アザゼルと会ってから二週間ばかり経過した頃。
曹操達とは定期的に連絡を取りつつ、完全プライベートの別荘を金にものを言わせて買い、さらに金にものを言わせて、新たな別荘を日本屈指の建築家を寄せ集めて作らせていた。
片方は見つかってもいいように、もう片方は絶対に見つからないようにと計算してだ。建つのは少し先の話だが、あちらも職人。時間以上の代物を作ってくれるに違いない。
しかし、こちらに滞在している期間が少しばかり伸びつつあるせいか、あちらにいる曹操達が幹部一人は送ると言って聞かない。
最初は断っていたのだが、ジークがこっそり『空気がそろそろヤバい』と連絡をしてきたので、仕方なく、一人だけならと許可を出し、つい先日合流したのが━━━。
「王!食事の準備が出来ました!」
「大声で呼ばずともわかる。今日も感謝しているぞ、ジャンヌ」
「礼などは……私は当然のことをしているだけですので」
「お前はそうであっても、俺は感謝している。それを示しただけだ」
「はっ……それでは。謹んでお受け取りします」
ジャンヌ・ダルク。歴とした聖処女ジャンヌ・ダルクの魂を受け継いだ女性で、神器は『
彼女もまた、本編のようなとてもジャンヌ・ダルクの魂を受け継いでいるとは思えない外道ではなく、ちょっと人外相手には容赦なさ過ぎるだけの優しい女性だ。いささか、俺に対して臣下として尽くしすぎている節があるのだが、やめるつもりはないらしい。
と、ここで問題なのは、彼女は当然女性。それも美人。スタイルもいいので、正直共に生活をするとなると、なかなか困る場面が多々ある。それを彼女が全く気にせず、寧ろ『その気があればいつでもどうぞ』状態なのが大きな問題だ。
一応、神器や特殊な力を持った人間達を束ねるトップであるものの、その立場にかこつけて下の人間をどうこうしようという気は毛頭ない。いくら彼女が無防備だとしても、据え膳食わぬは男の恥だとしても、手を出すつもりはない。
しかし、それはそれとして、ジャンヌの料理は美味い。
幹部となると、食事係に回る事はないが、本人の趣味が高じて磨かれたと言っていた。他にも家事に関してはジャンヌに死角はなく、その一点で言えば、他のメンバー……特にヘラクレスが来るよりは遥かにマシだった。あいつは何事も大雑把過ぎていけない。飯なんて食えればいいみたいな感覚だし。
「王。一つ提案したいことがあるのですが」
「む、なんだ」
「その……やはり、他の幹部達も招集するべきではないかと思います」
食事の手を止め、真剣な瞳でこちらを見るジャンヌ。
「三大勢力は会合に多くの部下を連れてくるはず。それは火中に飛び込むのと同じです。王の力は偉大かつ強大ではありますが、三大勢力を相手にするには些か分が悪いのでは?」
まぁ……確かにどの陣営も部下を多く引き連れて、駒王の外で待機させていたんだっけ。それに襲われたら、ひとたまりも無いな。ジャンヌは強いけど。俺もエアを抜いたところで多勢に無勢だ。真後ろから来られたら終わりだし、なんなら撃つ前にやられるかも。
とはいえ、そんなものは何の意味もないわけだけど。
「案ずるな。俺とお前だけで十分だ」
何故なら、その会合。邪魔されるときにグレモリー眷属の神器で停止させられるから。
駒王内に入ったら、雑魚は無条件に停止。強い奴も時間が経ちすぎると神器の力が高まりすぎて停止。あちらは別空間から駒王学園内に転移してくる。
そうなったら、無闇矢鱈に連れて行く意味はないだろう。
それに、連れてきたら話し合いの場なのに、とてつもなく荒れそうだ。ジャンヌは比較的俺の制止で止まってくれるが、皆人外相手には沸点低いから。戦闘時はキレても冷静さは欠かないんだが、話し合いだけだとすぐに怒髪天を衝く。過去の経験や仲間の境遇から、純血種の人外は極端に嫌っているから。
あくまで話し合うだけ。闘うとしてもテロリストだ。三大勢力を敵に回すような事はないだろう。特にトップはどの勢力も戦いには消極的。なら、必要以上に戦力を連れて行くわけにもいかない。
「ッ……わかりました。このジャンヌ。必ず王の期待に応えます」
どこか覚悟したような表情。特に頼んだ覚えはないのだが━━━。
「……そうか。まぁ、程々に……む?」
机の上に置いていた携帯が震える。表示されたのは━━━アザゼル。
「……なんだ、お前は。どれだけ朝が好きなんだ?」
もしジャンヌがいなければ、まだ寝ていただろう。何せ、朝に弱い。起こしてくれる人間がいれば起きるが、自分だけならまず昼まで寝ている。
『ははは、まあそう言うなって。やっと日取りが決まったんだ。三日後の午前零時。駒王学園の生徒会室で行う。揃い次第始めるが……あんまり遅れんなよ?お前さんがいねえと話が進まねえからな』
「時間は守る。それと、その会合。こちらも一人付き添いがいるが、構わないな?」
『別にいいぜ。そんじゃ、また三日後な』
通話を終えて、携帯を机の上に置き直す。
……そういえば、英雄派のメンツ以外で電話した相手は何気にアザゼルが初めてか。凄いような、悲しいような。俺ってギルガメッシュ同様に友達らしい相手がいないんだよなぁ……いや、ギルガメッシュは一人いるから、ギルガメッシュ以下だな。まさにぼっち!
