陽だまりの君へ   作:Mi-Me-2

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3.午睡/触接

 春の夕暮れ。肌寒くもなく、さりとて暑いわけでもない適温。そうであるが故に意識には留まらず、『好きな季節』にはあまり挙げられない季節。

 カチューシャはこの季節が好きだった。冬ももちろん大好きではあるのだが、この昂揚感にも似た感覚はこの季節特有のものだ。

 

 カチューシャは大きく伸びをする。

 

 ノンナが出て行って一人になった今、この部屋でコソコソ他人の目を気にする必要はない。ゴソゴソと机の引き出しを漁り、お目当てである手紙を丁寧に取り出した。

 

『陽だまりの君へ』

 

 そう書かれた封筒――もう封は開けられている――を、カチューシャは見つめる。

 にへら、とカチューシャは表情を崩した。先ほど中の手紙を読んでから彼女は上機嫌だ。ノンナに気付かれないように顔を引き締めていたが、思いがけなく彼女が退室したのでもう大丈夫。思う存分表情筋を弛緩させる。

 

 手紙の内容は簡単なことだった。

 

 名前が分からないから『陽だまりの君』と呼ばせてもらうが、勿論気に入らないのであれば他の名前を考えること。ただ、名前が分からない故に楽しいので出来ればこのまま名前を隠していてもらいたいこと。そして、良ければ自分にも渾名をつけて欲しいということ。何故あの場所で寝るようになったのか、ということ。

 そういうことが簡単に、しかし綺麗な字で書き留められていた。

 

 

 カチューシャはその全てに返事を書こうと机に向かう。彼女の字は決してうまくないが、そんなことは気にしない。まずは返事を書こうとひたすらペンを動かす。

 

 結局一時間ほどかかって、完成したのは思ったより短い手紙だった。けれど、自分の言いたかったことは書けたし、別に構わない。

 

 『陽だまりの君』という名前はとても気に入っているので他の名前なんてつけなくてもいい、ということ。ただし、あんまり連呼されると恥ずかしいので出来れば『陽だまりの君』に近い渾名を考えて欲しいこと。自分があの芝生で眠るようになったのは貴方の寝ている姿を見たからだ、ということ。

 

 

 そして、渾名のこと。少し考えて、ほんのちょっぴり背伸びをして。こんなことを書いてみる。

 

 

『貴方はいつも寝てばかり、私は話したこともない。声も知らない、起きているのも見たことない。

 

それは会うのがいつも昼だからなのかしら。

 

ならばきっと、貴方は『вечер(ヴィーチェル)』なのね。』

 

 

 

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 そうしてカチューシャは軽めの昼食をとって今日も芝生にやってきた。花が輝くようなうららかな日に、昨日書いた手紙をその小さな手に持って。

 

 男子生徒は今日も既に眠っていた。その上で蝶が楽しげに揺らめいている。男子生徒は起きるそぶりも見せない。その胸の緩やかな上下運動や微か過ぎる寝息がなければ死んでいるのかと錯覚してしまうほど。その陽だまりの光景も含めて、全てがいつも通りだった。

 

「ノンレム睡眠、…だっけ。こういう熟睡って」

 

 男子生徒の傍に持ってきた手紙を置いて、カチューシャは彼の顔を覗き込む。男子生徒は動かない。何も喋らず、身じろぎ一つしない。彼女はやはり気にせずにその左隣に寝転がった。ほんの少し青臭い芝の香りがカチューシャの鼻孔をくすぐる。

 

「…ね。ほんとに起きてないの?」

 

「……」

 

「貴方が本当に『вечер(ヴィーチェル)』なら、こんな昼には起きてないはずよね?」

 

「……」

 

「…はぁ。ほんと、良い顔で寝てるんだから」

 

「……すぅ」

 

 男子生徒は何も答えない。ただ微かな、本当に微かな寝息が聞こえてくるばかり。それでも、カチューシャは彼に話しかける。何でも良いから、彼、ヴィーチェルと話してみたかったのかもしれない。

