恐ろしく冷たい眼をしている子供。白髪だのと色々特徴はあったが、それが第一印象だった。
悪魔が他勢力に宣戦布告してから十数年。人外からすれば瞬きに等しい時間で彼等は世界の八割を支配下に置いた。殺そうとも尚増やされていく兵士、空を我が物顔で飛び交う『魔翔戦艦』を始めとした圧倒的物量。
何より超越者の存在が大きかった。悪魔というカテゴリを逸脱した二人の魔将軍。サーゼクス・グレモリー。アジュカ・アスタロト。二人が生まれたからこそ戦争を決意したとも噂されている。
物資も人手も足りない。そのような状態で、対抗組織『
堕天使ミッテルトは当時、日本支部に所属していた。任務は救助活動。主に逃げ遅れた子供達を救出する重要な役目だ。
「……酷い。女子供まで見境なく殺してる」
病人等役に立ちそうもない者はその場で殺害された。無抵抗でも容赦はされなかった。込み上げる憎悪に耐えながら、一面焼け野原となった村を見回る。すると一件の家から微かに音が聞こえた。未だ悪魔が残っているのかと咄嗟に身を隠した。
家の中も略奪の限りを尽くされていた。僅かな家具は床に倒され、住人だった者の下半身の臓器があちこちに散らばっている。ただ上半身は比較的無事だった。
あ、と彼女は声を洩らした。住人はダンボール箱にすがり付いて死んでいたのだ。まるで何かを守るように。もしかすれば身体を両断した悪魔が立ち去ってから、息を吹き替えしたのかもしれない。守り抜く為に。
そっと退かして箱を開けた。収まっていたのは小柄な少年だった。まだ二桁に到底届いていない見た目だ。住人は親だったのだろう。
「坊や、大丈夫!?」
抱えようとしたが、少年は手を取らない。代わりに冷たい眼を向けるだけ。親を殺されたのだ。無理も無かった。だが此処で時間を潰すと悪魔達が戻ってくるかもしれない。悲しむのは基地に着いてからと言わんばかりに、半ば無理矢理に抱えるミッテルト。彼は軽く、簡単に持ち上がった。
後は帰還するだけと彼女は転移しようとした。しかし直前にガタンと入口が揺れた。最悪のタイミングだ。
悪魔が三人、家に雪崩れ込む。ある程度訓練を受けているとは言え、数の差は即ち力。形勢は一目瞭然だった。リーダー格の悪魔が二人に両手を挙げるように告げる。従う道しか無かった。
一人が下卑た視線をミッテルトに向けた。
「おい、この堕天使を貰って良いか?」
「……ロリコン野郎が。せめて戻ってからにするんだな」
へいへいと肩をすくめながら、彼等は懐に手を伸ばした。出てきた時には黒いチェスの駒を握っている。『
身体を床に押さえつけられながらも必死に嫌だと叫ぶ。冗談では無い。悪魔になるぐらいなら今此処で首を括った方がマシだ。
屈強な男と、可憐な少女。力の差は歴然としている。漆黒が目の前に迫りミッテルトは思わず眼を瞑った。
ザシュッ。肉を斬る音がした。何事かと視界を開けて、最初に飛び込んだのは夥しい量の赤だ。自分に向かって血が吹き出している。悪魔の口から絶叫が響いた。駒を持った手が肩から腕ごと抉り取られていた。
誰がと辺りを見回して少年と眼が合った。彼は立っていた。護身用に持たされたのだろう、光の剣を手にして。
「このクソガキ……ッ! 殺してやーー」
言い終える前に頭から幹竹割りとなった。脳と臓器の海に胴体は沈んだ。慌てて魔力を掌に集める悪魔二人。だが予想外の出来事に反応出来なかったのか、組み付していたミッテルトの拘束を外してしまった。その隙を逃すような彼女では無く、空かさず光の短槍を頸動脈目掛けて突き刺した。
鮮血越しに映る少年は泣きながら笑っていた。
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こんな夢を見たのは久し振りだと、朝日に濡れるミッテルトは思う。寝食を共にする家族であり、背中合わせに戦う仲間であり、唯一愛する恋人。フリード・セルゼン。その彼との最初の出会いだ。
木漏れ日色の金髪を整えて、トレードマークのゴスロリに身を包むと彼女は部屋を出た。
化粧台に置かれている写真にはかつての日本支部メンバーが描かれている。その隅に無表情のフリードが映っていた。
笑顔を見せる彼が写真に収められるには、まだ時間が必要だった。
支部長も変わるさ