「会合の予定が決まった。三日後の午前零時だそうだ」
「はい。では、それまでに万全の体制を整えておきます」
「ああ。だが、戦をしに行くわけではない。あまり勇みすぎるなよ?」
……あまり勇みすぎるな、って言ったのになぁ。
「申し訳ありません。準備に手間取りました」
「……なんだ、それは」
「?戦準備ですが?」
「戦ではないと言っただろう……」
駄目だ……ジャンヌはまだマシとか思った俺が馬鹿だった。
『その場に人外がいる』というだけで戦闘スイッチが入るというのに、三大勢力の会合なんて、ピンポイントすぎて戦準備をするに決まっていた。
勝手にいちゃもんつけて仕掛けはしないが、不信感は最初からMAXだから、もうこれ相手が人外の時点で不可避だった。
はぁ……これは俺の不手際だ。いっそ『戦準備はするな』ぐらい言ってのけるべきだったな。
「……まぁいい。ジャンヌ。俺の許可なく剣を抜くな。わかったな?」
静かに頷くジャンヌ。よし、これで余程のことがない限り剣は抜かないぞ。後は━━━。
「念のためだ。これをつけておけ」
「これは?」
「何。保険というやつだ」
バビロンから一つの首飾りを取り出して、ジャンヌに渡す。大丈夫だとは思うが、万が一の時もあるわけだしな。
今度こそ、準備は完了。さっさと厄介事を終わらせつつ、目的を達成させてもらうとしよう。
「お、時間通りに到着か」
「少しばかり道に迷ってな」
五分前に着くように心がけていたが、よくよく考えたら、俺は駒王学園の内部を全く知らないので、到着したのは定刻通りだった。おかげで入る頃には、参加する者達全てが揃っていて、俺達が最後になっていた。
「君がアザゼルの言っていた人間だね?私は、サーゼクス・ルシファー。見ての通り、魔王だ。今回はよろしく頼むよ」
窓側の席に腰掛けていた赤髪の男性がそう言って、優しげな笑みを浮かべる。
……声だけ聞くと天敵感が否めない。いや、天敵云々で言うのなら、ジャンヌやグレモリー眷属の『騎士』なのだが。
「ああ。俺も、今回の会合には期待している。こちらこそよろしく頼む」
入り口側にある席に俺とジャンヌは腰を下ろす。
ピリピリしているようだが、話した通り、大人しくしてくれているようだ。
「さて、全員が揃ったところで一つ。ここにいる者は、最重要禁則事項である『神の不在』を認知している」
サーゼクスの発言に、誰も驚きを見せない。ジャンヌには俺が直接伝えた。その時は……まぁ、大して驚いていなかったが。
「では、認知しているものとして、話を進める」
「━━━その前に一ついいですか?サーゼクス」
挙手をしたのは頭の上に天使の輪がある男性。神々しさが溢れているそいつの名前は確かミカエルだったか。天使長であり、現在は神の代わりにトップに立っている。
「すみませんが、貴方達の名前を教えてはいただけませんか?話を進めるにしても、名前を知らなければ、色々と勝手が悪いでしょう」
それは一理あるな。話し合いをするのに、名前の一つも名乗らないわけにはいかない。信頼関係も何もあったものじゃない。
そう思って口を開こうとした瞬間、隣で座っていたジャンヌが口を開いた。
「こちらにおわすお方は人を統べし王の中の王。英雄達の頂点に立つ存在。英雄王ギルガメッシュ様である」
ジャンヌの紹介に、この場にいた者達が目を丸くする。より正確に言うなら、グレモリー眷属の兵藤一誠だけは疑問符を浮かべているようだが。
「英雄王ギルガメッシュね……大物じゃねえかと思ってたが、大物も大物じゃねえか」
「本人……にしては若い。その子孫という認識でいいかな?」
「ああ、概ね合っている」
本当は全く違うが……世界観で考えるとその辺が妥当だろう。この世界における英雄王ギルガメッシュがどのような人物かは知らないが、子孫なら言い訳もつく。
「そうか……では、レディ。君の名前は?」
「ジャンヌ・ダルク。王に仕える者の一人です」
それだけ言って、ジャンヌは口を閉ざした。
なんか、俺の紹介だけやたらとインパクトがあるんですが……そんな事すると、俺だけやたらと印象に残らない?いや、英雄王の名前を語ってる時点で記憶にはほぼ残るんだけど。