 

 カチューシャには、所謂男友達と言うものは存在しない。

理由は多々あれ、結局は『必要ないから』という理由に収束してしまう。彼女が履修する戦車道も、また彼女の人間関係も、女子のみで完結しているからだ。

 

 高校生という恋愛に興味を示す時期。異性に興味を抱かない者などそういないが、まず自身と関わりの無い『男子生徒』という存在を好きになるなんてことはカチューシャには無かった。

 …彼女の周りにいる女子が魅力的に過ぎる、というのも要因としてあるのだろう、彼女の幼い外見は可愛いとは思わせるが女性的な魅力ではない。その点周りにいるノンナやクラーラは女性的な魅力にあふれ、異性はもちろんのこと同性からも愛の告白を受けていたりする。

 また、ノンナがカチューシャに『悪い虫がつかないように』していることも要因の一つだ。生半可な気持ちでカチューシャに不用意に近づこうとするならもれなくノンナからの『粛清』に遭うのだから。

 

 そういう事情で、カチューシャには男友達がいないのだ。今彼女が彼に近づいているのは、どう男という存在に接して良いか分からずとりあえず距離を詰めてみよう、という考えの表れである。…彼らは一度も、話したことは勿論、互いに起きた状態で会ったことすらないのだが。

 

「えい」

 

 そして、カチューシャは意を決していつもと違う行動に出る。寝転がったまま横を向き、ヴィーチェルのだらりと伸ばされた左腕に手を伸ばした。そうして、彼の左手に彼女の右手を触れさせる。彼女は躊躇いがちに、けれど確かに、彼と手をつないだ。

 

 指先の感覚を通じて、『ヴィーチェル』という存在そのものが彼女に伝わってくる。『そこに在る』のだと。今までのような、彼の呼吸音だけで『そこにいる』ことを確認するのではなく、『在る』ということを理解する。自身の前に在る『ヴィーチェル』は、一人の男性としてここに在るのだと。

 

(なんで―――)

 

 カチューシャは思う。一度も話したことはない、一度も目を見たことがない。一度も―――起きているのを見たことがない。なのに、傍にいるだけで、手を触れ合うだけで。ここまで安心できるのは、どうしてなのか。

 

 

 

 その問いに対する答えは、全く浮かばず。

 

 

 

 カチューシャは、その深い安心感の中、まどろみに溶けていった。

 

 

 

 それは、うららかな午後のこと。

 一人の少女と青年の午後。

 

 

 

 その日、二人は初めて触れあった。

 

 

 

 

 

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 ところで。彼女が言った『ノンレム睡眠』とは、『NON Rapid Eye Movement sleep』―――すなわち、『急速眼球運動』が起こらない睡眠状態のことである。『徐波睡眠』ともいわれる。

 

 これは脳が自身を休めるための睡眠であり、この睡眠状態のとき、脳は覚醒していない状態である。このとき体温は少し低くなり、呼吸や脈拍が非常に穏やかになる。俗に言う『深い眠り』、『ぐっすりと眠った状態』のことと言えば分かりやすい。

 基本的に居眠り、昼寝などの短い睡眠はこのノンレム睡眠であり、脳が休んでいた状態であるために起きた後すぐに行動することが出来ない。いわゆる『寝惚け』の状態になるのである。また脳が休んでいるため、軽く揺すったり声をかけられた程度では起きることはない。

 

 

 では逆に、『レム睡眠』とは何か?先ほどの言葉を借りるならば、『ぐっすりと眠っている状態ではないとき』、つまり『浅い眠り』のことである。新生児の睡眠時間の半分がこのレム睡眠であり、成長に従ってその割合は減少していく。鳥類と哺乳類にしか見られない睡眠状態でもあるが、それほど重要な情報ではない。

