりしなけりゃア会うことも叶わねェわけでもあるめェ」

 

「俺は天鈿女命(アメノウズメノミコト)じゃない、第一あれは女神だし、俺には踊りみたいな運動は無理だ」

 

 夜一は運動全般が出来ない。俺から見りゃア筋は悪くねェ、どころか運動神経はいい方なンだが…体力がねェのかどうなのか、すぐに倒れこむようになっちまう。時には体育の授業自体見学するほどだ。…まァ、今そンな話は関係ねェか。

 

「例えだ、例えの話。でもよォ、お前に会う以外の選択肢なンてあンのか?」

 

「…どういうことだ」

 

「だって、お前――――」

 

 俺は、口にする。黙っときゃア良いのに、この煩わしい口は独りでに動いたかのように声を出す。

 

 

「その女、ソーンツェ、だったか?その女のこと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『好きなンだろう?』

『好きなのでしょう?』

 

 

 









年内に投稿できて良かったです。
友人に垢バレしましたがこのまま続けていきますよ、ええ。


評価、お気に入り数がめちゃくちゃ伸びててビックリしてるんですが…。間違えてませんか…?こんな小説ですよ…?

本当に感謝感謝です…!ありがとうございます…!


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