「英雄王ギルガメッシュ。そちらに聞きたい事は山程あるが、一先ず、礼を言わせてもらうよ。君のおかげで未来ある若手悪魔が、妹が救われた。魔王として、兄として、頭を下げさせてもらう。ありがとう」
「私からもお礼を。あなたのお蔭で、聖剣も、その使い手も帰ってこられました」
「気にするな。もののついでだ」
「俺は前に言ったから別にいいな」
助ける気はあの時点であまりなかった……というより、はなから助ける意味はない。だって、俺が何もしなくてもグレモリーとその眷属は助かるのだから。そういう風にできている。
アザゼル。お前に関しては反省しろとは言わないが、もう少し悪びれろ。そっちが悪いわけじゃないのは承知しているが、なんか腹立つ。
「では、早速本題に入ろう。英雄王。此度この地に現れたのはいかなる目的があっての事か?」
「この地に神器所有者がいると突き止めてな。その者を俺の庇護下に置こうというだけの話よ」
サーゼクスの問いにそう答えると、視線が一斉に兵藤一誠に向けられた。
そうか。神器所有者、といえば少し前まで人間だったはずの兵藤一誠が第一に考えられるわけか。
「っ……イッセーは私の眷属よ!あなたに渡すことなんてできないわ!」
「落ち着きなさい、リアス。彼も、無理矢理連れていくとは言っていないよ」
激昂するリアス・グレモリーを、落ち着いた様子で嗜めるサーゼクス。
その通り、俺としても兵藤一誠を連れて行こうとは思わない。というか、連れていくと今後の展開が凄いことになる。悪魔になった経緯故に、仮に兵藤一誠が英雄派に加わることになっても反発する人間はいないかもしれないが、たらればの話。まして、本人が嫌がるだろう。
「案ずるな、リアス・グレモリー。俺とて悪魔として生を受け、それを受け入れている者に用はない。この地に来たのは、どの陣営にも属さない、未だ目覚めていない神器所有者だ」
「その神器所有者を庇護下において、どうするつもりですか?」
「どうにもせん。ただ、そのままにしておけば、
悪魔は眷属。堕天使も引き入れるないし、排除。天使は……どうしてるか知らない。
ともあれ、放置しておくとろくな目に遭わないだろう。そんな彼等を守り、自由に人生を謳歌させてあげるのが俺のトップとしての仕事。決して、本家ギルガメッシュのように『民とは王の為に生きるもの』的な事は言わない。なんといっても、俺は王じゃないからね!
「確かに、俺達堕天使は害悪になるかもしれない神器所有者を始末している。だが、組織としては当然だ。将来、外敵になるか、或いは力を暴走させて被害を及ぼす。力を使いこなせない奴は俺達だけじゃない。世界に悪影響を与えるからな」
「それはそっちの勝手な言い分じゃない……っ!」
小さく、ジャンヌが忌々しそうな声で呟いた。大声で糾弾するかと思ったが、冷静で何より。そして言っていることも尤もだ。お互いにな。
「総督としての判断か。及第点だが、ナンセンスだ。そこの兵藤一誠は結果論で言えばプラスに働いているが、お前のそれは俺達から見れば、人殺しと変わらん。世界の為だなんだと宣ってもな」
「だから庇護下に置くってか?」
「ああ。神器使いとて、人並みの生活を求めている。目覚めていて迫害された者も、そうでない者もな。ならば、それを俺が用意する。神器の制御も修行すればどうにでもなる。生憎と、金や場所には困っていない故な。お前達の勝手で殺されるよりは遥かに理想的だとは思わんか?」
「……まぁ、殺さないに越した事はねえのは確かだな」
俺の言い分に納得してくれたようだ。殺さないに越した事はない。その通りだ。アザゼルとしても、極力仲間が減るような事態は避けたいのだろうし、争いごとを好まない性格のはずだ。好きこのんで殺しているわけではないだろう。
「……話は逸れてしまったが、君がこの地を訪れた理由はわかった。そしてその過程でコカビエルを倒したのも理解した。次は君の願いを聞こう。この会合に参加する為の交換条件とアザゼルから聞いたからね」
そういえばそうだった。場の空気と、会合に意識を持って行き過ぎて、本命中の本命を忘れていた。
「簡単だ。お前達は和平を結ぶのであろう?」
『っ!?』