 ノンレム睡眠が『脳を休める』眠りであるのなら、レム睡眠は『体を休める』眠りである。レム睡眠時、脳は覚醒しており、逆に骨格筋は弛緩している。例外的に眼球は急速に動いているために『急速眼球行動』という名前がついているというわけだ。ノンレム睡眠にはこの眼球行動は起こらない。

 

 要するに、『外見上は寝ているのに脳は覚醒している』状態なのだ。そのため、『逆説睡眠』とも呼ばれている。脳が『覚醒している』状態であるからこそ、レム睡眠時に起床すると頭が冴え渡っている場合が多い。起きてすぐに頭が、目が冴えているという体験は誰しも一度くらいは体験したことがあるだろう。

 脳は覚醒している、すなわち『夢を見る』ことが出来るのはこのレム睡眠時である。ノンレム睡眠時も夢は見ると言われることもあるが、脳が覚醒していない以上、見ることは出来ないか或いは記憶することが出来ないとする説のほうが多い。

 

 そして、この『夢を見る』ことにより、夢の中の人物や物を目で追っているために『急速眼球運動』が起こるとする説もある。

 

 このレム睡眠は人が入眠してからしばらくたってから、大体二時間以内に起こる睡眠状態であり、居眠りなどではレム睡眠に至ることはない。また、レム睡眠とノンレム睡眠は90~110分間隔で交互に起こっているとされ、一般的な6~8時間の睡眠で大体4、5回ほどのレム睡眠が起こっているといわれている。

 

 ならばこそ、カチューシャがヴィーチェルをノンレム睡眠だと判断したのは正しい。現に、カチューシャが見ている時の彼の睡眠状態はいつもノンレム睡眠である。

 そうしてカチューシャが今入眠したので、彼女もノンレム睡眠に至っていると考えられる。

 彼女の眠りに夢はない。だからこそ、彼女は毎回毎回チャイムの音で目を覚ますのだ。

 

 であれば。

 

 であれば?

 

 

----------

 

 

 カチューシャが入眠してしばらく経ち、ヴィーチェル―――白沢夜一が目を覚ました。息が睡眠前と比べると少し荒く、少し発汗してはいるが、体調は良い。

 

 いつも通りに体を起こそうとして、そうしてすぐに彼は自分の体がいつもと違うことに気がついた。

暖かい日差しに体が温まっているのはいつも通りだ。詳しい時間は分からないがいつもと同じくらいの時間だろう。だがいつも通りでないことがある。

 

 一体、自分の左手は何に触れている?

 

 いや、気付いてはいる。だが、脳がよくその事象を理解できなかったがために理解が遅れたのだ。

 

 

 いつも一緒に眠っている女子が自分の手を握っている、など。誰が予想できただろうか。

 

 

 白沢の遥か頭上を一羽の鳥が滑るように通り過ぎていく。予想外のことに対する驚きからか、白沢の体から力が抜け、彼の背はポスンと柔らかな芝生に引き戻された。

 白沢は寝転んだまま、起きたばかりで『覚醒した』脳を回転させることに専念する。今、自分の身に何が起こっているのか。この女子生徒は、何をしているのか。

 

 今、一体。自分は何をすれば良いのか。

 

 混乱した―――といってもその表情はあまり変わっていない―――白沢は、自身の体を起こすとじっと、彼が『陽だまりの君』と呼ぶ少女、もとい女子生徒の顔を見た。

 

「うむぅ…」

 

 金色に輝く髪。その小さな体は幼いという言葉すら連想させ、そのあどけない寝顔はまさしく可愛らしいという言葉を体現していると言えるほど。

 腕の位置が少しずれてしまったのか、不満そうに唸ってモゾモゾと動く。その小さな体躯が白沢に無警戒に近づく。しばらくして腕が先ほどと同じ位置に戻ったのか、ようやくその動きはとまり表情も安らかなものになり、すぅすぅと健康的で可愛らしい寝息が聞こえる。

 これは困った、と白沢は思う。早く自分のクラスに戻らなければならないのに、こんな密着した状態では体どころすら動かせない。仕方ないので彼女の肩を優しく押さえて自分から遠ざけようと試みる。手をかけた途端に少女から仄かに甘い匂いがして白沢は一瞬動きを止めたが、躊躇わず彼女の体を自身の体から引き離した。その拍子に繋がっていた手も離れてしまう。

 先ほどまで在ったヴィーチェルを失った少女は何かを求めるように数回唸ったが、結局諦めてしまったのかしばらくすると大人しくなった。

 

「ふぅ…」

 

 息を吐く。起きられるかも知れなかった。やましいことをしているわけじゃないが、出来れば起きた状態では彼女と顔をあわせたくない。

 落ち着いてふと辺りを見ると、白い何かが傍にあるのに気が付いた。とりあえず手に取ってみる。

 それは、白い封筒のようだった。高級そうな手触りの紙。そこには、お世辞にも整っているとは言いがたい文字で、

 

 

『親愛なるヴィーチェルへ』

 

 

白沢はその文字を見ると、…なにかに耐えるようにぎゅっと眼を瞑り、丁寧に制服の内ポケットへ仕舞い込む。そうして立ち上がり、気持ちよさそうに寝ているカチューシャを心配するように何度か振り返りながら歩き出した。

 

もうすぐ、チャイムが鳴る。

 

 

----------

 

 

『同志ノンナ。今日もカチューシャ様の様子がおかしいと思うのですが』

 

 プラウダ高校の戦車道演習スペースにおいて、今日もロシア語が飛び交っている。なかでも日常的に話しているグループといえば、やはりノンナとクラーラだ。

 二人は休憩時間である今、ベンチに座って話している。周りでロシア語があまり出来ない一年生達がうろうろしているのも、彼女達は気にしない。なぜなら、三年生になってもロシア語が分からず右往左往している生徒も日常的にいるからだ。

 それも致し方ない。それほどまでに二人のロシア語は卓越していた。

 

『ええ、同志クラーラ。今日のカチューシャは落ち込んだり急に表情を崩したりと不思議な行動を多く取っていましたね』

 

 さらさらとメモを取りながら口を開くノンナ。そのメモ帳にはびっしりと文字が書かれているらしいが、一体何が書いてあるのか誰も知らない。そして、誰も知ろうとはしない。誰しも命は惜しいものである。

 ちなみに、クラーラはそのメモを『カチューシャの様子を事細かに書き記しているのではないか』と予想している。真偽のほどは定かではないが、彼女はノンナについてもっとも良く知っている存在であるために彼女の考えが定説となっている。

 

『なにやら嬉しそうですね』

 

 クラーラの視線の先ではカチューシャの乗った戦車が豪快に主砲から火を吹かせていた。

 

『と思ったらすぐに何かを考え込んだりもしますけどね』

 

 ノンナの視線の先ではカチューシャが急に黙り込んでしまったせいでどう動けば分からなくなってしまった戦車が右往左往していた。

 

『やはり、あのシラサワとかいう男が原因なのでしょうか?話を聞く限りではそう悪い人ではないようでしたが。ノンナの調べではどうなのです?』

 

『ええ。私の調べでも彼が極悪人だという証拠は見つかりませんでし…待ちなさい。話を聞く限り、とはどういうことです。私はそれほど詳細には彼のことを貴女に話していないでしょう。一体誰から聞いたというのです?』

 

 思わずといった様子で口に手を当てるクラーラ。

 …目を丸くしているところを見ると本当に無意識だったらしい。

 

『あら、口が滑ってしまいました』

 

『…いいから答えなさい、同志クラーラ』

 

『ええっと、先日同志ノンナが声をかけていた、オコノギという男子生徒と仲良くなりまして。彼から聞きました』

 

 ぽっ、と頬を赤らめてそう言うクラーラ。その朱色は白い肌と明るい髪色に映えて非常に美しいが、ノンナからすればそんなことは気にしていられなかった。

 

『オコノギ…小此木晶、でしたか?』

 