「立場が対等とは思わぬ故、結ぶべくもないが、その和平に約束事を一つ。今後一切、独断で人間に手を出さないと誓え。俺が望むのはそれだけよ」
寧ろ、それ以外はなんとかなるし、なんとかしてくれます。そこにいる主人公が。どうにもならないとしたら、それはやっぱり人間の立場くらいのものだろう。
自分の立場を弁えていないのは重々承知はしているが、これは譲れない。
「無論、そちら側全てが過去の大戦の影響で、人に頼らざるを得ないのは理解しているが、それはそれというやつだ」
「……英雄王。それが最大限の譲歩だろうか?」
「好きに取れ。嫌だというのなら、俺も手段を選ばん」
恥や外聞を捨て、媚びへつらってでも人間の安全を保障してもらおうじゃないか。多分、仲間からはゴミを見るような目で見られるかもしれないが、争わずに済むのならそれに越した事はない。プライドなど何の役にも立たないのだ。
俺の答えに対し、各勢力のトップは表情を強張らせる。
流石にトップだけあって、媚びへつらう輩は見飽きたということか。鬱陶しすぎて逆効果の可能性もあるな。うん、やめておこう。
「冗談だ。先の言葉は忘れろ」
そう言うと、少しばかり安堵の篭った表情を浮かべていた。そこまで嫌だったか?
「もう、英雄王くん。その悪戯は心臓に悪いわ」
「む?いや、悪ふざけのつもりはないぞ。俺も今はまだ、そこまでしないといっただけだ」
空気を和ませるためか、もう一人の魔王。セラフォルー・レヴィアタンがウィンクを飛ばして言ってきたので、そう返した。
悪ふざけで人としての尊厳まで捨てようなんて思わない。それなりの覚悟がないと。
「……英雄王。貴方の願いは受け止めました。現状、神器所有者に対して、天界側から積極的に行っている事はありません。その願いを聞き入れましょう」
「感謝する。これは━━━む、必要ないのか?」
感謝の気持ちとして、バビロンから適当な聖剣でも渡そうかなと思っていると、ミカエルはそれを拒否した。俺なりの感謝の気持ちだったんだが。残念だ。
「悪魔側も、それを受け入れよう。他の悪魔達にも、冥界に帰還次第報せるものとする。もしも、それらを破った場合はそちらの
「構わぬ。……ところで、サーゼクス・ルシファー。お前もか?」
「私も遠慮しておこう。あくまでも、君の願いを叶えているに過ぎないからね」
「うんうん。ソーナちゃんやリアスちゃんを助けてくれたんだもの。受け取るわけにはいかないわ」
そうか……結構無理な事を言ってるという自覚があるから、念のためと予め何を渡してもいいかと考えていたというのに。やはりトップともなると、一つの貰い物でも賄賂ととられかねないということか。
さて、後は堕天使側だけだが……。
「俺もいいぜ。ただ、神器所有者が暴走した時はどうする?流石にその時も始末はそっちに任せて、俺らは静観しとけ……なんて言わねえよな?」
「その時は好きにするがいい。それがあればの話だが」
そんな事は絶対にさせないし、うちは基本的には平和主義の巣窟だ。断じて暴走は起きないと信じている。いざとなったら、ゲオルクの神器で即座に捕縛せざるを得ない。そんな事はしたくないが、いざという時はやむをえないだろう。
「それならいい……あ、俺はいるぜ。何せ、欲にまみれて堕ちた天使だからな」
「阿呆め。お前には何も用意してないに決まっているだろう」
「ちぇっ。ケチなやつだな」
「アザゼル。貴方はもう少し反省という言葉を覚えた方が良いと思いますよ」
「それが出来ねえから、堕天使やってんだぜ?」
威張れた話じゃないだろうに。
「ま、それは置いておくとしてだ。さっきこいつが言った通りだ。俺達堕天使は和平を結びたいと思ってる」
「私も同じです。これ以上の争いは本当に無意味ですから」
「種の存続のためにも、これからのためにも、私達は共に手を取り合わなければならない」
目を合わせて、静かに頷く。
和平は無事成功か……あ、そういえば奴等はどうしたんだろうか。来ないに越した事はないから、お呼びではないが。
……よし、来ないうちに帰ろう!
「頃合いだ。ジャンヌ━━━」
帰るぞ。
そう言おうとしたその時、世界に大きな違和感が走った。