『まぁ、アキラというんですか、彼』

 

 コレは良いことを聞いたと喜ぶクラーラ。それはまさしく乙女の表情。…自分も、いつかあんな表情をするときが来るのだろうかとノンナは思う。

 

『彼が言うには《ヤイチは大人しい奴だから大丈夫だろう》らしいですよ?』

 

『それは大体同じような内容の話を彼から聞いています。認めたくはありませんが、彼は人畜無害な青年であるらしいですね』

 

『オコノギ…いえ、アキラと呼びましょう。アキラが言うには《最近アイツ、女子生徒と仲良くなったらしくて。晴れた日の昼休みにしか会えないんだっていってたから『そりゃまるで太陽みたいだな』って言ったら『なるほど、太陽か確かにその通りだ』って妙に納得した様子だった》とか』

 

『カチューシャは太陽のように偉大なお方ですから。小此木晶は見る目がありますね。…ですが、白沢夜一の方はどうでしょうか。一応、警告はしておいた方が…』

 

『ねぇ、ノンナ?カチューシャ様の初恋なのかもしれないですし、変に気を遣っては嫌われるかもしれませんよ?』

 

 恋する女の子は周囲に関して敏感なんですから、というクラーラの言葉にノンナはしばし考え込む。練習場ではカチューシャの乗るT-34/85が逃走する練習用戦車を気を取り直して追い回している最中だ。

 と、ノンナが口を開いた。

 

『…クラーラ』

 

『なんでしょう、ノンナ?』

 

『貴女は、男性と付き合った経験があるんですか』

 

 二人の目の前で、ドウンン、と大砲の炸薬が破裂する音がした。

 クラーラは微笑んで、

 

「ご想像にお任せします」

 

と流暢な日本語で答えた。

 

 ポシュ、と気が抜けるような音が響き、練習用戦車から白い旗が上がった。

 

 

----------

 

 

『親愛なるヴェーチェルへ』

 

 そう宛名が書かれた封筒を白沢は誰もいない教室で眺める。うまくはない。うまくはない字だが、やけに可愛らしい。文字ではなく、文字を書いた人の性格がにじみ出ている、というのだろうか。成る程、陽だまりの彼女はおしとやかな少女、という訳ではないらしいと文字から彼は判断する。文字は人柄を表すものなのだ。

 生徒が皆家路につきもぬけの空となった教室で、彼はその封筒を飽きもせず、それでいて無表情に眺める。そうしてどれだけ時間がたっただろう、彼はその封筒を鞄に仕舞い込み、教室を後にしようと教室の扉を開けようとした。

 

だが。

 

ガラリ、と。彼の目の前で扉が開けられた。

 

 目の前には、白沢より少し背が低い女子生徒。見事なまでに黒々とした長髪、氷のような鋭い目つき、女子としては高い身長。…この特徴は、どこかで聞いたような気がする。

 

 

『あー?何かどっかで見た顔な気ががすンだけど…アレだ。髪が長くて、目つきが鋭くて、背が高い…あれ、まさか』

 

 

 白沢の脳裏にクラスメイトの言葉が蘇る。

 そうだ。数日前、白沢の後ろで誰かが彼のことを睨んでいると言った小此木の話した特徴と、この女子生徒の特徴は一致する。確か彼は、その女子生徒のことを―――

 

「4組のノンナさん…で、いいのか?」

 

「……!」

 

 黒髪の女子生徒は白沢の言葉に驚いたようだった。ということは、彼女が『ノンナ』という人物で間違いないのだろう。

 

「どうして、私のことを?」

 

「…さぁ。俺は何も知らない。知っているのは小此木のほうだ」

 

「そうですか」

 

 沈黙が流れる。

 ノンナは相変わらずこちらを睨みつけているし、白沢は興味などないとばかりの無表情だ。

 

「…あなたは」

 

 先に口を開いたのはノンナだった。白沢は黙ったまま、彼女の言葉を待つことにする。

 

「あなたは、昼寝が趣味なのですか」

 

 それは、一見すると間抜けな質問だ。

 なにしろ彼らは初対面。そのうえ初対面でありながら、彼女は白沢を睨んでいるのだ。その状況で最初に口から出てきたのがこんな質問であるのなら、誰もが困惑するだろう。

 しかし白沢は無表情のまま多少考え込み、質問に答えた。

 

「…別に。嫌いじゃないが好きではないな」

 

「なら、何故いつも授業で寝ているのですか」

 

 矢継ぎ早に飛んでくる質問。白沢は先ほどと同じように考え込もうとした。だが、彼が口を開くその前に次の質問が飛んでくる。

 

「どうして、昼休みになると教室を出て花壇へ向かうのですか」

 

「……」

 

沈黙。無気力な瞳がノンナを見据える。

 

「あなたは―――――」

 

 次々とかけられる質問。その全てに白沢は黙し続ける。…その姿は彼女が落ち着くまで待っているようにも、その質問を下らないものと切り捨てるようにも見えた。そんな彼に痺れを切らしたのか、ノンナは言い放つ。

 

「…あなたは。…何のために眠っているのですか」

 

 

 その言葉に、いつも無表情な彼が、その無表情を初めて崩した。

 

 

 …それは、彼のことを少しでも知っているファンクラブの女子生徒や小此木が見れば、唖然とするだろう。

 …彼は、一見すれば普段と変わらないと思えるほどに小さく、けれど確かに歯を食いしばってノンナを睨みつけていた。まっすぐに、彼女の瞳を見据えて。

 

 ノンナは思わずたじろいだ。

 彼女としてはただ、昼寝が好きであの場所に行っているのか、それとも彼女目当てで行っているのかを知りたかっただけなのだ。だからこそ、女子生徒、カチューシャのことを言わなかった。彼に後ろめたいところがあるのなら、きっと誤魔化すような反応をするだろう、と。

 

 はっきり言ってしまえば、嫉妬が混ざっていた。自分が一番カチューシャと親しいハズなのに、どうして彼女は自分ではなく彼に会いに行くのか。どうして何も言ってくれないのか。そして、その行動ゆえか彼女の人柄が柔らかくなっている。数年間パートナーだった自分ではなく、今年に入って知り合ったであろう男の影響で。

 その不満を、無意識に彼にぶつけてしまったのだ。多少感情的になってしまったという考えが今更のように脳裏を掠める。

 

 だがしかし、それでも彼の反応は予想外だった。問いただせばしらばっくれるか誤魔化すかどちらかだろうと踏んでいたのだ。

 …こんなふうに、睨み返されるとは、とても。

 

「…貴女には、わからない」

 

 ぼそりと彼は呟くと目線をノンナから外し、俯いて歩き出した。その一言を言うのに、数十分もかかったように思えるほど重い空間の中で。

 

 ノンナと白沢がすれ違う。睨んだりしてすいませんでした、と白沢が止まらずに頭を軽く下げる。コツ、コツ、と。彼の大人しい靴音が遠ざかっていく。

 

 返答も謝罪も、何の反応も出来ずに。彼が視界から立ち去るのを止めることは出来ずに、ノンナは立ち尽くしてしまう。ただ彼女は、自分が何かひどく脆いものを、傷つけてしまったように感じた。




ここまで読んでくださりありがとうございます。
そして、申し訳ありません。


5話以降白紙です(白目)

4話が書き終わったテンションであげてます、あとはお気に入り数が50越えて、評価者が3人になった嬉しさからでしょうか。

次の更新はもしかしたら年を跨ぐかもしれません。そうなったらごめんなさい。でも出来れば4話を投稿して年を越したいと思っています。次あげるのは5話が書き終わってからでしょうか。

ご意見、感想などございましたら、気軽に感想からお送りください、直接僕のやる気になります。感想の数だけ投稿が早くなるかもしれません。
これからもよろしくお願いします!

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